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二話 エーリカとの出会い

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 ヴェルナーは薬師ギルドで教えてもらった店のうち、遠い店から順にあたりをつけていくことにした。
 下町の端の端にあるその店は、本当に小さい薬店で、客が入店したら店の中はいっぱいになりそうだった。
 本当に営業しているのか?
 店の周囲で聞き込みをすると、女店主がひとりで切り盛りしているから、店に入るときは看板を裏返して入店するのが作法だと教えてもらった。
 看板が裏返っている間は誰かが相談をしているから、他の客は入店を遠慮して外で待つのだという。
「なるほど」
 僕は看板を裏返して、店内に入ってみた。
 やはり中は狭い。
 その狭い中に、さらに物がたくさんある。
 天井からは吊り下げられた数種類の薬草、カウンターには瓶づめにされた丸い何か、奥の作業机には薬研や天秤や乳鉢が見える。
「いらっしゃい! どんなことに困ってるの?」
 ひょろりと高い背、色あせた服、化粧っけのない顔、ボサボサの髪。
 黒髪に緑目の、外見に気を遣わないんだろうなと察せられる女性が顔を出す。
 女性の年齢はよく分からないが、僕よりは年上に見えた。
 この人が店主かな?
「すみません、惚れ薬について調査をしています。お話を聞かせてもらえますか」
 騎士団の団章を見せる。
「いいわよ、うちの売れ筋商品のことね。何が聞きたいの?」
 おっと、いきなり当たりを引いたようだ。
「王都で噂の惚れ薬はあなたが作っているのですか?」
「そうよ。百発百中と噂の惚れ薬なら、うちで作っているわ」
「惚れ薬というものが公に認可を受けていない薬であることは認識していますか?」
「ああ、それなら大丈夫。うちで作っているのはしょうが湯だからね!」
 しょうが湯だって?
 僕が顔を目を見開いたのが見えたのだろう。
 クスクスと笑って店主が答える。
「顔が赤くなるのは血行が良くなるおかげ、ボーっとのぼせるのは体温が上がったから。それを恋と思ってしまうのは、相手を思う気持ちがすでに心にあるからよ」
 店主は僕に手を差し出し、握手を求めた。
「私はエーリカ、田舎から出てきて薬師をしているわ。よろしくね!」
 僕も手を差し出し、名を名乗る。
「ヴェルナーと言います。騎士団に所属していて、今回の惚れ薬の噂の調査を担当しています」
 手を握り返しながら、なんだか積極的な人だなと思った。
 僕は正直に、惚れ薬の正体を聞いてみた。
「惚れ薬がしょうが湯というのは本当ですか?」
「そうなの、まさかと思うでしょう? この薬店は女性のお客様が多いのだけどね、体の不調の相談に混ざって恋の相談もよく受けるのよ。で、どう聞いても両片思いで、あと一押しでくっつきそうな患者さんがいたら、お相手の方を誘って一緒にしょうが湯を飲むことを薦めているの」
「一緒にですか?」
「そう、そこがポイントなのよ。吊り橋効果って知ってる? 恐怖のドキドキを恋のドキドキに勘違いしてしまうことがあるんだけど、私のしょうが湯も同じなの。血行が良くなるドキドキを恋のドキドキに勘違いしてしまうというわけ。そもそも一緒にお茶を飲むなんてシチュエーション、ふたりきりなら完全にデートだからね。本当は一緒にお茶を飲もうと誘って承諾された時点で、ほぼ成功していると言っていいのよ」
 僕はいまいち納得できなかった。
 それが百発百中と噂の惚れ薬の正体?
「納得できないって顔をしているわね? さては、ヴェルナーは恋したことがないんじゃない?」
 エーリカに指摘されて、僕は気づく。
 確かにそうだ、僕はこれまでに恋をしたことがなかった。
「女の子と一緒にしょうが湯を飲んでドキドキした男の子は、だいたい次のデートの誘いをしてくるわ。だって、最初は女の子が勇気を出して誘ってくれたんだもの、次は自分の番でしょ? もともと憎からず思っていたふたりが、会う機会が増えたことでさらに互いへの気持ちを深めていって、そこからは私が何もしなくても自然と付き合う流れになるのよ。恋の成就を妨げているのは最初の一歩。そこを後押ししているのが私のしょうが湯ってわけ!」
 エーリカは奥の作業台のさらに奥から、紙袋に入ったなにかを持ってくる。
「これがうちで作ってるおばあちゃん秘伝のしょうが湯よ。砂糖づけした薄いしょうがが、たっぷり入っているでしょ」
 僕が紙袋を覗き込むと、そこにはキラキラした砂糖の結晶をまとったしょうがと、粉っぽい何かが混ざっていた。
「この粉っぽいものは?」
「これはくず粉、しょうが湯にとろみをつけるために足しているの。とろみがあると湯が冷めにくいのよ」
 なるほど。
 材料はシンプルだし、何かを隠し入れているふうでもない。
 念のために、しょうが湯を買って騎士団に持ち帰ろう。
 団長への報告のためにも必要だろうし。
「すみませんが、こちらのしょうが湯を売ってもらうことはできますか?」
「もちろん! 恋に悩んでいなくても、とっても美味しいし、なにより健康にいいわよ!」
 そう言ったエーリカの笑顔は眩しくて、もし僕が体調が良くなくて心細くこの薬屋を訪れたのであれば、たちどころにそんな気弱を治してしまうのではないかと思えた。
 エーリカはしょうが湯の飲み方を教えてくれる。
 風邪の引き始めには寝る前に飲むといいとか。
 ちょっとレモンを絞っても美味しいとか。
 甘いのが好きなら蜂蜜を足すのがおススメだとか。
 薬店を訪れた客には、いつもこうしているのだろうことが伺える。
 こんなに丁寧に説明してもらえれば、客もきっと安心するだろう。
 いい薬店だな。
 僕は店主のエーリカに好感を抱いた。
 しょうが湯の入った紙袋を抱え、代金を支払い、店を出ようと挨拶をしかけたが。
「ヴェルナー、急ぎでなければ、ちょっと時間をもらってもいいかしら? 実はうちの惚れ薬に関して、相談があるの」
「相談ですか? なんでしょう、まだ時間はありますよ」
「実はうちの惚れ薬の偽物がいくつか出回っているのよ! 勝手に便乗されてうちの売り上げは悪くなるし、粗悪品ならうちの沽券にかかわるわ。この店に辿り着けない女の子たちが、藁にも縋る思いで偽物を購入しているそうなの。なんとかならないかしら?」
 偽物か。
 本物の惚れ薬の正体は、ただのしょうが湯と分かって安心したが。
 もしかしたら偽物のほうで問題が起きる可能性があるな。
「分かりました、僕の上役に相談内容を伝えます。どういった対応をすることになるか、決まり次第また連絡します」
「助かるわ。どうしたものか、頭を悩ませていたのよ。よろしくね!」
 僕はエーリカに送り出されて、騎士団へ向かった。
 一軒目で当たりを引いたので、まだ就業時間内だ。
 騎士団長が執務室にいてくれるといいが。
 腕の中のしょうが湯をちらりと見る。
 もしかしたら僕は、惚れ薬のしょうが湯を騎士団長と飲むことになるのか。
 ふっと笑いが出た。
 
「失礼します、ヴェルナーです。ただいま調査から戻りました」
 騎士団長は執務室にいた。
 すぐに報告に来ていいということだったので、僕はお茶の用意をして執務室を訪ねた。
「ご苦労さん、早かったな」
 騎士団長は僕が押してきたカップの載ったワゴンを見て、首をかしげている。
 しかしお茶を飲むのならと、テーブルのある応接セットへいざなってくれた。
「これから、惚れ薬を一緒に飲もうと思いまして」
「なんだって?」
「惚れ薬の正体を確かめるのに、一番手っ取り早い方法なんです。騎士団長もどうぞ」
 僕はエーリカに教わった通りのやり方で、しょうが湯を作る。
 カップに大きめのスプーンでくず粉と砂糖漬けされたしょうがを一杯。
 そこにお湯を注ぎ入れ、よくかき混ぜてくず粉を溶かしたら完成だ。
「これは、しょうが湯か?」
 僕から受け取ったカップを鼻に近づけ、騎士団長は香りをかいでいる。
 フーフー息を吹きかけ、冷ましたつもりで飲んで、アチチと舌を出している。
「これが噂の惚れ薬の正体でした。作っているのは下町の端に薬店を構えるエーリカという薬師です。彼女がいうには、吊り橋効果ならぬしょうが湯効果で、恋のドキドキを演出しているのだとか」
 僕も騎士団長に続いて、しょうが湯を口に運ぶ。
 とろみがついた湯に、砂糖の甘味としょうがのピリッとした刺激を感じる。
 間違いなく、しょうが湯だ。
 美味しい。
 体が温まり、ポカポカしてきた。
 向かいのソファを見ると、騎士団長もフーっと息をついて襟元を緩めている。
 そして僕を見てニヤリとした。
「なるほどな、血行がよくなって頬を赤くしたお前を見て、女の子は恋に落ちるというわけか」
「な、なにを言っているのですか、違いますよ」
 からかわれて焦った僕は、もう少し丁寧にエーリカの話をした。
 そして彼女が頭を悩ませていることも。
「それはいかんな。引き続き、お前が継続して担当してくれ。まともな薬でなければ取り締まりの対象だ」
 ある程度を取り締まってしまえば、累が及ぶのを恐れてイカサマ業者は偽薬から手を引くだろうと騎士団長は予想する。
 了承の返事をしながら、僕はまたエーリカに会えることを嬉しく思っていた。
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