世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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8 案内役

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 地図を開いたはいいけど、大分陽が落ちてしまって手元が暗く、よく見えない。

「ちょっと待ってね」

 きょとんとしているユグに声を掛ける。ユグは素直に頷いた。ユグの肩に鎮座するリスは、くああ、と欠伸をしている。リスって欠伸もするんだ。知らなかった。

 肩掛け鞄から、探索用に持参した光石を取り出す。僕の拳よりもひと回りくらい小さい楕円形の白い半透明な石で、表面には古代語で呪文が刻まれているものだ。

 地上は、ありとあらゆる生命から発せられているマナ超自然力で満ちていると言われていた。マナを使えば、何もないところに火や風を起こしたりといったこともできる。

 小人族はマナの取り扱いに精通している人種だ。そこかしこに漂うマナを感知し、古代語の呪文を唱えて使用している。

 だけど人間族や巨人族は小人族とは違って、マナを扱う能力が低い。中には時折長けている人が突然変異的に生まれるらしいけど、あくまで特例だ。

 そこで、人間族と巨人族の偉い人たちは、小人族以外でもマナを使用できないかと考えた。

 巨人族はマナを取り扱うことはできない。だけど、石や樹木や、それ以外にも自然界に存在する様々な物の中に溜まったマナを感知することはできる。

 人間族はマナを感知することができない。代わりに、小人族が口述で受け継ぐ呪文を文字に書き換えることができる。

 そこで、巨人族がマナが含まれた自然界の物を採取する。採取した物に小人族から教わった呪文を古代語の文字に変換して刻みんだのが、人間族だ。これにより、小人族以外でもマナの力を使えるようになった。

 尚、小人族の協力が得られている理由は、小人族の中でもマナの取り扱いが不得手な者が一定数存在するからだ。特に子供と老人は力が安定していないことも多く、時には暴走してしまったりといった悲しい事故も少なからず起きていたらしい。だから小人族は小人族で、誰でも使える安全な道具を欲していた。

 地上に住まう三種族は、基本関わり合いは殆どない。人間の国が、基本許可のない他の二種族の入国を拒否しているからだ。ヨルトやドルグの話だと、巨人族と小人族はそれなりに交流があるらしい。「夢にまで見た人間族に会えて興奮した」と言われ、なるほどそれであの異様なまでに近い距離感かと納得した。頭では理解しても、気持ちは理解してないけどね。

 恥ずかしながら、僕は何故人間族が入国を拒否しているのかを知らなかった。話の流れでヨルクたちに尋ねると、二人は微妙な笑顔になって「……下手をすると二世代くらいで滅びるからな」「そうですねえ、いや、案外一世代で終わりな可能性も……」と何やら恐ろしげな言葉を残した。その後、「さあ、今日の晩飯は何だろうな!?」とわざとらしいくらいに強引に話を逸らされてしまった。

 怪しい。怪しすぎる。凄く気になるんだけど。

 でも二人でコソコソ内緒話を始めて、時折聞こえるのが「……本当のことを言うべきか?」「いえ、下手に知られては調査に影響が出る可能性も……」なんてものだったので、調査をどんどん進めて研究ヒャッハーしたい僕は黙るべきだろうと判断した。

 すごく気になる。なんで交流すると人間族が滅びるんだろう。あ、そうしたら、ここで交流してる僕の命もヤバいってこと!?

 ……話が長くなったけど、そんな訳で、僕が今手にしているのは三種族の叡智が詰まった合作だ。

 指で古代語の呪文をゆっくりとなぞる。すると言葉とは思えない不思議な旋律が奏でられ、光石が乳白色に発光し始めた。

 ユグは興味深そうに光石を覗き込んでいる。あは、子供みたいで可愛いなあ。

「ユグ、あのね。僕は今『守り人の村』に寝泊まりしているんだ。今日は祭壇にある古代語を調査しにでかけたところで、ここまで落ちてきちゃったんだよ」

『守り人の村』と僕が言った瞬間、それまで機嫌がよさそうだったユグの表情が一瞬で強張る。……十中八九そうだろうとは思っていたけど、やはりユグを『贄』にしていたのは『守り人の村』の連中らしい、と彼の反応から知る。

 とりあえず、僕は『守り人の村』とは深い関わりがないことをユグには分かってもらいたい。ユグが怯える顔は、できたら見たくなかった。

 だったら必要なのは、僕がここに至った経緯を説明することだろう。

「……ユグは、世界樹が枯れてきているのは知ってる?」

 聖地に入って思ったのは、ここは幹の傍だからか、僕らのいる地上から見えるほどには衰えを感じないということだった。ちゃんと葉は緑色だし、幹や根が枯れた様子も今のところは見られない。

 僕の問いに、ユグは驚いたように固まった。すぐにふるふると首を横に振る。やっぱりなあ。

「十年前から始まったんだけどね、今でも枯れ続けていて、原因調査の為人間の僕、巨人族と小人族からひとりずつ呼ばれたんだ」
「チョーサ」
「ええと、どこが悪いのかなって調べることだよ」

 難しい単語になると首を傾げるユグに、子供に伝えるように噛み砕いて僕が現在置かれている状況を説明していった。ユグは時折質問を挟みながらも、大体のところは理解してくれたみたいだ。

「――ということだから、今日の内に村に帰らないと、探しに来られてユグの存在がバレちゃうかもしれないんだよ。それはユグ的には拙いよね?」

 ユグは自分が『贄』と呼ばれていたことしか言ってはいない。でも、これまでの状況から、ユグがここにいることが村にいる守り人に知られてはいけないんじゃないかと推測できた。

 案の定、厳しい表情のユグが、無言のまま顎を引いて同意を示す。

「そうしたら、折角会えたのに残念だけど、僕は今から村に戻ろうと思う。そこでユグには現在地を教えてもらいたいんだ」

 と言って地図を見せると。

「……オレ、送る」
「え? でも」
「道、すごい坂道。アーウィン、多分登れない」

 そう言ってユグが見たのは、僕のひょろひょろな身体だった。う……っ。いやでも、これでも僕には聖域までひとりで歩いて来たという自負が……。

「村の近く、見えない所まで。ちゃんと隠れる、大丈夫。だから送る」
「で、でも」

 ユグが、光石の淡い光を反射させて煌めく金色の瞳を不安そうに僕に向けた。そ、そんな目で僕を見ないで……!

「それに、オレ、色んな場所知ってる」
「――え?」
「それ」

 褐色の指が、光石を差す。

「文字ある場所、オレ知ってる。――守り人、知らない所にあるの、知ってる」
「……えっ! 本当!?」

 驚きのあまり、ユグの腕を掴んだ。ユグは真剣な目をしたまま、こくりと頷く。

「もしかして、案内してくれるってこと!? いいの!?」
「うん」

 僕は上の祭壇しか古代語がある場所を知らない。その上、保守派の守り人はやっぱり協力してくれなさそうだ。なので、この先は苦労するかも、と漠然と思っていた。

 つまり、渡りに船。キス……をしちゃったことはこの際忘れるとして、ユグの協力は是非とも欲しい。でも……。

「でも、守り人の誰かに見つかったら拙いんじゃないかな?」

『贄』なんて呼ばれるくらいだ。もし見つかってしまったら、最悪殺されてしまう可能性だってあるんじゃないか。

 勝手に落ちてきた僕を見返りなく助けてくれるような優しい人だ。そんなユグを危険な目に遭わせるのは、さすがにどうなんだろう。

 迷っている僕を、キラキラとした瞳が熱っぽく見つめ続けている。

「アーウィン、オレに名前くれた。オレ、アーウィン好き」
「え……っ」
「アーウィンの役、立ちたい」

 潤み始めた瞳に、懇願するように見つめられ。

「じゃ、じゃあ……お願いします……」

 どっちにしろ、ユグがいなければ村にも帰れない。

 ペコリと頭を下げると、ユグの顔に満面の笑みが広がった。
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