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四十二周目
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「今度はレールガンだって?キミって本当に騒ぎに愛されているね。ちなみに個人的にはコイルガンの方が好きよ。
理論的な初速上限を気にする話もあるけどね。エネルギーの転換効率はレールガンでもコイルガンでも大差ない。装置本体はコイルガンの方が大きくなるのは避けられないけど、超電導素材を使うとピークの消費電力の問題で圧倒的ね。
コイルガンは弾体が磁性体であれば良いわけだし、弾体本体には通電しないから飛翔体の初期温度を低めに設定できる。弾体の衝撃強度を問題とするような装甲目標であるなら、コイルガンの方が弾体の制限もゆるいわ。
装置の構成上どうしても燃焼かそれに近い反応が発生してしまうリニアガンに比べて装置自体の損耗も少なく連射も構造上容易だしね。初速の上限の問題はあるけど、運動エネルギー弾が弾体の物性によって拘束される性質上、宇宙に出るまでは速さ無制限勝負は威力の上で意味がない。おそらく地球上では毎秒五キロを超えた辺りですべての砲弾は速度上の進化を止めるだろうからね。断熱構造を作っても射程距離を伸ばす意味がないほどに弾体の強度が落ちるしね。
まぁコイルガンだとどうしても銃身本体が大きくなるから、キミを襲ったような程度のモノでもおいそれと持ち運び出来る大きさではなくなるけど、ソコも工夫次第でなんとかなる。」
七月の最初のインターンシップの日、金城基女史がそう言った。親指を天に立てて、ゆるく筒状に握った掌をねじるように示す。もちろんそれは右ねじの法則を示したものだが、ニンマリとした表情がどことなく性的で、ただそれは性的というよりは多分趣味的ないやらしさなのだろうと、畑中純一は思った。
「妙に嬉しそうですね。しかも変に詳しい」
書類仕事に飽きたらしい金城女史のムダ話に純一は渋い嫌な顔で応えた。
「新型の炭素材の量産開発が進むと多分最初の用途になるからさ。売り込みのプランを幾つか考えていたんだ。開発費を早めに回収しないとエラいことになりそうだからね。そこをバネにして色々やりたいから、まずは確実に儲かるところを抑えないとなんでね」
純一は今ひとつ分からなかった。
「どういう事です?」
「炭素系超分子の安定した引張合成と衝撃強度は普通の金属の及ぶところではなくなるからね。理論値自体はたいした差がないが、一メートル超の超分子ともなると、今ある金属部材の数百から千倍程度の実測値を出すことになる、ハズよ。ハズというのはまだモノが無いからだけど、要するに完全に塑性硬化完了した部材になるのだからそれも当然といえる程度の大雑把な読みだけどね」
「今の話はまるで砲弾か何かに使う予定のように聞こえました。けど、たしか砲弾って比重の大きな重たい材料使うんじゃないでしたっけ?」
はぐらかしという程でもないが、趣旨をハッキリさせない金城女史の言葉に純一は質問を変えてみる。
「運動エネルギーを保持して、空気抵抗を避けるため、あと命中時の圧力を高めるためにね」
「炭素素材はアルミよりちょっと密度が高いくらいで、ダイヤモンドでも鉄の半分くらいですよね。だめじゃないんですか?」
「単体で使えばね。だけど弾芯として使う分にはソコはあまり問題にならない。つまるところ水飴を支える割り箸として使えればいいのよ」
金城女史は純一の問いにソコまで言えば分かるだろうという顔で純一の反応を確かめ、持っていたボールペンの先でクルクルと宙に円を描く。
純一はイマイチ要領を得ない。
金城はわざとらしくため息をついてみせ説明を始めた。
「――製品の実測強度を得ないと細かいことは見えないけれど、計画的な六方晶体の円環を構築した場合、その硬度はロンズデーライト、あー六方晶体ダイヤモンドと同等の先端硬度を持った剛性率・体積弾性率ともに五百ギガパスカル程度の素材になると想像されているの。一般的なダイヤモンドの一割増しくらいね。ヤング率も多分千二百GPaから千五百GPaの間くらいのはず」
純一には数値的な内容の正当性の評価はできなかったが、話の筋は理解できた。
「つまり細長い巨大なダイヤモンドの針を砲弾の中に仕込んで支えにしようってことですか?でも外側、金属ですよね。意味あるんですか?」
「まぁ、もう少しすると意味があると思うわけよ。今、世界の戦車の砲弾の速度はだいたい毎秒二キロ辺りで戦っているの。コレは砲弾を加速する装薬、あー爆薬の性能にも影響を受けているんだけど、さっき言った通り、他にも二つの問題があるの。ひとつは大気の壁。もうひとつは砲弾が目標の装甲にぶつかったときに発生する衝撃時のせん断力で大きな熱も発生するの。
ほんの数秒程度の大気との摩擦や振動よりも実際には衝撃の方が問題で、装甲をカチわろうと速度を上げれば上げるほど、砲弾は自身がとけてしまうほどのエネルギーを熱としてしまうのよ。で、たぶん今のままの砲弾の材料だと毎秒三キロを超えることは難しいところなの。で、無反応状態の炭素の昇華温度は摂氏三千六百四十二度で、熱による物性の変化はギリギリまで小さく、ポアソン比による形態の歪みも金属に比べて小さい炭素材はかなり有望な弾芯なのよ」
金城女史の言いたいことは純一にもようやくよく分かった。激しくたたきすぎて熱くなった結果として自身を溶かした水飴状の溶解した砲弾を支えて、槌で叩かれたダイヤモンドのノミのように戦車の装甲を食い破る材料になると、彼女は言っているのだ。
「でも他に使い道なんていくらでもあるんじゃないですか?飛行機とか鉄筋の代わりとか。よりによって最初の用途が兵器なんて……」
「それがねぇ。たぶん最初の量産品は数十センチってところがいいところじゃないかと思っているのよ。
一応、アルミ材ってかジュラルミンに混ぜたりとか、プラスチックに混ぜたりってことは考えているんだけど、飛行機や建築構造に使うにはまだ、商品的な付加価値の提示が難しいのよね。一般的なカーボンファイバと置換えは可能だけれど、その辺でもまだ使い切れていない部分が多いし。小さな部品ならともかく大きなものを置き換えるとなると継ぎ接ぎだらけになって却って弱くなる。
最初の民生用途はたぶんバイクのヘルメットかスキーの中材くらいじゃないかと思う。あとは、釣竿とゴルフのクラブシャフトかしらね。まぁスポーツ用品業界は最先端競っている分野だから、例えばエフワンとかはステーやスプリングとして考えてくれるだろうけど、そんなんばっかじゃ単価は稼げても読めるほど量が出ないから生産実績を伸ばしてってことがやりにくいんで、カッツリ定量が読めて払いがいい相手先としてお国を考えている、とこういうわけよ」
金城女史は屈託なく笑って言った。それはまるで友人にオモシロイ遊びを見つけたことを報告するような無邪気な好意であったし、自分の仕事を説明することを楽しんでいるようでもあった。すでに純一は内定通知には了承の旨の返答をしたわけだが、今ひとつ未来を定めきれていないままに、自分の巻き込まれた事件もあって純粋に笑う気にはなれなかった。
そんな話を卒業研究の実験の内容を伊藤教授と相談しているときに口にしていた。
純一の研究は今のところ、水酸化ナトリウムと塩化ナトリウムの飽和混合液中に調整されたレーザーを照射して片方の結晶を析出成長させるというものになっている。去年の段階でそれぞれでは析出の実績があったので、次のステップといえる。
試験装置の規模や出力から極端に意味が分かりやすいことができるわけではないが、多くの研究が数年の空振りの末に製品になるか夢破れるかという事実を思えば、足掛け二年でできる内容というものにあまり激しい成果を求めるのはお互いおかしいと純一は思う。伊藤教授はもちろん現実が分かった上で、しかし背伸びをさせるのが得意な教授だったので、毎回小出しにネタを振ってくるそういう人物だった。全く基本的なイオンを操作する、という作業は一見地味だが、その方法の意味は意外と大きい。と伊藤教授は自分の研究にかなりの自信を持っていた。
そんな教授に金城女史の話をついしてしまった。
論文の査読の話もあったし、その後に渡される読書感想文を要求された書籍には純一の理解が及ばないものも含まれていたから、すでに何度か金城女子の話は伊藤教授にはしていた。
伊藤教授の金城基評は「嫌な女だが、分かった上でやっている仕事に限っていえば信用に足るが、嫌な女」というものだった。同時に、間違いなく苦労するが体力が落ちる前に鍛えてもらえ、と純一に言った。
そんな女史の先週の話を教授は、こういう業界では当たり前だ、と評した。
新しい技術はスポンサーを求めており、平時であれば軍隊がなんらかの名乗りをあげることが多い。彼ら軍隊は戦時のために常に予算のバルブには手をかけていなければならない立場であるし、戦時により少ない予算で活動するためには、何らかの形で仮想敵を優越していなければならない。一般的に機械そのものよりも素材の開発は長期の期間がかかるので、一旦優勢を確保するとそこを軸に優位が確保できるケースが多い。だから軍隊は意外とそういった新素材には注目をして、無理のない範囲でサンプルを求めるだろう。
今回のケースのようなある程度具体的な用法が示されれば、飛びつくという言い方が正しいかどうかはともかく、大きな期待をかけた協力をおこなうことになると思う。もちろん一般用途も多くあろうから、間接的に企業間の取りまとめをおこなうということになるだろうが、そういった調整の不備が実は企業活動では面倒な抵抗を発生させる元になるので、ある程度の協議の場を準備するということは大きな意味を持つ。日本では特に重要な作業だ。
海外の企業の多くが一般に日本に比べて大きめなのは、そういった協議向けの渉外装置をかなり大きく取っているからだ。
そんな風に伊藤教授は述べた。
実際のところ、純一にとっては半分もどうでもいいことだったのだが、伊藤教授は金城女史の構想に特に不快感を感じた様子ではなかった。
もっとも純一にしたところで、そんな風に金城女史に微妙な違和感を感じたものの、不快というよりはどういう意味があるのかの真意の方が興味があったので、第三者である伊藤教授の意見を聞いてそれなりに意味はあるという感触を得たことで、落ち着いていた。しかもその日に純一はオミヤゲを金城女史から頂戴していた。
パートの秘書サービスのボーナスとして半年の保養所の利用パスを受け取っていたのだ。
金城は上級役員待遇のパスを本人も忘れたナニやらの折に手にいれたものの結局一度も使う機会がなく、毎回ボーナスの時に更新支給されるもので年内いっぱいの利用が可能な半期分、今年もどうせ使わないと思ったが、丁度いいので純一にボーナスとして支給する、ということだ。
「そこのサイトに行ってそこに書いてあるパスで予約が取れるはずよ。施設の利用料は無料で飲み食いは実費だったかな。タダだったか。すまんが行った事ないんで分からない。交通費はかかるが駐車場もあるから人数いるなら車のほうが安いのかな。けっこうアチコチあるみたいだから、自分で調べて使えるようならつかってね」
そんな風に投げやりな感じで金城女史は言った。
インターンシップは三ヶ月でひとまず幕で、今週でオシマイだが、学会に出席とかで金城女史は不在らしい。
そんな風での別れだった。当初に恋人たちが危険視したような性的な興味はあまりなかったらしく、純粋に純一の人間性や能力状態に対する知的関心だったようで、そのことにはやや複雑ながら純一は安心した。
「ああいう人にはナニがいいんでしょうねぇ」
純一はいつものように、阿吽魔法探偵事務所でコーヒーを飲みつつ斎夜月にそんな話をしていた。
金城に貰った保養施設のパスのお返しをしないといけないような気がしていたのだ。
「そのインターンシップ先のお世話になった人ですか?まぁ使えるものならナンデモ使ってくれると思いますけどねぇ。無難なところだと、ボールペンとか万年筆とかですかねぇ。ああ、そういえばもうすぐ七夕ですねぇ」
夜月はそんなふうに言った。
「分かってます。覚えていますよ。ちなみにあのときの花束っていくらぐらいしたんですか」
未来に花束をあげた以上は何もしないというわけにもいかず、なんとなく仮契約的な関係では形に残るのは色々痛かろうと、純一はやはり花束にしようと考えていた。
「……花を換金するなんて、畑中さん意外と野暮なこと聞きますね」
夜月がガッカリしたように言った。
「……スミマセン。花束なんて買った事ないんで」
普段、あまりそういう顔を見せない夜月の表情はひどく純一の心を刺す。純一の言葉はつい弁解じみてしまった。
「うちの日当だと当然買えないくらいの値段ですね。たぶん畑中さんとこの光熱費くらいだったと思います。でも生花は時価ですからねぇ。お花屋さんで欲しいだけたのむか、値段を言ってたのむかするのがいいと思いますよ。ちなみに春のアレは鉢のバラを全部とあと適当に負けないくらい匂いの香るものをと言って頼みました」
夜月らしいといえばあまりにらしすぎて、まるで参考にならない注文方法に純一は苦笑する。
「こんなところでボンヤリしているよりはショッピングモールでも回ってナニかインスピレーションを拾った方がよくないですか?」
ともすると夕食直前まで居ついて、携帯電話で謝るハメになっている純一に夜月は珍しく追い払うようにそんなことを言う。
そういえば夜月に指摘されて純一は思い出したことがある。
――ヘルメットを買わなくてはならない。
また出費かと思ったが、カッコいいからというタダそれだけで買ったヘルメットが、ついぞしっかりと自らの命を守ったことに付いて純一は日本の工業技術の良心を感じ、ならば新しいものも出費は惜しむまいとバイク用品店に向かい最新モデルの値段に唸り、いやしかし、だがしかし、としばし値段交渉など行いつつ、結局は最新モデルを買ってしまった。その値段はDIY量販店にあるような安い原付用のヘルメットなら十個は買えてしまうような値段で、純一自身も、いやせめて五個分くらいにしてくれないか、と少し思わないでもないが、しかし、この一つ前のモデルが良かったのだからコレは間違いないはずで、さらには若干機能性が上がっている、などと自分を慰めつつ、店内を巡っていた。ふとみると、ライディングシューズの特売をおこなっていた。
バイクのライディングシューズはバイクのスタンドで踏まれてもやられない程度につま先と足首には補強が入っていて、フットレストとの滑り止めも優秀なものが多く、意外と歩きやすいものもある。ビブラムソールのシューズなんてのもあって、踵だけだがクッションが入っていて見た目は普通のくるぶしまでのショートブーツというモノもあった。値段は流石に安くはない。だが、今買ったヘルメットのポイントサービスを考えるともう半分くらい出せばいい値段。
純一は軽く唸る。
――買える。ってか買えって啓示か。
サイズは知っていた。部屋を整理しているときに静電靴を発見して本人の物であることも確認している。
夜月が買った花束よりは安い。ヘルメットとなら比べるまでもない。純一は悩んだ。
結局、しばしの逡巡の後に純一はそれを買ってしまった。
おっとそういえば、お花屋さんによって笹の枝を買っていかなくては。純一はまずは順番にしたがって片付けることにした。
理論的な初速上限を気にする話もあるけどね。エネルギーの転換効率はレールガンでもコイルガンでも大差ない。装置本体はコイルガンの方が大きくなるのは避けられないけど、超電導素材を使うとピークの消費電力の問題で圧倒的ね。
コイルガンは弾体が磁性体であれば良いわけだし、弾体本体には通電しないから飛翔体の初期温度を低めに設定できる。弾体の衝撃強度を問題とするような装甲目標であるなら、コイルガンの方が弾体の制限もゆるいわ。
装置の構成上どうしても燃焼かそれに近い反応が発生してしまうリニアガンに比べて装置自体の損耗も少なく連射も構造上容易だしね。初速の上限の問題はあるけど、運動エネルギー弾が弾体の物性によって拘束される性質上、宇宙に出るまでは速さ無制限勝負は威力の上で意味がない。おそらく地球上では毎秒五キロを超えた辺りですべての砲弾は速度上の進化を止めるだろうからね。断熱構造を作っても射程距離を伸ばす意味がないほどに弾体の強度が落ちるしね。
まぁコイルガンだとどうしても銃身本体が大きくなるから、キミを襲ったような程度のモノでもおいそれと持ち運び出来る大きさではなくなるけど、ソコも工夫次第でなんとかなる。」
七月の最初のインターンシップの日、金城基女史がそう言った。親指を天に立てて、ゆるく筒状に握った掌をねじるように示す。もちろんそれは右ねじの法則を示したものだが、ニンマリとした表情がどことなく性的で、ただそれは性的というよりは多分趣味的ないやらしさなのだろうと、畑中純一は思った。
「妙に嬉しそうですね。しかも変に詳しい」
書類仕事に飽きたらしい金城女史のムダ話に純一は渋い嫌な顔で応えた。
「新型の炭素材の量産開発が進むと多分最初の用途になるからさ。売り込みのプランを幾つか考えていたんだ。開発費を早めに回収しないとエラいことになりそうだからね。そこをバネにして色々やりたいから、まずは確実に儲かるところを抑えないとなんでね」
純一は今ひとつ分からなかった。
「どういう事です?」
「炭素系超分子の安定した引張合成と衝撃強度は普通の金属の及ぶところではなくなるからね。理論値自体はたいした差がないが、一メートル超の超分子ともなると、今ある金属部材の数百から千倍程度の実測値を出すことになる、ハズよ。ハズというのはまだモノが無いからだけど、要するに完全に塑性硬化完了した部材になるのだからそれも当然といえる程度の大雑把な読みだけどね」
「今の話はまるで砲弾か何かに使う予定のように聞こえました。けど、たしか砲弾って比重の大きな重たい材料使うんじゃないでしたっけ?」
はぐらかしという程でもないが、趣旨をハッキリさせない金城女史の言葉に純一は質問を変えてみる。
「運動エネルギーを保持して、空気抵抗を避けるため、あと命中時の圧力を高めるためにね」
「炭素素材はアルミよりちょっと密度が高いくらいで、ダイヤモンドでも鉄の半分くらいですよね。だめじゃないんですか?」
「単体で使えばね。だけど弾芯として使う分にはソコはあまり問題にならない。つまるところ水飴を支える割り箸として使えればいいのよ」
金城女史は純一の問いにソコまで言えば分かるだろうという顔で純一の反応を確かめ、持っていたボールペンの先でクルクルと宙に円を描く。
純一はイマイチ要領を得ない。
金城はわざとらしくため息をついてみせ説明を始めた。
「――製品の実測強度を得ないと細かいことは見えないけれど、計画的な六方晶体の円環を構築した場合、その硬度はロンズデーライト、あー六方晶体ダイヤモンドと同等の先端硬度を持った剛性率・体積弾性率ともに五百ギガパスカル程度の素材になると想像されているの。一般的なダイヤモンドの一割増しくらいね。ヤング率も多分千二百GPaから千五百GPaの間くらいのはず」
純一には数値的な内容の正当性の評価はできなかったが、話の筋は理解できた。
「つまり細長い巨大なダイヤモンドの針を砲弾の中に仕込んで支えにしようってことですか?でも外側、金属ですよね。意味あるんですか?」
「まぁ、もう少しすると意味があると思うわけよ。今、世界の戦車の砲弾の速度はだいたい毎秒二キロ辺りで戦っているの。コレは砲弾を加速する装薬、あー爆薬の性能にも影響を受けているんだけど、さっき言った通り、他にも二つの問題があるの。ひとつは大気の壁。もうひとつは砲弾が目標の装甲にぶつかったときに発生する衝撃時のせん断力で大きな熱も発生するの。
ほんの数秒程度の大気との摩擦や振動よりも実際には衝撃の方が問題で、装甲をカチわろうと速度を上げれば上げるほど、砲弾は自身がとけてしまうほどのエネルギーを熱としてしまうのよ。で、たぶん今のままの砲弾の材料だと毎秒三キロを超えることは難しいところなの。で、無反応状態の炭素の昇華温度は摂氏三千六百四十二度で、熱による物性の変化はギリギリまで小さく、ポアソン比による形態の歪みも金属に比べて小さい炭素材はかなり有望な弾芯なのよ」
金城女史の言いたいことは純一にもようやくよく分かった。激しくたたきすぎて熱くなった結果として自身を溶かした水飴状の溶解した砲弾を支えて、槌で叩かれたダイヤモンドのノミのように戦車の装甲を食い破る材料になると、彼女は言っているのだ。
「でも他に使い道なんていくらでもあるんじゃないですか?飛行機とか鉄筋の代わりとか。よりによって最初の用途が兵器なんて……」
「それがねぇ。たぶん最初の量産品は数十センチってところがいいところじゃないかと思っているのよ。
一応、アルミ材ってかジュラルミンに混ぜたりとか、プラスチックに混ぜたりってことは考えているんだけど、飛行機や建築構造に使うにはまだ、商品的な付加価値の提示が難しいのよね。一般的なカーボンファイバと置換えは可能だけれど、その辺でもまだ使い切れていない部分が多いし。小さな部品ならともかく大きなものを置き換えるとなると継ぎ接ぎだらけになって却って弱くなる。
最初の民生用途はたぶんバイクのヘルメットかスキーの中材くらいじゃないかと思う。あとは、釣竿とゴルフのクラブシャフトかしらね。まぁスポーツ用品業界は最先端競っている分野だから、例えばエフワンとかはステーやスプリングとして考えてくれるだろうけど、そんなんばっかじゃ単価は稼げても読めるほど量が出ないから生産実績を伸ばしてってことがやりにくいんで、カッツリ定量が読めて払いがいい相手先としてお国を考えている、とこういうわけよ」
金城女史は屈託なく笑って言った。それはまるで友人にオモシロイ遊びを見つけたことを報告するような無邪気な好意であったし、自分の仕事を説明することを楽しんでいるようでもあった。すでに純一は内定通知には了承の旨の返答をしたわけだが、今ひとつ未来を定めきれていないままに、自分の巻き込まれた事件もあって純粋に笑う気にはなれなかった。
そんな話を卒業研究の実験の内容を伊藤教授と相談しているときに口にしていた。
純一の研究は今のところ、水酸化ナトリウムと塩化ナトリウムの飽和混合液中に調整されたレーザーを照射して片方の結晶を析出成長させるというものになっている。去年の段階でそれぞれでは析出の実績があったので、次のステップといえる。
試験装置の規模や出力から極端に意味が分かりやすいことができるわけではないが、多くの研究が数年の空振りの末に製品になるか夢破れるかという事実を思えば、足掛け二年でできる内容というものにあまり激しい成果を求めるのはお互いおかしいと純一は思う。伊藤教授はもちろん現実が分かった上で、しかし背伸びをさせるのが得意な教授だったので、毎回小出しにネタを振ってくるそういう人物だった。全く基本的なイオンを操作する、という作業は一見地味だが、その方法の意味は意外と大きい。と伊藤教授は自分の研究にかなりの自信を持っていた。
そんな教授に金城女史の話をついしてしまった。
論文の査読の話もあったし、その後に渡される読書感想文を要求された書籍には純一の理解が及ばないものも含まれていたから、すでに何度か金城女子の話は伊藤教授にはしていた。
伊藤教授の金城基評は「嫌な女だが、分かった上でやっている仕事に限っていえば信用に足るが、嫌な女」というものだった。同時に、間違いなく苦労するが体力が落ちる前に鍛えてもらえ、と純一に言った。
そんな女史の先週の話を教授は、こういう業界では当たり前だ、と評した。
新しい技術はスポンサーを求めており、平時であれば軍隊がなんらかの名乗りをあげることが多い。彼ら軍隊は戦時のために常に予算のバルブには手をかけていなければならない立場であるし、戦時により少ない予算で活動するためには、何らかの形で仮想敵を優越していなければならない。一般的に機械そのものよりも素材の開発は長期の期間がかかるので、一旦優勢を確保するとそこを軸に優位が確保できるケースが多い。だから軍隊は意外とそういった新素材には注目をして、無理のない範囲でサンプルを求めるだろう。
今回のケースのようなある程度具体的な用法が示されれば、飛びつくという言い方が正しいかどうかはともかく、大きな期待をかけた協力をおこなうことになると思う。もちろん一般用途も多くあろうから、間接的に企業間の取りまとめをおこなうということになるだろうが、そういった調整の不備が実は企業活動では面倒な抵抗を発生させる元になるので、ある程度の協議の場を準備するということは大きな意味を持つ。日本では特に重要な作業だ。
海外の企業の多くが一般に日本に比べて大きめなのは、そういった協議向けの渉外装置をかなり大きく取っているからだ。
そんな風に伊藤教授は述べた。
実際のところ、純一にとっては半分もどうでもいいことだったのだが、伊藤教授は金城女史の構想に特に不快感を感じた様子ではなかった。
もっとも純一にしたところで、そんな風に金城女史に微妙な違和感を感じたものの、不快というよりはどういう意味があるのかの真意の方が興味があったので、第三者である伊藤教授の意見を聞いてそれなりに意味はあるという感触を得たことで、落ち着いていた。しかもその日に純一はオミヤゲを金城女史から頂戴していた。
パートの秘書サービスのボーナスとして半年の保養所の利用パスを受け取っていたのだ。
金城は上級役員待遇のパスを本人も忘れたナニやらの折に手にいれたものの結局一度も使う機会がなく、毎回ボーナスの時に更新支給されるもので年内いっぱいの利用が可能な半期分、今年もどうせ使わないと思ったが、丁度いいので純一にボーナスとして支給する、ということだ。
「そこのサイトに行ってそこに書いてあるパスで予約が取れるはずよ。施設の利用料は無料で飲み食いは実費だったかな。タダだったか。すまんが行った事ないんで分からない。交通費はかかるが駐車場もあるから人数いるなら車のほうが安いのかな。けっこうアチコチあるみたいだから、自分で調べて使えるようならつかってね」
そんな風に投げやりな感じで金城女史は言った。
インターンシップは三ヶ月でひとまず幕で、今週でオシマイだが、学会に出席とかで金城女史は不在らしい。
そんな風での別れだった。当初に恋人たちが危険視したような性的な興味はあまりなかったらしく、純粋に純一の人間性や能力状態に対する知的関心だったようで、そのことにはやや複雑ながら純一は安心した。
「ああいう人にはナニがいいんでしょうねぇ」
純一はいつものように、阿吽魔法探偵事務所でコーヒーを飲みつつ斎夜月にそんな話をしていた。
金城に貰った保養施設のパスのお返しをしないといけないような気がしていたのだ。
「そのインターンシップ先のお世話になった人ですか?まぁ使えるものならナンデモ使ってくれると思いますけどねぇ。無難なところだと、ボールペンとか万年筆とかですかねぇ。ああ、そういえばもうすぐ七夕ですねぇ」
夜月はそんなふうに言った。
「分かってます。覚えていますよ。ちなみにあのときの花束っていくらぐらいしたんですか」
未来に花束をあげた以上は何もしないというわけにもいかず、なんとなく仮契約的な関係では形に残るのは色々痛かろうと、純一はやはり花束にしようと考えていた。
「……花を換金するなんて、畑中さん意外と野暮なこと聞きますね」
夜月がガッカリしたように言った。
「……スミマセン。花束なんて買った事ないんで」
普段、あまりそういう顔を見せない夜月の表情はひどく純一の心を刺す。純一の言葉はつい弁解じみてしまった。
「うちの日当だと当然買えないくらいの値段ですね。たぶん畑中さんとこの光熱費くらいだったと思います。でも生花は時価ですからねぇ。お花屋さんで欲しいだけたのむか、値段を言ってたのむかするのがいいと思いますよ。ちなみに春のアレは鉢のバラを全部とあと適当に負けないくらい匂いの香るものをと言って頼みました」
夜月らしいといえばあまりにらしすぎて、まるで参考にならない注文方法に純一は苦笑する。
「こんなところでボンヤリしているよりはショッピングモールでも回ってナニかインスピレーションを拾った方がよくないですか?」
ともすると夕食直前まで居ついて、携帯電話で謝るハメになっている純一に夜月は珍しく追い払うようにそんなことを言う。
そういえば夜月に指摘されて純一は思い出したことがある。
――ヘルメットを買わなくてはならない。
また出費かと思ったが、カッコいいからというタダそれだけで買ったヘルメットが、ついぞしっかりと自らの命を守ったことに付いて純一は日本の工業技術の良心を感じ、ならば新しいものも出費は惜しむまいとバイク用品店に向かい最新モデルの値段に唸り、いやしかし、だがしかし、としばし値段交渉など行いつつ、結局は最新モデルを買ってしまった。その値段はDIY量販店にあるような安い原付用のヘルメットなら十個は買えてしまうような値段で、純一自身も、いやせめて五個分くらいにしてくれないか、と少し思わないでもないが、しかし、この一つ前のモデルが良かったのだからコレは間違いないはずで、さらには若干機能性が上がっている、などと自分を慰めつつ、店内を巡っていた。ふとみると、ライディングシューズの特売をおこなっていた。
バイクのライディングシューズはバイクのスタンドで踏まれてもやられない程度につま先と足首には補強が入っていて、フットレストとの滑り止めも優秀なものが多く、意外と歩きやすいものもある。ビブラムソールのシューズなんてのもあって、踵だけだがクッションが入っていて見た目は普通のくるぶしまでのショートブーツというモノもあった。値段は流石に安くはない。だが、今買ったヘルメットのポイントサービスを考えるともう半分くらい出せばいい値段。
純一は軽く唸る。
――買える。ってか買えって啓示か。
サイズは知っていた。部屋を整理しているときに静電靴を発見して本人の物であることも確認している。
夜月が買った花束よりは安い。ヘルメットとなら比べるまでもない。純一は悩んだ。
結局、しばしの逡巡の後に純一はそれを買ってしまった。
おっとそういえば、お花屋さんによって笹の枝を買っていかなくては。純一はまずは順番にしたがって片付けることにした。
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