魔法使いは退屈な商売

小稲荷一照

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日曜日~安息日~

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――昨日は色々盛りだくさんだった。
 純一は起き抜けにそう思った。
 リビングに出るとレースのカーテンの手前には女物の下着と寝間着が四人分。とちょっと。
 列んで自分のパジャマと下着と靴下。
 窓の外には二枚のマットレス。
 意識を別のモノに向けようとテレビのスイッチを入れて、ニュースチャンネルに合わせる。
 面白いニュースは特になさそうなのでユニットバスに向かう。
 歯を磨きながらシャワーを浴びる。
 Tシャツに伸縮素材のボクサーブリーフを身につけて、キッチンに立つ。
 晩の残りのカレーをクリスマスにプレゼントとしてやってきた食器で食べる。
 わざと激烈に苦い紅茶をやはりプレゼントのマグカップに入れて赤く浮いているカレーの油と戦わせる。美味い。だが辛い。
――あー、レイプされたなぁ。精神的でなくてリアルに。
 純一自身、どう処理して良いのか、困るイベントだった。
 雨の日、玄関前で段ボール箱に入って啼いていた猫をまとめて拾ってきたら、とたんに粗相された感じ。
 多分そんな雰囲気だ。と純一は思った。
 猫に悪意がないのは分かっているし、カワイイからまぁいいけど、しかし叱った。
 昼前にはその猫たちがまた来ることになっている。
 助けた犯罪被害者からクリスマスパーティーの誘いを受けて、まとめて付き合ってください、というグループ交際的なお試し交際の申し出を受けて、デートをした翌日。
――だよねぇ。
 事務所に遊びにいったら、ヤクザらしい男に追われて、美味しい食事と、楽しい会話に、馬鹿騒ぎに、プレゼント交換、たぶん愛の言葉の交換があって、そしてレイプ。
 その後、事情の説明と反省会と仲直りのセックスとがあったけど、やっぱりレイプもあった。
 たぶん恋愛としては始まったようなのだが、そもそも一対四というところでオカシイのは、成り行きのせいだろう。
 顔を見ているときは赦せたことが一人になるとなんだか沸々と湧いてくるのは、コレがアレか、トラウマってヤツなのか。そんなことを考え暴走しだした意識を別のモノに向けようとテレビを観る。
 テレビでは昨日の昼ごろにやっていた事件の続報をやっていた。暴力団の抗争と交通死亡事故。
 暴力団の抗争の方は何人か死人が出たようだが、相手はまだ見つからないらしい。
 交通事故の方はスピード違反の車がバスの後部に斜めに衝突して、段差に跳ねたまま横転しながら川原の欄干にフロントガラスをたたき割られ、しかもそのまま川の中にひっくり返って乗員二人が死亡、一人が重体ということだった。亡くなったのは県議会議員と運転手で奥さんは生き残ったということ。自動車の引揚げが今日終わったというニュース。
 バスは自走困難だが、運転手に怪我はなく回送中だったので乗客に怪我人はなし。偶然にも通行人に被害もなく、オヤオヤ、という以上の言葉のない事故だ。乱暴な運転手を雇っていた県議会議員が一人損という感じ。
 他人の不幸に気が散らされる。蜜の味ってことはないけど鎮痛剤にはなるよな、そんなコトを純一は思った。
 半端に残すよりはと、カレーを一気に食べてしまい食器を片付けると、油まみれの鍋は洗剤につけてしばらく放置することにした。干していたマットレスを中に取り込んで日のあたる位置に置いておく。もうスッカリ乾いていた。
 テレビの天気予報は、今日も晴れ、と言っているけれどソレはいい。今日は外出することになっている。
 ぼんやりとテレビを見ているとドアホンがなった。インターホンで開いていることを告げる。
 女の子四人がたたんだ毛布とシーツを持って現れた。
 引っ越す賃貸不動産候補の下見をしようということだ。付き合うことになったので、純一の意見も欲しい、という要望がでた。
 値段と立地広さ設備などからいちおう候補は三つに絞ったらしい。
 それを見に行くということだった。
 どちらも築十年ほどの物件だった。
 それじゃぁ、と未来が電話を一軒目の不動産屋にかける。現地で不動産屋と合流することにして、マンションを見ることにした。

 オートロックの玄関先に不動産屋の営業が立っていた。
 マンションの管理人に鍵を開けてもらう。
 立地は学校からも駅からも微妙に遠いが、ショッピングモールのバスターミナルの看板が見えるような位置だった。
 国道からも近く自動車の便は酷く良い。
 オーナールームとして設計された最上階ワンフロアブチ抜きで、九LDK。他のフロアが二三人家族向け四戸づつの構成を一戸で使っているのだから大きくもなる。九個の個室のうち一部屋は防音がされていてグランドピアノの持ち込み持ち出しも実績としてある。ということだった。屋上にホイストを吊るしてベランダから搬入するらしい。
 屋上緑化のための通用階段があって、サンルーム目的のペントハウスもついていると管理人に言われ、屋上を見せてもらうと、たしかにジブクレーンがあった。三トンの能力があるらしく、屋上緑化の木を運びあげるのにも使ったらしい。
 オーナーは風流人というか、サンルームでは熱帯魚を飼っていて、それ用の太陽熱温水器も持ち込み水槽装置の洗浄用シャワーとして設置され、今も使えた。
 屋上緑化は日陰と湿度の管理にも効果を発揮していて、エレベータホールなどの共通部分やオーナールームの冷暖房などの装置と電気温水器の熱交換でも大変に効果が高いということだった。散水は雨水を使うので、良く分からなければ放っておいて大丈夫、と言われた。
 ペントハウスの脇にエレベータの機械室らしきものがあったが、普段は屋上側から鍵が掛けられており、またエレベータの機械室は地下に設置されており、よほどの地震か装置の入れ替えでもなければ、定期点検はシャフト内で完了できるのでオーナールームに管理会社が直接訪れることはまずない。という説明でホッとした。
 もちろん誰もが目を輝かせた。比較的安い価格帯に抑えられている理由は海外出張中のオーナーが四年あるいは五年で帰国予定なのであまり長期の賃貸はおこないたくない。ということが原因らしい。駐車場スペースも各戸家族用一台とオーナーゲスト用二台分は確保してあるということだった。他に一般ゲスト用でトラックスペースが一台あるので余程お客がこない限りは車が停められるという実に良く考えられた贅沢な物件だった。つい、必要なら自動車を買うかという気にさせる程の物件だった。

 案内してくれた不動産屋に玄関先で別れて、未来が次の不動産屋に連絡をいれる。
 後部座席では女の子三人が今見た物件についての感想やどの部屋にしようかというような会話をしている。
 次の物件は三階建ての二世代型のコンドミニアム、玄関が二つで中間に鍵のかかる扉がついているタイプ、その三階だった。
 他の部屋は広めの三LDKを二つつなぐタダの間敷いだったが、三階部分は中庭状のサンルームとなっていた。
 全室完全防音が売りで、入り口の向きが違う二階も候補だったが、ソチラは公園に面しているという理由で女性だけという前提から三階部分に絞られた。待っていた不動産屋はそれを逆手にとって建物の防音を示すために、大きなスピーカーのついたラジカセを持ち込んで実際に激しく鳴らしてみせた。床に耳をつけても音は伝わってこない。トイレや風呂の水の音も聞こえなかった。最初のマンションが玄関付近でエレベータの動作音が聞こえたのに比べると断然静かだった。同じ玄関側の響く音は多少聞こえるが、となりの玄関側の音は全く聞こない。インターホン越しに隣の部屋の様子を聞くと全然遠いところのようだ。
 慶子がイヤラシイ笑いで、みんなで遠吠しても大丈夫だね、と言った。
 ほかにもソレゾレの階で玄関が三つの向きに分かれていて玄関までのアプローチを常にビデオで録画していたり、階段の幅が車椅子の幅サイズで三本の太いスロープが切られていて、自転車やバイクの収納が楽だったりという特徴もある。
 玄関までのアプローチは四トントラックがストンと入れる広さを持っており、トラックの旋回スペースを兼ねた部分にはセダンが横付けに止めても駐車違反を切られない地割構造になっていた。徒歩圏にある駅までの道のりにバスターミナルがあり、大学までの移動はそれで行ける。
 広からず狭からず、共有スペースも複数あり、トイレ風呂も複数あり、多人数で過ごすには悪くないというか、良いルーズさを持ったレイアウトだった。買い物は駅まで行くか、近くのスーパーかというところだが、未来が車を持っているので、彼女がいる限りその辺は全く問題にならない。通勤を考えると列車移動が圧倒的に有利なので、駅まで歩いていけるという立地は卒業後も住みやすい大きなアドバンテージだった。賃貸料は最初の物件と同じくらいだった。
 なんだかこれも悪くない。二軒目の不動産屋と別れて最後の物件に向かう車の中で語られた言葉はそんな感じだった。年の瀬の押し迫ったタイミングで空いている物件はどこの不動産屋も埋めようと考えているものらしく、割安な価格帯のものが増えるようだ。

「ここから歩こう」
 そう言って未来が車を停めた駐車場は出発したコイン駐車場だった。
 歩きながら未来が不動産屋に電話をかけていると、純一がたまに使う駅前のアーケードビルが見えてきてその手前の不動産屋から営業が声をかけてきた。
 営業はその並びのマンションにまっすぐ案内すると、管理人を呼び出し最上階に向かった。
 造りは綺麗で、エントリーは広く、エレベータも間口の大きなタイプだった。下の階はそれぞれ貿易会社、設計事務所、会計事務所、司法書士事務所になっていて、単身/夫婦向けの二DKであるらしい。買取にしている部屋では壁をとっぱらい一Kにしているところもあるという。
 物件の最上階はオーナー夫婦が住んでいたのだが、老人ホームへの入居を決めたために賃貸にしたという。五LDKで、どの部屋もやや広めの作りになっている。
 三方向をビルで塞がれて一面は広告のネオンが眩しいので立地のわりには人気が微妙な建物らしく、事務所利用が多いものの不景気風をうけて、前の二つに比べると安めの設定だった。オーナーも採光のレイアウトには苦労したようで、リビングは大きな天窓が他の全ての部屋の天井に採光窓が幾つかづつついていた。
 総床面積は他の二つに比べて小さかったが、一部屋の大きさはこちらの部屋割りの方がやや大きく、リビングは純一の部屋が丸まるすっぽり入る大きさのものだった。
 オーナーはよほどの読書家だったらしく廊下には据付の本棚が天井まで整然と棚を連ね、新しい書籍を待っていた。未来はこの収納には思うところがあったようだ。
「お風呂に大きなテレビがある!」
 紫の言葉通り、脱衣所の隣に業務用の大型テレビとビデオデッキなどの装置室があり、浴槽から手の届く範囲に操作パネルがついていた。テレビ放送を選択するとそのままラグビーの中継が行なわれた。営業の話では大きすぎて持ち出し困難で備品として扱うことにしたらしい。デッキも配線規格の問題から備品となっているということだった。風呂場の換気扇はかなり強力で入り口に立っていると風で寒いほどだったが、借りている間にカビで困ることはなさそうだった。
 独自の駐車スペースはないが、不動産屋の情報によるとアーケードの駐車場の月間賃貸は思ったほど高くなく、五台分の駐車契約を結んでも前の二つより安かった。
 駅側に道をわたると交番があり、銀行も近く、買い物も便利、駅から純一の部屋までの道すがら、直下の階はお硬い事務所関係で夜はいない。
 問題はバイクのスペースだが、純一がココに住むなら駅前の駐車スペースで良く、自分の部屋から来るならバイクを出して交通法規を守って走るよりは、全力で走ってきた方が早いかも知れないような距離だ。
 心配なのは音の問題くらいだが、表はトラックもけっこう走る幹線間のバイパスとして使われる道だが、室内には聞こえてこない。入居するときにラジカセをフルボリュームにして、下の階に挨拶に行って確かめてみよう、と純一は思った。

「どうですか。みなさん」
 部屋に戻って純一は聞いてみた。
「最初のマンション良かったねぇ。あんなところ住んでるひとってドンナだろう」
「趣味のペントハウスってのがツボだった。熱帯魚飼うような人ってのは、色々自分で考えるものなのね、ヤッパリ」
 紫と慶子がそんな感想を述べて誉めそやし、色々な賛同意見が出て、アレは良いモノだ、できれば住みたい。となった。
「二つ目のコンドミニアムも良かった。共通スペースが三つもあって、バストイレ台所が二つづつってのは朝忙しい時とか緊急事態には便利。駅まで徒歩圏で車もOKってのはいいなぁ」
「死ぬほど大声出しても聞こえないってのは良いね。なんかゾクゾクする。同じ口の所でもってのがけっこういい感じで私らみたいな関係だと、お互いを気にしないですむのはとっても楽だと思う。子供とか育てるときもローテーションで詰めて残りがゆっくり寝られるしね」
 光と未来がそんな感想を述べて、ほかにも展開していく。子供育てるのに良さそう、アレも良い。となった。
「三つ目はどうさ」
 純一はけっこう三つ目が気に入ったので、とりあえず振ってみる。
「全体に暗いね。照明つければ問題ないけど、オーナーさん採光頑張ってるけど、ちょっと日が陰ったら電気ってのは面倒って言うか気分が晴れないって言うか」
「リビングの向こう側が、赤いネオンてのは」
「大きく開く窓がないし、洗濯物干すのがちょっと不安。お風呂場は乾燥室になるみたいだったけど、日に晒したい気はする」
「換気の問題も大きそうだ。奥まった部屋の割り当てはちょっと困るな。だから廊下の本棚というわけだろうけど」
 なんかマイナーな意見が多い。
「で、どこにする」
「まぁ、三番目」
「そうね」
「うん」
「よかった」
 あっさりと決まった。建物は他のものが良かったが、立地が圧倒したらしい。
「よければ俺が借りていることにしようか。バイク買った時に実印こっちに持ってきているから」
「あ、先生から聞いてた?」
「どの先生?」
「水本先生とか赤木先生」
「いや?」
 女たちが拍手する。可能なら四人の名義でない方が良い、と赤木先生に聞いていたらしい。
「じゃぁ早速、不動産屋さんに連絡しちゃう」
 未来がそう言って、連絡をいれる。
「ダンボール詰め、あらかた済んでるから、私は持ってくるだけ。夏物は実家に送り返してたから、意外と少なかったかな」
「ベッドと冷蔵庫と洗濯機、どうしようかな」
「あ、私もだ。それはイマドキ冷蔵庫なんて、みんな持ってるよね」
「大家さんに言って置いてったら?捨ててお金取られるよりは、タダであげた方が良いじゃん」
「うちのはきれいだよー。殆ど使わないから」
 慶子が言うと、じゃぁそれもってこい、などと女たちは共同生活に向けた共有家電の調整を始めた。
 少し待っていると、不動産屋は契約書をいちおう準備していたので、サインしてくれれば明日からという契約ですぐに鍵を渡すということだった。水本先生の名前で連帯保証人予定ということになっているらしい。さらに未来が水本先生に入居先を決めたことと、そのお礼を述べていた。他の不動産屋への連絡については気にしないで良いということだった。なんと引越の準備が出来たら、引越し屋も手配してくれるつもりになっていたらしい。民事賠償に組み入れたらしく敷礼も気にするな、ということだった。その場にいた全員がそんなコトまで考えてはいなかったので、さすがに驚いていた。
 ともかく、不動産屋に純一は急ぎ、契約書類にサインと捺印をして、出来かけの契約書を持って、水本弁護士事務所にバイクで向かい、なんと準備良く待っていた水本先生の先読みの手腕によって公文書も現金もあずかり、あとは純一の住民票だけとなった書類一式を不動産屋に届けて戻ってくると家には光だけだった。
 みんなは引越しに向けて整理をはじめるために家に戻った。光は引越しで要る物はダンボールに全部詰めてあるから、引越し屋を呼んだらゴミを出して挨拶してオシマイということらしい。けっこう前から共同生活に向けた引越しを楽しみにして地道に片付けていたと言った。一番問題になりそうなパーティードレスは未来がまとめてクリーニング店に預けたので面倒もない。
「で、鍵がないのでとりあえず待っていました」と光は言った。
「ああ、鍵か。鍵を作りに行こう」
 二人は合鍵を増やしにアーケードに行くことにした。
 職人が新居の鍵を増やしている音を光は純一に身を寄せながら嬉しそうに聞いていた。
「ああ、ウチのもいるのか」
 純一のその言葉に光はさらに嬉しそうに笑い、身を寄せた。
 光は新居と玄関ホールと純一の部屋の合鍵をキーホルダに入れると、ニンマリと笑い、ハッと気がついたように電話をかける。水本先生ご紹介の引越し屋らしい。水本先生の名前を出すとアッサリ日取りが決まり、明日の朝に光の家につき、作業を進め、その日のうちに完了する予定と決まった。夕食に二人でラーメンを食べている最中に、光がキーホルダに差した三本の鍵の写真をメールして合鍵が出来たことを伝えるとほとんど即座に、欲しい届けろ!と全員から命令口調の返信があった。
 バイザーを交換する手間でしまい込んだ古いヘルメットを掘り出して、光をタンデムして道案内を頼み全員の部屋を巡り、光を部屋まで届けて純一は帰路についた。
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