石炭と水晶

小稲荷一照

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開戦

大本営軍令本部応接会議室

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 軍都での二日目にマジンはいきなり共和国軍大本営に連れてゆかれた。
 リザは機関車で向かうことを求め、小銃やら銃弾やらを積み込み大本営に乗り込んだ。
 大本営は司令部機能の中枢であるが、軍都における事実上の行政中枢なども兼ねており、議事堂と並ぶ軍都の巨大建築物のひとつだった。大元帥府の建物を壁のように囲うように作られた軍都の中心部の環状の街道に面して閲兵式などで使われる中央公園を見下ろす小高い丘に建っていた。
 大本営という厳しい作りの建物の中はつまる所は巨大な役場であって、途方も無く多くの人が忙し気に動いてはいたが、やはり暇そうな人は多くてという建物だった。
 この建物は百人ほどの将軍と五十ほどの部隊行動を支えるためにだいたい三万人程度の人々が日夜働いているという。
 ここでの日雇いが軍学校の学生にとってはひとつの稼ぎどころであるというが、その実、階段の登り降りや書類の量その巡回の経路などの把握という重労働があり、一日に二リーグはゆうに走らされるという過酷な職場環境でもある。
 リザもひとつき務めたが、その後は手を出さなかった。
 軍学校も最後の二年ともなれば、自分である程度の課業を采配する権利を実習として与えられるが、そうであっても学業との兼務はなかなかに厳しい職務で小遣い稼ぎという種類の職場ではない。
 リザは幸い妊娠がすぐに発覚したために免れたが、新任の将校が参謀として配置され走らされる巨大な建物でもある。
 軍都の下水はこの部隊を支えるための裏方たちを現場から逃さず支えるための施設であったらしい。
 ローゼンヘン館にまだ水道がなかった頃は上の階にバケツを持って上がって何かの拍子にぶちまけた時など、どうしてやろうかと思ったものだが、当然にこの巨大な城郭の如き建物にも揚水機とか水道とかそんなものはあるはずもなかった。
 そうであっても日々数万のおまるのために大鋸屑を用意したり、中庭に穴を掘る必要が無いだけ相当にマシな建物だったし、軒の傍を歩いていて突然空から汚穢が降ってきたりすることがないくらいには風紀規則が徹底されていた。
 建物の管理も経費を惜しまず清掃をしているだけあって、常識はずれの規模の人員が詰める建物であるにもかかわらず、疲れた汗の匂いは空気にあるものの目立った汚れはなかった。
 リザに従い大本営の応接の一室で待っていると、二人の佐官が現れた。
 キオール中佐とホライン少佐と名乗ったふたりはおそらく三十前半くらいの人物で聡明そうな、しかしあまり尖った印象のない人物だった。
 ホライン少佐についてはリザを初回生のときに行軍演習で背負ってくれたヒトという紹介があったので、おそらく二十七歳ということはかなり早い順調な昇進をした優秀な軍人であるということだろう。
「こちらはヴィンゼよりお連れしたゲリエ・マキシマジン氏。ゲリエ氏は機関車と小銃の調達計画の民間協力者の方です」
「そしてキミのご亭主候補だな」
 キオール中佐が確認するように言った。
「その通りです」
「では、物を見せてもらおうか」
 机の上においてあった長い持ち運び用のジュラルミンケースを開き、中身を取り出す。
 基本的には同じ機関部を使っているが、銃身の長さと銃床の形が二種類、細かくはそれぞれ差異のある四丁の小銃を取り出した。
「金属製か」
 ホライン少佐が唸るように言った。
「今、軍で使っているものとは、握りからして全く形が違うな」
 キオール中佐がケースの中の輪郭を眺め確かめるように言った。
「構えてみてもよろしいか」
「弾は抜いてあります。操作もだいぶ違いますが、そちらは後ほど抑えてある射場の方で」
 リザが説明をした。
「ゴルデベルグ大尉はこの銃と専用弾丸を大量導入する、或いはそれを出来るようにすると言っていたが、一年でどこまで可能なものですか、ゲリエさん」
 ホライン少佐が無言のキオール中佐に目を向けてから口を開いた。
「今の私の手配のみですと銃は年産十万前後、銃弾は年産一億発程度というところです」
「一億。一億と口にされましたか」
 ホライン少佐が驚きに目をむいて発音を確かめるように言った。
「もちろん、準備期間を一年頂いて更に一年順調であるという前提での話です。今のところ銃については治具や生産環境の整備の段階で部品上がりですが、日産で百丁前後です。銃弾については以前の生産実績として日産で十万発というところです。こちらは拡大が容易なので年間数億というところまでは可能です」
「日産で百丁。銃身だけでも、そんな工房は聞いたことがない。そこからさらに三倍にまで伸ばしてみせるというわけか。……ゴルデベルグ大尉。キミの意見は」
 小銃から手を離したキオール中佐が常識的な感覚から疑いの表情を向ける。
「この半月ばかり彼の屋敷に逗留し工房を見学させていただいた感想としての現状、ゲリエ氏の日産実績の見当としては全く正しい数字と考えます。将来のことはわかりませんが、日産数百までは伸びる可能性があり、順調であれば小銃の年産十万も夢想ごとではないと考えます。積極的な設備投資が行われればその先の数字も当然に」
 サラリと答えたリザを二人の幕僚は探るように見つめた。
「それが本当ならば、頼もしい限りだが、そうなると我々だけでは判断をしかねるな」
 唸るようにキオール中佐は言った。
「仮に年産十万丁の体制を実働させたとして、軍が引き受けなければどのようにするおつもりですか」
 ホライン少佐が尋ねた。
「仮に数万作ってしまった後なら、そうですね。デカートの武装検事団辺りに売り込むか、普通に銃砲市場に流すことになるかと思います。生産設備の方は銃の方は機関車にほぼそのまま転用できますが、銃弾の方は転用が思いつきませんので、最低限を残して廃止ですね。十万丁から先となると、どちらかの軍勢でないと流石にお引き受けいただけない数かと思うので、国内外の組織にお縋りすることになるかと思います」
「価格は」
 キオール中佐が尋ねた。
「数と売る手間によりますが、数千から一万数千タレルというところでしょうか」
「軍への納入価格は如何程を予定されていますか」
 ホライン少佐が丁寧に尋ねた。
「デカート引き渡しでよろしければ、百万丁十億タレルほどではいかがかと今のところは考えています。まだ皮算用の段階なのでなんとも言い難いところが多いですが」
「思ったよりはだいぶ安いが、流石に金属製では右から左というほど安いものではないか」
 キオール中佐が各部をはじくように撫でるようにしながら言った。
「値段については試射を見てからご一考いただければと思います」
「ゴルデベルグ大尉からなにかいうことはあるかね」
 マジンの言葉にキオール中佐がリザに尋ねた。
「値段についてはなんともいいかねます。ただ、試射をご覧になったほうがよいというゲリエ氏の意見には全く同意見です」
「キミがそう云うほどに素晴らしい命中率なのか。まぁキミの拳銃も大したものらしいな」
 かすかな疑いと期待をにじませた響きでホライン少佐が言った。
「そうなのかね」
「二百キュビットほどで騎兵を確実に仕留められるとか」
「それが本当なら小銃の代わりにその拳銃でいいじゃないか」
 ホライン少佐の言葉にキオール中佐が驚いたように眉を跳ねさせる。
「こちらの小銃、試射してまいりましたが、五百キュビットでも十シリカの鋼板を撃ち抜くこともございました」
「ほう。こんなに細い銃口なのにか」
 リザの言葉にホライン少佐が驚く。
「そういえば、銃弾はまだ見せてもらってないな」
 マジンは四十発入りの弾倉から二つ弾をすべらせるように取り出して、それぞれに渡す。
「やはり後装銃はこうなるのか」
 開け放したままの薬室に金属薬莢を落とし込み転がり出すようにしながらホライン少佐が作りを確かめていた。
「しかしこのくびれのある複雑精妙な金属薬莢といい、尖ったなめらかな銃弾といい、これを日産で十万発も。本当に作れるものなのか。釘打ち職人だって数百、よほどの達人でも千というところだろうに。一体、ゲリエ氏の工房では幾名の職工を抱えておられるのだ」
 キオール中佐が疑問の根幹にたどり着いたように言う。
「職人と言うには未熟なものがふたりと私の三人で概ね回しております。他には組立で家族であったり臨時雇いであったりということですが、部品や弾薬の製造は機械の調整と仕掛けが終わってしまえば、部品作りまでは機械任せで粗方おこなえます」
「たった三人で」
 目をむくようにキオール中佐が確認した。
「機械といいますと、風車水車やカラクリという意味の機械ですか」
「そうです。我が家では蒸気圧機関を使っておりますが、その先は歯車やら梃子やらという機構の組み合わせで部品を作っています」
 ホライン少佐の確認にマジンが応える。
「蒸気圧機関というと、塹壕の水抜きで使っているアレか」
「こちらではその動力で工作機械を回しています」
 キオール中佐が少佐に確認するのにリザが補足するように言った。
「そんな複雑なことができるのか」
「人形時計も振り子とゼンマイが動力です」
 中佐の確認にリザはすました顔で指摘した。
「それはそうだが」
 突き返されたような答にキオール中佐は顔をしかめる。
「彼は人界の辺境にあって、共和国で最も早く蒸気圧機関の実用化に成功した人物です。私と知り合った三年前、彼は既に幾つもの蒸気圧機関を動力にした自動機械を自宅で運用し、単純工作の助けとしていました。金槌ノコギリや揚水機という単純なものは五年前からすでに稼働していたということです。工作の機械化に関して我が国では第一人者或いはその一人であるとわたしは理解しています」
 リザは疑問を残したキオール中佐の言葉に重ねるように指摘した。
 ホライン少佐はリザの説明に答と問を探すようにしばし手元の銃弾や銃の部品の合わせ口を撫でる。
「カラクリであればこそ億万でも繰り返しが出来ます。時計と同じで定期的な点検は必要になりますが、我が家では原則ひとつき一回概ね丸一日の点検で事足りています。尤も機械類が多いのでそれぞれ稼働に支障がないように調整を行うと多少ズレや面倒もありますが、工作そのものは仕掛けが済んでしまえば機械任せでおこなっています」
 マジンの説明にしばしワージン将軍の二人の幕僚は沈黙していた。
「つまりこちらの小銃は職人を必要とせず、機械が部品を作り、鍛冶仕事や工作そのものには素人である人々が組み立てている、組み立てられる。故に安く大量にできる、ということですかな」
 キオール中佐が直接マジンに目を向けて尋ねた。
「工作機械の整備や部品製品の検査確認など熟練者は当然に要所要所に必要ですが、概ね中佐の仰るとおりです。多くの工房でも真に作業に熟練している者がどれだけいるものかわかりませんが、わたしの工房は助手の熟練の敷居は他所のそれとは比較にならないほど低いことは間違いないと思います」
 マジンの説明に二人の幕僚はしばし発言を吟味するように沈黙した。
「つまり、日夜疲れを知らず動くカラクリが材料の続く限り部品を吐き出す脇で、数を頼みに集められた素人が組み立てをおこなうことで、小銃は作れる。職人はカラクリや組立の滞った折に手をかければ良いので必ずしも忙殺されない。と。それ故に現状日産百丁を日産数百に数倍に引き上げることも可能である。と。そういう趣旨の理解でよろしいのかな」
 ホライン少佐は重ねて理解を確認するようにマジンの言葉を言い換え尋ねた。
 キオール中佐は小銃を持ち替えながら敢えてなにも動かさない範囲で各部を確認していた。
「概ねそのような理解をいただければ、今のところは十分かと。当然に規模が大きくなれば面倒の機会も増えますが、そちらは実際を待たないとなんともいいかねます」
「中佐、どう思われますか」
 ホライン少佐はマジンの説明を受けて黙っている中佐に尋ねかけた。
「話のスジは通っている。形や相手は違えど我々の世界でもやっていることだ。命令と結果の確認と人員物資の管理をおこなえる範囲で現場の兵員を増やすことは可能だ。当然に有用な報告をあげられる有能な士官が多いほうが面倒は少ないが、そうでなくともなんとかなる。そういうことだろう。
 取引実績もなく現地を見ていないので、実態はともかく理屈の上ではスジは通る。ゲリエ氏の説明やゴルデベルグ大尉の報告を頭から疑わないかぎり、年産数万丁から或いは十数万丁、という目論見に疑いを挟む材料は今の理屈の上では少ない。
 納品までの輸送に関しても、ゴルデベルグ大尉の帰隊時の経費報告と宿泊した際の軍人会の割引券発行の手続き押印が偽造ということでなければ、デカートから軍都までの四日の旅程は証明される。再来月まで待てば各地からの経費報告も上がるが、私は旅程に疑いを感じていない。先に戦況査問会でその辺りの疑いの元は掃き清められた。
 輸送に関しては概ね経費とヒトの手当という問題に終止するだろう。デカート引き渡しをゲリエ氏が希望されているのは我々にとって面倒で物足りなくはあるが、課題が分かりやすくて良い。
 実態としては更なる実績を待たなくてはならないが、ここまでのところゲリエ氏の説明を否定するほどの要素は見当たらない。
 銃弾の希望価格を聞いていなかった。仮に一万発でおいくら位か。まずはデカート引き渡しということでよろしいが」
 中佐は流れをまとめるように言いながら、一気に引き戻した。
「一万発ですと少々物足りないですね。出来れば百万発くらいまとめていただきたいところですが、十万発で二万タレルというところでいかがかと」
「戦争が始まり硝石が安くなる見込みはしばらくないが、その値段で手が止まるということはないのかね」
 キオール中佐は今は疑うようにというよりは状況を改め確認するように尋ねた。
「ウチの工房では鉱石の形で多くの材料を入れていますので、石炭の値が跳ね上がることがなければ問題になりません。当面は二万タレルで十万発をお出しして問題になることはないかと」
「それが本当ならかなり安い」
「むしろ後装銃の銃弾だけ出してもらえれば短期的な問題は解決するんじゃないかな」
 キオール中佐が唸るように言ったのに、ホライン少佐がこぼすように重ねた。
「少佐殿。お言葉ですが、適切な装薬適切な銃弾でなければ、怪我をするのは現場の兵士になります」
 そう言ったホライン少佐の言葉にリザが言った。
「うん。大尉の云うとおりだが、銃弾供給の問題があって後装銃の展開が上手く行っていないのを大尉も知っているだろう。予算の問題というよりも工房の規模拡張と職人の育成が間に合っていないんだ。このタイミングで戦争になるとは考えていなかったからね。日産十万発というゲリエ氏の言葉の一部でも、日産一万発でも五千発でも良いからテコ入れをして欲しいというのが実のところだ。我々の師団にも後装小銃そのものは五千丁ほど配備されているんだが、初回配給された弾薬が六千発だったので、その後は一回の補給輸送が十万発を越えるまでは不要と断っている。他所に銃弾を回している都合、まともに訓練も出来ていない。そういうわけで新しい小銃というものはもちろん欲しいのだが、それよりは今ある小銃を今すぐ使いたいというのが本音だ」
 ホライン少佐は弁明するように言った。
「これは巷でも噂になっているだろうと思うからとくに緘口はしないが、年内に反攻部隊を動かす予定でいる。詳細はこの場では聞くな。その際に後装銃が使えれば、それだけでも一部部隊には大きな助力になることは事実だ。無論正確に機能するものでなければならないから、時期的なものも考えれば多くの期待をかけてはいないが、可能なればと云うのは私も思うところだ。百万発あれば聯隊に一会戦は全力発揮させてやれる。とはいえ、今の話を聞いたとして既に展開を開始している我々の師団にそれが届くとは流石に考えにくい」
 キオール中佐はホライン少佐よりやや悲観的だった。
「ボク、私が全力を尽くしても、その既存の弾薬をそのままお届けすることは難しいと思います。ですが、本当に必要であれば、準備で三ヶ月いただけるなら、使える程度に似たものを月に百万発を準備することは可能です。実際の銃を三丁と銃弾を五十発ほどいただければ、発砲可能な類似の銃弾をお出しすることは出来ます。値段については頂いた銃と銃弾を見て準備の三ヶ月のうちにとしか言いようがありませんが、可能です」
 マジンは大雑把な流れを口にして繰り返し言った。
「ほんとうかね」
 キオール中佐は驚いたように言った。
「もちろんいくらかの錯誤もありましょうし、不調の可能性もありますが、お話が正規のものであれば、商談として受けることは吝かではありません。ただ、職人の仁義の問題として、もともとの生産元に心良く思われないかと思うのですが、そのあたりを調整していただけるのであれば、前準備として小銃と銃弾の調査をおこなったのちに、それに合わせた銃弾の生産を行う準備を仕掛けると云うことは難しくありません。目論見としての流れとしては調査にひとつき、試作とその試験でひとつき、生産の準備にひとつきというところでしょうか。価格は軍の納入価格と同じもので結構です」
 マジンが云うのにキオール中佐は頷いた。
「価格はどれくらいかわかるか」
「詳しくは知りません。一万発で一万タレル少々だったかと思いますが、最新の動向までは」
「先ほどの値段を聞くとずいぶん高いようにも感じるな」
 ホライン少佐の答えにキオール中佐は笑うように言った。
「かなり無理をした数字だったとは聞いています」
「それはそうだろうが、数百人の職人を並べたものとたった三人で素人を仕切っているのでは、値段の勝負がそもそもできない。大尉。きみの婚約者はとんでもない人物だな。すべての職人を殺しかねないぞ」
 ホライン少佐の言葉に応じキオール中佐は皮肉な笑みでリザに言った。
「それでもゲリエ氏の助力があれば戦争に勝てます」
 リザは硬い声で答えた。
「ま、そうだろうがね。私もそう期待している。で、このあとは試射かね」
「その予定でおります。更にその後昼食を挟んで、お話を伺えればと思っております。ゲリエ氏の人となりは午後の席で是非にご確認いただければ」
 皮肉げに返したキオール中佐にリザは棒を飲んだような姿勢で応えた。
「私は午後はダメだが、そちらには少佐を残してゆく。ゴルデベルグ大尉の蛮勇とも思える積極果敢な前線偵察を支えたのが、私物の拳銃によせた万全の信頼にあることは、戦況査問会で既に聞いた。小銃の試射には私も興味がある。実射の方には自信がない私の意見が役に立つかは知らないが、昼食までは付き合う。――少佐、ふたりを呼び給え」
 キオール中佐の言葉にホライン少佐が頷いた。
「ゲリエ氏は亜人は大丈夫でしたな」
「私の娘ふたりは獣人です」
 マジンの答を確認したホライン少佐は頷く。
「結構。マイヤール少尉、レゴット曹長入り給え」
 そう言って部屋に呼ばれたふたりはふたりとも亜人だった。
 一人は手足の長いヒョウ柄の毛を生やした耳と尾を見せびらかすように歩き、たくましい柔らかさをそれと示す男性で、身長は四キュビットをやや割る巨漢というよりはのっぽ。
 もう一人は渦巻くような二本の長い角と青黒い色の髪に強いザラけた皮膚と筋肉質の尾を持つ女性士官。こちらは肩幅広く一緒に入ってきた少尉よりもやや背が低いが肩幅で倍ほどもあり、可愛らしげな小顔に反して他を圧する存在感がある。
「紹介しよう。こちらは我が師団屈指の狙撃の名手マイヤール少尉。レゴット曹長は武器の修理に長け兵站を助けてくれることにかけてはやはり師団屈指の下士官で野戦を幾度もくぐり抜けている強者だ。
 ふたりともゴルデベルグ大尉の方は知っているな。こちらはゲリエ・マキシマジン氏。今回は新型小銃の見本の持ち込みと生産計画のご説明にいらっしゃった。このあと貴様らには試射をしてもらう。まずはその面通しだ」
「よろしく」
 そう言ったマジンにふたりは無言のまま敬礼で返した。
 話は終わったと立ち上がる二人の佐官が立つのに合わせてマジンは持参した銃をジュラルミンのケースに戻し、リザの先導に合わせて部屋を出た。
「二つお持ちいたしましょう」
 そう言ってレゴット曹長は笑いかけた。
「ありがとう。助かります」
 可愛らしさとヒトと違う質感の皮膚感の同居は奇妙なものだったが、純粋な善意しか感じられなかったので、片手に束ねていた小銃を収めたケースを彼女に素直に預けた。
「ご迷惑でないようなら良かった」
「助けていただいて、そんな」
「私こういうナリなもので、怖がらせてしまうこともあるのですが、リザ大尉のお知り合いと聞いてひょっとしてと思って。お声がけをしてよかったですわ」
 レゴット曹長は可愛らしい声で楽しげに口を開いた。


 リザはそのまま全員を乗ってきた機関車に案内した。郊外の射撃場を抑えているらしい。
 銃を屋根の上に載せたことで車内に余裕はできたが、レゴット曹長の角が問題で彼女を最前列の席に座らせ、更に座席の背を大きく傾けることになった。図らずも機関車の内装の機能をみせることになったがレゴット曹長は自らの巨躯に恐縮していた。
「このさき軍で機関車の導入が進むようだと矯角の必要があるのかしら」
 などと弱気なことをレゴット曹長は口にしていた。
「単に乗り物を大きく作れば良いだけだと思いますよ。この車もボクが作りやすい大きさに作っただけなので、注文があればどうとでもなります」
「お高くなりませんか」
「多少は。ですが、値段のことを言えば、機関を始めとした機構部のほうが遥かに高いですから、問題にならないかと」
「そういうものですか」
 そんな雑談を隣のレゴット曹長と交わしながらマジンは真後ろの席に座っているリザの誘導で射撃場の敷地に車を入れた。
「聞いてはいたが馬車よりだいぶ早いな」
 キオール中佐が感想をこぼした。
「レゴット曹長。見込んでお願いが。小銃を四丁まとめて運んでいただけますか」
「わかりました」
 そう言うとレゴット曹長は大きく長い指でジュラルミンの鞄の柄を二つづつまとめるようにつかみ軽々と持ち上げた。
 マジンは鋼板製の長櫃を肩に抱え一行について行く。
「そちらのほうが重そうですね。お持ちしましょうか」
「あ、いえ。銃弾なので」
「それ全部ですか」
「まぁあらかた。工具も入っていますが」
「工具が入っていれば仕方ありませんね。ちなみに銃弾はどれほど」
「五千発です。好きなだけ撃っていただければ。と思って持ってきました。足りなければもう一棹あるのでそちらも後ほど」
「まぁ。それはまた。小銃は少佐にお預けになる予定だったのですか」
「試射で気に入っていただければ、弾が尽きるまで撃っていただいて或いは壊れるまで使っていただいてどういう風に壊れたかを教えていただければと思っています」
「それは熱心な心がけです。感服します」
 そう言ってレゴット曹長は柔らかく微笑んだ。
 リザは少し前を二人の上官を先導するように歩き、射撃場の一角へ案内した。
「リザは、あぁゴルデベルグ大尉はひょっとして昨日の午後そちらに伺ったのですか」
「そうです。リザ大尉は昨日軍都帰還の挨拶においでになりました。皆ある程度は察しておりますから、呼び方は気にされなくて大丈夫かと思いますよ」
「その場で昨日の今日のこの日を調整したのですか」
「中佐もお忙しいので偶然間に合ったというところですが、興味はお有りだったようです」
「それではなおのこと気に入っていただけるとよいな」
 射撃場での小銃の説明は淡々と進んだ。今回も敢えて切り替えの話は後回しにして単射で慣れてもらうことにした。


 マイヤール少尉は銃の反動の小ささに物足りなさを威力の不安を感じていたようだったが、集弾精度の高さについては単純に賞賛をした。全く装弾操作がいらないという点をマイヤール少尉は気味悪く感じていたようだったが、ともかく弾が出るという一点で納得していたし、首をひねりつつも試射を続けていた。
 新兵共でも的にあてられる小銃。というマイヤール少尉の評価はマジンにとっては全く絶賛と同じ意味であったのでいうことはなかった。
 散射については誰もが驚きをみせていた。
 とくに、普段小銃を直接扱う立場にない幕僚ふたりでも神業のような速さで弾丸を打ち出せる銃に皆が驚いていた。最初の一回の試射では銃口が跳ね上がり二発目からは狙いを外していたが、構えと覚悟があれば三発を的に収めること自体はそれほど難しくないことがすぐに彼らにもわかった。このことは弾丸の径の大きさに不安を感じていた幕僚ふたりにとって大きな安心でもあった。
 最初にレゴット曹長がついでマイヤール少尉が体重と膂力を活かして穴をひとつに揃えてゆくに従って、銃の素性は誰の目にも明らかになった。
 マジンが連射の試射で標的を上下に割いてみせた瞬間に一同は射場に響き渡るような大声で叫び声を上げ、別の組の者と係の者が事故対応のために担架を持って飛んできた。
 いち早く立ち直ったホライン少佐はマイヤール少尉にビンタを張りその場を取り繕ったが、なにが起こったかの衝撃を理解していないはずもなかった。
 そして、二人の師団幕僚は足元に飛び散ったままにまだ冷えきっていない真鍮の撃ち殻の数を見て、戦力と自分の仕事の困難の比例を想像した。
 レゴット曹長の体格は新型小銃の連射の反動を抑えこみ、弾丸を標的に綺麗に収めてみせたが、それでも狙い撃つというよりは抑えこむ方に力が必要であるようだった。
 マイヤール少尉は自動連射の衝撃を純粋に楽しんでいた。
 その後マジンは銃弾の櫃を机代わりに小銃をタレル貨一枚を工具代わりに分解してみせ、試射後の銃身の様子や可動部品などの説明と清掃を四丁の小銃に対してそれぞれおこない、銃身と銃身の覆い、銃床以外は共有であることを説明し、銃身を入れ替えて組み立てて試射してみせた。
 その後マイヤール少尉とレゴット曹長には実際に分解と組み立てをおこなってもらい、実射に関する説明は終了した。
「小銃はこれで全部ですか」
「今軍都に持ち込んでいるものは四丁で全てです。弾倉は二十発入りと四十発入りで二種類用意して八本づつあります。弾丸はここに五千発。同じものがもう一棹車に積んであります」
「今撃った分は銃の鞄から出てきたものですね」
「そうです」
 マジンがそう言うとキオール中佐は軽く息を吸い身を張って部下に向き直った。
「マイヤール少尉。これより最近天狗になってさぼりぎみだった貴様の射撃訓練をこの場でまとめておこなう。新型小銃千発の射撃をおこない、今後の小銃戦術に関する考察をまとめ報告せよ」
「はっ」
「レゴット曹長。貴様も軍都に戻ってきてからいささか弛みすぎだ。小銃の整備くらい一回で把握してみせろ。火薬の焦げる匂いを嗅いで反省せよ。貴様も新型小銃の射撃千発をおこない、想定される問題点の考察をおこなえ。同時に整備における手引書を作成して報告せよ」
「はっ」
「両名とも実射は本日中。報告書は月末までに各長の内容確認を受けよ」
 キオール中佐は二名の部下に命令を発した。
「え。それは、軍都にいる幕僚全員ってことですか」
 慌てたようにマイヤール少尉は言った。
「そうだ」
 キオール中佐は固く答えた。
「それはユニード大尉殿もでありますか」
 マイヤール少尉が少し腰が引けたように確認する。
「厩務長なのだから当然だ」
 キオール中佐の答えにマイヤール少尉は慌てる。
「この銃は複数で運用した場合、高密度の弾幕を射界内に生じせしめます。また極めて高精度であるため、目視した標的を狙撃することを極めて容易にします。二点よりこの小銃が大量配備され広く射界を確保した陣形をとった場合、一斉突撃の類を完全に粉砕せしめます。歩兵による突撃はもとより騎兵の突貫も無力化します。また、騎馬は腰が高く目立つため、その騎手は常に標的になることが宿命付けられます。常日頃、騎馬に心血を注ぎ騎兵であることに誇りを抱かれている厩務長に騎兵の生存が極めて難しくなる報告をつきつけるのはいささか心苦しく思います」
 そう言ってちょっと困った顔をするマイヤール少尉をキオール中佐は睨みつけた。
 キオール中佐はマイヤール少尉の言葉の続きを待つように黙っていたが、やがて口を開いた。
「マイヤール少尉。そこまでか。お前の理解は。そんなのはここまでを見ればとくにお前のような射的自慢でなくとも承知しているし、先の読める歩兵砲兵士官なら百年も前から恨みがましく言っていたものだ。お前が士官である理由と亜人である価値をきちんと考えろ。私はもう幾手か先をすでに思いついているぞ。
 レゴット曹長。小銃と弾薬の管理はお前に一任する。所定の弾薬を射耗後、残余は工具備品とともに厳重に管理せよ。今マイヤール少尉が言ったことは全く不足であるが、一面の真実ではある。今後の我が部隊の帰趨にも関わる重大な装備かつ、こちらのゲリエ氏の私物資産のご貸与であることをゆめ忘れるな。小銃が動作不能となっても持ち帰り経過仔細ご報告申し上げよ。たとえその不調の原因がお前の自慢の角だったとしてもだ。
 両名はここに残って所定の弾薬数射耗後、帰隊。その後、報告書の作成をおこなえ。
 備品の搬出とその後の管理はレゴット曹長の指示でおこなえ。報告書の確認までの間マイヤール少尉はレゴット曹長に最大限の支援をおこなえ。行李の利用は私の名で準備しておく。
 以上」
 マイヤール少尉とレゴット曹長がそれぞれの表情で敬礼するのにキオール中佐は答礼した。
 いささか納得ゆかない顔のマイヤール少尉が長櫃の中に小分けされた千発入りの箱を取り出し、弾倉に銃弾を詰め始めるのを置いて一同は機関車に戻った。
 機関車の屋根から残りの銃弾の長櫃を下ろすマジンを見て、レゴット曹長は不思議そうな顔をした。
「どうなさいました」
「ああ、いえ。なかなか力持ちだなと見とれておりました」
 ああ、と曖昧に笑いながら、マジンはレゴット曹長に銃の鞄と銃弾の長櫃の鍵を渡した。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

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