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十六週目
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畑中純一には気がかりもあった。
他でもない、あの騒がしいクリスマスイブの日の先触れとも思える、黒塗りセダンの御一行がナニをしに事務所に訪れたのか、斎夜月は無事かということだ。借りっぱなしの雑誌もある。
バイクで市役所に住民票を取りに行った帰り道に阿吽魔法探偵事務所に寄ってみることにした。
事務所の扉は埃が靴の形に落ちているようにもみえたが、開いた。
雫の音とコーヒーの匂いがすることにホッとする。
「あれ?畑中さん?いらっしゃい。引越しとか忙しくないんですか」
拍子抜けするような軽い声で、まだ姿も見えないはずの純一に夜月が指摘する。耳の良さか、勘の良さか、頭の良さか。いずれにせよ、魔法だ、と純一は腹の中でつぶやく。このひとは俺をからかっているのか、そんな理不尽に非合理なことさえ本気で思った。
座って待っててください。そう夜月に言われて、純一は定位置に座る。
「どうしました?」
コーヒーを勧めて夜月は純一に訊いた。
――どうもこうも心配して様子を見に来たんだ。
純一はそう言いたかったが、どう考えても場数を踏んでいるらしい、しかも全く問題なさそうにみえる夜月にそう言うのは、純一にはためらわれた。ありがとう、でも目の前に無傷でいるから大丈夫。そんな当たり前すぎる会話で終わってしまう。口を開いて言葉を堰き止めているうちに別の言葉が口から出た。
「どうして俺だって分かったんですか?」
とっさに出た言葉はつい今しがたの純一の疑問だった。夜月は少し驚いたようだが、腹で笑い出した。
「挨拶もなしに入ってきて、開口一番それですか?
それが御用ってわけでもないようですが、企業秘密です。って程でもないのでお教えしましょう。
一人の足音で革靴でなく訓練されていなく慌てていないから、カマをかけたってのが本当です。
ここからの解説は難しいですねぇ。
あー、うん。そのライディングシューズは一時期ここに履いてきていたヤツでしょう。音の質が普通と違うからっていうのが一番簡単かな。
こんなところでいいですか」
ちょっと困ったような顔をして夜月は言葉を切った。
「ところで、本当になんの用なんです?ひょっとして雑誌ですか?」
夜月が勝手に用事を思いついてくれて、ソレに合わせて純一は頷き、バックパックから雑誌を取り出す。
「ありがとうございました」
「あ、うん。こちらこそ、危ない思いをさせて申し訳ありませんでした。私が押し付けたも同然ですからね。……臨時雇いとはいえ有望な若者をくだらない諍いで怪我させていたら、水本先生の逆鱗に触れてしまいます。ともかく無事でよかった」
心配が空回りだったことで気持ちの置き場に困っている純一を、すこし突き放して観測するようにコーヒーを飲みながら夜月は言った。純一には今ひとつ言葉の意味は分からなかったが、事務所から純一を追い出したコトについて、その必要を生じさせた原因について心当たりがあって、不明を恥じているのだろうと理解した。
純一は自分の勝手な思い込みに夜月が付きあってくれたことに感謝しつつ恥じるとともに、特に責めない夜月の言葉に落ち着きを取り戻した。
「俺を追い出したのって、ヤクザが来たのと関係あるんですよね」
「あ、うん。政盛会の皆さんですね。ちょっと前に関わった仕事の件でその後、先方がトラブったのですが、勘違いを正してさし上げたらお引き取りいただけました。怖い思いをさせたり、女の子たちをスっぽかすコトさせないで済んで良かったと思います」
コーヒーを一口含み、夜月は溜息をつく。
「――ところでバイクで移動しているということは急ぎだったのでは?」
改めて純一の足元を確かめ夜月は確認した。
「あ、まぁ」
ナニを言って良いのか分からず、そう言うのがやっとだった。
「その表情だと、お嬢さんたちの引越しが決まったんですね。やれやれ。で、私を心配してここに寄ったと言うことは、駅の向こう側にしたんですね」
「まぁ、そうです」
冷め始めたコーヒーを純一は一気に飲む。
「私のところにどこからも連絡がないということは、畑中さんが名義人で水本先生が保証人ですか。いや、残念無念」
と大げさに嘆いてみせて夜月は真面目な顔を純一に向ける。
「――ところで、畑中さん。丁度いいタイミングでおいでになったので、確認したいことがあります。エダさんって、どなたかお知り合いがいますか?」
「たしかサークルにそんな名前のメンバーがいたはずですが、彼がなにか」
「気をつけてください。としか言えませんが、気をつけてください」
曖昧だが、直接的な警告だった。夜月の言葉は指示はあっても説明はないことが多く、説明の意味も説明されたときには分からず、行き当たって初めて分かるコトが多い。
「江田くんがなにか」
「ナニカまでは分かりません。ですが、アナタか彼女らかに怨みを持っている可能性があります。ですが、行動に出ていないので目的が分かりません。方法としては闇討ち待ち伏せの類かと思いますが、予断は許しません。どこで誰をが分からないので、今のところは気をつけてください。としか言えません。とりあえず、小林警部にはアーケード周辺は巡回の強化を手配するように頼んでみます」
重ねて訊いても情報は増えなかった。夜月が心配している。という事実だけ伝わった。
純一は腕時計を確認する。朝から作業と光は言っていたから、そろそろトラックでマンションにつく頃だろう。
警告に感謝と留意する旨を答えて、純一は不動産屋に向かう。
不動産屋に書類をあずけると、明日の午後には大家さんのところに係が向かう。そう後の流れの説明を受けた。その後、完成させた契約書を一通マンションに届けるかあるいは取りにこられるか。保証人分は郵送してくれるらしい。引越しの最中の来訪にバタバタするよりは、と純一が受け取りに来ることになった。アーケードの駐車場契約は会社都合で契約は明後日からということになるが、今日から停めて良いということだ。それを未来にメールする。
バタバタで思い出し、床はどのくらい大丈夫かという話が出た。オーナーがオーディオ好きだったらしく、床壁天井はシッカリ作ってある。そのせいでエレベータもあの規模にしては奮発した。金塊を部屋いっぱいに積むとか考えなければ大丈夫だと聞いていると不動産屋は言った。
彼女らの新居のマンションに向かうと引越し屋の軽トラが走り去るのをロングスパッツにスウェットシャツの光が見送っていた。純一はそのスリムなボディーラインを遠目で見て、きのう誰も片付けに手をつけなかったせいで、まだ純一のリビングのカーテンレールから光のジャージとティーシャツが下着や寝間着に列んでぶら下がっているのを思い出した。
「ジャージ上下よりはソッチの方が寝間着みたいなんだが」
純一の視線の意味を光は不思議に思ったらしく問われたので、純一がエレベータの中で素直にそう答えた。ナニを言っているか理解したらしく、コッチは洗いすぎて痛い、荷物運ぶ前はブルゾン着ていた、と光は純一の胸を二発突いた。光のジャブはしなるようでけっこう痛い。
荷物の運び込みは軽トラの運転手と二人であっさりとケリがついたらしく、純一が昨日外出していた間に決めた部屋割りにしたがって自分の荷物を部屋にしまっていた。光のワンルームは新しい部屋よりだいぶ小さかったらしく、ベッドが折りたたみであることから、レイアウトを決めてもなんとなくスカスカだった。が、冷蔵庫やコーヒーメーカーまで持って来ているから必要なものは一通りあるし、なんだかコレはコレで良いような気がする。拭き掃除のために雑巾と洗面器を用意したり、そのついでにお風呂場周りのセッティングと収納の確認と埃払いをおこなっていると、玄関から未来の、ただいま、という声がした。
フィッシャーマンズセータとスリムジーンズとスニーカーという働く気満々の姿の未来を純一が出迎えると、引越し屋が養生を手早くはじめ、台車で大きなものが持ち込まれはじめた。今日の未来は色の入った眼鏡をかけている。ふぅん、と純一は思った。
背の高い冷蔵庫。大きな洗濯機と乾燥機。ナルニア国に行けそうな大きな衣装ダンスが三竿。アンティーク調のロールアップデスク。正方形の大きなベッドが二台。あまり大きくないダンボールとソレと分かる靴箱がぴったり収まったカラーボックスが幾つも。大きな岡持のような和食器の組が二つ。ベランダボックスに収まった調理器具と食器類。大画面のテレビ。テレビ台。アンプ。スピーカーが幾つか。純一が寝れそうな食卓。
コレで未来が働く気がある格好をしていなければ、嘘だと叫びたくなるほどの量だった。ミキの部屋と決まったスペースはソレっぽく埋まり、共同スペースにも一気に物が揃い、ガス会社がメータを動かしてくれて据付のガス器具が動くようになれば、なにも不足はない。
四人の作業員が手際よく段ボール箱を整理しつつ中身を廊下の本棚に収納してゆく。コレならと、純一が概要を聞いて手を貸す。箱が空になったとき壁がまだだいぶ見えているのをみて、未来が舌打ちをした。家具のレイアウトを指示して家具の養生を解かせると自分は台所の片付けを始めた。どうやら担当が決まっていたらしく、未来は台所、光は風呂トイレ洗濯場を担当している。他の二人は掃除や片づけがまだ掛かっているらしく、ポロポロと来るメールには、泣き言のようなメッセージが送られていた。
純一は、養生がまだ解かれずに引越し屋がバタバタしている部屋で自分がナニをするべきか少し考え、未来の持ってきたピクニックセットを思い出した。
「一旦帰る」
玄関先で純一が大きな声で怒鳴るとそれぞれ返事が聞こえた。エプロン姿で未来が現れた。外へ行くなら郵便局に転送届を出しておいて欲しい、と言った。せっかく顔を見たので紅茶のセットを持ってくるつもりだ、と外出する目的を純一が伝えると、いってらっしゃい、とキスをされ送り出された。
エレベータの中で純一は自分がニヤニヤしているのを感じながら、転送届に、畑中純一様方佐々木未来、と書かれているのを見て、またニヤニヤした。郵便局では混んでいて、未来の分と交換に白紙の転送届を三枚受け取るまでだいぶ待たされたが、あまり気にならなかった。自分の部屋に向かう道すがらの信号で、投函でも良かったことに気がついたが、まぁいいやというくらいに舞い上がっていた。
だから台所の脇の鎧戸が開いているコトに気がついたときも、あぁ忘れてたかと思った。
玄関の鍵が開けっ放しだった時も、昨日合鍵を配ったから早速誰か来たか、というふうに思っていた。
靴がなかったので、おかしいな、とは思ったが、慶子辺りは好きそうな悪戯だし、それを言ったら光以外はみんな好きそうな雰囲気だと、少し納得した。
鍵の締め忘れか、悪戯かいずれにせよ、あとでちょっと聞いてみるか、と思い寝室の収納のバスケットをとり出すために部屋を進む。
おや、と思った。
ここしばらく純一の心を微妙に騒がせ続けている女物の下着と寝間着の列で異彩を放っていたジャージが消えている。さては光がとも思ったが、さっき光はスウェットとスパッツという格好だった。落ちたというわけでもないようだが、細い玄関の廊下では下のほうまで見通せているわけではない。まずは現場かと、明るいリビングまで純一は進む。
やはりない。と思った瞬間にとっさに純一は身を交わし右手を翳した。気配を感じたというよりは音だと思うが、ドンナというのは難しい。とにかく純一の頭のあった辺りに磨かれた木の棒が居て、純一より一回りは大きな見覚えのない男が土足で立っていた。
男は木刀を引き戻し、姿勢を崩した純一にさらに突きかかった。男の突きはカーテン越しの窓ガラスを破裂させるように突き破った。
――洗濯物破られないで良かった。
昨日はその辺に自分の寝間着と下着が掛かっていたことを場違いにも思い出す程度に純一は現実逃避していた。
男は誰だか分からないが、混乱しての居直りというよりは、かなりの殺気を持って純一に対している。そう思う。
二発の突きで純一は完全に体制を崩しているにも拘わらず、逃げ出さない。
誰何も威嚇恫喝もしない。一撃目で頭を狙い、さらにもう一発、今度は動いていた純一に対してかなりの精度で突きをよこした。
窓ガラスを一撃で粉砕する突きは相当な踏み込みで、それなりの思い切りと体力が見えた。
純一にはコイツが誰だか名前に心当たりは見つかったが、それが意味があるのか、そこは賭けだった。
「お前が強姦を計画したのか!江田!」
ギクリとした一瞬で純一はローテーブルを挟んだ位置に移動する。
江田は無表情をニヤリと歪ませたが、それは嗤いよりむしろ怒りなのかも知れない。
「横取りしやがったお前が言うなあぁ!この盗人のハイエナ野郎が!」
それまで正眼に構えていた木刀を片手で袈裟に振り、ローテーブルに叩きつける。木刀の先端が合板のローテーブルに激しくめり込んだ。
「だいたいなぁ!お前が!いるから!ヒカリが!おれの!ものに!ならない!んだぞ!」
袈裟に振ってみて天井の高さと部屋の広さに感触を得たのか、江田は木刀をローテーブルに連打する。
「だから、アイツらにヤらせて、一回汚し、お前への執着を絶って、諦めたところで、俺の愛が優しく包む。オレのアイの計画!それをなんダ!」
諸手に握り替え腰をいれ一気に振り抜くと、木刀の先端はローテーブルを貫通した。
「ぉマエが出てきて、掻っ攫いやがった。しかもこんなところに連れ込んで、一緒に住んでヤリまくっていやがる」
なにかおかしいと思ったら、江田の下半身はツンツルテンのジャージだった。股間には染みができている。自分がさっき無意識に交わせたのもこの匂いの違和感のせいか。
「オレの女に手を出したオマエは死刑だ。だがその前にオレが三十四発殴ってヤる。オレがヒカリに愛を語った回数だ」
純一が江田のモーションを図りながら姿勢と戦術を組み立てていると、低い姿勢と沈黙と横に開いた構えを怯えと勘違いしたのか江田は饒舌に語った。
「三十五回目はお前の葬式の時にしてやる」
光は浪人しているはずだから、月イチ以上のペースで振られまくっているのか。ご苦労な男だ。純一はそう思ったが、もちろんいま口に出して良い感想でもない。
と、携帯が鳴り出した。誰だか分からないが、彼女たちの誰かだ。お取り込み中なので無視する。
「出ても良いぞ。その間にケータイごとオマエの頭を叩き潰す」
――たぶんそうなる。
操作をしようとして動きを制限されたら、一息に突かれてしまう。一撃では死なないかもしれないが、倒れたところで追い打ちを食らえば同じことだ。だいぶしつこく鳴らしている。股間がこそばゆくなってきて、動ける緊張を維持するのが難しい。そんなコトを考えた瞬間に戦術は組みあがった。
――基本的なチャンスは二回。あとはイニシアティブを取れること。
無意識にフッと笑ってしまった。
「なにがオカシイ。なにがオカシイんだよぇ!」
叫んでローテーブルを振り下ろされた木刀に合わせて、テーブルを跳ねて起こす。
元々強度が落ちていたテーブルは木刀に貫通されてしまう。注文通りと純一はローテーブルの足をつかんで回転させた。テーブルは木刀を中程までくわえ込んだまま暴れ、油断で握りの浅かった江田の手から獲物を奪い去り仰向けに倒れた。立ち位置の不利よりも次の展開を求めて、純一は敢えて江田に窓を背にすることを許した。
江田の力量は知れないが、膂力と思い切りに欠けるところはなく、なにより純一を本気で殺そうとしている。負けは許されない相手で、容易に勝つ手がないとあれば、負けない方法を選ぶしかない。少しできた間でポケットを探り、短縮ダイヤルを押して放置する。
江田は純一が背を向けるタイミングをも狙っているに違いなく、純一としては避けたかった。
と、江田は純一に打つ手なしと見たのかローテーブルを無視して無造作に歩み寄った。江田があまりに無造作だったので、純一は掌底をかち上げて肘まで入れていた。かなりの手応えで江田の身体がわずかに浮き、その踏み足のまま江田の踵を払い、不安定なローテーブルに踏みとどまる機会を奪われた江田はベランダまで吹っ飛ばされることになった。
ここまで決まったことは純一の記憶でもあまりない。同情ということはないが、痛そうだ、とジャージの股間の染みを見ながら思った。
鳴らしっぱなしの携帯が沈黙していることに気がついてポケットを探ると江田が呻いて起き上がった。破れかけのカーテンが丁度良く江田の背と首を支えたらしい。純一は自らの油断に携帯での通報を諦めた。
立ち上がった江田はナイフをかまえていた。純一はキッチンの上のデニムのエプロンをつかみ、江田のナイフにあわせて左腕に巻く。
江田はそんな純一を鼻で笑って左にナイフを持ち替える。
緊張の中で、純一は表の通路の音が意外と良く聞こえることが分かった。少なくとも江田には純一がエレベータからこの部屋の前に来るまでに十秒以上の余裕があったわけだ。
しかし、如何な有能探偵でもこの時間では少し短すぎる。しかもあの人はハイヒールを履かない。ここはもう少し粘るか自力で脱しなければならない。さすがに今度は江田も純一の間合いを警戒してローテーブルを迂回してくる。
そりゃあ同じことはしないよな。体重とナイフを考えると純一は踏み込みにくく先程のような油断の消えた江田には押し込まれるしかない。しかも、体重を考えれば狭いところでの有利は江田に出る。問題は江田がどの間合いを好むかでどのタイミングでその位置にいれるかだった。平日だというのに意外と人が動いているらしくエレベータが頻りに動いている。
わざと江田の間合いにとどまり、誘い避けて間合いを学ぶ。デニム地のエプロンは未来が堅くて肌に擦れて痛いと言っただけあって、深くは刺さらないが、既に純一の肌には達している。
純一の仕掛けに良さそうな位置に来た。純一の演技するまでもない緊張と焦りは江田にも伝わり、江田が純一の反撃を待っていることは江田の視線からも分かった。
「別にまたスゴイの食らいたいワケじゃないから、このまま潰すぜ」
どの道の有利は動かないと江田は挑発する。江田の技量はタカが知れていたが、江田の体格はタダの見掛け倒しではなく、それなりの根拠を持っていた。通りすがりの喧嘩なら技量の披露会でなんとかなりそうだが、今の江田は純一に対する殺意に満ちている。
「光が帰ってきたら、どんな言い訳するつもりだ」
江田は純一のその問いを待っていたかのような嬉しそうな飢えた嗤いを浮かべる。
「オマエの死体の脇で犯してヤる。オレにヒカリから、愛してます、好きです、結婚してくださいって言うまで犯してヤる」
「最初っからそのつもりなら、ヒカリの処女を貰えたのにな」
「なにぃ」
純一の口合気は江田の狂気に水を差したようだった。
「知らなかったのか?ヒカリは初体験だったんだぜ。競泳で膜は切れてたらしいけど」
重ねた純一の言葉に江田が動揺する。
「オマエは可愛いヒカリの最初の男になるチャンスを、自分でどっかのバカ猿にくれてやった、ヒモにもなれないヘタレのマヌケ野郎だ」
エレベータの音が響く。純一のテンションは合わせて上がってくるようだ。
「もっとも、猿のチンポはヒカリには不満だったらしくてな、俺が初恋だっていうから、可哀想になって俺が抱いてやったら、膜はまだ残ってたなぁ」
純一は下卑た言葉を並べて挑発しながら、サッサと来い、ヘタレ野郎と、江田を腹の中で罵っていた。
「残りの処女膜遠慮なくこそぎとってやったら、俺のことが好きですって言いながら、何度もイきまくってたぜ」
「だまれ!」
江田はさっきまでとはうって変わって追いつめられたような表情をしていた。
「そういえば、江田のこともなんか言ってたなぁ。お前がいたらレイプされることもなかっただろうに、肝心なときにいない役立たず。きっとインポね、とかそんな感じだったかな。あとで光に聞いといてやるよ。俺への感想も一緒にな」
エレベータから柔らかい底の靴のふたりづれが降りてきた。夜月は間に合わないらしい。
――まぁいいや、早く来い、江田。
「江田ァ、オマエ、あの場にいたら光に告白受けてもらえたんじゃないの」
そういった瞬間、江田の全てが切れた。哭くような声をあげてナイフを槍のようにして体ごと突っ込んできた。
突進する江田をランドリールームでかわして、横殴りに叩き込む。体勢を崩してバランスを取ろうとするねじれた首筋を狙う。両手を江田のナイフに水車のように合わせ、身体を交わそうとした瞬間に部屋の外にいるのが誰だか分かった。
――俺が江田を殴るのは良い。側頭部から後頭部への打撃を加えられば、数発で倒せる。だが扉を開けて入ってくれば、伸びた腕と止まらない身体は――
理解した瞬間、純一の身体は想定していた戦術を停止した。
中途半端な位置で停止した純一の腹に江田のナイフがめり込む。
江田の速度と体格が純一を押しつぶす。
江田は玄関先においてあった昨日光がかぶっていた純一の予備のヘルメットをそれとは知らずに手にとり、殴り始めた。
――さすがにコレはヤバい。
体重差のある男に狭い場所で乗りかかられ、凶器でメッタ打ち。
しかも――
ピキピキと響く音が頭を守る腕から響く。江田の体重がかかったナイフが腹を少しづつ進む。決められていない下半身を振り回して体勢を変えたいが、ヘルメットの分、身体の安定している江田を崩すには至らない。逆に壁を上手く使われ半身を抑え込まれた。
純一が恐れていたこと、扉が開いて光が射す。
――まずい。
ばすっっっっ
と何かが漏れる音と凄まじい刺激臭、傷に酷く染みるナニかに咽返る。バチンと言う静電気のショックに純一は呻く。
「この猿。バカ。死ね。クズが。あたしのダンナに手をだすんじゃない!この変態野郎。人のジャージでなにオナニーくれてるんだ!悪魔。ダニ。バイキン。シラミ。ウジ虫。お陰で二度と履けなくなっただろ!人でなし。せっかくの初体験の記念品をなんてことしやがる!豚野郎!詐欺師。オマエのようなヤツはサッサと去勢した方がマシだ!インポ野郎!二度とあたしの名前を口にするな!ゲス!嘘つき。呼吸して二酸化炭素増やすな!負け犬」
光の狂ったような叫び。いや、光ってこんな喋り方しないだろ。まだなにか喚いているように聞こえるが、アチコチ痛くて億劫だ。
うっすら目を開けると光が純一の上の江田を部屋の奥に蹴り込みスタンガンを二度三度押し付けていた。江田は何度か抵抗してナニか訴えようとしていたが、一撃目で言葉が上手く出なくなったらしく、とうとう首筋にスタンガンを押し付けられて気絶した。そのあと光は五体に順番にスタンガンを押し付け、踵で股間を踏みつけた。意識がないにも拘わらず、江田の身体が跳ねた。江田をマットのように踏みつけ足を拭い、それでも我慢できなかったのかシャワールームに駆け込んでお湯を調整しつつ足を洗った。
未来は純一を起こすとシャワールームに導き、光からシャワーヘッドを受け取り目と傷を洗い流してくれた。光は救急車を呼びながらいつの間にか買い置きが準備されていたナプキンを取り出すと傷口に重ね、周囲をガムテープで固めた。
止血をしながら二人の話をまとめて聞くと、未来の荷物の配置と養生の撤去が終わって、ガス屋が予定より少し遅れることが分かったから、コッチでお茶するつもりで来たという。催涙スプレーとスタンガンは事件のあと、何種類か買ってみたもので、初仕事だったらしい。役になって良かった。けど、使わないですめばもっと良かった。
そんなコトを言っているうちに開け放した扉から慌てた革靴の音とパトカーのサイレンの音が聞こえる。
今度こそ夜月が来たようだ。
「忠告、役に立たなかったようですね。残念です」
結局、純一は木曜日には病院から開放された。
正月に病院ってのも少し切ないと純一は思ったのだ。
もちろん、そのまま入院という選択肢もあったわけだが、腕の骨のヒビと腹筋を貫通した切り傷以外は特にどうということもなく、腹筋の傷は寝たままでも痛いことが分かったので病院にいるのが嫌になった。ナイフの切れ味の悪さに救われたね。医者の言葉によると小腸を支える膜のいくらかが切れた程度で、ナイフが突き立ったほどのケースとしては全くの軽傷だという。事件の参考に凶器の整合性を確認するために見せられたフォールディングナイフの出来を見たときに、ああぁ、納得です、と言ってしまうほどだったらしい。
「刺された。無事だけど」
実家にそんな連絡を入れると、姉夫婦は、犯人捕まえたなら佳し、などと気楽に返してきた。
さすがにそれが年末の挨拶では寂しかったので、退院の報告を実家に入れると、帰ってこれないのは残念だが、仕方がないと、既に長い付き合いの姉婿が言った。始まったことは終わりになるまで、似たことが繰り返されるので気をつけろ、二度あることは三度ある。せめて来年で終わると良いだろう。良いお年を迎えられますように。そんなコトを話して年末の挨拶に変えた。
激昂した光に消沈した江田が警察で語ったところでは、強姦事件は複数県複数の大学をまたぐサークル内部の有志連合で結成されていた計画犯罪だという。自分たちの学園祭の出し物でワザとプランの隙を作り、サークルの女学生を強姦事件の被害者として提供する見返りとして、この計画的な強姦の加害者として参加する、という彼らの仲間内でサバトと呼ばれている集団強姦互助会だった。正確な規模は分からないが、江田が参加しただけで六件の事件があり犯罪参加者は五十名は超えるだろうということだ。
交通事故で亡くなった県議会議員の息子はこの計画的集団強姦組織の初期メンバーで、中核的存在だったという。江田のサバトでの仕事はカギの準備で、光と純一の家の合鍵を作っていたのは、まさに彼だった。最初の二本のカギを作っている間はどこの誰だか気がつかなかったが、最後の純一の部屋のカギを作っている間に客が誰であるか分かり、まさに引越しの日に光の部屋を確かめ、既に引っ越したことを知り、慌ててサークルメンバーの名簿をあたり、純一の部屋を突き止め光を探していた。ということらしい。
まぁ、単なる江田の自供だがね。と、水本先生は見舞いに来て、両腕をギプスに包まれた純一が訴訟代理人の署名手続きを苦労して進める間に、慰めるようにそう言った。被告人弁護団側の大きなスポンサーである県議会議員が事故で亡くなり、時間的な引き伸ばし策が経済的な根拠が薄くなったところで、さらに材料が出てきて検察側にとってかなり楽な展開にはなってきたということだ。
小林警部は、年末で一気に動くには色々足りないから少し暇なんだ、と純一が退院するまで通っていた。江田がポロポロと供述しているところの信憑性を確認する意味か、サークルメンバーの印象を頻りに純一から聞き出したがっていたが、もちろん純一には説明できるほどのものはなく、代わりに小林警部の聞取りは見舞いに来ていた娘たちへとシフトした。見舞いの彼女たちの執着ぶりで幾度か純一をからかったが、水曜日に赤木先生が小林警部を捜査担当から外すように希望しても良い、と、一言冷たく言ったことで静かになった。助けてくれたことで礼を言い、木曜日に退院ということで手続きをお願いした。
「それはそうと、王様ごっこも大変だね。刺されたり骨折したり、写真見たら色々壊されちゃったんだ」
「一番ショックなのは、川上のジャージですかね」
ケラケラと赤木先生は笑うと水本先生から預かったという住宅リフォーム業者のカタログとサンプル見積もりを渡して帰っていった。細い紙袋でけっこうシッカリギプスに覆われた腕では袋の中身も確認できないので、後回しにする。
中身に興味を持った紫が紙袋の中身を引っ張り出すと、荒らされた部屋の始末をどうするかというコトらしい。色々なリフォームメーカーの実績写真があった。結婚式場や写真スタジオのような一般家庭ではありえないようなレイアウトやら、ファミレスやコンビニの店舗施工例なども入っている。
「これいいなぁ」
紫が気に入ったのはどこかのリゾートコテージのようだ。トロピカルな色合いの建物内装から白い砂浜が見える窓とその周辺が写っている。庭のプールなんかもあって、こんなこともできます、というアピールなんだろうが純一にはちょっと関係ない世界のグラビアみたいだ。今日いままさに入居の作業をおこなっている慶子とその監督手伝いをしている未来に連絡を取っていた光が、ひょいと一葉のパンフレットを引っこ抜く。
「トーテモジュンチョー、で、なんでこんな量に今までかかってたのか、ミーちゃんには分からないくらいだって」
とても順調という報告を何処か異国の単語のように光が伝えた。
「ケーコのヤツ、やりたい事以外はやらないヤツだからな」
「ミキちゃんは仕事早いしねぇ」
でも、どうやら未来の仕事の能力の範囲で慶子は年内にというか、今日中に引越しが終わりそうでよかった。
「こんなのいくらするんだろう」
施工例写真をパラパラと眺めていた光が手を止め、そんな感想を述べた。
「けっこう高いと思う。それとも意外と安いのかなぁ」
紫がのぞきこんで、そんな風にいった。純一が二人がそんな微妙な感想を述べているので、さすがに興味を引かれて首を伸ばした。ソレは赤いベルベット地の壁面に巨大な鏡を貼った天井とやはり赤い丸い大きなベッドが置かれている部屋だった。他にも壁面にX形の木製のフレームに短い革製のベルトがついた器具が壁面に設置され、天井から滑車が幾つも吊るされているコンクリート張りの部屋、五面ステンレスのミラーで一面アクリルのシャワールームなどの写真がある。部屋の入っている建物の名前が写真の下に小さく入っている。買取ならともかく賃貸での改装は関係なさそうだ。
「店舗施工例なんじゃないかなぁ」
「まぁそうだよね」
「でも、ミーちゃんに聞いたら分かるんじゃないかな」
「ミキちゃん物知りだからねぇ」
三人はこんなパンフレットをドコから集めてきたのかと、唸った。
未来は、慶子の退去予定の部屋にいる。慶子は三晩かかっても引越し屋に部屋の作業を頼める段まで片付けることができなかったのだ。部屋に入ったことのある三人は、まぁたしかに四角い部屋を丸く使っている慶子だから、まとめて掃除は大変だろう、そう思っていたのだが、事実は違った。
朝方、ひとりだけ年末までに引越しができないのはさすがに気の毒ということで、未来は慶子の部屋に向かった。
そこで未来が目にしたものは、床一面に荷物が広がってしまった荒野のような慶子の部屋だった。入居の際に色々増やした道具類を据付のワードローブや棚に入れた結果として、ドコにどうやって運んだらいいのか良く分からないものがたくさんできたらしい。
入居の時はファンシーケースとスーツケース一つづつだった衣類や小物類が、いつの間にかワードローブにギュウギュウになっていた。どうやって運び出して良いのかわかんない。そんな慶子の訴えに未来は目眩を覚えた。
が、即座に引越し屋に連絡し、部屋の規模と衣類の大体の量を伝えると、直ちに来るように手配して、未来自身の引越しで仕事が気に入った一名を手隙ならと指名した。そして慶子に引っ張り出してしまった道具類を一回生活していた時の状態に戻させた。慶子が道具を片付けている間に、未来は荷物の少ないところから順番に、新居から持ち込んだ道具で掃除をはじめていった。
昼前に引越し屋の二トン車が着き二人の男が現れると、彼らは慶子が道具を片付ける三倍以上の速さで箱に詰めていった。時計の針が左右対称に進んだくらいで、慶子の荷物はトラックに積み込まれていた。
男たちが玄関から埃を掃き出したとき、慶子は思わず歓声を挙げてしまった。その姿に部屋の受け取りに来た不動産屋が苦笑するほどだった。
実際に引越し屋の手際は良かった。
夕暮れ前には引越しの作業は終わり、未来と慶子も純一の病室に現れた。
ちょっとばかり特殊な趣味の施工例の写真を見せられて、慶子はけっこう良いねと言って面白がったが、未来は毎日コレで過ごすのは落ち着かないので、少しばかり才能と体力と修業が必要ですよ、と当たり前に冷静なツッコミを入れた。
ですが、そういう生活がしてみたいと仰るのであれば、いつでもお応えいたします。そう言って未来は頭を下げ、純一様のギプスが取れたらその写真のお店に行ってみましょう。とニッコリ続けた。
木曜日の午前中、腹の傷と両腕の骨折の状態を確認した医師はそれぞれ、二週間は重い物を抱えたり走ったりなどの力や速さを求めた動きはしないことを注意した。腕に関しては細かな作業をしようとすると骨折を進行させる可能性もあるから、やはり指先を使っての作業は二週間は我慢すること、具体的には長時間の筆記作業やタイプ打ち、ゲーム機操作などは控えてください、と告げた。
純一にはあまり趣味的なものは少ないが、来年の今頃にこんなケガをしたらアウトだということだけは分かった。
昼頃に迎えに来たのは、紫一人だった。車は持っていないが運転免許は合宿で取ったらしく、お節料理を作っている未来に代わって純一の迎えに来たらしい。未来と光は料理戦力として外せずに慶子は免許を持っていない。という否定的選択だったらしい。
「折角だからみんなでとも思ったんだけど、台所の収納決めてたら、ミキちゃんの塗の食器と重箱はどうしようかって事になったの。お茶の道具はとりあえずまとめてしまっておこうって事になったんだけど、お重はほらお正月だから、詰めようって事になって。ミキちゃん、おせち毎年作って松が明けるまでソレで過ごしてたんだって」
お節料理は甘くて辛くてたくさんは食べられないから、腹持ちしないんだよな、という純一に、だから食べすぎなくて良いんだと思うよ、と紫は意外と楽しそうに言った。
「とりあえず、私たち、三ヶ日はお節とお雑煮しか用意しないから、嫌だったら自分で用意してね」
と、紫はたぶん本気で純一に告げた。お屠蘇の準備もするから、かなり本格的なんだと、いう。ちょっとばかり四人の献身を勝手に宛てにして退院してみた自分の舞い上がりぶりと、となりの紫の舞い上がりぶりとどっちがスゴイのかわかないが、まぁともかくちょっといい気になっている自分への戒めのつもりで、ここは一つ様子を見てから必要ならどうにかしよう。と思った。
とりあえず、純一の部屋の様子を確認したいと、紫に目的地を告げる。紫もそのつもりだったらしく、未来が停めていた駐車場に車をつける。
久しぶりに帰った部屋は寒かった。警察の鑑識が入りソレらしい証拠物件を回収してそののち掃除した現場は、窓が抜けてブルーシートで覆われていた。火が入っていなかったことで戸外と変わらない冬の風の香りだった。風がふく度にポコポコとたるんだ太鼓のように音を立てている窓は、なんだか哀れな部屋の泣き声のようにも感じる。
「ただいま」
純一が明かりをつけてみると幾つか気になる点があった。四人の下着が相変わらず窓の脇に風鈴のように下がっている。しかし隣にあったはずの寝間着はなくなっていた。片付け忘れたというよりはなんだか意志を持って残されたのかと思う。
寝室を改めるとなにか色々配置が変わっていた。ベッドがマットレスを裸にさらしていた。江田がなんだか粗相した後始末か。
そういえばと思ったら服もかなりない。特にスーツ関係はネクタイワイシャツ全部なくなっていた。引き出しの中はやはり綺麗になくなって書籍ノート資料パソコン関連エロ本の類も一切消えていた。
「大事そうなのは全部引っ越しちゃったよ。勝手に。特にエッチ関連資料は四人で山分けして管理しています。より良い同棲生活のための資料とさせてください。あ、でも必要ならいつでも返すよ」
エヘヘ、と悪戯顔で紫が笑って言った。
「ちょっとはなんか相談しろよ」
そんなコトを口にはしたが確かに悪い判断ではない。どのみち両腕を骨折していれば誰かにある程度は面倒をかける局面がある。ましてや目の前にいる紫や他の三人は気にするなというのはムリだろう。
入院している間の経験から言えば、長めのスプーンや食器なら食事も可能だが、箸を使うことはできない。封筒の中に手を突っ込んで一つとかサイフからちょうどの札と小銭も取り出せない。病院はシャワートイレで面倒がなかったが、純一の部屋はそんなものはない。
しばらくの経験があればなんとかなるのかも知れないが、両腕骨折というのは初めてだ。
微妙というのは通り越して考え込んだ純一は台所周りを確認した。ペアマグなどのプレゼントで来た食器は残っていた。
「あ、ゴメンナサイ。昨日、退院するって聞いたから、てっきり私たちのところでお世話するつもりでいたの。だからほら、そしたら必要をそうなものだけって話だったんだけど、そしたら、ここ開けっ放しになっちゃうし、窓はめてないからスーツとか悪くなっちゃうの勿体無いし、大学も始まっちゃうから勉強道具も要るだろうしと思って。――下着はあの、まだいますよー、っていう旗みたいな感じって言うか。パジャマはヒカリちゃんのが、警察の人持ってっちゃったからソノ、なんか仲間はずれみたいな気分は、嫌いって言うか」
「紫、悪いんだけどさ――」
紫がぎくりと身をすくめた。
「あのね、ゴメンナサイ。私が言い出したの。イチイチ説明して貰って取りに戻ってっていうのも大変だし……」
「――あ?ああ、そうじゃなくて、荷物が増えて手伝えないのに悪いんだけどさ。ピクニックバスケットの中身とこの間のプレゼントの食器、向こうに持ってっちゃおう。あと紅茶の缶カンも。みんな愛用の品を持ってきているんだろうけど、せっかく揃いのモノもあるんだから」
ああ、と納得した紫が作業を始めているとしばらくして応援に未来がからの紙袋を持って現れた。まとまった荷物を運ぼうと純一がよって行くと、ソレよりお気に入りの着替えを棚から選んで出してください。と、未来に叱られた。アーケードの駐車場はマンションの脇の横断歩道をわたったところに歩行者用の出入口があり、便利な位置だった。
そんな風に純一の仮入居は終わった。
光も慶子も純一を歓迎してくれたが、なによりペアマグや箸などのプレゼント品が日用できることを歓んでくれた。せっかくの揃いなのに使われないのは可哀想、というようなことが純一の入院中にも少し口の端に登っていたらしい。
新居のキッチンでは一気に作られたお節の準備が進み、一部は既に完了して冷蔵庫にしまわれていた。今は時間のかかる煮物焚物の類から始まっていて、皆が持ち寄った鍋がそれぞれ、ダイニングの広い食卓の上で器に移るのを待っている状態だった。リビングのローテーブルが十分に広いので食事はソチラを使うつもりらしい。
慶子が料理の進行が一段落したことを未来に報告して、食器の片付けの差配と今後の展開を確認している間に紫が純一の部屋を案内する。
純一の部屋には初日に見た巨大なベッドがおかれていた。寝具は完全に新品で枕は真ん中に一つだった。こうしてみるとベッドもデカいが部屋も広い。部屋の奥側にはL字に組み立て家具で組まれた机と引き出しが並び、クロゼットには衣服の類が整然とたたまれていた。
実家にいるとこんな感じなんだよな。純一はそんな風に思った。脇で紫がクロゼットの引き出しに衣服を詰め込んでいた。
そのまま風呂場に案内される。タオルや下着の棚、予備の石鹸類の場所や洗濯物入れなど説明を受け、純一の歯ブラシとコップに再会した。
そのまま純一は風呂にはいることになった。シャツがめくれないので手伝ってもらうのは仕方ないとして、パンツはやはりかなりの抵抗を感じる。紫が甲斐甲斐しくも楽しんでいるのでなおさらだ。紫が一緒に入ろう、と言い出して少し抵抗したが、ギプス濡らさないようにしないとというのには一理あったし、この手では身体を洗えない。どうせ明るいところでミセッコしたじゃん、とまで言われてしまって、まぁいいや、と納得してしまった。脇腹を守るコルセットを外すとけっこう汗臭い。傷口をペロリと舌先で舐められ純一はぞわりとした。パッチを交換する際に入浴などで濡らしても大丈夫とは言われているので、水が身体に入るようなことはないわけだが、少し緊張して紫に支えてもらいながら浴槽に浸かった。未来に傷を洗われた時のような痛みはない。
紫は丁寧に純一の身体を洗った。緊張がほぐれて緩やかに大きくなる陰茎に興味を引かれてはいたものの、扱いは丁寧で単に不自由な純一の両手として適当な働きをしているだけだった。
「できたよぉ」
純一の頭を洗ったあと、後ろから身体を支えて浴槽に座った紫は、ホッとした声を純一の背中に吐いた。
「また会えて良かった」
そんな風に紫は言った。
「病院で会ってたじゃないか」
「生きているってのとこんな風にできるってのは違うよ」
腕を頭の上に組んだ姿勢の純一をぺたりと張り付いて抱きしめたまま紫がいった。
「お腹刺されたって聞いたから本気で心配したんだから。命は無事だって言われたけどヒカリちゃんが、私たちも危ないから、引越しを急いでって言うから引越し屋さんに渡せるように頑張ってからお見舞いに行ったけど、ケイコちゃん準備ホッポッてきちゃって、なんか私薄情みたいだった。」
「慶子だしなぁ。しょうがないよ。アブナイのは本当なんだ」
「ケイコちゃんだしか」
「むしろ、慶子が光の立場だったらばっちり襲われてたわけだからな。もちろん紫でも光でも未来でも嫌なわけだし。代わりに俺ってのは俺にとっては最悪ではない」
「そう言うと思うけど、ヤだ」
「逃げるようなヘタレだと助けられないぞ」
「ヒカリちゃんとミキちゃんは純一さん助けたじゃない」
「うん。まぁねぇ」
ふん、と紫がため息をつく。
「つまり私が助けたかったの。他の人じゃなくて、このアタシが」
「うん?」
「カッコいいところを見せたいの」
純一は現場を振り返って、カッコよかったかなぁ、と省みた。
――いやぁ。どうだろ。
純一は自分の行動を考えてみて、相手の油断に恵まれたと思っていた。最初の時は完全な奇襲だったし、江田の時の江田は体格に任せた戦い方で同格以上の相手と戦ったことがない動きだった。
一対十なら全員が立ち上がらなくても物を投げるなどして純一の動きを鈍らせている間に誰か一人が立ち直れば、テーブルなどを武器に持つ時間が稼げた。ソレこそ純一に精液をかける程度のことで純一のイニシアティブは奪われる可能性もあった。
江田は起き上がるときにナイフの他に砕けたガラスを一つ二つつまんでいるだけでよかった。投げつけてもいいし、ナイフの代わりに使ってもいい。あとは純一が怯んだところを押し倒してポケットのナイフでザクザク。
――反省会終わり。
純一が苦笑したのをバカにしたと思ったのか、紫は傷口の脇を指先で突き刺す。
「――バカにしたんじゃなくて、そうかっこよかったかなぁって」
「ヒカリちゃんのかっこいいとこ見てなかったの?」
――光のことか。うん。
江田が喧嘩慣れしていないのは間違いないが、体力的には頑健で純一が横に回るのに成功していても一気に押しきれたかどうかは分からない。ランドリールームに押し込まれたら結局同じだ。二人がタイミングが微妙だったのは間違いないが、早くても遅くても結局助けに来てくれた二人にケガをさせていた気がする。ソレは俺が耐えられない、と純一は思った。如何に純一を大事に思っていても、純一の危険を目にしなければアソコまで思い切りよくスプレーを吹きつけることはできなかっただろうし、スタンガンを握りしめて体格の良い江田に突進し蹴り込むなどできなかっただろう。
「ガスのせいでちゃんと見えてないし、頭叩かれてたから朦朧としてたし」
紫は純一の耳に噛み付いた。ゴリっと痛い。
「純一くん。反省しなさい。貴方はアブナイことをしてみんなを心配させたばかりでなく、助けてくれたヒカリちゃんの活躍のカッコいいところを見てあげなかった」
「みてはないけど、知ってるよ。俺が苦戦した江田をノしたんだから。カッコいいといえば、未来も光も応急手当上手いな」
「ふたりともダイビングライセンス持ってて救急講習何度か受けてるんだって。アタシもどこかで受けてこようかなぁ。犯罪被害者だし、まだ狙われているみたいなもんだし」
紫は活躍の機会が欲しいと言うよりは、見事に活躍の機会を物にできた光と未来の能力が羨ましかったらしい。赤木先生のところで働いたらカッコよくなれるかなぁ。紫はそんなコトを言って自分の腰とか胸とかを撫でる。活躍よりは何も無い方が良い。つまらないと笑われるかも知れないし自分でもそう思うが、本心からそう思った。
ふたりして風呂からあがると慶子が、ナァニ、ヤってたの?とイヤらしい笑みで言ってみせた。
二人は思わず笑って、
「慶子だしなぁ」
「ケイコちゃんだし」
と、口を揃えてしまった。
「ケーちゃんはなんかヤるんだ?」
光が脇から聞いてみる。
「純一くんがヤリたいって言ったらヤるよ。おチンチンがソノ気になったら言わなくってもヤるかな?」
慶子が当然それが正解だろうと自信を持って答える。
思わずみんなが笑っていた。
「そしたら二週間したらお風呂手伝ってもらおう。あ、でもその頃はギプス外れているから、一人でノンビリ風呂に入りたくなってるだろうなぁ」
笑うと腹が痛い、が純一は笑った。
他でもない、あの騒がしいクリスマスイブの日の先触れとも思える、黒塗りセダンの御一行がナニをしに事務所に訪れたのか、斎夜月は無事かということだ。借りっぱなしの雑誌もある。
バイクで市役所に住民票を取りに行った帰り道に阿吽魔法探偵事務所に寄ってみることにした。
事務所の扉は埃が靴の形に落ちているようにもみえたが、開いた。
雫の音とコーヒーの匂いがすることにホッとする。
「あれ?畑中さん?いらっしゃい。引越しとか忙しくないんですか」
拍子抜けするような軽い声で、まだ姿も見えないはずの純一に夜月が指摘する。耳の良さか、勘の良さか、頭の良さか。いずれにせよ、魔法だ、と純一は腹の中でつぶやく。このひとは俺をからかっているのか、そんな理不尽に非合理なことさえ本気で思った。
座って待っててください。そう夜月に言われて、純一は定位置に座る。
「どうしました?」
コーヒーを勧めて夜月は純一に訊いた。
――どうもこうも心配して様子を見に来たんだ。
純一はそう言いたかったが、どう考えても場数を踏んでいるらしい、しかも全く問題なさそうにみえる夜月にそう言うのは、純一にはためらわれた。ありがとう、でも目の前に無傷でいるから大丈夫。そんな当たり前すぎる会話で終わってしまう。口を開いて言葉を堰き止めているうちに別の言葉が口から出た。
「どうして俺だって分かったんですか?」
とっさに出た言葉はつい今しがたの純一の疑問だった。夜月は少し驚いたようだが、腹で笑い出した。
「挨拶もなしに入ってきて、開口一番それですか?
それが御用ってわけでもないようですが、企業秘密です。って程でもないのでお教えしましょう。
一人の足音で革靴でなく訓練されていなく慌てていないから、カマをかけたってのが本当です。
ここからの解説は難しいですねぇ。
あー、うん。そのライディングシューズは一時期ここに履いてきていたヤツでしょう。音の質が普通と違うからっていうのが一番簡単かな。
こんなところでいいですか」
ちょっと困ったような顔をして夜月は言葉を切った。
「ところで、本当になんの用なんです?ひょっとして雑誌ですか?」
夜月が勝手に用事を思いついてくれて、ソレに合わせて純一は頷き、バックパックから雑誌を取り出す。
「ありがとうございました」
「あ、うん。こちらこそ、危ない思いをさせて申し訳ありませんでした。私が押し付けたも同然ですからね。……臨時雇いとはいえ有望な若者をくだらない諍いで怪我させていたら、水本先生の逆鱗に触れてしまいます。ともかく無事でよかった」
心配が空回りだったことで気持ちの置き場に困っている純一を、すこし突き放して観測するようにコーヒーを飲みながら夜月は言った。純一には今ひとつ言葉の意味は分からなかったが、事務所から純一を追い出したコトについて、その必要を生じさせた原因について心当たりがあって、不明を恥じているのだろうと理解した。
純一は自分の勝手な思い込みに夜月が付きあってくれたことに感謝しつつ恥じるとともに、特に責めない夜月の言葉に落ち着きを取り戻した。
「俺を追い出したのって、ヤクザが来たのと関係あるんですよね」
「あ、うん。政盛会の皆さんですね。ちょっと前に関わった仕事の件でその後、先方がトラブったのですが、勘違いを正してさし上げたらお引き取りいただけました。怖い思いをさせたり、女の子たちをスっぽかすコトさせないで済んで良かったと思います」
コーヒーを一口含み、夜月は溜息をつく。
「――ところでバイクで移動しているということは急ぎだったのでは?」
改めて純一の足元を確かめ夜月は確認した。
「あ、まぁ」
ナニを言って良いのか分からず、そう言うのがやっとだった。
「その表情だと、お嬢さんたちの引越しが決まったんですね。やれやれ。で、私を心配してここに寄ったと言うことは、駅の向こう側にしたんですね」
「まぁ、そうです」
冷め始めたコーヒーを純一は一気に飲む。
「私のところにどこからも連絡がないということは、畑中さんが名義人で水本先生が保証人ですか。いや、残念無念」
と大げさに嘆いてみせて夜月は真面目な顔を純一に向ける。
「――ところで、畑中さん。丁度いいタイミングでおいでになったので、確認したいことがあります。エダさんって、どなたかお知り合いがいますか?」
「たしかサークルにそんな名前のメンバーがいたはずですが、彼がなにか」
「気をつけてください。としか言えませんが、気をつけてください」
曖昧だが、直接的な警告だった。夜月の言葉は指示はあっても説明はないことが多く、説明の意味も説明されたときには分からず、行き当たって初めて分かるコトが多い。
「江田くんがなにか」
「ナニカまでは分かりません。ですが、アナタか彼女らかに怨みを持っている可能性があります。ですが、行動に出ていないので目的が分かりません。方法としては闇討ち待ち伏せの類かと思いますが、予断は許しません。どこで誰をが分からないので、今のところは気をつけてください。としか言えません。とりあえず、小林警部にはアーケード周辺は巡回の強化を手配するように頼んでみます」
重ねて訊いても情報は増えなかった。夜月が心配している。という事実だけ伝わった。
純一は腕時計を確認する。朝から作業と光は言っていたから、そろそろトラックでマンションにつく頃だろう。
警告に感謝と留意する旨を答えて、純一は不動産屋に向かう。
不動産屋に書類をあずけると、明日の午後には大家さんのところに係が向かう。そう後の流れの説明を受けた。その後、完成させた契約書を一通マンションに届けるかあるいは取りにこられるか。保証人分は郵送してくれるらしい。引越しの最中の来訪にバタバタするよりは、と純一が受け取りに来ることになった。アーケードの駐車場契約は会社都合で契約は明後日からということになるが、今日から停めて良いということだ。それを未来にメールする。
バタバタで思い出し、床はどのくらい大丈夫かという話が出た。オーナーがオーディオ好きだったらしく、床壁天井はシッカリ作ってある。そのせいでエレベータもあの規模にしては奮発した。金塊を部屋いっぱいに積むとか考えなければ大丈夫だと聞いていると不動産屋は言った。
彼女らの新居のマンションに向かうと引越し屋の軽トラが走り去るのをロングスパッツにスウェットシャツの光が見送っていた。純一はそのスリムなボディーラインを遠目で見て、きのう誰も片付けに手をつけなかったせいで、まだ純一のリビングのカーテンレールから光のジャージとティーシャツが下着や寝間着に列んでぶら下がっているのを思い出した。
「ジャージ上下よりはソッチの方が寝間着みたいなんだが」
純一の視線の意味を光は不思議に思ったらしく問われたので、純一がエレベータの中で素直にそう答えた。ナニを言っているか理解したらしく、コッチは洗いすぎて痛い、荷物運ぶ前はブルゾン着ていた、と光は純一の胸を二発突いた。光のジャブはしなるようでけっこう痛い。
荷物の運び込みは軽トラの運転手と二人であっさりとケリがついたらしく、純一が昨日外出していた間に決めた部屋割りにしたがって自分の荷物を部屋にしまっていた。光のワンルームは新しい部屋よりだいぶ小さかったらしく、ベッドが折りたたみであることから、レイアウトを決めてもなんとなくスカスカだった。が、冷蔵庫やコーヒーメーカーまで持って来ているから必要なものは一通りあるし、なんだかコレはコレで良いような気がする。拭き掃除のために雑巾と洗面器を用意したり、そのついでにお風呂場周りのセッティングと収納の確認と埃払いをおこなっていると、玄関から未来の、ただいま、という声がした。
フィッシャーマンズセータとスリムジーンズとスニーカーという働く気満々の姿の未来を純一が出迎えると、引越し屋が養生を手早くはじめ、台車で大きなものが持ち込まれはじめた。今日の未来は色の入った眼鏡をかけている。ふぅん、と純一は思った。
背の高い冷蔵庫。大きな洗濯機と乾燥機。ナルニア国に行けそうな大きな衣装ダンスが三竿。アンティーク調のロールアップデスク。正方形の大きなベッドが二台。あまり大きくないダンボールとソレと分かる靴箱がぴったり収まったカラーボックスが幾つも。大きな岡持のような和食器の組が二つ。ベランダボックスに収まった調理器具と食器類。大画面のテレビ。テレビ台。アンプ。スピーカーが幾つか。純一が寝れそうな食卓。
コレで未来が働く気がある格好をしていなければ、嘘だと叫びたくなるほどの量だった。ミキの部屋と決まったスペースはソレっぽく埋まり、共同スペースにも一気に物が揃い、ガス会社がメータを動かしてくれて据付のガス器具が動くようになれば、なにも不足はない。
四人の作業員が手際よく段ボール箱を整理しつつ中身を廊下の本棚に収納してゆく。コレならと、純一が概要を聞いて手を貸す。箱が空になったとき壁がまだだいぶ見えているのをみて、未来が舌打ちをした。家具のレイアウトを指示して家具の養生を解かせると自分は台所の片付けを始めた。どうやら担当が決まっていたらしく、未来は台所、光は風呂トイレ洗濯場を担当している。他の二人は掃除や片づけがまだ掛かっているらしく、ポロポロと来るメールには、泣き言のようなメッセージが送られていた。
純一は、養生がまだ解かれずに引越し屋がバタバタしている部屋で自分がナニをするべきか少し考え、未来の持ってきたピクニックセットを思い出した。
「一旦帰る」
玄関先で純一が大きな声で怒鳴るとそれぞれ返事が聞こえた。エプロン姿で未来が現れた。外へ行くなら郵便局に転送届を出しておいて欲しい、と言った。せっかく顔を見たので紅茶のセットを持ってくるつもりだ、と外出する目的を純一が伝えると、いってらっしゃい、とキスをされ送り出された。
エレベータの中で純一は自分がニヤニヤしているのを感じながら、転送届に、畑中純一様方佐々木未来、と書かれているのを見て、またニヤニヤした。郵便局では混んでいて、未来の分と交換に白紙の転送届を三枚受け取るまでだいぶ待たされたが、あまり気にならなかった。自分の部屋に向かう道すがらの信号で、投函でも良かったことに気がついたが、まぁいいやというくらいに舞い上がっていた。
だから台所の脇の鎧戸が開いているコトに気がついたときも、あぁ忘れてたかと思った。
玄関の鍵が開けっ放しだった時も、昨日合鍵を配ったから早速誰か来たか、というふうに思っていた。
靴がなかったので、おかしいな、とは思ったが、慶子辺りは好きそうな悪戯だし、それを言ったら光以外はみんな好きそうな雰囲気だと、少し納得した。
鍵の締め忘れか、悪戯かいずれにせよ、あとでちょっと聞いてみるか、と思い寝室の収納のバスケットをとり出すために部屋を進む。
おや、と思った。
ここしばらく純一の心を微妙に騒がせ続けている女物の下着と寝間着の列で異彩を放っていたジャージが消えている。さては光がとも思ったが、さっき光はスウェットとスパッツという格好だった。落ちたというわけでもないようだが、細い玄関の廊下では下のほうまで見通せているわけではない。まずは現場かと、明るいリビングまで純一は進む。
やはりない。と思った瞬間にとっさに純一は身を交わし右手を翳した。気配を感じたというよりは音だと思うが、ドンナというのは難しい。とにかく純一の頭のあった辺りに磨かれた木の棒が居て、純一より一回りは大きな見覚えのない男が土足で立っていた。
男は木刀を引き戻し、姿勢を崩した純一にさらに突きかかった。男の突きはカーテン越しの窓ガラスを破裂させるように突き破った。
――洗濯物破られないで良かった。
昨日はその辺に自分の寝間着と下着が掛かっていたことを場違いにも思い出す程度に純一は現実逃避していた。
男は誰だか分からないが、混乱しての居直りというよりは、かなりの殺気を持って純一に対している。そう思う。
二発の突きで純一は完全に体制を崩しているにも拘わらず、逃げ出さない。
誰何も威嚇恫喝もしない。一撃目で頭を狙い、さらにもう一発、今度は動いていた純一に対してかなりの精度で突きをよこした。
窓ガラスを一撃で粉砕する突きは相当な踏み込みで、それなりの思い切りと体力が見えた。
純一にはコイツが誰だか名前に心当たりは見つかったが、それが意味があるのか、そこは賭けだった。
「お前が強姦を計画したのか!江田!」
ギクリとした一瞬で純一はローテーブルを挟んだ位置に移動する。
江田は無表情をニヤリと歪ませたが、それは嗤いよりむしろ怒りなのかも知れない。
「横取りしやがったお前が言うなあぁ!この盗人のハイエナ野郎が!」
それまで正眼に構えていた木刀を片手で袈裟に振り、ローテーブルに叩きつける。木刀の先端が合板のローテーブルに激しくめり込んだ。
「だいたいなぁ!お前が!いるから!ヒカリが!おれの!ものに!ならない!んだぞ!」
袈裟に振ってみて天井の高さと部屋の広さに感触を得たのか、江田は木刀をローテーブルに連打する。
「だから、アイツらにヤらせて、一回汚し、お前への執着を絶って、諦めたところで、俺の愛が優しく包む。オレのアイの計画!それをなんダ!」
諸手に握り替え腰をいれ一気に振り抜くと、木刀の先端はローテーブルを貫通した。
「ぉマエが出てきて、掻っ攫いやがった。しかもこんなところに連れ込んで、一緒に住んでヤリまくっていやがる」
なにかおかしいと思ったら、江田の下半身はツンツルテンのジャージだった。股間には染みができている。自分がさっき無意識に交わせたのもこの匂いの違和感のせいか。
「オレの女に手を出したオマエは死刑だ。だがその前にオレが三十四発殴ってヤる。オレがヒカリに愛を語った回数だ」
純一が江田のモーションを図りながら姿勢と戦術を組み立てていると、低い姿勢と沈黙と横に開いた構えを怯えと勘違いしたのか江田は饒舌に語った。
「三十五回目はお前の葬式の時にしてやる」
光は浪人しているはずだから、月イチ以上のペースで振られまくっているのか。ご苦労な男だ。純一はそう思ったが、もちろんいま口に出して良い感想でもない。
と、携帯が鳴り出した。誰だか分からないが、彼女たちの誰かだ。お取り込み中なので無視する。
「出ても良いぞ。その間にケータイごとオマエの頭を叩き潰す」
――たぶんそうなる。
操作をしようとして動きを制限されたら、一息に突かれてしまう。一撃では死なないかもしれないが、倒れたところで追い打ちを食らえば同じことだ。だいぶしつこく鳴らしている。股間がこそばゆくなってきて、動ける緊張を維持するのが難しい。そんなコトを考えた瞬間に戦術は組みあがった。
――基本的なチャンスは二回。あとはイニシアティブを取れること。
無意識にフッと笑ってしまった。
「なにがオカシイ。なにがオカシイんだよぇ!」
叫んでローテーブルを振り下ろされた木刀に合わせて、テーブルを跳ねて起こす。
元々強度が落ちていたテーブルは木刀に貫通されてしまう。注文通りと純一はローテーブルの足をつかんで回転させた。テーブルは木刀を中程までくわえ込んだまま暴れ、油断で握りの浅かった江田の手から獲物を奪い去り仰向けに倒れた。立ち位置の不利よりも次の展開を求めて、純一は敢えて江田に窓を背にすることを許した。
江田の力量は知れないが、膂力と思い切りに欠けるところはなく、なにより純一を本気で殺そうとしている。負けは許されない相手で、容易に勝つ手がないとあれば、負けない方法を選ぶしかない。少しできた間でポケットを探り、短縮ダイヤルを押して放置する。
江田は純一が背を向けるタイミングをも狙っているに違いなく、純一としては避けたかった。
と、江田は純一に打つ手なしと見たのかローテーブルを無視して無造作に歩み寄った。江田があまりに無造作だったので、純一は掌底をかち上げて肘まで入れていた。かなりの手応えで江田の身体がわずかに浮き、その踏み足のまま江田の踵を払い、不安定なローテーブルに踏みとどまる機会を奪われた江田はベランダまで吹っ飛ばされることになった。
ここまで決まったことは純一の記憶でもあまりない。同情ということはないが、痛そうだ、とジャージの股間の染みを見ながら思った。
鳴らしっぱなしの携帯が沈黙していることに気がついてポケットを探ると江田が呻いて起き上がった。破れかけのカーテンが丁度良く江田の背と首を支えたらしい。純一は自らの油断に携帯での通報を諦めた。
立ち上がった江田はナイフをかまえていた。純一はキッチンの上のデニムのエプロンをつかみ、江田のナイフにあわせて左腕に巻く。
江田はそんな純一を鼻で笑って左にナイフを持ち替える。
緊張の中で、純一は表の通路の音が意外と良く聞こえることが分かった。少なくとも江田には純一がエレベータからこの部屋の前に来るまでに十秒以上の余裕があったわけだ。
しかし、如何な有能探偵でもこの時間では少し短すぎる。しかもあの人はハイヒールを履かない。ここはもう少し粘るか自力で脱しなければならない。さすがに今度は江田も純一の間合いを警戒してローテーブルを迂回してくる。
そりゃあ同じことはしないよな。体重とナイフを考えると純一は踏み込みにくく先程のような油断の消えた江田には押し込まれるしかない。しかも、体重を考えれば狭いところでの有利は江田に出る。問題は江田がどの間合いを好むかでどのタイミングでその位置にいれるかだった。平日だというのに意外と人が動いているらしくエレベータが頻りに動いている。
わざと江田の間合いにとどまり、誘い避けて間合いを学ぶ。デニム地のエプロンは未来が堅くて肌に擦れて痛いと言っただけあって、深くは刺さらないが、既に純一の肌には達している。
純一の仕掛けに良さそうな位置に来た。純一の演技するまでもない緊張と焦りは江田にも伝わり、江田が純一の反撃を待っていることは江田の視線からも分かった。
「別にまたスゴイの食らいたいワケじゃないから、このまま潰すぜ」
どの道の有利は動かないと江田は挑発する。江田の技量はタカが知れていたが、江田の体格はタダの見掛け倒しではなく、それなりの根拠を持っていた。通りすがりの喧嘩なら技量の披露会でなんとかなりそうだが、今の江田は純一に対する殺意に満ちている。
「光が帰ってきたら、どんな言い訳するつもりだ」
江田は純一のその問いを待っていたかのような嬉しそうな飢えた嗤いを浮かべる。
「オマエの死体の脇で犯してヤる。オレにヒカリから、愛してます、好きです、結婚してくださいって言うまで犯してヤる」
「最初っからそのつもりなら、ヒカリの処女を貰えたのにな」
「なにぃ」
純一の口合気は江田の狂気に水を差したようだった。
「知らなかったのか?ヒカリは初体験だったんだぜ。競泳で膜は切れてたらしいけど」
重ねた純一の言葉に江田が動揺する。
「オマエは可愛いヒカリの最初の男になるチャンスを、自分でどっかのバカ猿にくれてやった、ヒモにもなれないヘタレのマヌケ野郎だ」
エレベータの音が響く。純一のテンションは合わせて上がってくるようだ。
「もっとも、猿のチンポはヒカリには不満だったらしくてな、俺が初恋だっていうから、可哀想になって俺が抱いてやったら、膜はまだ残ってたなぁ」
純一は下卑た言葉を並べて挑発しながら、サッサと来い、ヘタレ野郎と、江田を腹の中で罵っていた。
「残りの処女膜遠慮なくこそぎとってやったら、俺のことが好きですって言いながら、何度もイきまくってたぜ」
「だまれ!」
江田はさっきまでとはうって変わって追いつめられたような表情をしていた。
「そういえば、江田のこともなんか言ってたなぁ。お前がいたらレイプされることもなかっただろうに、肝心なときにいない役立たず。きっとインポね、とかそんな感じだったかな。あとで光に聞いといてやるよ。俺への感想も一緒にな」
エレベータから柔らかい底の靴のふたりづれが降りてきた。夜月は間に合わないらしい。
――まぁいいや、早く来い、江田。
「江田ァ、オマエ、あの場にいたら光に告白受けてもらえたんじゃないの」
そういった瞬間、江田の全てが切れた。哭くような声をあげてナイフを槍のようにして体ごと突っ込んできた。
突進する江田をランドリールームでかわして、横殴りに叩き込む。体勢を崩してバランスを取ろうとするねじれた首筋を狙う。両手を江田のナイフに水車のように合わせ、身体を交わそうとした瞬間に部屋の外にいるのが誰だか分かった。
――俺が江田を殴るのは良い。側頭部から後頭部への打撃を加えられば、数発で倒せる。だが扉を開けて入ってくれば、伸びた腕と止まらない身体は――
理解した瞬間、純一の身体は想定していた戦術を停止した。
中途半端な位置で停止した純一の腹に江田のナイフがめり込む。
江田の速度と体格が純一を押しつぶす。
江田は玄関先においてあった昨日光がかぶっていた純一の予備のヘルメットをそれとは知らずに手にとり、殴り始めた。
――さすがにコレはヤバい。
体重差のある男に狭い場所で乗りかかられ、凶器でメッタ打ち。
しかも――
ピキピキと響く音が頭を守る腕から響く。江田の体重がかかったナイフが腹を少しづつ進む。決められていない下半身を振り回して体勢を変えたいが、ヘルメットの分、身体の安定している江田を崩すには至らない。逆に壁を上手く使われ半身を抑え込まれた。
純一が恐れていたこと、扉が開いて光が射す。
――まずい。
ばすっっっっ
と何かが漏れる音と凄まじい刺激臭、傷に酷く染みるナニかに咽返る。バチンと言う静電気のショックに純一は呻く。
「この猿。バカ。死ね。クズが。あたしのダンナに手をだすんじゃない!この変態野郎。人のジャージでなにオナニーくれてるんだ!悪魔。ダニ。バイキン。シラミ。ウジ虫。お陰で二度と履けなくなっただろ!人でなし。せっかくの初体験の記念品をなんてことしやがる!豚野郎!詐欺師。オマエのようなヤツはサッサと去勢した方がマシだ!インポ野郎!二度とあたしの名前を口にするな!ゲス!嘘つき。呼吸して二酸化炭素増やすな!負け犬」
光の狂ったような叫び。いや、光ってこんな喋り方しないだろ。まだなにか喚いているように聞こえるが、アチコチ痛くて億劫だ。
うっすら目を開けると光が純一の上の江田を部屋の奥に蹴り込みスタンガンを二度三度押し付けていた。江田は何度か抵抗してナニか訴えようとしていたが、一撃目で言葉が上手く出なくなったらしく、とうとう首筋にスタンガンを押し付けられて気絶した。そのあと光は五体に順番にスタンガンを押し付け、踵で股間を踏みつけた。意識がないにも拘わらず、江田の身体が跳ねた。江田をマットのように踏みつけ足を拭い、それでも我慢できなかったのかシャワールームに駆け込んでお湯を調整しつつ足を洗った。
未来は純一を起こすとシャワールームに導き、光からシャワーヘッドを受け取り目と傷を洗い流してくれた。光は救急車を呼びながらいつの間にか買い置きが準備されていたナプキンを取り出すと傷口に重ね、周囲をガムテープで固めた。
止血をしながら二人の話をまとめて聞くと、未来の荷物の配置と養生の撤去が終わって、ガス屋が予定より少し遅れることが分かったから、コッチでお茶するつもりで来たという。催涙スプレーとスタンガンは事件のあと、何種類か買ってみたもので、初仕事だったらしい。役になって良かった。けど、使わないですめばもっと良かった。
そんなコトを言っているうちに開け放した扉から慌てた革靴の音とパトカーのサイレンの音が聞こえる。
今度こそ夜月が来たようだ。
「忠告、役に立たなかったようですね。残念です」
結局、純一は木曜日には病院から開放された。
正月に病院ってのも少し切ないと純一は思ったのだ。
もちろん、そのまま入院という選択肢もあったわけだが、腕の骨のヒビと腹筋を貫通した切り傷以外は特にどうということもなく、腹筋の傷は寝たままでも痛いことが分かったので病院にいるのが嫌になった。ナイフの切れ味の悪さに救われたね。医者の言葉によると小腸を支える膜のいくらかが切れた程度で、ナイフが突き立ったほどのケースとしては全くの軽傷だという。事件の参考に凶器の整合性を確認するために見せられたフォールディングナイフの出来を見たときに、ああぁ、納得です、と言ってしまうほどだったらしい。
「刺された。無事だけど」
実家にそんな連絡を入れると、姉夫婦は、犯人捕まえたなら佳し、などと気楽に返してきた。
さすがにそれが年末の挨拶では寂しかったので、退院の報告を実家に入れると、帰ってこれないのは残念だが、仕方がないと、既に長い付き合いの姉婿が言った。始まったことは終わりになるまで、似たことが繰り返されるので気をつけろ、二度あることは三度ある。せめて来年で終わると良いだろう。良いお年を迎えられますように。そんなコトを話して年末の挨拶に変えた。
激昂した光に消沈した江田が警察で語ったところでは、強姦事件は複数県複数の大学をまたぐサークル内部の有志連合で結成されていた計画犯罪だという。自分たちの学園祭の出し物でワザとプランの隙を作り、サークルの女学生を強姦事件の被害者として提供する見返りとして、この計画的な強姦の加害者として参加する、という彼らの仲間内でサバトと呼ばれている集団強姦互助会だった。正確な規模は分からないが、江田が参加しただけで六件の事件があり犯罪参加者は五十名は超えるだろうということだ。
交通事故で亡くなった県議会議員の息子はこの計画的集団強姦組織の初期メンバーで、中核的存在だったという。江田のサバトでの仕事はカギの準備で、光と純一の家の合鍵を作っていたのは、まさに彼だった。最初の二本のカギを作っている間はどこの誰だか気がつかなかったが、最後の純一の部屋のカギを作っている間に客が誰であるか分かり、まさに引越しの日に光の部屋を確かめ、既に引っ越したことを知り、慌ててサークルメンバーの名簿をあたり、純一の部屋を突き止め光を探していた。ということらしい。
まぁ、単なる江田の自供だがね。と、水本先生は見舞いに来て、両腕をギプスに包まれた純一が訴訟代理人の署名手続きを苦労して進める間に、慰めるようにそう言った。被告人弁護団側の大きなスポンサーである県議会議員が事故で亡くなり、時間的な引き伸ばし策が経済的な根拠が薄くなったところで、さらに材料が出てきて検察側にとってかなり楽な展開にはなってきたということだ。
小林警部は、年末で一気に動くには色々足りないから少し暇なんだ、と純一が退院するまで通っていた。江田がポロポロと供述しているところの信憑性を確認する意味か、サークルメンバーの印象を頻りに純一から聞き出したがっていたが、もちろん純一には説明できるほどのものはなく、代わりに小林警部の聞取りは見舞いに来ていた娘たちへとシフトした。見舞いの彼女たちの執着ぶりで幾度か純一をからかったが、水曜日に赤木先生が小林警部を捜査担当から外すように希望しても良い、と、一言冷たく言ったことで静かになった。助けてくれたことで礼を言い、木曜日に退院ということで手続きをお願いした。
「それはそうと、王様ごっこも大変だね。刺されたり骨折したり、写真見たら色々壊されちゃったんだ」
「一番ショックなのは、川上のジャージですかね」
ケラケラと赤木先生は笑うと水本先生から預かったという住宅リフォーム業者のカタログとサンプル見積もりを渡して帰っていった。細い紙袋でけっこうシッカリギプスに覆われた腕では袋の中身も確認できないので、後回しにする。
中身に興味を持った紫が紙袋の中身を引っ張り出すと、荒らされた部屋の始末をどうするかというコトらしい。色々なリフォームメーカーの実績写真があった。結婚式場や写真スタジオのような一般家庭ではありえないようなレイアウトやら、ファミレスやコンビニの店舗施工例なども入っている。
「これいいなぁ」
紫が気に入ったのはどこかのリゾートコテージのようだ。トロピカルな色合いの建物内装から白い砂浜が見える窓とその周辺が写っている。庭のプールなんかもあって、こんなこともできます、というアピールなんだろうが純一にはちょっと関係ない世界のグラビアみたいだ。今日いままさに入居の作業をおこなっている慶子とその監督手伝いをしている未来に連絡を取っていた光が、ひょいと一葉のパンフレットを引っこ抜く。
「トーテモジュンチョー、で、なんでこんな量に今までかかってたのか、ミーちゃんには分からないくらいだって」
とても順調という報告を何処か異国の単語のように光が伝えた。
「ケーコのヤツ、やりたい事以外はやらないヤツだからな」
「ミキちゃんは仕事早いしねぇ」
でも、どうやら未来の仕事の能力の範囲で慶子は年内にというか、今日中に引越しが終わりそうでよかった。
「こんなのいくらするんだろう」
施工例写真をパラパラと眺めていた光が手を止め、そんな感想を述べた。
「けっこう高いと思う。それとも意外と安いのかなぁ」
紫がのぞきこんで、そんな風にいった。純一が二人がそんな微妙な感想を述べているので、さすがに興味を引かれて首を伸ばした。ソレは赤いベルベット地の壁面に巨大な鏡を貼った天井とやはり赤い丸い大きなベッドが置かれている部屋だった。他にも壁面にX形の木製のフレームに短い革製のベルトがついた器具が壁面に設置され、天井から滑車が幾つも吊るされているコンクリート張りの部屋、五面ステンレスのミラーで一面アクリルのシャワールームなどの写真がある。部屋の入っている建物の名前が写真の下に小さく入っている。買取ならともかく賃貸での改装は関係なさそうだ。
「店舗施工例なんじゃないかなぁ」
「まぁそうだよね」
「でも、ミーちゃんに聞いたら分かるんじゃないかな」
「ミキちゃん物知りだからねぇ」
三人はこんなパンフレットをドコから集めてきたのかと、唸った。
未来は、慶子の退去予定の部屋にいる。慶子は三晩かかっても引越し屋に部屋の作業を頼める段まで片付けることができなかったのだ。部屋に入ったことのある三人は、まぁたしかに四角い部屋を丸く使っている慶子だから、まとめて掃除は大変だろう、そう思っていたのだが、事実は違った。
朝方、ひとりだけ年末までに引越しができないのはさすがに気の毒ということで、未来は慶子の部屋に向かった。
そこで未来が目にしたものは、床一面に荷物が広がってしまった荒野のような慶子の部屋だった。入居の際に色々増やした道具類を据付のワードローブや棚に入れた結果として、ドコにどうやって運んだらいいのか良く分からないものがたくさんできたらしい。
入居の時はファンシーケースとスーツケース一つづつだった衣類や小物類が、いつの間にかワードローブにギュウギュウになっていた。どうやって運び出して良いのかわかんない。そんな慶子の訴えに未来は目眩を覚えた。
が、即座に引越し屋に連絡し、部屋の規模と衣類の大体の量を伝えると、直ちに来るように手配して、未来自身の引越しで仕事が気に入った一名を手隙ならと指名した。そして慶子に引っ張り出してしまった道具類を一回生活していた時の状態に戻させた。慶子が道具を片付けている間に、未来は荷物の少ないところから順番に、新居から持ち込んだ道具で掃除をはじめていった。
昼前に引越し屋の二トン車が着き二人の男が現れると、彼らは慶子が道具を片付ける三倍以上の速さで箱に詰めていった。時計の針が左右対称に進んだくらいで、慶子の荷物はトラックに積み込まれていた。
男たちが玄関から埃を掃き出したとき、慶子は思わず歓声を挙げてしまった。その姿に部屋の受け取りに来た不動産屋が苦笑するほどだった。
実際に引越し屋の手際は良かった。
夕暮れ前には引越しの作業は終わり、未来と慶子も純一の病室に現れた。
ちょっとばかり特殊な趣味の施工例の写真を見せられて、慶子はけっこう良いねと言って面白がったが、未来は毎日コレで過ごすのは落ち着かないので、少しばかり才能と体力と修業が必要ですよ、と当たり前に冷静なツッコミを入れた。
ですが、そういう生活がしてみたいと仰るのであれば、いつでもお応えいたします。そう言って未来は頭を下げ、純一様のギプスが取れたらその写真のお店に行ってみましょう。とニッコリ続けた。
木曜日の午前中、腹の傷と両腕の骨折の状態を確認した医師はそれぞれ、二週間は重い物を抱えたり走ったりなどの力や速さを求めた動きはしないことを注意した。腕に関しては細かな作業をしようとすると骨折を進行させる可能性もあるから、やはり指先を使っての作業は二週間は我慢すること、具体的には長時間の筆記作業やタイプ打ち、ゲーム機操作などは控えてください、と告げた。
純一にはあまり趣味的なものは少ないが、来年の今頃にこんなケガをしたらアウトだということだけは分かった。
昼頃に迎えに来たのは、紫一人だった。車は持っていないが運転免許は合宿で取ったらしく、お節料理を作っている未来に代わって純一の迎えに来たらしい。未来と光は料理戦力として外せずに慶子は免許を持っていない。という否定的選択だったらしい。
「折角だからみんなでとも思ったんだけど、台所の収納決めてたら、ミキちゃんの塗の食器と重箱はどうしようかって事になったの。お茶の道具はとりあえずまとめてしまっておこうって事になったんだけど、お重はほらお正月だから、詰めようって事になって。ミキちゃん、おせち毎年作って松が明けるまでソレで過ごしてたんだって」
お節料理は甘くて辛くてたくさんは食べられないから、腹持ちしないんだよな、という純一に、だから食べすぎなくて良いんだと思うよ、と紫は意外と楽しそうに言った。
「とりあえず、私たち、三ヶ日はお節とお雑煮しか用意しないから、嫌だったら自分で用意してね」
と、紫はたぶん本気で純一に告げた。お屠蘇の準備もするから、かなり本格的なんだと、いう。ちょっとばかり四人の献身を勝手に宛てにして退院してみた自分の舞い上がりぶりと、となりの紫の舞い上がりぶりとどっちがスゴイのかわかないが、まぁともかくちょっといい気になっている自分への戒めのつもりで、ここは一つ様子を見てから必要ならどうにかしよう。と思った。
とりあえず、純一の部屋の様子を確認したいと、紫に目的地を告げる。紫もそのつもりだったらしく、未来が停めていた駐車場に車をつける。
久しぶりに帰った部屋は寒かった。警察の鑑識が入りソレらしい証拠物件を回収してそののち掃除した現場は、窓が抜けてブルーシートで覆われていた。火が入っていなかったことで戸外と変わらない冬の風の香りだった。風がふく度にポコポコとたるんだ太鼓のように音を立てている窓は、なんだか哀れな部屋の泣き声のようにも感じる。
「ただいま」
純一が明かりをつけてみると幾つか気になる点があった。四人の下着が相変わらず窓の脇に風鈴のように下がっている。しかし隣にあったはずの寝間着はなくなっていた。片付け忘れたというよりはなんだか意志を持って残されたのかと思う。
寝室を改めるとなにか色々配置が変わっていた。ベッドがマットレスを裸にさらしていた。江田がなんだか粗相した後始末か。
そういえばと思ったら服もかなりない。特にスーツ関係はネクタイワイシャツ全部なくなっていた。引き出しの中はやはり綺麗になくなって書籍ノート資料パソコン関連エロ本の類も一切消えていた。
「大事そうなのは全部引っ越しちゃったよ。勝手に。特にエッチ関連資料は四人で山分けして管理しています。より良い同棲生活のための資料とさせてください。あ、でも必要ならいつでも返すよ」
エヘヘ、と悪戯顔で紫が笑って言った。
「ちょっとはなんか相談しろよ」
そんなコトを口にはしたが確かに悪い判断ではない。どのみち両腕を骨折していれば誰かにある程度は面倒をかける局面がある。ましてや目の前にいる紫や他の三人は気にするなというのはムリだろう。
入院している間の経験から言えば、長めのスプーンや食器なら食事も可能だが、箸を使うことはできない。封筒の中に手を突っ込んで一つとかサイフからちょうどの札と小銭も取り出せない。病院はシャワートイレで面倒がなかったが、純一の部屋はそんなものはない。
しばらくの経験があればなんとかなるのかも知れないが、両腕骨折というのは初めてだ。
微妙というのは通り越して考え込んだ純一は台所周りを確認した。ペアマグなどのプレゼントで来た食器は残っていた。
「あ、ゴメンナサイ。昨日、退院するって聞いたから、てっきり私たちのところでお世話するつもりでいたの。だからほら、そしたら必要をそうなものだけって話だったんだけど、そしたら、ここ開けっ放しになっちゃうし、窓はめてないからスーツとか悪くなっちゃうの勿体無いし、大学も始まっちゃうから勉強道具も要るだろうしと思って。――下着はあの、まだいますよー、っていう旗みたいな感じって言うか。パジャマはヒカリちゃんのが、警察の人持ってっちゃったからソノ、なんか仲間はずれみたいな気分は、嫌いって言うか」
「紫、悪いんだけどさ――」
紫がぎくりと身をすくめた。
「あのね、ゴメンナサイ。私が言い出したの。イチイチ説明して貰って取りに戻ってっていうのも大変だし……」
「――あ?ああ、そうじゃなくて、荷物が増えて手伝えないのに悪いんだけどさ。ピクニックバスケットの中身とこの間のプレゼントの食器、向こうに持ってっちゃおう。あと紅茶の缶カンも。みんな愛用の品を持ってきているんだろうけど、せっかく揃いのモノもあるんだから」
ああ、と納得した紫が作業を始めているとしばらくして応援に未来がからの紙袋を持って現れた。まとまった荷物を運ぼうと純一がよって行くと、ソレよりお気に入りの着替えを棚から選んで出してください。と、未来に叱られた。アーケードの駐車場はマンションの脇の横断歩道をわたったところに歩行者用の出入口があり、便利な位置だった。
そんな風に純一の仮入居は終わった。
光も慶子も純一を歓迎してくれたが、なによりペアマグや箸などのプレゼント品が日用できることを歓んでくれた。せっかくの揃いなのに使われないのは可哀想、というようなことが純一の入院中にも少し口の端に登っていたらしい。
新居のキッチンでは一気に作られたお節の準備が進み、一部は既に完了して冷蔵庫にしまわれていた。今は時間のかかる煮物焚物の類から始まっていて、皆が持ち寄った鍋がそれぞれ、ダイニングの広い食卓の上で器に移るのを待っている状態だった。リビングのローテーブルが十分に広いので食事はソチラを使うつもりらしい。
慶子が料理の進行が一段落したことを未来に報告して、食器の片付けの差配と今後の展開を確認している間に紫が純一の部屋を案内する。
純一の部屋には初日に見た巨大なベッドがおかれていた。寝具は完全に新品で枕は真ん中に一つだった。こうしてみるとベッドもデカいが部屋も広い。部屋の奥側にはL字に組み立て家具で組まれた机と引き出しが並び、クロゼットには衣服の類が整然とたたまれていた。
実家にいるとこんな感じなんだよな。純一はそんな風に思った。脇で紫がクロゼットの引き出しに衣服を詰め込んでいた。
そのまま風呂場に案内される。タオルや下着の棚、予備の石鹸類の場所や洗濯物入れなど説明を受け、純一の歯ブラシとコップに再会した。
そのまま純一は風呂にはいることになった。シャツがめくれないので手伝ってもらうのは仕方ないとして、パンツはやはりかなりの抵抗を感じる。紫が甲斐甲斐しくも楽しんでいるのでなおさらだ。紫が一緒に入ろう、と言い出して少し抵抗したが、ギプス濡らさないようにしないとというのには一理あったし、この手では身体を洗えない。どうせ明るいところでミセッコしたじゃん、とまで言われてしまって、まぁいいや、と納得してしまった。脇腹を守るコルセットを外すとけっこう汗臭い。傷口をペロリと舌先で舐められ純一はぞわりとした。パッチを交換する際に入浴などで濡らしても大丈夫とは言われているので、水が身体に入るようなことはないわけだが、少し緊張して紫に支えてもらいながら浴槽に浸かった。未来に傷を洗われた時のような痛みはない。
紫は丁寧に純一の身体を洗った。緊張がほぐれて緩やかに大きくなる陰茎に興味を引かれてはいたものの、扱いは丁寧で単に不自由な純一の両手として適当な働きをしているだけだった。
「できたよぉ」
純一の頭を洗ったあと、後ろから身体を支えて浴槽に座った紫は、ホッとした声を純一の背中に吐いた。
「また会えて良かった」
そんな風に紫は言った。
「病院で会ってたじゃないか」
「生きているってのとこんな風にできるってのは違うよ」
腕を頭の上に組んだ姿勢の純一をぺたりと張り付いて抱きしめたまま紫がいった。
「お腹刺されたって聞いたから本気で心配したんだから。命は無事だって言われたけどヒカリちゃんが、私たちも危ないから、引越しを急いでって言うから引越し屋さんに渡せるように頑張ってからお見舞いに行ったけど、ケイコちゃん準備ホッポッてきちゃって、なんか私薄情みたいだった。」
「慶子だしなぁ。しょうがないよ。アブナイのは本当なんだ」
「ケイコちゃんだしか」
「むしろ、慶子が光の立場だったらばっちり襲われてたわけだからな。もちろん紫でも光でも未来でも嫌なわけだし。代わりに俺ってのは俺にとっては最悪ではない」
「そう言うと思うけど、ヤだ」
「逃げるようなヘタレだと助けられないぞ」
「ヒカリちゃんとミキちゃんは純一さん助けたじゃない」
「うん。まぁねぇ」
ふん、と紫がため息をつく。
「つまり私が助けたかったの。他の人じゃなくて、このアタシが」
「うん?」
「カッコいいところを見せたいの」
純一は現場を振り返って、カッコよかったかなぁ、と省みた。
――いやぁ。どうだろ。
純一は自分の行動を考えてみて、相手の油断に恵まれたと思っていた。最初の時は完全な奇襲だったし、江田の時の江田は体格に任せた戦い方で同格以上の相手と戦ったことがない動きだった。
一対十なら全員が立ち上がらなくても物を投げるなどして純一の動きを鈍らせている間に誰か一人が立ち直れば、テーブルなどを武器に持つ時間が稼げた。ソレこそ純一に精液をかける程度のことで純一のイニシアティブは奪われる可能性もあった。
江田は起き上がるときにナイフの他に砕けたガラスを一つ二つつまんでいるだけでよかった。投げつけてもいいし、ナイフの代わりに使ってもいい。あとは純一が怯んだところを押し倒してポケットのナイフでザクザク。
――反省会終わり。
純一が苦笑したのをバカにしたと思ったのか、紫は傷口の脇を指先で突き刺す。
「――バカにしたんじゃなくて、そうかっこよかったかなぁって」
「ヒカリちゃんのかっこいいとこ見てなかったの?」
――光のことか。うん。
江田が喧嘩慣れしていないのは間違いないが、体力的には頑健で純一が横に回るのに成功していても一気に押しきれたかどうかは分からない。ランドリールームに押し込まれたら結局同じだ。二人がタイミングが微妙だったのは間違いないが、早くても遅くても結局助けに来てくれた二人にケガをさせていた気がする。ソレは俺が耐えられない、と純一は思った。如何に純一を大事に思っていても、純一の危険を目にしなければアソコまで思い切りよくスプレーを吹きつけることはできなかっただろうし、スタンガンを握りしめて体格の良い江田に突進し蹴り込むなどできなかっただろう。
「ガスのせいでちゃんと見えてないし、頭叩かれてたから朦朧としてたし」
紫は純一の耳に噛み付いた。ゴリっと痛い。
「純一くん。反省しなさい。貴方はアブナイことをしてみんなを心配させたばかりでなく、助けてくれたヒカリちゃんの活躍のカッコいいところを見てあげなかった」
「みてはないけど、知ってるよ。俺が苦戦した江田をノしたんだから。カッコいいといえば、未来も光も応急手当上手いな」
「ふたりともダイビングライセンス持ってて救急講習何度か受けてるんだって。アタシもどこかで受けてこようかなぁ。犯罪被害者だし、まだ狙われているみたいなもんだし」
紫は活躍の機会が欲しいと言うよりは、見事に活躍の機会を物にできた光と未来の能力が羨ましかったらしい。赤木先生のところで働いたらカッコよくなれるかなぁ。紫はそんなコトを言って自分の腰とか胸とかを撫でる。活躍よりは何も無い方が良い。つまらないと笑われるかも知れないし自分でもそう思うが、本心からそう思った。
ふたりして風呂からあがると慶子が、ナァニ、ヤってたの?とイヤらしい笑みで言ってみせた。
二人は思わず笑って、
「慶子だしなぁ」
「ケイコちゃんだし」
と、口を揃えてしまった。
「ケーちゃんはなんかヤるんだ?」
光が脇から聞いてみる。
「純一くんがヤリたいって言ったらヤるよ。おチンチンがソノ気になったら言わなくってもヤるかな?」
慶子が当然それが正解だろうと自信を持って答える。
思わずみんなが笑っていた。
「そしたら二週間したらお風呂手伝ってもらおう。あ、でもその頃はギプス外れているから、一人でノンビリ風呂に入りたくなってるだろうなぁ」
笑うと腹が痛い、が純一は笑った。
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