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6話

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「私が蜘蛛を苦手なばかりに、ご迷惑をおかけしています」

「腕を仕舞うのも、目を隠すのも、思っていたより大丈夫だった」

「でも……蜘蛛が苦手ではない女性だったら、より自由に暮らせるのでしょう?」

「それはそうかもしれないが、それでも私はサエがいい」

「っ……!?」



 サエの顔が赤くなる。

 土蜘蛛のストレートな告白に、耐えられなかった。



「サエは人外である私に対して、分け隔てなく接してくれた」

「分け隔て、なく?」

「人間にも横の繋がりがあるように、人外にも横の繋がりがある。仲間内で、そろそろ神格化しそうだとか、ついに花嫁を迎えられるとか、情報の交換をするのだ」



 土蜘蛛は湯飲みを覗き込み、そこに映る自分の顔を見た。



「それでも馴れ合うことはない。我々は個であり、孤独なのだ。その虚を埋めてくれる人間の花嫁を、心から愛して大切にしたいと願っている。だが――叶うことは少ない」



 それはサエの予想と反していた。

 

「たいていの人外は、花嫁に忌み嫌われる。恐れられ、化け物と呼ばれる。それでも会ってもらえるなら、まだましなのだ。我々は無視され、居ないものとして扱われる内に――望まぬ姿へ変異してしまう」

 

 寂しくて、構って欲しくて、認めてもらいたくて。

 その存在を主張するように暴れ回り、泣き叫ぶ。

 共に悠久のときを歩んでくれる、たったひとりの花嫁を求めて。



「サエはそうじゃなかった。人外であるという理由で、私を拒まなかっただろう?」



 分厚い封筒を無視することもできた。

 面談の予約を入れなくてもよかった。

 わざわざ異類婚姻マッチングセンターへ足を運び、鶴岡を介して土蜘蛛と会話し、お見合いをするために人生初のヘリコプターへ乗ったサエ。

 

「私のためにそこまでしてくれる花嫁を、どうして愛さずにいられようか」



 土蜘蛛の赤い瞳が、うっとりとサエを見つめる。

 恋愛ごとに疎いサエにも、内包する熱量が伝わった。

 その想いの純粋さに、圧倒される。

 知らず、サエの心臓はドキドキと早鐘を打つ。

 隣に座っていた鶴岡も、サエの思い切りのよい行動力を称賛した。

 

「わたくしが通話アプリを繋いだ際、もう見つかったのか、と土蜘蛛さまが驚かれていたのは、そういう事情があるからなんです。こんなにもトントン拍子に進むのは、稀有なケースなんですよ」

「……100通目の打診を断られたと、号泣している仲間もいるのだ」

「ウミヘビの神様なんですが、致死性の高い毒持ちということもあって、難航しているのです」



 亀川が担当している案件です、と鶴岡が前置きをして説明してくれる。

 花嫁候補となった女性は、疑心暗鬼で異類婚姻マッチングセンターまでは来訪してくれるものの、そこから先が決まらないのだそうだ。

 サエも決して、不安がなかったわけではない。

 だからこそ、必死にネットで調べたのだ。

 

「人外さまの花嫁について検索してみたら、そこまで悪い感じではなかったので……もっと希望者は多いと思っていました」



 幸せな体験談には、多くのいいねがついていた。

 コメントにも、溺愛うらやましいとか、人外さまに憧れるとか、そういう感想が溢れていた。

 しかし、サエがそうであって欲しいと願っていたために、バイアスがかかったのかもしれない。



「サエさえ良ければ、私の花嫁になって欲しい。山での暮らしに、不自由はさせない。必要なものは、たぶれっとで注文すればすぐに届けられるのだ」



 もしかして先ほどのヘリポートへ、宅配便が届くのか。

 あまりのVIPな待遇に、サエはぎょっとする。

 日常生活がつつがなく送れるよう、週末ごとに物資が届く定期便もある、と鶴岡が言葉を続けた。



「もちろん物品だけに限りません。政府としましても、サエさまの新生活に、可能なかぎり寄り添いたいと思っています」

「以前は山上家から世話をしてくれる者が来ていたが、次第にその数が減っていき、今では全員が山を下りた。なにやら人の世で、大きな変遷があったようだから、人外の側にいるのが難しくなったようだ」



 それは多くの国を巻き込んだ戦争であったり、その後に続いた経済的な成長であったり。

 鶴岡いわく、人間との繋がりを失った神様やあやかしが、荒ぶる神や物の怪になってしまったのも、その時代に集中しているらしい。



「政府はあまりにも、人外さまを軽視しすぎました。多くのツケを支払ったことで、ようやくこれまでの恩恵に気づいたのです」



 人外が縄張りを適切に管理している間は、その土地に大きな天変地異は起こらない。

 しかし一転して、荒ぶる神や物の怪に変わってしまえば、人外自身が災害級の禍となるのだ。



「我ら人外とて、そうなりたい訳ではない。だから今の人の世の流れに逆らわず、身を任せたいと思っている」



 土蜘蛛のまなざしは柔らかく、人間への慈しみが感じられた。

 サエの中に蜘蛛への恐怖は変わらずにあるが、土蜘蛛への恐怖は完全になくなった。



「実際に私と顔合わせをして、サエはどう思っただろうか? ……想像を絶していただろうか?」

「そんなことはありません」



 咄嗟に返した言葉に、嘘はない。

 腕は2本しか出されていないし、6個の目は絆創膏の下だ。

 全身が毛むくじゃらでもないし、土蜘蛛は下駄を鳴らして歩いていた。

 そのどれもが、サエへの思いやりにあふれ、通話したときの印象と重なる。



(とても誠実で、いい人だわ。人という括りには、入っていないけど)

 

 サエは前向きに、土蜘蛛との異類婚姻について考える。



「土蜘蛛さまに嫁いだら、私はここで、何をしたらいいんですか?」

「側に居てくれるだけでいい」



 家事はすべて土蜘蛛が行うらしい。

 だからゆっくり過ごして欲しい、と言われるものの、それではサエが手持無沙汰になる。

 会社員として忙しく働いていたので、何もしない毎日というのが想像しにくい。

 サエの困惑を感じ取った土蜘蛛が、別の提案をしてきた。

 

「サエだけならば、私の縄張りから離れることも可能だ。映画を見たいとか、美容室に行きたいとか、そういう日もあるだろう?」

「私だけ……ですか」



 土蜘蛛は縄張りを留守にできない。

 荒ぶる神や物の怪に侵入されたら、早急に対処しなくてはならないからだ。

 サエはひとりでのお出かけに、魅力を感じられなかった。

 だから、おずおずと提案する。

 

「どちらかと言えば、私は土蜘蛛さまと一緒に、何かをしたいです」

「っ……!」



 サエの言葉に、今度は土蜘蛛が頬を赤らめた。

 一緒に、と言われて、歓びがあふれたのだろう。

 ふたりは恋人期間をすっ飛ばして、いきなり夫婦になるのだ。

 お互いを知るための時間が必要だろう。

 鶴岡も同意を示した。

 

「人間はデートをして仲を深めるのが一般的ですが、土蜘蛛さまとサエさまは、新婚旅行もままならないですからね。縄張りのパトロールを一緒にするとか、その道中で景勝地を巡るとか、そうした触れ合いがあってもいいでしょう」

 

 うんうんと頷く鶴岡に後押しされ、土蜘蛛は考え出す。

 景勝地……と呟いているから、どこがいいのか、頭の中で候補を挙げているのかもしれない。



「土蜘蛛さまの足手まといにはなりたくないので、出来る範囲でいいのですが……」

「縄張りの中には紅葉が美しい地もあれば、厳かな滝が見られる地もある。サエと一緒に、ひとつひとつを見て回れるのならば、それは私にとっても幸せなことだ。――なによりサエの願いを、私が叶えたい」

 

 ふわりと微笑む土蜘蛛が嬉しそうで、きゅうんっ……とサエは心臓が縮むのを感じた。
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