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2話
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こうして二人の奇妙な共同生活が始まった。
ジゼッラと同じく、下級聖女として集められた少女たちは、ステファノの存在を面白がる。
「ジゼッラったら、狸を飼い出したの?」
「でも、ちょっと変じゃない? 黒いオーラが出てるわ」
「もしかして呪われてるの?」
ジゼッラは隠すことなく真実を告げる。
「この狸は王子さまなの。呪いをかけられて、今はこんな姿をしているのよ」
すると少女たちは一斉に笑い出した。
「いいわね、その設定!」
「ジゼッラにしては、夢があるじゃない」
「いつ王子さまになるの?」
そこでジゼッラは狸を持ち上げて、ズイッと少女たちへ突き出した。
「みんな、余ってる聖力があったら、狸さんに使ってあげて。少しでも早く、人間に戻してあげたいの」
真剣に頼み込むジゼッラに、少女たちは気軽に頷く。
「どうせ使わないから、いくらでもどうぞ」
「まさか毎日、上級聖女の身の回りの世話をする羽目になるなんて、ここに来るまでは思わなかったわよね」
「街にいた頃は、こんな僅かな聖力でも有り難がられたのに……」
ここにいる下級聖女はみんな、ジゼッラと似た身の上の少女ばかりだ。
人助けになるからと言われて連れてこられたら、待っていたのは終わりのない雑用だった。
「私たちが聖力を持っていても、宝の持ち腐れだもの」
「狸さん、早く王子さまになって、ジゼッラを迎えに来てあげてね」
「そのときには、私たちも一緒に連れ出してほしいわ。もうここにいるのはうんざりよ」
口々に好き放題なことを言うと、少女たちはそれぞれの持ち場へ戻った。
今日も今日とて、下級聖女のジゼッラたちには、掃除や洗濯が待っている。
『ジゼッラたちは、仲がいいんだな』
枯れ葉を箒で掃いているジゼッラの足元で、全身が枯れ葉まみれになっているステファノがつぶやく。
「私たちは同じ境遇で、励まし合って過ごしているからでしょうか。助け合うのが、当たり前になっているというか」
『すごくいい関係だな』
「恵まれていると思います。実際そうしなければ、私たちはやりきれなかったでしょう」
聖堂は、人助けをする機関ではなかった。
それを知らされずに集められ、飼い殺しにされている下級聖女たち。
しかも一度その門をくぐれば、嫁ぐ以外は死ぬまで出られないのだ。
「生きる望みも、死ぬ勇気もなく、私たちは日々を繋いでいます。ここには、そんな下級聖女たちが山のようにいるんです」
『誰もそれを問題視しないのか?』
「聖女の持つ聖力を欲する者は、聖堂の行いを非難できません。それは貴族だけではないんです」
ジゼッラの含んだ言い方で、ステファノは自分が属する王族も、悪だくみに加担しているのだと分かった。
身をもって知った呪いだったが、上級聖女にもなると、穢れを自由自在に操れる。
権力者ほど、こうした異能を欲する機会もあるのだろう。
『父上が、悪者だったなんて。ごめんな、ジゼッラ』
欲にまみれた貴族や王族とは違って、無償で人助けをしたいと願うジゼッラや下級聖女たちの真摯な姿に、ステファノは感銘を受ける。
もしも人間に戻れたら、必ず苦しんでいる下級聖女たちの力になろうと決意を固めた。
(そのためにも、絶対に元へ戻らないと。たくさん聖力を注いでもらえるよう、俺も頑張るぞ)
その日から、ステファノは下級聖女たちを見ると、しっかり愛嬌を振りまくようになった。
みんな、狸がジゼッラのペットだと知っているので、撫でたり聖力を注いだりして可愛がる。
そうして数か月が経つと、ステファノに変化が現れた。
「ジゼッラ、俺だ。一瞬だけ人間に――」
戻れるようになった、と言い終わる前にステファノは狸へと変化する。
「本当に一瞬ですね」
あまりの短さに、ジゼッラはポカンと口を開けた。
『だが、これは喜ばしい変化だろう?』
「ええ、光明が見えてきました」
『その……ジゼッラの目には、どう映った? 人間の俺の姿は……』
恰好よかったか? とは聞けない。
惚れそうか? とも聞けない。
曖昧なステファノの質問に、ジゼッラは率直に答えた。
「大変、美しかったです」
そうなのだ。
ステファノは女優だった母に似て美しい。
第三王子として、これまで何もせずに怠惰に過ごせていたのも、国王の寵愛が母にあるからなのだ。
「聖堂に飾ってある、大聖女像よりも美しいなんて、ステファノさまは罪な方ですね」
ふふふ、とジゼッラに笑われて、照れたステファノはクシクシと顔をかく。
(悪くない反応だ。俺の長所なんて、顔しかないからな。ここでジゼッラに、アピールしておかないと)
いつしか自分の恋心を自覚していたステファノは、もっと長時間、人間に戻ることが出来たら、ジゼッラに告白したいと思っていた。
(うっかりジゼッラが俺を好きになってくれたら、く、口づけをもらえるかもしれないし!)
今はひたすら、下級聖女たちからお裾分けの聖力を分けてもらう日々が続く。
しかも数か月かけても、一瞬しか人間に戻れない茨の道だ。
それでも協力してくれる下級聖女たちに、ステファノは心から感謝していた。
だから毎日、熱心に愛嬌を振りまくのに余念はない。
――そんなある日、ステファノに事件が起きた。
ジゼッラと同じく、下級聖女として集められた少女たちは、ステファノの存在を面白がる。
「ジゼッラったら、狸を飼い出したの?」
「でも、ちょっと変じゃない? 黒いオーラが出てるわ」
「もしかして呪われてるの?」
ジゼッラは隠すことなく真実を告げる。
「この狸は王子さまなの。呪いをかけられて、今はこんな姿をしているのよ」
すると少女たちは一斉に笑い出した。
「いいわね、その設定!」
「ジゼッラにしては、夢があるじゃない」
「いつ王子さまになるの?」
そこでジゼッラは狸を持ち上げて、ズイッと少女たちへ突き出した。
「みんな、余ってる聖力があったら、狸さんに使ってあげて。少しでも早く、人間に戻してあげたいの」
真剣に頼み込むジゼッラに、少女たちは気軽に頷く。
「どうせ使わないから、いくらでもどうぞ」
「まさか毎日、上級聖女の身の回りの世話をする羽目になるなんて、ここに来るまでは思わなかったわよね」
「街にいた頃は、こんな僅かな聖力でも有り難がられたのに……」
ここにいる下級聖女はみんな、ジゼッラと似た身の上の少女ばかりだ。
人助けになるからと言われて連れてこられたら、待っていたのは終わりのない雑用だった。
「私たちが聖力を持っていても、宝の持ち腐れだもの」
「狸さん、早く王子さまになって、ジゼッラを迎えに来てあげてね」
「そのときには、私たちも一緒に連れ出してほしいわ。もうここにいるのはうんざりよ」
口々に好き放題なことを言うと、少女たちはそれぞれの持ち場へ戻った。
今日も今日とて、下級聖女のジゼッラたちには、掃除や洗濯が待っている。
『ジゼッラたちは、仲がいいんだな』
枯れ葉を箒で掃いているジゼッラの足元で、全身が枯れ葉まみれになっているステファノがつぶやく。
「私たちは同じ境遇で、励まし合って過ごしているからでしょうか。助け合うのが、当たり前になっているというか」
『すごくいい関係だな』
「恵まれていると思います。実際そうしなければ、私たちはやりきれなかったでしょう」
聖堂は、人助けをする機関ではなかった。
それを知らされずに集められ、飼い殺しにされている下級聖女たち。
しかも一度その門をくぐれば、嫁ぐ以外は死ぬまで出られないのだ。
「生きる望みも、死ぬ勇気もなく、私たちは日々を繋いでいます。ここには、そんな下級聖女たちが山のようにいるんです」
『誰もそれを問題視しないのか?』
「聖女の持つ聖力を欲する者は、聖堂の行いを非難できません。それは貴族だけではないんです」
ジゼッラの含んだ言い方で、ステファノは自分が属する王族も、悪だくみに加担しているのだと分かった。
身をもって知った呪いだったが、上級聖女にもなると、穢れを自由自在に操れる。
権力者ほど、こうした異能を欲する機会もあるのだろう。
『父上が、悪者だったなんて。ごめんな、ジゼッラ』
欲にまみれた貴族や王族とは違って、無償で人助けをしたいと願うジゼッラや下級聖女たちの真摯な姿に、ステファノは感銘を受ける。
もしも人間に戻れたら、必ず苦しんでいる下級聖女たちの力になろうと決意を固めた。
(そのためにも、絶対に元へ戻らないと。たくさん聖力を注いでもらえるよう、俺も頑張るぞ)
その日から、ステファノは下級聖女たちを見ると、しっかり愛嬌を振りまくようになった。
みんな、狸がジゼッラのペットだと知っているので、撫でたり聖力を注いだりして可愛がる。
そうして数か月が経つと、ステファノに変化が現れた。
「ジゼッラ、俺だ。一瞬だけ人間に――」
戻れるようになった、と言い終わる前にステファノは狸へと変化する。
「本当に一瞬ですね」
あまりの短さに、ジゼッラはポカンと口を開けた。
『だが、これは喜ばしい変化だろう?』
「ええ、光明が見えてきました」
『その……ジゼッラの目には、どう映った? 人間の俺の姿は……』
恰好よかったか? とは聞けない。
惚れそうか? とも聞けない。
曖昧なステファノの質問に、ジゼッラは率直に答えた。
「大変、美しかったです」
そうなのだ。
ステファノは女優だった母に似て美しい。
第三王子として、これまで何もせずに怠惰に過ごせていたのも、国王の寵愛が母にあるからなのだ。
「聖堂に飾ってある、大聖女像よりも美しいなんて、ステファノさまは罪な方ですね」
ふふふ、とジゼッラに笑われて、照れたステファノはクシクシと顔をかく。
(悪くない反応だ。俺の長所なんて、顔しかないからな。ここでジゼッラに、アピールしておかないと)
いつしか自分の恋心を自覚していたステファノは、もっと長時間、人間に戻ることが出来たら、ジゼッラに告白したいと思っていた。
(うっかりジゼッラが俺を好きになってくれたら、く、口づけをもらえるかもしれないし!)
今はひたすら、下級聖女たちからお裾分けの聖力を分けてもらう日々が続く。
しかも数か月かけても、一瞬しか人間に戻れない茨の道だ。
それでも協力してくれる下級聖女たちに、ステファノは心から感謝していた。
だから毎日、熱心に愛嬌を振りまくのに余念はない。
――そんなある日、ステファノに事件が起きた。
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