世界樹の贄の愛が重すぎる

緑虫

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6 給餌

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 一体今、何が起きているんだろう。

 驚き過ぎて大きく開いた僕の目に映っているのは、僕がユグと名付けたばかりの青年の男らしい顎とくっきりと浮き出た喉仏だ。

 ユグの口は僕の唇をすっぽりと塞いでいて、物凄い勢いで舌を動かして舐めている。

 嘘……ぼ、僕の初めてのキスが奪われた……!

 突然の喪失と、あと単に身体が痛くて動かせなくて、僕は為すがままにされていた。技巧もなにもない貪るだけの荒々しい熱烈なキスをされている意味が、さっぱり分からない。僕たち初対面なんだけど。

 と、ユグは突然口をちゅぱんと離す。満面の笑みで、今度は僕の顔面中を舐め始めた。うあああ、生暖かい!

 ユグは僕の頬をザーッと舐めながら、ようやく言葉を口にする。

「嬉しい、ありがと、アーウィン……!」

 うわっ! 鼻の中に舌先を突っ込まないで!

「ぷわっ、な、何してるのユグ!?」
「ありがと、してる!」
「え!? ええええっ!?」

 結局ユグが舐めるのをやめてくれたのは、僕の顎の下から前髪の生え際まで執拗に舐められた後だった。

 はあ、はあ、と息も絶え絶えになっている僕。ユグは僕の口の端をぺろんと舐めてから、心配そうに尋ねる。

「どうした? アーウィン、顔、真っ赤」

 どうした、じゃない。何なんだよ、どういうこと!? べったりと地面に座り込んでいるユグを見上げると、肩にあのリスが乗っていた。

 そして、優雅に毛づくろいをしているじゃないか。

 リスが僕をちらりと見る。れーっと舌で尻尾を舐めた。

 僕の中で、ユグの行動とリスの姿が合致した。

 僕がされたのは、感謝の毛づくろいだったのだ。

「うっそぉ……」

 思わず声が漏れた。



 身体が動かせない僕のお腹がぐうう、と大音量で鳴る。

 ユグは「食べ物、待って。ここに、いて!」と不安そうに何度も繰り返した後、軽やかな動きで虚の外に飛び出していった。僕がいなくなっちゃうのがそんなに嫌なのか。一所懸命さに子供みたいな必死さが伝わってきて、思わず胸がキュンと締め付けられる。

 まあ、逃げたくても身体中痛くて動けないけどね?

 あのリスは、何故か僕の胸の上で寛いでいた。どうやらユグの友達リスらしい。もしや逃げない為の見張り役か。

 こいつのせいで僕の初めてのキスが……とちょっぴり忌々しげな目つきで見る。リスは嫌そうに横目で見ながら、「チッ」と言った。

 ……え、リスが舌打ちした? リスって舌打ちできるの?

 驚きに目を丸くしていると、暫くして腕に果物を抱えたユグが戻ってきた。

 今更だけど、ユグの服装はゆったりとした布を巻きつけるのが主流になっている守り人とは明らかに違っていることにようやく気付く。まあ、目が覚めた時は真上から覗かれてたし、ずっとユグの髪の毛のカーテンの中にいたし、気付けなくても仕方ない。

 上半身は、完全に剥き出しだ。筋肉がしっかりとついた逞しい腕に、盛り上がった胸筋。腹筋は見事に割れているし、腹斜筋の筋は綺麗に並んでいる。なにこの筋肉美。普通に羨ましい。自分のひょろひょろな裸体を思い出し、心の中で悲しみの溜息を吐いた。

 腰回りにぐるりと巻かれているのは、やっぱり乾燥した葉か何かでできた丈の長い編布だ。動きにくさをなくす為か、前後に一枚ずつ垂れ下がっているだけで、太ももの横は丸見え状態だ。――これって下着は履いてないのかな。横から見ない方がいいかもしれない。

 更によく観察してみる。最近のではなさそうな大きな裂傷の痕が、右の脇腹と右腕に残っていた。特にお腹のは、あばら骨の下あたりから鼠径部の方まで続いているらしく、褐色の肌の中に浮く肉色が痛そうだ。

 僕と目が合うと、ユグが滅茶苦茶いい笑顔を浮かべた。うん、すっごく眩しいよ。心が清らかな感じが笑顔からひしひしと伝わるね。

「アーウィン、これ、特別!」

 ユグが持ってきた実は、表面がキラキラと黄色に輝く見たこともない果物だった。思わず嗅ぎたくなる香りが漂ってきて、食欲がそそられる。

「わあ……! いい香りだね」
「大事な時だけ食べる、特別な実!」

 手の前に持ってきてくれたので恐る恐る指で突いてみた。一見りんごに似ているけど、弾力があって柔らかい。

「起きる?」

 ユグに聞かれたので、頑張って起き上がろうとした。

 だけど。

「……いっ!」

 すぐに激痛が襲ってきて、全身が固まる。沢山血が出ているところは特にないし、骨が折れた様子もない。だから、多分打撲と擦り傷だけだと思う。それでも痛い。滅茶苦茶痛い。動くと身体がぷるぷるする。

「ア、アーウィン、寝て、ね?」
「うん、ご、ごめんね」

 ユグは心配そうに眉を垂らすと、僕を支えながらゆっくりと寝かせてくれた。うわあ、優しいなあ。やっぱりユグは、とんでもなくいい人なんだと思う。村にいる守り人とは大違いだ。

 顔中舐められはしたけど。

 ユグは果物をひとつ手に取ると、かぷりと噛み付く。と思うと、そのまま僕に顔を近づけてきた。

 こ、これはまさか……。

 顔を引き攣らせて慄いていると、やっぱりそのまさかだった。

「アーウィン、口、開ける」

 歯に果肉を咥えたユグの綺麗な顔が、何の躊躇いも見せず目の前に迫り。

 ユグの手が、僕の頬をぐっと押して口を広げさせた。いや、君結構強引だね!?

 キスと共に口腔内に入ってきた果肉を、「えっ!? これいいの!?」と動揺して歯で押し止める。ユグは眉を垂らし、もぐもぐと咀嚼した後、舌で歯茎を擽り始めた。ひゃ、ひゃあっ!

「擽ったいよ……っ」
「ん。飲んで」
「う、嘘お……っ」

 ユグの口の中で液体化した果肉が、ユグの舌を伝って僕の中に流し込まれていく。え……えっろ! あ、でもこれ多分エロい意図はない! 雛鳥に対する給餌行為と同じ感覚な気がする。

「んん……っ、……んまっ!?」

 そしてこの果物は、あり得ないほど美味かった。なに、この蕩けるような甘さ。

 意図せず、ごくん、と呑み込んでしまう。ユグは嬉しそうに微笑むと、もうひと口噛みとってまた口の中でぐじゅぐじゅにする。やはり一切の躊躇いを見せないまま、再び口移ししてきた。

 これは紛うことなき給餌だ、決してキスなんかじゃない……うんまー!

「うん……っ」

 堪らなく美味しい。もっと欲しい。もっと、もっと。

 さっきまでの羞恥心は、どこへやら。僕は自らユグの口の中に舌を突っ込むと、中に残った甘みも全て貪り呑む。

 まるで自分は獣になってしまったようだ。少し俯瞰したところで自分を見ている自分が、恥ずかしさにのたうち回っているのが分かった。

 ――でも、この甘さには抗いがたい。

 ぷは、と口を離すと、ユグに懇願する。

「……ユグ、もっと」
「うん、待ってね」

 ユグはがぶりと果肉を口に含んだ。今度は咀嚼せずに、でもやっぱり口移しで僕に与える。すぐさま、自らユグの口に吸い付いた。

「ん、美味しい……っ」
「沢山ある、全部アーウィンの」
「嬉しい……っ」

 ごくんと果肉と果汁を呑み込む。ユグの顎を伝う果汁に舌を伸ばした。

「ユグ……!」
「うん」

 とろんとした眼差しを向ける。ユグは幸せそうに笑うと、僕に顎を差し出した。
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