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水曜日~野試合~
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――ああ、来週で春休みもおしまいだ。
そんなまるで無意味なことを考えながら、大人しく従いて行くことにしたのは、深い意味というよりは若者文化というモノに対する興味のようなものだったのだろう。
純一は防寒用というにはやや丈夫なアラミド繊維のレーシングスタッフも愛用の作業グラブを填めながら、囲むようにして動いていく群れに従いていった。軽く指先だけ薄手なので純一はライダーグラブの代りに愛用しているが、今は人数が多そうなので文字通りのグローブとしての機能が欲しいだろうと思ったのだ。見とがめたチンピラがいたので正確に鼻血を出してやって、痛いだろ、と言ったら大人しくなった。
案内されたビルに深く囲まれた元コイン駐車場にはまだ三人いた。体格は純一とあまり変わらない。が、他の連中とは落ち着きのようなものが違う。直感的にこの場のボス格という感じだ。
「なんだ。本当にいたのか」
「バカなのか。ナメてるのか」
「で、なんの集会だ?」
いちおう主催者と思しき待っていた三人に声をかけて訊いてみる。
「そこの馬鹿な後輩どもにケンカの仕方ってヤツをおしえてやろうと思ってね。ちょっと協力してくれよ。オッサン」
「俺を連れてきたコイツらって、一年生か。なるほど、進級試験ってヤツだな」
純一が話し終わらないうちに、視線の端で動いた影を見もしないで純一は無手のまま背負い投げの形に持っていく。腕でなく股間を踏み込んだ腕でそのまま掬い、勢いのまま背を伸ばす。動作が正常で肩の上を転がるようにして男が飛んでいったことを確認したのでそのまま辺りを視線で追いつつ、空いた手で投げる男の髪をつかんだ。そうしないと受身が取れそうもなかったからだ。
落とした男のみぞおちにポリカーボネイトのつま先をねじ込む。思った通り、アスファルトの上で受身を取り損なった男は自分の体重でシビレきって息をするのさえ苦痛のようだった。横にデカいのの一人だった。なんだ、と純一はガッカリする。
「スゲェ。肩車なんて技をケンカで使うヤツ始めてみたぜ」
「仏壇返しってヤツじゃないのか」
「バカがヘタレてってだけでもなさそうだ」
上座の三人が純一の動きに意見を述べ合う。
「こんな感じでいいか?――おい、授業料だ。財布と携帯出せ」
倒れた横にデカいののみぞおちを浮かすように純一が軽くケリをくれてやる。
「ざぁレるな!んだぁるぇあ」
上背のある大柄な男が突っ込んできたあとの動きは雪崩のようだった。
お、っと純一が思ったときには身体が動いていた。裏拳で動きが仰け反ったのに、片足を踏んで動きを止めそのまま肩でかち上げうつ伏せに倒し、アタマに踏みこむ。
膝に蹴り込み姿勢が下がったところで肘を胸に突き込み、さらにそのまま裏拳をあご先に突き込む。浮いた顔面に頭突きで体ごと跳ね上げ崩す。少し手加減を誤ったか純一は心配だった。
蹴り足をすくい上げ、回った軸足の膝を崩し落ちた肩に掌底を叩きこむ。
挟撃を狙ったひとりを廻り込み膝と肩で押し込み、その相手の頭でもう一人の顎を突き上げる。よろめく二人をまとめて上から蹴り伏せる。
殴ってきた相手の拳を脇に絡めつつ、踏み足の膝で相手の膝をまきはらい伸ばした腕で耳を引っ張り、地に落とす。伸びた足を遅れて漉き上げてやれば横転した。
純一が返し打ちの投げ技主体とみたのか消極的な動きをしてくればしめたもので、同足で拳を額に叩き込み目をつぶった瞬間に継足で膝を狩り後頭部に手刀をくれる。
さすがに純一の動きを考えたのか横にデカいのが純一に背中からタックルをくれた。純一は上体をそらせやたら太い内ももに腕を滑り込ませ絡めつつ身体を投げ出し潰し、半身を固め膝で首を締め上げる、大柄な身体は大きな魚が陸で暴れるようにもがいていたがやがて静かになった。
純一が最初にゲームセンターで軽く遊んでやった――既に純一はソノ気になっていた――三人はコンビニのレジ打ちと変わらないようなペースでバタバタと仲間が地に臥して呻き、あるいは声も上げられなくなっていくのを唖然としながら眺めていた。
「おい、おまえらが連れてきたんだろうが!」
上級生の怒鳴り声にビクビクと踏み出す三人に、名前を訊いてしまったからかさすがに可哀想になったので、純一は額と顎にコンビネーションジャブをくれてやって三人を寝かす。
「さて?おわりか?」
純一は身体が暖まってきた感じのままにかるくつま先跳びをする。
純一は久しぶりの運動を楽しんでいた。
特に今回は相手から誘ってきたというのもあるし、明らかに相手の技量が低く、天井も壁もない。受身が取れないような相手というのはアレだが、技量差がここまであると落とす向きや高さを調整したりする余裕ができる。多分ムチ打ちにもなるまい。
つい先だってのような命の危機も感じないし、イニシアティブもある。江田の時のような空間的な制約もなく、実にのびのびと純一は楽しんでした。純一自身その自分の興奮だけとは違う衝動に多少の後ろめたさを感じたが、習い覚えた技量を自由にするのは気持ちよかった。
「やるじゃないか。まだだ」
三人のウチの一人の細い男が出てきた。どことなくドライバーを組み合わせたような細さは成長期のボクサーにありがちな体格だろう、と純一は思った。ボクサーらしい相手を削るような戦い方を目指した動きだ。
――なんだ慣れたのもいるじゃないか。
細かく立ち位置を変えながら、純一との間合いを変えてゆく。彼はインファイターらしく飛び込んできたが、リングのような狭さのない空間では純一は前段で距離を確保しながら拳を叩き落すことができる。グローブがナニカに引っかかった。金具か刃物か暗器を握っているらしい。一瞬付き合ってやろうかと思った純一だったが、気を変えた。
運足の速度を挙げて肩裏をとり続け、かわす。さすがにボクサーのフットワークはなかなか粘る。
だが、世界を狙えるという程の実力ではない。
相手の視線がこちらの動きに怪しくなったところで足を緩め、相手のジャブに合わせて、身体をひらいてジャブを返し、カウンターを誘い、その腕を絡めとりつつその後頭部に回し蹴りをくれて沈めた。腕が弓のような音を立てていたのでムチ打ちか肉離れを起こしたかもしれない。
拳を開かせると曲げた釘を握っていた。
「次はどっちだ」
「おう」
重量級の空手か柔道か、数合いなしてかわすが、ここまで待った大物だけあってソコソコの威力を持った重さのある拳が飛んできて、引きこもうとすると純一は慎重に巧みにかわす。打撃的な組み手争いだ。相手の動きは雑だが体格と速度があるので一撃では勝負が決まらなさそうだ。
ブン。と唸る音がした。純一は立ち位置を見もせず入れ替える。もう一人が近場にあった鉄パイプを振り下ろしていた。
「ちっ」
詫びれもせずに二人が笑う。
――そうじゃなくちゃ嘘だ。
純一もそう思い笑った。
「死ねよ、オッサン」
――江田よりだいぶ遅いな。この踏み込みなら突きがいいんだが。
数合だけパイプ男の袈裟振りを見て純一は思った。踏み足と振り下ろしが全然デタラメで自分できっさきの速度を落としているというのが鍛錬不足だ。たぶん経験的な威力重視ということなのだろうが、間合いが読みやすくて話にならない。
得物が刃物でないなら対処は簡単と純一は体を開いてかわし、突き戻す。
純一のアタマに落ちてきた鉄パイプは純一が大きく引いて戻したせいで腕が伸びきっていた。ソコに純一の掌底が戻ってくる。丸くあまり綺麗でない鉄パイプは振り下ろした両手の中で滑り、男の心臓の上を突いた。肺が太鼓のような音を立てていたので、相当の打撃になってしまったらしい。純一は手加減するつもりだったが、反射と無意識の怒りでそれどころでなかったようだ。踏み足が浮いて、追い足を軸にくるりと時計回りに回り左肩から仰向けに落ちていく。
ああ、シマッタなぁ、と、純一は他人事のように手応えを感じる。
相棒に追い込めば仕事が終わったつもりでいた柔道男は、目にした状況にどう反応するべきか一瞬考えた隙に純一が胸郭に拳撃を加えて動きを止め、回り込んで背を諸掌に突いてノした。たぶん肋にヒビくらい入ったろう。クシャりと膝からうつ伏せにアスファルトに落ちた。
いちおう脈をとって心臓が動いていることを確認して、三人を引きずって川の字に並べる。
最初の方でのした一年生はそろそろ気がついた連中もいたが、自分の身に起きたことも含めてわずか五分足らずで起きた出来事に理解がついていけない様子で、身を起こしたままボンヤリとしていた。
純一は転がった鉄パイプを持つと正座をさせて並べた。
「おい、財布と携帯と学生証出せ」
震える声で、ない、と言い出した男のアタマを気絶しないように蹴り込む。
「おまえらはカツアゲに失敗したヘタレだ。相手と自分の実力が見えもしない能無しのミミズ野郎だ。おまえらの先輩は卑怯者の糞野郎だ。あんまり卑怯臭かったんでついウッカリ手加減し損なったぐらいだ」
そう言うとしぶしぶ言われたものを出した。学生証と携帯番号を控え、財布から札だけ抜き取り小銭はアスファルトにばらまく。番号を控えた携帯を電池の蓋を外した状態で未だに気絶している三人の間に並べる。
十二人もいるとさすがにダルい。が、お礼参りでダルい思いをしたくない純一は仕事を徹底する。
純一は高橋祐太の携帯を持ったまま十二人の脇に立たせた。
「これから聞くことに答えたヤツには学生証を返す。そうでないヤツのは……そうだな。ヤクザの事務所に送りつけておこう。俺はいらないし、使い方も思いつかない。だがきっと連中はなんかそういう商売を知っていると思う」
「コイツの名前は?」
鉄パイプ男を奪った得物で指し示す。最初ぼそぼそ言っていたが、とうとう意を決した一人が聞こえる声で言った。高橋の携帯で純一は名前を確認する。入っている。
次に電話番号を訊いてみる。別の一人が答えた。電話をかけてみる。鉄パイプ男の服のどこかで携帯が鳴った。
純一は二人に学生証を返してやる。
その光景を見た瞬間に流れが早くなった。ウソが混じってなかったわけではないが、十二人もいると他人の誤りに正直に反応してしまう律義者がいるので、容易に罰を下すことができた。
確認が終わったところで、高橋の携帯も蓋を外して地面に並べる。
「さて、これが出来たら開放してやる。難しいことじゃない。そこに転がっている携帯めがけて立ちションするだけだ」
アスファルトを引きずる鉛管の音をさせながら、純一は告げる。
当然のように彼らは抵抗したが、純一が列の後ろから数人の間に鉛管を振り下ろしてみせてやると、彼らはベルトを外し始めた。
一人がベルトを外し始めると、いろいろなものが切れたように全員がズボンを下ろし始めた。
何人かは不安と恐怖でカチカチと歯を打鳴していたが、やはり全員緊張のために縮こまり放尿どころではないようだった。
仕方なく鉛管の先端で尻から内股をなぜてやると、チョロチョロと放尿が始まり全員が始めた。
水音と匂いで三人の目が覚めたらしく騒がしくなるのに満足しつつ純一は場を離れた。
「ニイチャン、エグいのう」
駐車場から出たところで、タバコをふかしていた妙に厚みのある男から声をかけられた。
「ワシらでも一人じゃ、あそこまでなかなかヨウせんぜ」
男の雰囲気から剣呑な感じがしている。たぶんヤクザかそれに近いモノだろうと純一は思った。
「チマチマお礼参り食らうのは好きでないんで」
ふん、と男は鼻を鳴らしてタバコを捨てた。
「ガキどもがウチの地所で騒いでいるってタレがあってな。見に来たんじゃが、この分だとしばらく来れんな。ソッチの成り行きじゃろうが、世話ンなった。礼は言う。ありがとさん」
「おっしゃる通り成り行きです。お騒がせしました」
むこうが股を割って頭をさげるのに純一はまっすぐに頭を下げた。影を見て間合いをとる。
「いや、丁寧なニイサンだ。コイツは世話ンなった仕事賃だ。また連中の学生証を預かることがあったらウチに送ってくれ」
そう言ってデカいワニ皮の札入れを取り出すと紙幣を一掴みを取り出して純一に名刺と一緒に押し付けた。
名刺には「武蔵興産 武蔵数正」と書かれていた。
「お、畑中。こんなところで会うなんて珍しいな。どうしたんだ」
なんという名前だったか未だに思い出せないラガーマン。ナンバーエイトが妙に明るい声で遠くから純一に呼びかけた。
それを横目でみとめて、困ったことがあったら来い、と言って武蔵数正と名乗った男は去っていった。
「今のイカついオッサンはなんだ。ヤクザか?揉めてるふうでもなかったが」
気遣うようにまだ名前を思い出せない男は言った。
そのあと、ナンバーエイトと喫茶店で少し話すことになった。
ちょうど彼は近くの床屋で散髪をしていた。そんなところでガラの良くないのに囲まれて歩き去っていく純一を店の中から見かけたという。正直、その場で立ち上がって追っかけてしまえば友達甲斐を見せたということになるのだろうが、十人抜きの噂や江田の襲撃を凌いでみせたことからあまり心配もしていなかったので、散髪を終わらせてから手間取っているようなら助けに行こう、と決めていたらしい。
あの辺りは地割のせいで表に騒ぎが分かりにくく、以前にもヤクザ同士の発砲事件などがあった。一回テナントビルが撤退したら、土地の評判の悪さから商業的には価値がなくなってしまい、空白地になって久しいという。
「そしたら、ヤクザらしいオッサンにオマエが頭下げているから、かなりビビったぜ」
通りを渡ろうとしたところで、武蔵数正と名乗っていたヤクザと思しき男と話していたのをラガーマンは見かけたようだ。
「――で、さすがにそれはマズいってんで、大声で呼び止めたのさ。ケンカしているところを見とがめられてってとこかと思ってな」
「……妙に鋭いな。前に揉めた事でもあるのか」
「選抜落ちした後輩がな。あの辺に連中が停めてた車に酔って蹴り入れたことがあってな。数で勝ってたんだが、連中やたら殴られ慣れしてて、飲んでのケンカで息が上がってきたところに反撃クラってで、俺も夜中に呼び出されて正座させられて塗装代とかで合わせて二十万取られたよ。タイヤ蹴っただけらしいんだがな」
苦いというか渋い思い出だったらしい。まぁ、オマエにケガがなくてよかった、そう言った。
「……来週から学校か」
ありがとうと言うべきかどうなのか、不思議な間合いだったので純一はとりあえず話をすり替えることにした。
「講義の開始はまだ少しあるが、……まぁそうだな。とりあえず俺たちには明日の試合が大事だが」
「リーグ戦かなんかか?」
「いやぁ、タダの練習試合なんだが、市営運動場で一部リーグ優勝候補筆頭の強豪とやることになっている。まぁたぶんムコウはフルメンバーでないだろうが、ウチも前の四年が抜けたあとがどの程度か知りたいし、ムコウも似たようなもんだから、一軍同士のガチでいく事にはなる。リーグ違うから全部見せてもコッチは問題ないし、ムコウが手を抜こうってなら美味しく勝たせて貰うチャンスだからな」
なるほど、普段勝てない相手に勝てそうなコンディションで戦うチャンスがあると言うのは、格下にとって燃えなくてはイケないシチュエーションだ。散髪の理由はわからんが、選りに選って今日と言う気分は純一にはなんとなく分かった。
「それで髪を切りにきたのか」
ラガーマンは少し意外そうだったが、少し考えて笑顔を見せた。
「まぁ、あまり……いや、そう、かもしれん。いよいよ四年だしな。就職も控えての一年だからな。いろいろ意味は思いつくが、気合を入れる前に少しサッパリしようと思った、ってとこか」
「髪切った方が就職イケるもんか?」
「それは知らんがタックルの時に相手に引っ張られないでいいからな。ヘッドギアあるが、こっちの頭引き剥がすついでに髪の毛引っ張るヤツがたまにいる」
「試合用か。しかし、髪の毛引っ張ってタックル外すって出来るのか」
「いや、単に悪あがきだな、そんなのは。ウチの県で一部の一軍の試合になれば、一度捕まったら肘を入れても逃げられるようなタックルは殆どない。それならボールを逃がした方がマシだし、倒れないように膝に肘入れて踏ん張った方がまだマシだ。まぁ、明日のチームにはそんな子供みたいなヤツはいないが、それでも気構えってヤツだ」
ふーん。と純一は感心した。目の前の男は本当にスポーツマンなんだなぁと、思った。楽しそうに自分の競技について語る男に羨望さえ覚えた。
「――よかったら観に来ないか?無料だし、試合そのものはソコソコいいモノになると思う。この時期はお互いいろいろ試したいものもあるから、相手がイマイチと思えば手を抜いたメンバーや試験中の戦術を使ってくるだろうし、コッチも勝ち始めたらそうなる。点数をとってってのよりは、本当の意味での練習試合だからマトモな試合じゃみられないような面白いプレイが観られると思う。まぁ、熱くなりだすとそうも言えなくなるんだが、今の時期の練習試合はラグビー初心者にはかなりおススメだと俺は思うぜ」
そんな感じで誘われて、天気が良ければ、と答えた純一がウチに帰ってその話をすると、ああ前田ね、と慶子から反応があった。
少し前に付き合っていたらしい。
「二人前かなぁ。統計学概論と保険工学の講義一緒だったからたまに話すことあったんだけど、付き合ってくれ、って告白があってしばらく付き合ってて部活が忙しくなってしまってすまないが、って別れた。いろいろズレてる気もするけどソコも含めてとってもイイヒト」
恋多き女からの告白に純一は少し複雑な感じがした。
「――なに?セックス想像したの?ゴメン。食事中にする話じゃなかった?でもこういうのって後で言うと隠しているみたいでヤじゃナい?」
「そこまで考えたわけじゃないけどね」
「でも、私、浮気とかしないンだよ。だいたいいつでも男の方から分かれようって言い出すし、イマイチ男運悪いのかも、って思ってて純一さん襲ったときも心臓やばかった。拒絶されたらどうしようって思ったし、なんかそんな感じもしてたし」
「あー、もういいよ。それは」
「私も一年の時にコクられて付き合ってた。っていうか、一回デートしただけだけど――」
少ししんみりしかけた場に紫が爆弾を放った。
「え?そんな驚かなくても、ほら、一年生のときってせっかく大学入ったんだからカレカノ見つけてラブラブしないと~って雰囲気あるじゃない?」
「まぁ、なくもないかな。工科は女子少ないからイマイチピンと来ないが」
「工科でも女子はあれが良いとか悪いとかケッコウ見てる。だから純一さん見にみんなで講義に混ざったこともあるよ」
「こわ」
光の指摘に純一はつぶやく。
「んでね。友達に紹介されて、デートで食事してホテルって流れになったんだけど、緊張してて前田くん上手くいかなかったの。私も二回目だったしイマイチ分かんなくて困っちゃいました。ってイベントがあって、なんか気まずくて消滅。けっこう私にも反省するところ多いいんだ。彼のこと思い出すと。ケイちゃんと付き合いだしたって聞いて少しホッとしてた」
「ふーん。高評価なんだな。前田って」
「焼ける?」
「まぁね。イイヤツっぽいしイイんだが……なんだか複雑な感じだ」
慶子が少しホッとしたように表情を緩めた。
「――あー、でね。そのイイヤツの前田が試合を観に来ないかって言うんだが、どうする?」
「いいよ?なんで?」
「一緒に行って欲しいの?」
慶子と紫がそんな質問をする。
「一緒に行って欲しいに決まってると思うよ、意外と所有意識は強いから純一様は」
「桜も綺麗だからお弁当持ってみんなで行こうか」
未来の意地悪に光がフォローを重ねる。
「でも、そしたら私たちと付き合ってますって、前田くんに言ってくれないとヤダなぁ」
「試合前にそんな言葉聞いたら俺なら死ねるね。ヤだよ、そんなの。冗談でも」
「試合後ならいいのかな」
「負けた後ならやっぱりヤな感じだろうな」
いじわるな笑顔が四人から溢れる。
「じゃぁ勝った後なら紹介してくれるんだ?付き合ってますって」
コイツら、男心を試すのがそんなに楽しいのか、純一はそう思う。
そんな感じでその夜は、添い寝係だった慶子とムチャクチャ燃えていたら、普段はあまり途中で来ない紫がやってきてやはり燃えた。起しにきた光がまだ激しく運動中だった純一を見て、今日は行くのやめようか、と本気で聞いたほどだった。
そんなまるで無意味なことを考えながら、大人しく従いて行くことにしたのは、深い意味というよりは若者文化というモノに対する興味のようなものだったのだろう。
純一は防寒用というにはやや丈夫なアラミド繊維のレーシングスタッフも愛用の作業グラブを填めながら、囲むようにして動いていく群れに従いていった。軽く指先だけ薄手なので純一はライダーグラブの代りに愛用しているが、今は人数が多そうなので文字通りのグローブとしての機能が欲しいだろうと思ったのだ。見とがめたチンピラがいたので正確に鼻血を出してやって、痛いだろ、と言ったら大人しくなった。
案内されたビルに深く囲まれた元コイン駐車場にはまだ三人いた。体格は純一とあまり変わらない。が、他の連中とは落ち着きのようなものが違う。直感的にこの場のボス格という感じだ。
「なんだ。本当にいたのか」
「バカなのか。ナメてるのか」
「で、なんの集会だ?」
いちおう主催者と思しき待っていた三人に声をかけて訊いてみる。
「そこの馬鹿な後輩どもにケンカの仕方ってヤツをおしえてやろうと思ってね。ちょっと協力してくれよ。オッサン」
「俺を連れてきたコイツらって、一年生か。なるほど、進級試験ってヤツだな」
純一が話し終わらないうちに、視線の端で動いた影を見もしないで純一は無手のまま背負い投げの形に持っていく。腕でなく股間を踏み込んだ腕でそのまま掬い、勢いのまま背を伸ばす。動作が正常で肩の上を転がるようにして男が飛んでいったことを確認したのでそのまま辺りを視線で追いつつ、空いた手で投げる男の髪をつかんだ。そうしないと受身が取れそうもなかったからだ。
落とした男のみぞおちにポリカーボネイトのつま先をねじ込む。思った通り、アスファルトの上で受身を取り損なった男は自分の体重でシビレきって息をするのさえ苦痛のようだった。横にデカいのの一人だった。なんだ、と純一はガッカリする。
「スゲェ。肩車なんて技をケンカで使うヤツ始めてみたぜ」
「仏壇返しってヤツじゃないのか」
「バカがヘタレてってだけでもなさそうだ」
上座の三人が純一の動きに意見を述べ合う。
「こんな感じでいいか?――おい、授業料だ。財布と携帯出せ」
倒れた横にデカいののみぞおちを浮かすように純一が軽くケリをくれてやる。
「ざぁレるな!んだぁるぇあ」
上背のある大柄な男が突っ込んできたあとの動きは雪崩のようだった。
お、っと純一が思ったときには身体が動いていた。裏拳で動きが仰け反ったのに、片足を踏んで動きを止めそのまま肩でかち上げうつ伏せに倒し、アタマに踏みこむ。
膝に蹴り込み姿勢が下がったところで肘を胸に突き込み、さらにそのまま裏拳をあご先に突き込む。浮いた顔面に頭突きで体ごと跳ね上げ崩す。少し手加減を誤ったか純一は心配だった。
蹴り足をすくい上げ、回った軸足の膝を崩し落ちた肩に掌底を叩きこむ。
挟撃を狙ったひとりを廻り込み膝と肩で押し込み、その相手の頭でもう一人の顎を突き上げる。よろめく二人をまとめて上から蹴り伏せる。
殴ってきた相手の拳を脇に絡めつつ、踏み足の膝で相手の膝をまきはらい伸ばした腕で耳を引っ張り、地に落とす。伸びた足を遅れて漉き上げてやれば横転した。
純一が返し打ちの投げ技主体とみたのか消極的な動きをしてくればしめたもので、同足で拳を額に叩き込み目をつぶった瞬間に継足で膝を狩り後頭部に手刀をくれる。
さすがに純一の動きを考えたのか横にデカいのが純一に背中からタックルをくれた。純一は上体をそらせやたら太い内ももに腕を滑り込ませ絡めつつ身体を投げ出し潰し、半身を固め膝で首を締め上げる、大柄な身体は大きな魚が陸で暴れるようにもがいていたがやがて静かになった。
純一が最初にゲームセンターで軽く遊んでやった――既に純一はソノ気になっていた――三人はコンビニのレジ打ちと変わらないようなペースでバタバタと仲間が地に臥して呻き、あるいは声も上げられなくなっていくのを唖然としながら眺めていた。
「おい、おまえらが連れてきたんだろうが!」
上級生の怒鳴り声にビクビクと踏み出す三人に、名前を訊いてしまったからかさすがに可哀想になったので、純一は額と顎にコンビネーションジャブをくれてやって三人を寝かす。
「さて?おわりか?」
純一は身体が暖まってきた感じのままにかるくつま先跳びをする。
純一は久しぶりの運動を楽しんでいた。
特に今回は相手から誘ってきたというのもあるし、明らかに相手の技量が低く、天井も壁もない。受身が取れないような相手というのはアレだが、技量差がここまであると落とす向きや高さを調整したりする余裕ができる。多分ムチ打ちにもなるまい。
つい先だってのような命の危機も感じないし、イニシアティブもある。江田の時のような空間的な制約もなく、実にのびのびと純一は楽しんでした。純一自身その自分の興奮だけとは違う衝動に多少の後ろめたさを感じたが、習い覚えた技量を自由にするのは気持ちよかった。
「やるじゃないか。まだだ」
三人のウチの一人の細い男が出てきた。どことなくドライバーを組み合わせたような細さは成長期のボクサーにありがちな体格だろう、と純一は思った。ボクサーらしい相手を削るような戦い方を目指した動きだ。
――なんだ慣れたのもいるじゃないか。
細かく立ち位置を変えながら、純一との間合いを変えてゆく。彼はインファイターらしく飛び込んできたが、リングのような狭さのない空間では純一は前段で距離を確保しながら拳を叩き落すことができる。グローブがナニカに引っかかった。金具か刃物か暗器を握っているらしい。一瞬付き合ってやろうかと思った純一だったが、気を変えた。
運足の速度を挙げて肩裏をとり続け、かわす。さすがにボクサーのフットワークはなかなか粘る。
だが、世界を狙えるという程の実力ではない。
相手の視線がこちらの動きに怪しくなったところで足を緩め、相手のジャブに合わせて、身体をひらいてジャブを返し、カウンターを誘い、その腕を絡めとりつつその後頭部に回し蹴りをくれて沈めた。腕が弓のような音を立てていたのでムチ打ちか肉離れを起こしたかもしれない。
拳を開かせると曲げた釘を握っていた。
「次はどっちだ」
「おう」
重量級の空手か柔道か、数合いなしてかわすが、ここまで待った大物だけあってソコソコの威力を持った重さのある拳が飛んできて、引きこもうとすると純一は慎重に巧みにかわす。打撃的な組み手争いだ。相手の動きは雑だが体格と速度があるので一撃では勝負が決まらなさそうだ。
ブン。と唸る音がした。純一は立ち位置を見もせず入れ替える。もう一人が近場にあった鉄パイプを振り下ろしていた。
「ちっ」
詫びれもせずに二人が笑う。
――そうじゃなくちゃ嘘だ。
純一もそう思い笑った。
「死ねよ、オッサン」
――江田よりだいぶ遅いな。この踏み込みなら突きがいいんだが。
数合だけパイプ男の袈裟振りを見て純一は思った。踏み足と振り下ろしが全然デタラメで自分できっさきの速度を落としているというのが鍛錬不足だ。たぶん経験的な威力重視ということなのだろうが、間合いが読みやすくて話にならない。
得物が刃物でないなら対処は簡単と純一は体を開いてかわし、突き戻す。
純一のアタマに落ちてきた鉄パイプは純一が大きく引いて戻したせいで腕が伸びきっていた。ソコに純一の掌底が戻ってくる。丸くあまり綺麗でない鉄パイプは振り下ろした両手の中で滑り、男の心臓の上を突いた。肺が太鼓のような音を立てていたので、相当の打撃になってしまったらしい。純一は手加減するつもりだったが、反射と無意識の怒りでそれどころでなかったようだ。踏み足が浮いて、追い足を軸にくるりと時計回りに回り左肩から仰向けに落ちていく。
ああ、シマッタなぁ、と、純一は他人事のように手応えを感じる。
相棒に追い込めば仕事が終わったつもりでいた柔道男は、目にした状況にどう反応するべきか一瞬考えた隙に純一が胸郭に拳撃を加えて動きを止め、回り込んで背を諸掌に突いてノした。たぶん肋にヒビくらい入ったろう。クシャりと膝からうつ伏せにアスファルトに落ちた。
いちおう脈をとって心臓が動いていることを確認して、三人を引きずって川の字に並べる。
最初の方でのした一年生はそろそろ気がついた連中もいたが、自分の身に起きたことも含めてわずか五分足らずで起きた出来事に理解がついていけない様子で、身を起こしたままボンヤリとしていた。
純一は転がった鉄パイプを持つと正座をさせて並べた。
「おい、財布と携帯と学生証出せ」
震える声で、ない、と言い出した男のアタマを気絶しないように蹴り込む。
「おまえらはカツアゲに失敗したヘタレだ。相手と自分の実力が見えもしない能無しのミミズ野郎だ。おまえらの先輩は卑怯者の糞野郎だ。あんまり卑怯臭かったんでついウッカリ手加減し損なったぐらいだ」
そう言うとしぶしぶ言われたものを出した。学生証と携帯番号を控え、財布から札だけ抜き取り小銭はアスファルトにばらまく。番号を控えた携帯を電池の蓋を外した状態で未だに気絶している三人の間に並べる。
十二人もいるとさすがにダルい。が、お礼参りでダルい思いをしたくない純一は仕事を徹底する。
純一は高橋祐太の携帯を持ったまま十二人の脇に立たせた。
「これから聞くことに答えたヤツには学生証を返す。そうでないヤツのは……そうだな。ヤクザの事務所に送りつけておこう。俺はいらないし、使い方も思いつかない。だがきっと連中はなんかそういう商売を知っていると思う」
「コイツの名前は?」
鉄パイプ男を奪った得物で指し示す。最初ぼそぼそ言っていたが、とうとう意を決した一人が聞こえる声で言った。高橋の携帯で純一は名前を確認する。入っている。
次に電話番号を訊いてみる。別の一人が答えた。電話をかけてみる。鉄パイプ男の服のどこかで携帯が鳴った。
純一は二人に学生証を返してやる。
その光景を見た瞬間に流れが早くなった。ウソが混じってなかったわけではないが、十二人もいると他人の誤りに正直に反応してしまう律義者がいるので、容易に罰を下すことができた。
確認が終わったところで、高橋の携帯も蓋を外して地面に並べる。
「さて、これが出来たら開放してやる。難しいことじゃない。そこに転がっている携帯めがけて立ちションするだけだ」
アスファルトを引きずる鉛管の音をさせながら、純一は告げる。
当然のように彼らは抵抗したが、純一が列の後ろから数人の間に鉛管を振り下ろしてみせてやると、彼らはベルトを外し始めた。
一人がベルトを外し始めると、いろいろなものが切れたように全員がズボンを下ろし始めた。
何人かは不安と恐怖でカチカチと歯を打鳴していたが、やはり全員緊張のために縮こまり放尿どころではないようだった。
仕方なく鉛管の先端で尻から内股をなぜてやると、チョロチョロと放尿が始まり全員が始めた。
水音と匂いで三人の目が覚めたらしく騒がしくなるのに満足しつつ純一は場を離れた。
「ニイチャン、エグいのう」
駐車場から出たところで、タバコをふかしていた妙に厚みのある男から声をかけられた。
「ワシらでも一人じゃ、あそこまでなかなかヨウせんぜ」
男の雰囲気から剣呑な感じがしている。たぶんヤクザかそれに近いモノだろうと純一は思った。
「チマチマお礼参り食らうのは好きでないんで」
ふん、と男は鼻を鳴らしてタバコを捨てた。
「ガキどもがウチの地所で騒いでいるってタレがあってな。見に来たんじゃが、この分だとしばらく来れんな。ソッチの成り行きじゃろうが、世話ンなった。礼は言う。ありがとさん」
「おっしゃる通り成り行きです。お騒がせしました」
むこうが股を割って頭をさげるのに純一はまっすぐに頭を下げた。影を見て間合いをとる。
「いや、丁寧なニイサンだ。コイツは世話ンなった仕事賃だ。また連中の学生証を預かることがあったらウチに送ってくれ」
そう言ってデカいワニ皮の札入れを取り出すと紙幣を一掴みを取り出して純一に名刺と一緒に押し付けた。
名刺には「武蔵興産 武蔵数正」と書かれていた。
「お、畑中。こんなところで会うなんて珍しいな。どうしたんだ」
なんという名前だったか未だに思い出せないラガーマン。ナンバーエイトが妙に明るい声で遠くから純一に呼びかけた。
それを横目でみとめて、困ったことがあったら来い、と言って武蔵数正と名乗った男は去っていった。
「今のイカついオッサンはなんだ。ヤクザか?揉めてるふうでもなかったが」
気遣うようにまだ名前を思い出せない男は言った。
そのあと、ナンバーエイトと喫茶店で少し話すことになった。
ちょうど彼は近くの床屋で散髪をしていた。そんなところでガラの良くないのに囲まれて歩き去っていく純一を店の中から見かけたという。正直、その場で立ち上がって追っかけてしまえば友達甲斐を見せたということになるのだろうが、十人抜きの噂や江田の襲撃を凌いでみせたことからあまり心配もしていなかったので、散髪を終わらせてから手間取っているようなら助けに行こう、と決めていたらしい。
あの辺りは地割のせいで表に騒ぎが分かりにくく、以前にもヤクザ同士の発砲事件などがあった。一回テナントビルが撤退したら、土地の評判の悪さから商業的には価値がなくなってしまい、空白地になって久しいという。
「そしたら、ヤクザらしいオッサンにオマエが頭下げているから、かなりビビったぜ」
通りを渡ろうとしたところで、武蔵数正と名乗っていたヤクザと思しき男と話していたのをラガーマンは見かけたようだ。
「――で、さすがにそれはマズいってんで、大声で呼び止めたのさ。ケンカしているところを見とがめられてってとこかと思ってな」
「……妙に鋭いな。前に揉めた事でもあるのか」
「選抜落ちした後輩がな。あの辺に連中が停めてた車に酔って蹴り入れたことがあってな。数で勝ってたんだが、連中やたら殴られ慣れしてて、飲んでのケンカで息が上がってきたところに反撃クラってで、俺も夜中に呼び出されて正座させられて塗装代とかで合わせて二十万取られたよ。タイヤ蹴っただけらしいんだがな」
苦いというか渋い思い出だったらしい。まぁ、オマエにケガがなくてよかった、そう言った。
「……来週から学校か」
ありがとうと言うべきかどうなのか、不思議な間合いだったので純一はとりあえず話をすり替えることにした。
「講義の開始はまだ少しあるが、……まぁそうだな。とりあえず俺たちには明日の試合が大事だが」
「リーグ戦かなんかか?」
「いやぁ、タダの練習試合なんだが、市営運動場で一部リーグ優勝候補筆頭の強豪とやることになっている。まぁたぶんムコウはフルメンバーでないだろうが、ウチも前の四年が抜けたあとがどの程度か知りたいし、ムコウも似たようなもんだから、一軍同士のガチでいく事にはなる。リーグ違うから全部見せてもコッチは問題ないし、ムコウが手を抜こうってなら美味しく勝たせて貰うチャンスだからな」
なるほど、普段勝てない相手に勝てそうなコンディションで戦うチャンスがあると言うのは、格下にとって燃えなくてはイケないシチュエーションだ。散髪の理由はわからんが、選りに選って今日と言う気分は純一にはなんとなく分かった。
「それで髪を切りにきたのか」
ラガーマンは少し意外そうだったが、少し考えて笑顔を見せた。
「まぁ、あまり……いや、そう、かもしれん。いよいよ四年だしな。就職も控えての一年だからな。いろいろ意味は思いつくが、気合を入れる前に少しサッパリしようと思った、ってとこか」
「髪切った方が就職イケるもんか?」
「それは知らんがタックルの時に相手に引っ張られないでいいからな。ヘッドギアあるが、こっちの頭引き剥がすついでに髪の毛引っ張るヤツがたまにいる」
「試合用か。しかし、髪の毛引っ張ってタックル外すって出来るのか」
「いや、単に悪あがきだな、そんなのは。ウチの県で一部の一軍の試合になれば、一度捕まったら肘を入れても逃げられるようなタックルは殆どない。それならボールを逃がした方がマシだし、倒れないように膝に肘入れて踏ん張った方がまだマシだ。まぁ、明日のチームにはそんな子供みたいなヤツはいないが、それでも気構えってヤツだ」
ふーん。と純一は感心した。目の前の男は本当にスポーツマンなんだなぁと、思った。楽しそうに自分の競技について語る男に羨望さえ覚えた。
「――よかったら観に来ないか?無料だし、試合そのものはソコソコいいモノになると思う。この時期はお互いいろいろ試したいものもあるから、相手がイマイチと思えば手を抜いたメンバーや試験中の戦術を使ってくるだろうし、コッチも勝ち始めたらそうなる。点数をとってってのよりは、本当の意味での練習試合だからマトモな試合じゃみられないような面白いプレイが観られると思う。まぁ、熱くなりだすとそうも言えなくなるんだが、今の時期の練習試合はラグビー初心者にはかなりおススメだと俺は思うぜ」
そんな感じで誘われて、天気が良ければ、と答えた純一がウチに帰ってその話をすると、ああ前田ね、と慶子から反応があった。
少し前に付き合っていたらしい。
「二人前かなぁ。統計学概論と保険工学の講義一緒だったからたまに話すことあったんだけど、付き合ってくれ、って告白があってしばらく付き合ってて部活が忙しくなってしまってすまないが、って別れた。いろいろズレてる気もするけどソコも含めてとってもイイヒト」
恋多き女からの告白に純一は少し複雑な感じがした。
「――なに?セックス想像したの?ゴメン。食事中にする話じゃなかった?でもこういうのって後で言うと隠しているみたいでヤじゃナい?」
「そこまで考えたわけじゃないけどね」
「でも、私、浮気とかしないンだよ。だいたいいつでも男の方から分かれようって言い出すし、イマイチ男運悪いのかも、って思ってて純一さん襲ったときも心臓やばかった。拒絶されたらどうしようって思ったし、なんかそんな感じもしてたし」
「あー、もういいよ。それは」
「私も一年の時にコクられて付き合ってた。っていうか、一回デートしただけだけど――」
少ししんみりしかけた場に紫が爆弾を放った。
「え?そんな驚かなくても、ほら、一年生のときってせっかく大学入ったんだからカレカノ見つけてラブラブしないと~って雰囲気あるじゃない?」
「まぁ、なくもないかな。工科は女子少ないからイマイチピンと来ないが」
「工科でも女子はあれが良いとか悪いとかケッコウ見てる。だから純一さん見にみんなで講義に混ざったこともあるよ」
「こわ」
光の指摘に純一はつぶやく。
「んでね。友達に紹介されて、デートで食事してホテルって流れになったんだけど、緊張してて前田くん上手くいかなかったの。私も二回目だったしイマイチ分かんなくて困っちゃいました。ってイベントがあって、なんか気まずくて消滅。けっこう私にも反省するところ多いいんだ。彼のこと思い出すと。ケイちゃんと付き合いだしたって聞いて少しホッとしてた」
「ふーん。高評価なんだな。前田って」
「焼ける?」
「まぁね。イイヤツっぽいしイイんだが……なんだか複雑な感じだ」
慶子が少しホッとしたように表情を緩めた。
「――あー、でね。そのイイヤツの前田が試合を観に来ないかって言うんだが、どうする?」
「いいよ?なんで?」
「一緒に行って欲しいの?」
慶子と紫がそんな質問をする。
「一緒に行って欲しいに決まってると思うよ、意外と所有意識は強いから純一様は」
「桜も綺麗だからお弁当持ってみんなで行こうか」
未来の意地悪に光がフォローを重ねる。
「でも、そしたら私たちと付き合ってますって、前田くんに言ってくれないとヤダなぁ」
「試合前にそんな言葉聞いたら俺なら死ねるね。ヤだよ、そんなの。冗談でも」
「試合後ならいいのかな」
「負けた後ならやっぱりヤな感じだろうな」
いじわるな笑顔が四人から溢れる。
「じゃぁ勝った後なら紹介してくれるんだ?付き合ってますって」
コイツら、男心を試すのがそんなに楽しいのか、純一はそう思う。
そんな感じでその夜は、添い寝係だった慶子とムチャクチャ燃えていたら、普段はあまり途中で来ない紫がやってきてやはり燃えた。起しにきた光がまだ激しく運動中だった純一を見て、今日は行くのやめようか、と本気で聞いたほどだった。
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