上 下
1 / 21

1 異世界転移

しおりを挟む
 人間は、生き甲斐を失うと空っぽになるらしい。

 唯一の家族だった母さんの葬儀が終わった後、残された問題は納骨についてだった。

 家の宗派が分からなくて困っていたら、宗派を問わず受け入れてくれるお寺を紹介された。全骨を納骨すれば数万円のお布施だけでいいですよと言われて、有り難く納骨させてもらった。

 それで、おしまい。母さんは、綺麗さっぱりこの世から姿を消した。

 母さんの死因は腎不全だ。長年の飲酒による肝硬変が腎不全になり、そこから亡くなるまでわずかひと月しかなかった。

 その間に母さんは、「これはあの人にあげて、これは処分していいよ。あ、これは売れるから郁人いくとのお小遣いにしちゃいなよ」などとあえて明るく振る舞い、僕に狭いワンルームのアパートの部屋の中をひたすら片付けさせた。

 理由は聞かなくても分かった。たったひとりしかいない家族をこれから失う僕が、母さんが亡くなった後に遺品整理をして心が止まらないようにしてくれたんだろう。

 母さんの指示の元、僕は整理を続けた。頭を働かせずに身体を動かしている間は、ひとり取り残される先のことを考えずに済んだ。

『これはどうしたらいい?』とメッセージを送れば、『駅前の貴金属店でいい値段付くかな!』なんて明るい返事が届く。

 手がむくんでスマホの操作が難しい時は、音声入力をしてでもすぐに返事をくれた。誤変換が多くて、画面の先の母さんは『笑っちゃった』と言っていた。

 だから、全部が終わって家に戻っても、明日から変わらない日々が待っている。

 高校だけは卒業しなさいと、母さんは体調が悪いのをひた隠しにして、長年務めていたスナックで夜中まで働き続けた。母さんが身体を張ってくれたお陰で、母子家庭の僕でも私立の高校に通えることができていた。

 卒業式を迎えた日、保険金と沢山の思い出を残して、全てをあの世に持っていってしまった母さん。

 心にぽっかりと穴が空いた。

 昼まで寝てる母さんの為に、通学前にお昼ごはんの用意をして。学校から帰ってきたら夜ごはんを作って母さんとちゃぶ台に向き合って食べる時間が、僕にとっては平和の象徴だった。

 友達とか彼氏を作ったら、と言われたこともあった。あんた反抗期もなくてよかったの? なんて笑われたこともあった。

 でも僕は、それまで仲がいいと思っていた同級生の女子に秘密を打ち明けたら「あんた男好きなの? キモ!」って笑われてまで元の友達のままでいたいとは思わなかったし、話を聞いたちょっと好きだった同級生の男子に「気持ち悪い目で俺を見るなよ!」てお腹を蹴られて吐いてまで付き合いたいとは思えなかった。

 反抗期なんていらないから、温かい母さんといたかったんだ。

 父さんが死んだ後、母さんは僕を必死で育ててくれた。泣きたい時だってあった筈なのに、母さんはいつも太陽みたいに笑ってた。

「おいしい」って言う母さんの笑顔を見ることが、僕の生き甲斐だったんだ。学校でどんなに虐められても痛い思いをしても、家に帰れば母さんの笑顔が待っていたから。僕が帰る場所はここだと思えたから、何とか頑張ってこれた。

 それがなくなった今、僕はこの先何を生き甲斐に生きていけばいいんだろう。

 分からなくて、母さんの遺影をぼんやりと眺めながら布団の中で目を閉じる。

 この世界にはもう、僕を引き止める存在は何もないな――。

 そんなことを考えながら寝たからだろうか。

 目が覚めると、僕は異世界にきていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結•枯れおじ隊長は冷徹な副隊長に最後の恋をする

BL
 赤の騎士隊長でありαのランドルは恋愛感情が枯れていた。過去の経験から、恋愛も政略結婚も面倒くさくなり、35歳になっても独身。  だが、優秀な副隊長であるフリオには自分のようになってはいけないと見合いを勧めるが全滅。頭を悩ませているところに、とある事件が発生。  そこでαだと思っていたフリオからΩのフェロモンの香りがして…… ※オメガバースがある世界  ムーンライトノベルズにも投稿中

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

絶滅危惧種の俺様王子に婚約を突きつけられた小物ですが

古森きり
BL
前世、腐男子サラリーマンである俺、ホノカ・ルトソーは”女は王族だけ”という特殊な異世界『ゼブンス・デェ・フェ』に転生した。 女と結婚し、女と子どもを残せるのは伯爵家以上の男だけ。 平民と伯爵家以下の男は、同家格の男と結婚してうなじを噛まれた側が子宮を体内で生成して子どもを産むように進化する。 そんな常識を聞いた時は「は?」と宇宙猫になった。 いや、だって、そんなことある? あぶれたモブの運命が過酷すぎん? ――言いたいことはたくさんあるが、どうせモブなので流れに身を任せようと思っていたところ王女殿下の誕生日お披露目パーティーで第二王子エルン殿下にキスされてしまい――! BLoveさん、カクヨム、アルファポリス、小説家になろうに掲載。

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

神獣の僕、ついに人化できることがバレました。

猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです! 片思いの皇子に人化できるとバレました! 突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています! 本編二話完結。以降番外編。

尊敬している先輩が王子のことを口説いていた話

天使の輪っか
BL
新米騎士として王宮に勤めるリクの教育係、レオ。 レオは若くして団長候補にもなっている有力団員である。 ある日、リクが王宮内を巡回していると、レオが第三王子であるハヤトを口説いているところに遭遇してしまった。 リクはこの事を墓まで持っていくことにしたのだが......?

魔術師の卵は憧れの騎士に告白したい

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
魔術学院に通うクーノは小さい頃助けてくれた騎士ザイハムに恋をしている。毎年バレンタインの日にチョコを渡しているものの、ザイハムは「いまだにお礼なんて律儀な子だな」としか思っていない。ザイハムの弟で重度のブラコンでもあるファルスの邪魔を躱しながら、今年は別の想いも胸にチョコを渡そうと考えるクーノだが……。 [名家の騎士×魔術師の卵 / BL]

処理中です...