石炭と水晶

小稲荷一照

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装甲歩兵旅団

春風荘 共和国協定千四百四十五年啓蟄

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 ミンスとアウロラは長女と次女と云うか、大きなお姉さんが本当にマジンの娘で一番上のお姉さんと次のお姉さんであることに驚いていた。フサフサの耳やヒュンヒュン動く尻尾にアウロラは興奮気味だった。ライアの息子でアウロラより半年ばかり年上のアミンと一緒になって逃げる尻尾を追いかけていたり弾き倒されてたりしていた。
 ソラとユエも同じようにしてじゃれていたが、背丈でマジンより大きくなったアルジェンとアウルムの尻尾はだいぶ長く太く力強くなっていたので単にオモチャというよりは三歳児の二人には相撲の相手のような感じだった。
 日が落ちてから春風荘に電話をするとソラとユエが飛びつくように電話に出て、これから帰ると宣言した。確かに明日は公休日だった。
 春風荘にはいま八人乗りと小型貨物車と軽自動車とロゼッタが普段使いにしている二人乗りクーペとグルコの自動二輪車の五両の自動車があった。
 ソラとユエは普段軽自動車で学校に通っているのだけど、ボーリトン曰く思い切りの良すぎる運転と評す運転で二人で交代しながら三時間ほどでローゼンヘン館と春風荘の間を駆け抜ける。
 春風荘とローゼンヘン館の間は単純距離で九十リーグほど、二人が鉄道沿いの舗装路を使っているとして道のりを考えれば百リーグを超えるかというくらい。
 巡航速度で考えると軽自動車では速度計が殆どいっぱいあたりで移動していることになる。二人乗りのオープンクーペでも速度計表示のおよそ六割。
 機械の能力的にはまだ幾らか余裕はあるが、共和国の道路事情を考えれば、どこを走っているのか首をひねるべき速度である。
 事故を起こしても助手席でも座席の腰のハンドルに手をやってベルトを掛けて正しい姿勢で座っていれば、フレームとロールバーに守られて死にはしない速度だが、石ころが飛んで来ると痛いでは済まない早さでもある。
 巡航でその速度であるなら町中で人並みに揃えてくれているとして、見通しの良い所ではもっと出しているだろう。鉄道保線区ができる以前には絶対にできない速度だ。
 荒れ地を走る軍用自動車では無茶をさせないために抑えめに設定された速度計はおそらく振り切っている。
 とはいえ自動車を任されるような軍人たちの多くは、自分たちの扱う自動車が速度計の倍ほども速度を出せることはとうに知っていた。エンジンの回転計は日頃の運転速度では赤い所どころか真ん中編に達することも殆ど無い。
 二人には二輪車用の装具を与えてあるのだけど、普段つけているのは肩から上だけであとはせいぜいスカートを履かないくらいだ。軽自動車は側面がないも同然だから、ちょっとした速度や風の変化でスカートが巻き風に持ってゆかれてあぶない。
 もともと軽自動車はそういう格好で乗る乗り物ではないわけだが、砂や砂利の少ないなめらかな道ができたことで、この十年でとてつもない速さで移動できるようになっていた。
 荒野をゆく者が好むような、長靴のくるぶしまで下げられるような、裾の広いオーバーズボンもあちこちから風が吹き込み膨れ上がる。
 軍人もオーバーズボンは好むわけだが、彼らは下に軍服やゲートルスパッツという装具をつけての雨具兼防寒着として使っている。
 広く複雑な国土で活動しているためにか、被服という意味では共和国軍は相当に贅沢で、最近は自動車用にかかとがなく靴底の引っ掛かりが少なく、足首が柔らかなインナーブーツと専用のスパッツやゲートルに相当するその外側のアウターブーツなるものも作られていた。
 そういう靴を履いて運転している者も民間にも当然にいてちょっと風に孕ませた動きが、粋な装束ということになってもいた。
 ソラとユエは服装は言いつけもあって下半身は必ずタイツ着用。腕も肘と手首を覆う貴婦人のごとく日焼けを意識して、雨よけのつば付き安全帽と風防メガネと手袋もつけるなどとロゼッタに指導を受けている様子ではあったが、どういう服装であってもローゼンヘン館に帰ってくるときは座面以外の部分が殆ど真っ白になるまで砂塵を受けて帰ってきていた。
 ひょっとしたら自分の娘がデカートの跳ね返りどもに悪い遊びを教えているのかと、マジンとしては今更思わないでもないわけだが、ふたりとも幼い時から思い切りは良すぎる娘たちではあった。
 下の子と一緒に帰ってくるならそうそう無茶苦茶はしないだろうと思っていると、春風荘からロゼッタが電話をかけてきた。
 一行に弁当を持たせて送り出した報告だった。
 日が変わる前にはつくだろう、ということで時計を見ると余裕があるようなないような時刻でもある。ロゼッタからしてそういう時間の見積もりをするのだから、ため息をつくしかない。
 ロゼッタ自身は公休日を利用した勉強会が開かれるので帰らないという。
 社員や顧客の喧嘩の後始末、というべきか、日常起こりがちな法律上設備上の問題と対策、やらというローゼンヘン工業内での上級幹部勉強会があって、ちょっとした講師の助手を求められていた。主幹講師としてポラートイノール氏を迎えている。
 まるまるとした大小色違いの玉のような鉄道計画部のマス主任とイノール弁護士とが同席すると椅子の配置がひどく緩やかで不便であったり便利であったり様々なのだが、鉄道の通路や寝台の幅を考える上でイレギュラーというものを無視しないで良い存在として、マスの体型は分かりやすく鉄道本部の人々の連想の参考になっていた。
 彼が歩くための通路の幅は二キュビット高さは四キュビット。両手を上げると五キュビット半で鉄道旅客設備施設のおよその大きさの基準になっている。
 一般的な傷病兵の松葉杖姿とほぼ同じ幅と言えるし、最近療院で普及の始まった大人用の車イスの幅や担架をのせる台車の幅もだいたいその大きさになっている。
 大きすぎるという印象もあるが足して使いにくいものなので、とりあえず大きく作って縮める機構が付いている。
 それは彼ひとりのためというよりは、タダビトであってもそういう人はおり、亜人であればより体型の幅は大きくなるという身近な具体例として扱われていた。
 亜人の中には当たり前に身長五キュビットを超える種族もいて、軍用寝台車や一等車の寝台が進行方向に座席が引き伸ばされ倒れるように作られている理由でもある。
 一方で成人しても三キュビットに達しない種族もいる。
 軍であれば、そういう例外的な体格の高級将校以外の兵隊にはまとめて貨車を一両あてがい、暖房と寝台とでっち上げている様子で、兵隊の側も馬屋で寝るのが当たり前のような扱いであることが多く、自前で寝台を持込み便乗券で乗っていることが多い。
 二等三等はそこまで細かく付き合えないので、旅客に苦労をかけているが、一応二等三等車の寝台も上段の寝台側であれば荷物が置ける空間があるので、そこに足や尻尾を逃がすことで七キュビット弱の寝台を使えるようにできているし、駅での乗車券受付の段階で余裕があれば調整もおこなっている。
 無論そういった手間や設計は、それぞれに時間や人員労力設備などの様々な予算経費の形で人員時間を含めた資源を食い潰す。
 その努力投資が何故必要であるかという哲学的な根拠でもある。
 わかりやすいところを煮詰めれば、亜人種を市民扱いすべきかというところの最も根幹の部分は、その体格体型体質からくる文化の差をどこまで制度上設備上前提にすべきか、と云うところでもある。
 差別と云われるものの多くは、目につく様々な差異を咎めて嫌ってのことで始まる極めて防御的な感情の反射で、例えばそれは言語・食生活・防疫衛生・商習慣での信用や慣例と云う常識を形作る文化の問題と深く結びついていて、基本的に完全な形での排除はむしろ不健全な結果に至る。
 制度の求める安定的な性質を求めれば、そこに差別を認めることは体制の硬直化を認めることに他ならない。
 安定と硬直は例外を認めるか認めないかという点で大きく問題対処に差異が出る。
 制度の長期的な運用には例外処理をおこなう余地を常に認める必要がある。
 制度運用には常に問題発生の可能性があるという単純な前提確認である。
 タダビトの中においても年齢や性別というわかりやすいものや、服装体型などから技量や能力という文化の常識が予想させ警告する未来の結果が差別の問題を生んでいる。
 つまりは差別の一部は極めて陰鬱な未来予想による防御反応で、差別それ自体の完全な排除は難しい。
 残りの一部は安い娯楽としての人間関係でこれも大きく面倒を生むのだが、こちらは娯楽としての性質からさらに制度の上は対策が難しく、人員監督上のつまりは現場責任者の裁量を広く取る必要がある、ということになる。
 そして現場責任者自身を果たして誰が監督できるのか、というこれまた難しい問題に繋がる。
 差別の発生そのものは蓋然性が高いとはいえ、差別そのものは単体では単なる感情、個々の内面の問題に終止する。
 しかし差別が別の問題と連結することで、問題を助長し状況を破綻に導くことは多い。
 従って社会組織管理者の姿勢としては、差別が間接的に引き起こす軋轢が連結的に社会構造上の問題を引き起こさないうちに、状況を効果的に迂回させることが組織管理上求められる誘導指導で、その前段として制度や設備という硬直化しがちな社会制御装置について適正な形で調節することが求められる。
 一旦流れを振り返りひとつの論をまとめれば、差別の多くは一般論としての常識の問題であって、常識というものの性質を考えれば文化習慣や基礎教育に結びつく問題として扱うべきである。
 そこに例外を認めない教条的な硬直した行為制度態度が、例外と衝突して問題を引き起こす。
 従って、序段における安定的な運用と硬直的な運用の差異としての例外処理の可能性が極めて重大な問題となる。
 ここで現実に起こる問題を顧みると、しばしば制度設備の制限が差別を決定的に助長する原因に結びつく。
 制度設備の背景がどうあれ分かりやすくモノサシとして供されることになるからである。
 正義という概念や正しいことそのものが、既に差別である、と言っても過言ではない。
 社会正義という概念は、常識としての社会秩序の形成において極めて重要な概念であるが、一方で社会秩序への抵抗意志を持たない例外的な異分子を確実に敵と看做すことで、差別を問題として確定する。
 社会秩序への順応を見せる異分子は当然に社会の一部への接続と影響力があり、その接続を敵視し破壊することは連鎖的に別の問題に発展する。
 ことに現在起こっているようなローゼンヘン工業による巨大な価値観の創出とその普及は、善悪関わらず社会そのものを過渡期の混沌に押しやり、当然に必然として常識と価値観を崩壊させている。
 ローゼンヘン工業自身の活動の是非を問わず、文明社会の発展をおこなう、という行為そのものが、社会常識を破壊し差別を社会の障害として顕在化させる要因となっている。
 だが一方で差別そのものの原因を振り返れば、極めて防御的な常識ともいうべき反応でもあり、社会秩序や法正義の根幹をなしているという事実を思い返せば、差別を社会問題でなく個人の感情の裁量範疇に収めるために、求められる制度設備の設定をどのようにおこなうべきか、という勉強会の何回目かであった。
 急速な業務拡張の必然として社会を再構築し続けているローゼンヘン工業が文明の敵であるか、という話題にもつながる。
 当然に一個の私企業であるローゼンヘン工業の社内で解決するような種類の話題ではないのだが、同時に鉄道運行というある意味国家の一大事に挑み臨んでおこなっている者たちにとっては、まるきり無視することが出来るような種類の話題でもなく、考えても考えなくてもいいからそういうことを考えている偉人もいるんだ聞いとけというような勉強会で、ことのおこりは列車の客席の寸法や自動車の座席や寸法の設定と云うところから始まってはいた。
 実務の上での決着は、それはさておき、というところに繋がるわけだが、幾らかは反映されたところもあり、努力の方向というものがあるのだぞ、という指針につながっていたから上級幹部にとっては部下への説教のネタくらいには役に立っていた。
 イノール氏は法廷に通うために調べ物をする体力が次第に落ちていることを流石に実感していたが、すでに弟子と孫が立派に事務所を支えられるようになっていて、そういう一代功を為した彼にはあちこちから浮いた元老株を買わないかという話もでていた。
 だが、イノール氏の弁護士としての倫理観や理論と哲学の整合の中では、元老株を買うと云う行為についてひどく批判的な感覚もあり、彼自身が高齢による体力の衰えを感じている中で元老株を買うことの価値とその意味について疑問もあった。
 そのような金と時間の使い方をするくらいなら、有望な後進にいくらも手と目をかけるべきで、ことにローゼンヘン工業のような功罪善悪併せ持つような潜在的に危険な組織が望まぬ思わぬ破壊をもたらさないようにすることを、ローゼンヘン工業自身が望むのであれば、それを助けることは全く国家の礎石を支える一大事業と感じられた。
 もちろん弁護士業としての経験を社外顧問という立場で迎えて買ってくれるということであれば、法律の理論と哲学を扱う職人としての弁護士業或いは哲学博士の本懐でもある。
 イノール氏は孫の娘と云うには少し年かさのロゼッタを最後の外弟子のように考えていて、庭にくる他所の家の猫のようにかわいがっていた。
 ともかくもデカート法曹におけるロゼッタは、ローゼンヘン工業の社員とかローゼンヘン館の家人というよりは、マジンの妹か従姉妹のような扱いで、春風荘の女主人としてしばしば扱われている。デカートの官庁に出入りし始めた頃に生意気な小娘というよりは場違いな女児としてあつかわれていたロゼッタは、メラスや幾人かの大人たちにかわいがられる十年のうちに官僚の裏を知る手強く面倒な才媛ということになっていた。
 その勘違いというべき周囲の評価は年かさのマイラの目を剥かせ仰天させるものだったが、最近はマイラも少し慣れてきていた。
 ロゼッタが学者として実務家としてそれなりのものであるということは、学志館に通っている若者たちやロゼッタを訪ねてくる人々からなんとなく漏れ聞いていて、ロゼッタ嬢のお母上さま、と扱われることも悪くないかな、とマイラ自身が思えるようになってきたところでもあった。
 マイラにはロゼッタのやっていることはチンプンカンプンだったし、自動車を洗う暇があるなら竈の周りの掃除をしておくれ、と文句をいうことしばしばだったが、マイラもロゼッタが何やら大したことをしているらしいことはわかっていたから、よほど気の荒んだとき以外はロゼッタの邪魔をすることはなかった。
 そんなところよりも三十人からの寮生の面倒を見ているマイラとしてはいくらも手のかかる子供はいて、そういう子どもたちのケツを叩くところから忙しかったから、言ったら動くロゼッタやグルコにかまけている場合ではなかった。
 グルコは相変わらずソラとユエのお供をすることが多かった。
 最初は確かに自分でお供という気分でもあった。最近は周りがひとまとめにすることが多く、実のところ少し前からついていけないなぁというか男女の壁を感じ始めていた気分だったので、そろそろちょっと困ったというところでもあったが、ソラとユエは普段は物分りの良い育ちの良いお嬢様風の素行であるくせに突然爆発したように暴れるので、グルコとしては気が気でなくお目付けとして連絡役として自認せざるを得ないままに三人ひとまとめに動くことを続けていた。
 どうもソラかユエに気があるのかと思っていたウェイドが、確かにそういう気分がきっかけではあったが、いまはどちらかと云うとロゼッタと同い年の姉のユーリと顔を合わせるのが嫌で、立場は違うが気心の知れたグルコの顔を見て、互いの苦境で胸を慰め男同士で肩をすくめ笑う関係になっていた。
 セレール家の三女のユーリは二十歳をだいぶ過ぎたのでそろそろ嫁にゆく話が出ていてもいいわけだが、家でウェイドに絡んだり自動車を乗り回したりと優雅な商家の御侠なお嬢を絵に書いたようなハイカラさんぶりで、ウェイドを悩ませていた。
 女が元気というのは平和の象徴だが、度が過ぎると世の景気に差し支える、というユーリの放埒ぶりで手を焼かされている最近のウェイドは、芸術家やら職人やら学者やら見分けの付かない微妙な人々にチヤホヤされる姉のご乱行の、愚痴をこぼす相手としてグルコを訪ねてきていた。
 今日もウェイドはグルコが以前に頼んでいた講義の過去の資料を届けてくれたついでにしばらくそういう男同士の話をしていたわけだが、ソラとユエが何やら大騒ぎをして弟妹を呼び集めローゼンヘン館に帰ることになり、姫様がたの思し召しにやれやれと苦笑する二人が下におりてゆくと、ユーリが現れていた。
 ユーリ自身は単に天蓋環状道路をぐるりと巡る、半ば日課となっている散歩の途中で友人宅に足を向けたというだけの様子だったが、ソラとユエがローゼンヘン館に帰るという話を聞き、なら一緒にいく、と云う流れになってしまったらしい。
 ウェイドもグルコも交代の運転手として同行することになった。
 ユーリが自動車を見せびらかしに来た主な相手であるロゼッタは、明日の勉強会があることを告げて素気なくユーリを払いのけたが、ユーリのお目当てでもある自動車の乗り比べに普段使いのオープンクーペをグルコに預けた。
 ウェイドもグルコも自動車よりは鉄道のほうが面倒が少ない、と感じるような人間ではあったが、いま彼らの回りにいる大多数の女性は自動車のほうが楽しい、と考える人達だったし、この時間から子供を抱えて鉄道を使うというのも様々に面倒でもあった。
 ヴィンゼとデカートの間は治安は安定しているものの距離はあり、雪もない時期の一晩足らずのこととはいえ、女子供だけで人気ない荒野を旅をするというのはどうも世間の常識としてよろしくないような微妙な感じで、急ぎの用のないウェイドとグルコはいつもの通り紐でひかれるようにお供をすることに相成った。
 もちろん若者ふたりとも三人の女性が拳銃の腕も自動車の運転もそこいらのならず者に遅れを取らない実力の持ち主であることは承知している。
 立場と気分というやつだ。
 ロゼッタの普段使いにしているクーペはお客様を便乗させることもあって厚みのあるシートで沈む割にはしっかりした造りになっている細かな車重を気にしない造りになっていたが、ユーリのクーペは様々に引剥されていて、シャシーがむき出しで幌も降ろされ泥の掃き出しの穴が座席の下に開いているという冬場にはちょっと乗りたくない状態になっていた。
 水濡れを気にしないですむように皮を堅く蝋で固めた座席はしっかりとした作りで収まりは良かったが冷たく冷えるし、機関部の隔壁も一部は取り除かれていて、様々な操作の音がいちいち騒がしく聞こえるような状態になっていた。
 とはいえ、運転手が定常的に運転をするように心がければ、ほとんどの音の耳障りは気にならなくなるもので、ユーリの運転していない方のクーペは夜の星のすべる静けさで休憩には悪くない乗り心地だった。
 春風荘に留め置かれ備えられている八人乗りのワゴンは子供たちで一杯で賑やかで助手席で居眠りをすることは多少のコツと努力が必要だったけれど、僅かな時間のことであればそれはそれでもあった。
 三台で五人の運転手というのは休んでいる二人がきちんと休んでいれば割と贅沢な編成だが、ユーリは車に乗っているとともかく目が冴える質であるらしく、ほとんど初対面の時から奇妙に気の合うアーシュラと大はしゃぎをしながら二台のクーペを乗り換えながら先頭を走っていた。そして危うく電池が切れる前にローゼンヘン館にたどり着き、ふたりとも挨拶もそこそこに眠ってしまいアーシュラは久方ぶりにおねしょをした。
 ソラとユエの二人の運転にしては時間がかかったが、むしろ二人にしては同行者に気を配って休憩をとった安全運転だったという程度のことでウェイドとグルコにとっては、突然に隊商が現れないように、牛や馬が脱柵していないように酔っ払いが歩いていないようになどと願うばかりの速度だった。
 そうやって見事に日付が変わるよりは少し早く帰ってきた弟妹達をアルジェンとアウルムは歓迎した。
 ソラとユエがすっかり大きくなっていることにアルジェンとアウルムは驚いていたが、ソラとユエにしてみれば、自分たちも大きくなったはずなのにいまだに見上げるような位置に見覚えのある姉たちの顔があることに驚いていた。
 姉の脇の下に自分たちの頭があるというのはなんだか全然自分たちが大きくなっていないような奇妙な錯覚をソラとユエに感じさせた。
 四人はまだ父親が抱えられるかどうか試してみようと言い出した。
 断るかと思っていたマジンはあっさりと受けた。
 ソラとユエを抱きかかえたアルジェンとアウルムをまとめて肩に乗せてマジンが立ち上がってみせて、更にアルジェンとアウルムのつま先の上に下の弟妹達が乗っかるというのはちょっとしたサーカスの軽業のようだった。アルジェンもアウルムも四キュビットあまりの背の高さから細くは見えるが二ストンはゆうに超えているだろう立派な体格であったから、ウェイドもグルコも流石に遠慮をしたが、パミルは肘にぶら下がりクアルは首に腕を回してぶら下がり、背の高い一階の広間で上の娘達の頭が照明というよりは装飾の吊り燭台に触れることを試してみせてはしゃいでいた。
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