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27 襲撃犯
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アルバンの透けた身体が、ゆっくりとセルジュの生身の身体に重なっていく。
揺らいでいたアルバンの輪郭がセルジュにぴったりと重なると、静かに閉じられていたセルジュの瞼がピクリと反応した。
真横に閉じられていた意思の強そうな唇が、柔らかく開いていく。
ゆっくりとセルジュの瞼が開き、茶色い瞳が俺を捉えた。
「ど……どっち? アルバン? セルジュのまま?」
と、日頃はほぼ笑顔を見せないセルジュが、幸せそうな笑みを浮かべたじゃないか。
「あ……」
よく知ってる笑い方に、止まりかけていた俺の涙がまた溢れ出してくる。震えそうになる手を伸ばした。俺の手を掴まれ、ぐいっと引き寄せられる。
次の瞬間、俺は暖かい腕の中に包まれていた。
「ファビアン……!」
セルジュの声帯に、アルバンの声が交じる。二重に聞こえる不思議な旋律が、今確かにセルジュの中にいるのがアルバンなのだと俺に教えてくれていた。
「アルバン、アルバン……ッ! うわあああんっ」
アルバンの胸に抱きつくと、アルバンはいつも俺がお願いした時にやってくれたみたいにギュッと抱き締めてくれる。体型はセルジュの方ががっちりしているけど、手つきがまるきりアルバンで、懐かしい温もりに俺は嗚咽が止まらなくなってしまった。
俺の耳に唇を当てながら、切なそうな声を出すアルバン。
「ファビアン、ごめんな。ファビアンが来る前までは生きてようって思ったのに、気付いたら死んじゃってたよ……っ」
「ううん! 俺こそ、間に合わなくてごめん……! 最初から行かせなければよかったんだ! ロイクの都合なんて無視して、付いていっちゃえばよかったんだ! なのに俺、俺……っ」
ぐりぐりとアルバンの肩に額を擦り付けると、アルバンは俺の頭に優しい口づけを落とす。暖かい息は宿主のセルジュのものだけど、俺にはアルバンのものとしか思えなかった。
「……あまり長居しちゃうと、この人の精神に影響が出ちゃうかもしれない」
「ん……」
顔を上げると、俺を見つめているセルジュの顔がアルバンの表情で囁いた。
「聞いて、ファビアン。あの日、俺に何が起きたのかを。俺がどうしてあの細目の男に取り憑いていたのかを」
瞼に口づけされて、俺はぐず、と鼻を啜りながら頷く。
「……座ろうか」
「ん」
アルバンに手を引かれて、先に寝台に腰掛けたアルバンの膝の上に誘導された。俺は横向きにアルバンの上に座ると、愛おしそうに俺の頭を撫でるアルバンの手の感触を目一杯味わう。
「……最初におかしいと思ったのは、同じ小隊の奴らとある程度会話するようになってからだった」
アルバンの話では、通常は城内を警護する衛兵が前線送りになることはないんだそうだ。理由は簡単。城内部をよく知り、且つ身元がはっきりとしている信頼できる兵が城内部を警護することにより、王族の身の安全は守られるからだ。
わざわざ育てた人材を流出させるなど、本来あってはならないことだった。
「だから、集められた俺たちは皆一様に首を傾げていたんだ。何だって俺らが選ばれたんだろうって。別に何も悪いこともしてなかったし」
「何か共通点はあったのか?」
俺は、先日考えてしまった考えを思い浮かべた。そいつらは、俺に恋心を抱いていたんじゃないかって説だ。
と、アルバンがこくんと頷く。
「皆、ファビアンに並々ならない好意を抱いてる奴らばかりだった。勿論、それは俺もなんだけど」
遺体を見送る場にいた隊長が、セルジュに伝えていた通りだったんだ。ある程度覚悟はしていたけど、それで命を失ってしまったアルバンに言われると、衝撃は大きかった。
だって、そうしたらどうしても恣意的なものを感じてしまうじゃないか。
「俺のことを好きになってくれた奴を、排除しようとした奴がいるってこと……だよな」
どうしたって思い浮かぶのは、金髪碧眼のあの男のことだ。
アルバンは俺の顔のあちこちに優しい口づけを落としながら、話し続けた。
「うん。そうだと思う。だからそれに気付いた俺たちも、『ファビアン様を盗られるって嫉妬した奴が上層部にいるんだな』って半分笑い話にしてたんだけどね」
笑うしかない状況だったんだろう。俺への好意を隠さずに公言していたから、前線行きの対象にされてしまった。それでも誰も俺を恨んだりはしなかったと言われて、返事に窮する。
アルバンが、目を細めて微笑んだ。
「それくらい、俺たちにとってファビアンは輝いて見えてたんだよ。特に俺にとっては、最高に特別な恋人な訳だし」
「アルバン……」
「あんなエロい剣聖様を知ってるのは俺だけって思ったら、優越感が半端なかったよ」
ニカッと笑ってもらえて、アルバンにちっとも嫌われてなくって安堵してしまう。
「うん、うん……っ」
ぎゅっとアルバンの胸に抱きつくと、無言のまま互いの体温を味わう。しばらくして、再びアルバンが口を開いた。
「前線に着くまでは、大きな危険はないと思っていた。魔物は殆ど出なくなったし、国境の砦のお陰で聖国マイズの連中はこっちには入り込めないって聞いていたからさ」
だけど、その夜は違った。野営地で休息を取っていた後発隊の前に現れたのは、全身黒尽くめの数人の男たち。兵たちが誰何してもひと言も発さないまま、いきなりアルバンがいる小隊に襲いかかってきた。
「――まるで、最初から俺らを狙っているようだった」
アルバンの眉間に皺が寄る。その時のことを思い出しているんだろうか。切なくなった俺は、アルバンの頬を両手で挟み込んだ。
「俺らが狙われているって分かったのは、黒尽くめの男のひとりが聞いた時だった。そいつは、『アルバンという門番の男はどいつだ』と聞いたんだ」
「えっ」
誰も答えなかったけど、思わず目線がアルバンに集中してしまったらしい。
「剣聖に特別可愛がられているそいつは確実に消せと言われているんでな、と言われて、抵抗する間もなくばっさり切られて……」
「――ッ」
思わず唇を噛み締めると、アルバンは済まなそうに眉を垂らして、俺の鼻の頭に口づけた。
「……ごめん、死なないっていう約束を守れなかった。気が付いたら、俺は俺を切ったそいつから離れられなくなっていて、亡霊になってファビアンに伝えることもできなくて」
「え……てことは」
目を見開くと、アルバンは真剣な眼差しで頷く。
「ああ。俺を殺したのは、間違いなくあの細目の男――暗部組織の総統、ラザノだ」
俺が思わず息を呑み込むと、アルバンは俺の身体を引き寄せ、ぎゅっとしてくれた。
揺らいでいたアルバンの輪郭がセルジュにぴったりと重なると、静かに閉じられていたセルジュの瞼がピクリと反応した。
真横に閉じられていた意思の強そうな唇が、柔らかく開いていく。
ゆっくりとセルジュの瞼が開き、茶色い瞳が俺を捉えた。
「ど……どっち? アルバン? セルジュのまま?」
と、日頃はほぼ笑顔を見せないセルジュが、幸せそうな笑みを浮かべたじゃないか。
「あ……」
よく知ってる笑い方に、止まりかけていた俺の涙がまた溢れ出してくる。震えそうになる手を伸ばした。俺の手を掴まれ、ぐいっと引き寄せられる。
次の瞬間、俺は暖かい腕の中に包まれていた。
「ファビアン……!」
セルジュの声帯に、アルバンの声が交じる。二重に聞こえる不思議な旋律が、今確かにセルジュの中にいるのがアルバンなのだと俺に教えてくれていた。
「アルバン、アルバン……ッ! うわあああんっ」
アルバンの胸に抱きつくと、アルバンはいつも俺がお願いした時にやってくれたみたいにギュッと抱き締めてくれる。体型はセルジュの方ががっちりしているけど、手つきがまるきりアルバンで、懐かしい温もりに俺は嗚咽が止まらなくなってしまった。
俺の耳に唇を当てながら、切なそうな声を出すアルバン。
「ファビアン、ごめんな。ファビアンが来る前までは生きてようって思ったのに、気付いたら死んじゃってたよ……っ」
「ううん! 俺こそ、間に合わなくてごめん……! 最初から行かせなければよかったんだ! ロイクの都合なんて無視して、付いていっちゃえばよかったんだ! なのに俺、俺……っ」
ぐりぐりとアルバンの肩に額を擦り付けると、アルバンは俺の頭に優しい口づけを落とす。暖かい息は宿主のセルジュのものだけど、俺にはアルバンのものとしか思えなかった。
「……あまり長居しちゃうと、この人の精神に影響が出ちゃうかもしれない」
「ん……」
顔を上げると、俺を見つめているセルジュの顔がアルバンの表情で囁いた。
「聞いて、ファビアン。あの日、俺に何が起きたのかを。俺がどうしてあの細目の男に取り憑いていたのかを」
瞼に口づけされて、俺はぐず、と鼻を啜りながら頷く。
「……座ろうか」
「ん」
アルバンに手を引かれて、先に寝台に腰掛けたアルバンの膝の上に誘導された。俺は横向きにアルバンの上に座ると、愛おしそうに俺の頭を撫でるアルバンの手の感触を目一杯味わう。
「……最初におかしいと思ったのは、同じ小隊の奴らとある程度会話するようになってからだった」
アルバンの話では、通常は城内を警護する衛兵が前線送りになることはないんだそうだ。理由は簡単。城内部をよく知り、且つ身元がはっきりとしている信頼できる兵が城内部を警護することにより、王族の身の安全は守られるからだ。
わざわざ育てた人材を流出させるなど、本来あってはならないことだった。
「だから、集められた俺たちは皆一様に首を傾げていたんだ。何だって俺らが選ばれたんだろうって。別に何も悪いこともしてなかったし」
「何か共通点はあったのか?」
俺は、先日考えてしまった考えを思い浮かべた。そいつらは、俺に恋心を抱いていたんじゃないかって説だ。
と、アルバンがこくんと頷く。
「皆、ファビアンに並々ならない好意を抱いてる奴らばかりだった。勿論、それは俺もなんだけど」
遺体を見送る場にいた隊長が、セルジュに伝えていた通りだったんだ。ある程度覚悟はしていたけど、それで命を失ってしまったアルバンに言われると、衝撃は大きかった。
だって、そうしたらどうしても恣意的なものを感じてしまうじゃないか。
「俺のことを好きになってくれた奴を、排除しようとした奴がいるってこと……だよな」
どうしたって思い浮かぶのは、金髪碧眼のあの男のことだ。
アルバンは俺の顔のあちこちに優しい口づけを落としながら、話し続けた。
「うん。そうだと思う。だからそれに気付いた俺たちも、『ファビアン様を盗られるって嫉妬した奴が上層部にいるんだな』って半分笑い話にしてたんだけどね」
笑うしかない状況だったんだろう。俺への好意を隠さずに公言していたから、前線行きの対象にされてしまった。それでも誰も俺を恨んだりはしなかったと言われて、返事に窮する。
アルバンが、目を細めて微笑んだ。
「それくらい、俺たちにとってファビアンは輝いて見えてたんだよ。特に俺にとっては、最高に特別な恋人な訳だし」
「アルバン……」
「あんなエロい剣聖様を知ってるのは俺だけって思ったら、優越感が半端なかったよ」
ニカッと笑ってもらえて、アルバンにちっとも嫌われてなくって安堵してしまう。
「うん、うん……っ」
ぎゅっとアルバンの胸に抱きつくと、無言のまま互いの体温を味わう。しばらくして、再びアルバンが口を開いた。
「前線に着くまでは、大きな危険はないと思っていた。魔物は殆ど出なくなったし、国境の砦のお陰で聖国マイズの連中はこっちには入り込めないって聞いていたからさ」
だけど、その夜は違った。野営地で休息を取っていた後発隊の前に現れたのは、全身黒尽くめの数人の男たち。兵たちが誰何してもひと言も発さないまま、いきなりアルバンがいる小隊に襲いかかってきた。
「――まるで、最初から俺らを狙っているようだった」
アルバンの眉間に皺が寄る。その時のことを思い出しているんだろうか。切なくなった俺は、アルバンの頬を両手で挟み込んだ。
「俺らが狙われているって分かったのは、黒尽くめの男のひとりが聞いた時だった。そいつは、『アルバンという門番の男はどいつだ』と聞いたんだ」
「えっ」
誰も答えなかったけど、思わず目線がアルバンに集中してしまったらしい。
「剣聖に特別可愛がられているそいつは確実に消せと言われているんでな、と言われて、抵抗する間もなくばっさり切られて……」
「――ッ」
思わず唇を噛み締めると、アルバンは済まなそうに眉を垂らして、俺の鼻の頭に口づけた。
「……ごめん、死なないっていう約束を守れなかった。気が付いたら、俺は俺を切ったそいつから離れられなくなっていて、亡霊になってファビアンに伝えることもできなくて」
「え……てことは」
目を見開くと、アルバンは真剣な眼差しで頷く。
「ああ。俺を殺したのは、間違いなくあの細目の男――暗部組織の総統、ラザノだ」
俺が思わず息を呑み込むと、アルバンは俺の身体を引き寄せ、ぎゅっとしてくれた。
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