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一話 兎と寅に出会う

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※簡単なオメガバース世界の設定と登場人物紹介です。ご一読よろしくお願いします。

 ◆オメガバースの世界
 ◇世界には男女の性差のほかに、アルファ・ベータ・オメガの区別がある。
 ◇アルファは男女関わらず、発情(ヒート)したオメガを妊娠させることが出来る。
 ◇オメガはうなじを噛まれてアルファの番になる。
 ◇番になれば、噛んだアルファに抱かれることでヒートが治まる。
 ◇番になっていないオメガは薬を飲むことでヒートを抑えるが、効果には個人差がある。
 ◇薬が効きにくいオメガは、ヒートに翻弄されて日常生活を送ることが困難である。
 ◇アルファには運命の番がいる。
 ◇運命の番をアルファはなにより大切にする。
 ◇運命の番と出会う前に番がいた場合、アルファに捨てられることが多い。
 
 ◆登場人物紹介
 ◇神弥(しんや)…29歳。アルファ。大峰HDの副社長。創始者のひ孫。
 ◇晃兎(あきと)…23歳。オメガ。一浪して入った大学を卒業間近だが、内定をもらえずにいる。
 ◇大雅(たいが)…20歳。オメガ。神弥の運命の番。ホテルのラウンジのウェイター。


 

 俺が晃兎と出会ったのは、寒風が吹く高層ビル街だった。

 明らかに面接で落ちたのだろうと察することができる、しょぼくれたスーツ姿の大学生。

 手の中の履歴書を、首をかしげながら見ている。

 どこが悪いのか、分からないのだろう。

 しかし副社長の役職を持つ俺から言わせてもらえば、きっと悪いのは履歴書ではない。

 面接の担当官もそう思っただろうが、この子は見た目で落とされる口だ。

 なにしろ覇気がない。

 うつむきがちで、表情が相手に伝わらない。

 肩を落として歩く姿がくせになっているし、ドンと押されたらパタリと倒れてしまいそうに細い。

 鏡に映る部分の髪は整えたのだろうが、後ろにピンと寝ぐせがある。

 日頃から、後ろ姿を鏡で見る習慣がないのだろう。



(素材は良さそうなのにな――)



 磨けば光るが、今は大企業にも新人を育てる余裕がない。

 最初から、ある程度デキそうな大学生を採用したがるものだ。

 

(この子は、これからも落とされるだろう)

 

 そのとき、突風が手の中の履歴書を高く舞い上げた。

 情けない顔で追いかける晃兎に、俺は拾ったそれを渡す。

 晃兎から甘くドロリと、下半身を刺激する匂いがした。

 オメガのヒートだと思った。

 巻き込まれぬよう、とっさに離れようとしたが、様子がおかしいのは俺だけだった。

 まわりは何も感じていないようだし、本人もいたって普通だ。

 なんだこれは?

 もしかして?



「運命の番?」

「え?」



 俺が零した言葉を、晃兎は聞き取れなかったようだ。

 ありがとうございますと履歴書を受け取り、そのまま踵を返そうとする晃兎を、俺は引き留めた。

 

 運命の番だと思った。

 だから初めての夜にうなじに噛み付いた。

 逃がしたくないと思ったから。

 晃兎も嬉しそうにはにかんでいた。

 でも違ったんだ。

 俺は今、晃兎以外のオメガに、もっと強いフェロモンを感じていた。

 ホテルで開催された提携企業のイベントを見学して、帰る前にラウンジで珈琲を飲もうとした。

 テーブルに珈琲を運んできたウェイターが、俺の運命の番の大雅だったのだ。

 艶やかな黒髪に小さな顔、細身ではあるが痩せすぎてはいない。

 まつ毛がびっしり生えた潤む瞳に、俺が映っている。

 美しいオメガだった。

 はっきりと運命の番だと分かった。

 全身総毛立つとはこのことだ。

 晃兎のときのように、ゆっくり口説いているゆとりはなかった。

 すぐに部屋を取り、ふたりでベッドに雪崩れ込む。

 しかし、ここで俺は晃兎のことを思い出した。



「どうしたの? はやくシようよ?」



 すでに全裸になった大雅が、俺に跨っている。

 俺のガチガチになったものを出そうと、ベルトを緩めている。

 その手を俺は押さえた。



「俺には大雅のほかにも番がいる。軽蔑するか?」

「え? 誰かのうなじを噛んだってこと?」

「そうだ、その子が運命の番だと思ったんだ」



 もう噛み跡のある晃兎は俺以外のアルファと番えない。

 俺はこうして晃兎以外のオメガと番おうとしているのに。

 俺が間違えてしまったばかりに。

 どうしたらいい?

 どう償ったらいい?



「そんなこと、さっさと忘れたほうがいいよ。僕たちオメガが不運なのは、今に始まったことじゃない。ヤリ捨てされるオメガなんて山のようにいるんだから。それより、僕をそんなオメガにしないためにも、神弥、うなじを噛んで?」



 大雅は首のチョーカーを外す。

 現れた白いうなじに、俺はゴクリと生唾を飲んだ。

 運命の番から香る清涼な匂い。

 ずっと深呼吸していたくなる心地よさ。

 大切にしたいという思いがあとからあとから湧いてくる。

 そうだ、大雅が大切だ。

 俺以外のアルファに、このうなじを噛ませるわけにはいかない。

 今すぐに、噛まなくては。

 俺は起き上がり、跨っていた大雅を押し倒した。



「大雅、噛むぞ」

「ハア……なんか興奮するね。キテよ、神弥、入れながら噛んで」

「もう入るか?」

「触ってみてよ、ドロドロだよ、僕のココ。待っているんだよ、神弥のことを」



 たしかに大雅のそこは柔らかく解れ、芳しい体液で満ちていた。

 ぐらりと眩暈がした。

 入れなくては。

 ここに。

 突き動かされるように、俺はたぎりきったものを取りだし、狙いを定めて突き立てた。



「アアアッ! 神弥! 熱い!」



 大雅にぎゅうぎゅうと締め付けられる。

 嬉し泣きの涙をこぼす大雅を抱きしめ、俺はうなじにかかる髪をどけた。

 汗でしめったそこを舐める。

 下半身が狂ったように前後に激しく動いている、もうそこに俺の意思はない。

 大雅も感極まって、目の焦点が合っていない。

 これが運命の番とのセックスか。

 まるで獣のようだ。

 俺はそんな本能のまま、大雅のうなじに思い切り噛み付いた。

 口の中に鉄に似た血の味がする。

 それでもまだ深く歯を食い込ませた。

 血と汗が混じり、白いシーツに流れていく。

 それを見ながら、俺は無心に腰を振り続けたのだった。



 翌朝――。



「これで僕は神弥のもの、そして神弥は僕のものだ。僕、とっても幸せだよ」



 噛み跡を撫でながら、大雅がうっとりと笑った。

 可愛いと思った。

 大切にしようと思った。

 それでも、晃兎の顔がちらついた。

 俺はどこかおかしいのか?

 運命の番を見つけて、そのうなじを噛んだのに。

 まだ鼻の奥に、晃兎の香りが残っている気がする。

 熟し、ただれた果実のような、不穏な匂いだ。

 思い出しただけで、勃起した。



「わ! 朝からする? いいね!」



 元気な大雅が嬉しそうに俺に飛びつく。

 俺はそのまま、大雅の体を貪って欲を満たした。



 俺から晃兎に連絡することを止めた。

 晃兎はもとから頻繁に連絡をしてくるタイプではなかったから、それだけで俺たちの関係は疎遠になった。

 まだ就職活動をしているのだろうか?

 あのくたびれたスーツを着て?

 後ろ髪を跳ねさせて?

 履歴書を返されて、しょんぼりしているのだろうか。

 駄目だ――。

 どうしても忘れられない。

 頭から晃兎のことが離れない。

 自分勝手に捨てた相手なのに。

 ヒートのときはどうしているのか。

 晃兎は薬があまり効かないと言っていた。

 俺に噛まれてからは、ヒートが楽になったと喜んでいた。

 今は?

 苦しんでいるのか?

 一人で自分を慰めているのか?

 居ても立っても居られなかった。

 晃兎と会うときは、いつも大学まで俺が車で迎えに行っていた。

 晃兎が住んでいるアパートは古くて狭くて、二人が愛し合うには不向きだと言われたから、ラグジュアリーなホテルに連れ込んでいた。

 晃兎とデートで行きたい場所はたくさんあったが、就職活動中だからあまり遊べないんだと断られていた。

 晃兎との思い出は全て、大学の正門とホテルの部屋だ。

 俺は大学の正門に車をつけると、晃兎が出てくるのを待った。

 そろそろヒートの時期だ。

 もしかしたら大学を休んでいるのかもしれない。

 いつもの時間を過ぎても出てこない晃兎に、俺は諦めて帰ろうとした。



「あ、あの……! 晃兎の恋人さん、ですよね?」
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