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三話 迎える思春期

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 ユリアーナは自らに戒めを課した。

 母様のお腹にいるときから一緒だったマルゴット。

 長いことベッドや車椅子の上で過ごすようになって、すっかり体が痩せてしまった。

 ユリアーナが手伝って着せたこともあるから知っているが、巻き付ける服では浮き出た鎖骨が隠せない。

 きっと父様はあそこまで細くなるなんて思っていなかっただろう。

 それでも心臓になにかあるよりはいいと今の生活を続けさせているのだ。

 たまにマルゴットが外に出ても、木漏れ日が心地よい中庭を車椅子に乗ったまま、そのときに咲いている花を見て回るだけ。

 あの中庭は父様がマルゴットのために考えて造園させただけあって車椅子視点で木々や草花が楽しめて、子爵邸にある庭の中でも素晴らしい配置の美がある庭だ。

 だけど木漏れ日だけではあの病的に白い肌をどうにもできない。

 そっくりだったユリアーナとマルゴットは、今は別人のよう。

 それがなんだか悲しかった。

 少しでもマルゴットが心穏やかに安心して毎日を過ごせるように。

 できる限りマルゴットのお世話はユリアーナがする。

 しかし領地で療養することはマルゴットのためになるのだとユリアーナも納得してはいるが、王立学園の友だちから手紙が届いたら、ちょっぴりしょんぼりする日もあった。



 ◇◆◇



 そんなユリアーナに嬉しいお知らせが父様からもたらされたのは、10歳の誕生日のことだった。

 隣領のゾマー伯爵家からユリアーナたちと年の近い令息が、お祝いに駆けつけてくれるという。

 いつもは巻き付ける服のマルゴットだが、今日はおそろいの水色のドレスに身を包み、一緒に玄関口まで出迎えに行くことにした。

 マルゴットは人見知りをするし、新しい出来事に対して驚いてはいけないから、ユリアーナの背後から顔を出すようにした。

 馬の蹄と車輪の音がする。

 (いよいよ到着したようだわ)

 お友だちになれるかもしれないと思うと、頬に赤みがさすユリアーナ。

 そんなユリアーナを微笑ましく見るバステル子爵。

 おずおずと後ろからユリアーナのドレスのスカートを握りしめているマルゴット。

 案内をする家令が大きく玄関扉を開く。

「こんにちは、僕はゾマー伯爵家のエーミールです。本日はお誕生日おめでとうございます」

 バステル子爵家の玄関ホールに入ってきたのは、後ろになでつけられた長めの黒髪が大人びて見える、緑の瞳がキラキラ輝く少し年上の優しそうな男の子だった。

 両手でピンク色の丸いブーケをふたつ持っている。

 いろいろな種類の花が可愛らしく束ねてあった。

 ユリアーナとマルゴットも挨拶を返し、それぞれプレゼントの花束を受け取る。

 どうやらマルゴットはエーミールが怖くないようだとユリアーナは安心した。

「さあ、せっかくだ。子どもは子ども同士、好きに遊びなさい」

 バステル子爵の声掛けもあって、三人はそろって中庭に向かう。

 ユリアーナはエーミールに車椅子を押すコツを教えてあげて、交互に押していくことにした。

 邸の中を進む道中、エーミールはマルゴットにこの押し方で揺れないかどうかを聞いたりして、決して車椅子だからと嫌な顔をしない。

 ユリアーナはそんなエーミールに好感を抱いた。

 中庭はバステル子爵家で姉妹が一緒によく過ごす場所だ。

 そうなるように植えられた樹木が陽の光を優しく届け、この場所に暖かみを感じさせる。

 下草はチクチクしないように刈り揃えられていて、厚めの敷布を広げればマルゴットが車椅子から降りて座ることができた。

 三人についてきたメイドたちの手により、即席のお茶会の会場ができあがる。

 チョコクリームがたっぷりかかったケーキ、3色のジャムで彩られたビスケット、ゼリーの中には初めて見る菱形の果物が閉じ込められていた。

 父様が用意してくれた今日のための特別なお菓子を、三人で分けて食べる。

 王都から遠く離れた領地では、なかなか手に入らないものばかりだった。

 マルゴットはちゃんとした食事よりもお菓子が好きだ。

 なんでもいいから食べて欲しい父様が甘やかすおかげで、すっかり普段の食事の量が減ってしまっている。

 そういうのはいけないんじゃないかとユリアーナは思っているが、マルゴットはこうと決めたら絶対に曲げない。

(それに今日は誕生日だし、特別なお菓子ばかりだから余計に我慢するなんてできないわよね)

 夕食は絶対に入らないだろう量を食べているマルゴットを横目に、ユリアーナもせっかくの特別なお菓子を堪能する。

 エーミールも甘いものが好きらしく、どれを食べても嬉しそうにしていた。

 あらかた食べ終わったあとは、おしゃべりに花が咲く。

 休日にはどんなことをするのが好きか、夕食に出たら嬉しい料理はなにか、最近読んだおすすめの本や家族で遊ぶゲーム盤のルールなど、三人の話は尽きなかった。

 ユリアーナはこんなに楽しくおしゃべりしたのはいつぶりだろうと思う。

 マルゴットが大きな声を出さないから、自分もそれに合わせていた。

(だけど笑うときは大きな声の方が気持ちいいってことを忘れていたわ)

 マルゴットがびっくりしてしまわないように気を付けなくてはいけないが、これからはもっと笑おうと決めた。

 いつも静かな娘たちがいつもより高い声をあげて話に興じている。

 その様子を中庭が見える執務室から伺っていたバステル子爵は、「どうやらエーミールとユリアーナの相性は悪くなさそうだ」とゾマー伯爵へ送る手紙をしたためるのだった。



 ◇◆◇



(素敵な人だった……)

 大きなベッドに一人寝そべるマルゴットは、昼に会ったエーミールのことを思い出していた。

 王立学園に通っていた頃、マルゴットとユリアーナを同等に扱う人はあまりいなかった。

 男性になるとそれがとくに顕著となる。

 太陽のような笑顔のユリアーナを褒めたたえるばかりで、隣にいるマルゴットのことなど見えていないかのようになるのだ。

 だけどエーミールは違った。

 マルゴットにユリアーナと同じプレゼントを用意してくれた。

 車椅子に乗るマルゴットのことを変な目で見なかった。

 それどころか積極的に車椅子を押してくれて、揺れないか聞いてくれた。

 一緒にお菓子を食べておしゃべりしたのも楽しかった。

 好きな本が一緒だったときは運命を感じた。

(絶対に私の勘違いじゃないと思う)

 エーミールはユリアーナよりもマルゴットの方をよく見ていた。

 ユリアーナよりも話しかけられた。

 きっと私が好きなんだ。

 マルゴットはまた会える日を楽しみに、幸せな夢路に旅立つのだった。



 ◇◆◇



 エーミールは父親の部屋に呼ばれていた。

 今日のバステル子爵家での誕生パーティがどうだったのかを聞きたいのだろう。

 自分としてはうまくやれたと思っている。

 双子の妹が心臓に病を抱えていて車椅子での生活を送っていることは知っていたから驚きはしなかったし、双子の姉の入り婿として気に入られるよう相応しいふるまいをしなくてはいけないことも分かっていた。

 だから精一杯、双子たちと仲良くした。

 しかし視線がどうしても吸い寄せられた。

 マルゴットのドレスの襟ぐりから覗き見える鎖骨に。

 あんなに痩せた女性は見たことがなかった。

 車椅子がないと生活ができないのも尤もだ。

 なんだか弱々しくて放っておけない感じがした。

(チラチラ視線が流れたが、バレていなかっただろうか)

 エーミールは父親の前だというのに変な汗をかいていた。
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