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六話 労いの祝宴
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「竜王さま、長らくのご縁をいただき、感謝しております」
「お別れするのは悲しいですが、これも番さまのため」
「お二人のご迷惑にならないように、私たちは実家へ帰ります」
「これからは番さまと仲良く過ごされませ」
「早く次代さまがお生まれになりますように」
「さあ、竜王さま、どうか私たちの盃を受けてください」
殊勝な台詞を口にして、12人の妃たちは竜王を囲む。
後宮を去る妃たちを労う祝宴が始まったのだ。
中央に座る竜王を円心に、きらびやかな衣装をまとった妃たちが円周を飾る。
一の妃が一番豪奢だが、ほかの妃たちも負けてはいない。
それぞれ自身に鮮やかな色彩をもつ妃たちは、それぞれ自身に合わせた衣と宝石を身にまとう。
金、緑、紫、黄、藍、銀、橙、青――そして高貴なる赤。
この中で赤の色を持つのは、ふたり。
赤い瞳の竜王と、赤い髪の一の妃だけだ。
今宵の音頭を取るのはその一の妃だ。
我先にと争いそうになる妃たちをたしなめ、竜王の盃が乾けば妃に酌を促す。
料理長が腕によりをかけた肴を、かいがいしく竜王の皿に盛る。
そうして宴もたけなわになっていった。
妃ひとりひとりが、竜王との最後の別れを名残惜しむので、必然、竜王はいつもより多くの酒を飲んだ。
「今まで世話になった。そなたたちのおかげで、今日がある」
竜王は12人の妃たちへ、感謝の思いを伝える。
まさか番が異世界にいるとは思わず、探し続けて見つからなかった500年間。
荒れ狂った竜王を鎮めていたのは妃たちだ。
そのことで美子との間に亀裂は生じたが、今やその亀裂もふさがりつつある。
妃たちが悪いわけではない。
暴れた己の責任だ。
大臣たちが妃をあてがってくれたことで、乗り越えられた500年だったと思っている。
竜王は妃ひとりひとりに、心から労いの言葉をかける。
「そなたたちも、どうか達者で」
そしてその言葉を最後に、引きずり込まれるような強烈な眠気に、竜王は囚われてしまう。
しまった、飲み過ぎたか……。
竜王の意識は浮上することなく、そのまま睡魔によって連れ去られるのだった。
「やっと、お眠りになりましたわね」
「もうお酒がなくなるところでしたわ」
「いつもお召し上がりになる量の10倍の量ですもの」
「さすがの竜王さまも潰れてしまって当然ですわ」
「さあ、こちらの首尾は整いました」
「大臣たちはうまくやっているでしょうか?」
「うまくやれていようがいまいが、私たちはやるのよ」
一の妃が会話を締める。
「あの番にいつまでも大きな顔をさせてなるものですか。竜王さまの妃は私たちよ。その矜持をしっかり持つのよ」
◇◆◇
「今宵で後宮が解散となる。私は最後に妃たちを労ってくるが、日が変わらぬうちに必ずここへ戻ってくる」
美子がこちらの世界にやってきてから、ずっと美子の傍で夜を過ごしていた竜王が、初めて断りを入れて美子の傍を離れた。
「もう決して妃たちと関係を持つことはしない。それが美子への不貞であると分かっている。だから信じて待っていて欲しい」
竜王は美子の両手をいただくと、自分の額につけた。
竜王の額には8の字の痣がある。
これが竜王の印だと教えてもらった。
竜王は竜王の印にかけて誓っているのだ。
必ずここへ戻ってくると。
「うん、信じて待ってるね。いってらっしゃい、竜一」
「いってくる、美子」
夫婦のようなやり取りをしても、竜王と美子はまだ口づけもしたことがない。
まだまだ、かわいい交際は続いているのだ。
それをくすぐったく思い、幸せだと思った。
いつか、いつかは番うのだろう。
その日はあまり遠くないのかもしれない。
美子は竜王を思い、帰りを待ったが、そろそろ日が変わる。
「竜一、どうしたんだろう?」
番の能力で気配を探るが、距離的に遠いのか、微かにしか感じられない。
心配になり始めていたら、竜王の私室を訪ねる者がいる。
ここに来るのは料理長だけだと思っていたが。
おそるおそる美子が扉を開けると、そこには12人の大臣たちが頭を下げて並んでいた。
驚いて扉を閉めようとしたが、もしかして竜王になにかあったのかもしれないと思いとどまる。
「あの、もしかして……竜王になにかあったの?」
大臣のうちのひとりが前に出る。
そしてさらに頭を下げるとこう言った。
「番さま、お手数をおかけして申し訳ありません。宴の席で竜王さまがお酒をいつもよりお召し上がりになり、さきほど倒れてしまわれました。実は番さまの血は竜王さまの万能薬となるです。少量で構いません、血を分けていただけませんか?」
「何卒よろしくお願い申し上げます」
控えていた残りの大臣たちが声を合わせる。
「私の血が? 竜王の万能薬?」
そんな話は聞いたことがない。
常日頃から怪しいと思っている大臣たちの言葉だ。
すぐには信じがたい。
だが竜王が戻ってこないのも事実。
「私を竜王のところに連れて行って。自分の目で竜王の状態を確認しないことには、あなたたちの言うことは信じられない」
「かしこまりました。祝宴は後宮の中で行われておりました。番さまがお嫌でなければ、このまま後宮までご案内させていただきます」
粛々と進みだした12人の大臣たちに、美子はついていくことにした。
竜王の私室から出ることに恐れやためらいはあったが、竜王が戻ってこないことのほうが気になった。
きっと何かあったんだ。
今は一刻も早く竜王と合流したかった。
この世界に召喚されたあと、美子が初めて連れていかれた先が後宮だった。
忘れもしない、赤と金と銀ですべての柱が彩られた目に負担のかかる建物だ。
妃たちの部屋が取り囲む大広間で、祝宴は行われていたらしい。
その中央で、妃たちが額づき大臣たちの到着を待っていた。
妃たちの前には横たわる竜王。
「竜一!」
美子は名前を呼んで駆け寄った。
倒れている竜王は顔が赤く、ただ眠っているように見えた。
美子は何度か大きな声で耳元で名前を呼んだが反応がない。
顔を近づけたときに、日本でも嗅いだことのある酒精の匂いがした。
お酒を飲み過ぎたというのは本当なのかもしれない。
日本で言う急性アルコール中毒だとしたら、このままだと危険だ。
大学の新歓コンパで、お酒の一気飲みによる急性アルコール中毒に気をつけるよう言われた。
眠っているように見えて放っておくと、朝方には亡くなっていたりするそうだ。
恐ろしいと思った記憶はまだ新しい。
「番さま、私たちが酌をし過ぎてしまったのです」
「これが最後だと思うと、名残惜しくて」
「申し訳ありませんでした」
「どうか竜王さまに、番さまの血をお分けください」
妃たちは眉尻を下げ、涙目になっている者もいる。
もしかしたら竜王には万能薬である私の血しか効かないのだろうか。
「どうやって血を分ければいいの?」
まさか日本のように輸血の技術でもあるのか。
「それについては、私にお任せください」
赤髪に金目のひどく派手な美女が立ち上がり、美子に近づく。
「私の部屋の絨毯はふかふかで、この後宮の中でも一番の厚さなんです。きっと番さまもお気に召していただけますわ」
「絨毯? 絨毯が血を分けるのに関係するの?」
「ええ、そうですよ。番さまの世界ではそうではないのですか?」
さも当たり前のことを聞くという顔をされたので、美子はこちらの輸血手段には絨毯が必要なのだと思った。
どのような方法で血を採るのだろうか。
想像すると怖くなるので、今はしないでおく。
美子は竜王の顔に視線を落とす。
「竜一のためなら、血ぐらい何てことないわ。待っていてね、すぐに血を採ってもらうから」
美子は竜王の額に自分の額を合わせた。
約束、のつもりだった。
そして美子は一の妃に連れていかれる。
一の妃が自慢する、よく血が染み込むだろう厚い絨毯のある部屋へ。
「お別れするのは悲しいですが、これも番さまのため」
「お二人のご迷惑にならないように、私たちは実家へ帰ります」
「これからは番さまと仲良く過ごされませ」
「早く次代さまがお生まれになりますように」
「さあ、竜王さま、どうか私たちの盃を受けてください」
殊勝な台詞を口にして、12人の妃たちは竜王を囲む。
後宮を去る妃たちを労う祝宴が始まったのだ。
中央に座る竜王を円心に、きらびやかな衣装をまとった妃たちが円周を飾る。
一の妃が一番豪奢だが、ほかの妃たちも負けてはいない。
それぞれ自身に鮮やかな色彩をもつ妃たちは、それぞれ自身に合わせた衣と宝石を身にまとう。
金、緑、紫、黄、藍、銀、橙、青――そして高貴なる赤。
この中で赤の色を持つのは、ふたり。
赤い瞳の竜王と、赤い髪の一の妃だけだ。
今宵の音頭を取るのはその一の妃だ。
我先にと争いそうになる妃たちをたしなめ、竜王の盃が乾けば妃に酌を促す。
料理長が腕によりをかけた肴を、かいがいしく竜王の皿に盛る。
そうして宴もたけなわになっていった。
妃ひとりひとりが、竜王との最後の別れを名残惜しむので、必然、竜王はいつもより多くの酒を飲んだ。
「今まで世話になった。そなたたちのおかげで、今日がある」
竜王は12人の妃たちへ、感謝の思いを伝える。
まさか番が異世界にいるとは思わず、探し続けて見つからなかった500年間。
荒れ狂った竜王を鎮めていたのは妃たちだ。
そのことで美子との間に亀裂は生じたが、今やその亀裂もふさがりつつある。
妃たちが悪いわけではない。
暴れた己の責任だ。
大臣たちが妃をあてがってくれたことで、乗り越えられた500年だったと思っている。
竜王は妃ひとりひとりに、心から労いの言葉をかける。
「そなたたちも、どうか達者で」
そしてその言葉を最後に、引きずり込まれるような強烈な眠気に、竜王は囚われてしまう。
しまった、飲み過ぎたか……。
竜王の意識は浮上することなく、そのまま睡魔によって連れ去られるのだった。
「やっと、お眠りになりましたわね」
「もうお酒がなくなるところでしたわ」
「いつもお召し上がりになる量の10倍の量ですもの」
「さすがの竜王さまも潰れてしまって当然ですわ」
「さあ、こちらの首尾は整いました」
「大臣たちはうまくやっているでしょうか?」
「うまくやれていようがいまいが、私たちはやるのよ」
一の妃が会話を締める。
「あの番にいつまでも大きな顔をさせてなるものですか。竜王さまの妃は私たちよ。その矜持をしっかり持つのよ」
◇◆◇
「今宵で後宮が解散となる。私は最後に妃たちを労ってくるが、日が変わらぬうちに必ずここへ戻ってくる」
美子がこちらの世界にやってきてから、ずっと美子の傍で夜を過ごしていた竜王が、初めて断りを入れて美子の傍を離れた。
「もう決して妃たちと関係を持つことはしない。それが美子への不貞であると分かっている。だから信じて待っていて欲しい」
竜王は美子の両手をいただくと、自分の額につけた。
竜王の額には8の字の痣がある。
これが竜王の印だと教えてもらった。
竜王は竜王の印にかけて誓っているのだ。
必ずここへ戻ってくると。
「うん、信じて待ってるね。いってらっしゃい、竜一」
「いってくる、美子」
夫婦のようなやり取りをしても、竜王と美子はまだ口づけもしたことがない。
まだまだ、かわいい交際は続いているのだ。
それをくすぐったく思い、幸せだと思った。
いつか、いつかは番うのだろう。
その日はあまり遠くないのかもしれない。
美子は竜王を思い、帰りを待ったが、そろそろ日が変わる。
「竜一、どうしたんだろう?」
番の能力で気配を探るが、距離的に遠いのか、微かにしか感じられない。
心配になり始めていたら、竜王の私室を訪ねる者がいる。
ここに来るのは料理長だけだと思っていたが。
おそるおそる美子が扉を開けると、そこには12人の大臣たちが頭を下げて並んでいた。
驚いて扉を閉めようとしたが、もしかして竜王になにかあったのかもしれないと思いとどまる。
「あの、もしかして……竜王になにかあったの?」
大臣のうちのひとりが前に出る。
そしてさらに頭を下げるとこう言った。
「番さま、お手数をおかけして申し訳ありません。宴の席で竜王さまがお酒をいつもよりお召し上がりになり、さきほど倒れてしまわれました。実は番さまの血は竜王さまの万能薬となるです。少量で構いません、血を分けていただけませんか?」
「何卒よろしくお願い申し上げます」
控えていた残りの大臣たちが声を合わせる。
「私の血が? 竜王の万能薬?」
そんな話は聞いたことがない。
常日頃から怪しいと思っている大臣たちの言葉だ。
すぐには信じがたい。
だが竜王が戻ってこないのも事実。
「私を竜王のところに連れて行って。自分の目で竜王の状態を確認しないことには、あなたたちの言うことは信じられない」
「かしこまりました。祝宴は後宮の中で行われておりました。番さまがお嫌でなければ、このまま後宮までご案内させていただきます」
粛々と進みだした12人の大臣たちに、美子はついていくことにした。
竜王の私室から出ることに恐れやためらいはあったが、竜王が戻ってこないことのほうが気になった。
きっと何かあったんだ。
今は一刻も早く竜王と合流したかった。
この世界に召喚されたあと、美子が初めて連れていかれた先が後宮だった。
忘れもしない、赤と金と銀ですべての柱が彩られた目に負担のかかる建物だ。
妃たちの部屋が取り囲む大広間で、祝宴は行われていたらしい。
その中央で、妃たちが額づき大臣たちの到着を待っていた。
妃たちの前には横たわる竜王。
「竜一!」
美子は名前を呼んで駆け寄った。
倒れている竜王は顔が赤く、ただ眠っているように見えた。
美子は何度か大きな声で耳元で名前を呼んだが反応がない。
顔を近づけたときに、日本でも嗅いだことのある酒精の匂いがした。
お酒を飲み過ぎたというのは本当なのかもしれない。
日本で言う急性アルコール中毒だとしたら、このままだと危険だ。
大学の新歓コンパで、お酒の一気飲みによる急性アルコール中毒に気をつけるよう言われた。
眠っているように見えて放っておくと、朝方には亡くなっていたりするそうだ。
恐ろしいと思った記憶はまだ新しい。
「番さま、私たちが酌をし過ぎてしまったのです」
「これが最後だと思うと、名残惜しくて」
「申し訳ありませんでした」
「どうか竜王さまに、番さまの血をお分けください」
妃たちは眉尻を下げ、涙目になっている者もいる。
もしかしたら竜王には万能薬である私の血しか効かないのだろうか。
「どうやって血を分ければいいの?」
まさか日本のように輸血の技術でもあるのか。
「それについては、私にお任せください」
赤髪に金目のひどく派手な美女が立ち上がり、美子に近づく。
「私の部屋の絨毯はふかふかで、この後宮の中でも一番の厚さなんです。きっと番さまもお気に召していただけますわ」
「絨毯? 絨毯が血を分けるのに関係するの?」
「ええ、そうですよ。番さまの世界ではそうではないのですか?」
さも当たり前のことを聞くという顔をされたので、美子はこちらの輸血手段には絨毯が必要なのだと思った。
どのような方法で血を採るのだろうか。
想像すると怖くなるので、今はしないでおく。
美子は竜王の顔に視線を落とす。
「竜一のためなら、血ぐらい何てことないわ。待っていてね、すぐに血を採ってもらうから」
美子は竜王の額に自分の額を合わせた。
約束、のつもりだった。
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