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5話 可愛いには勝てない
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こうなることを全く予想していなかった訳ではない。
むしろアルフォンソに会うまでは、可能性が高いと思っていたくらいだ。
「アルフォンソさまの幼馴染に、あんなに可愛い人がいたなんて」
透き通った青い瞳は凪いだ海のようで、金糸と見紛う髪が美しく輝くカサンドラ。
ヘザーの力強い意志を感じさせる黄金の瞳と、針葉樹のような深緑色の髪に比べ、柔らかな色合いが際立っていた。
ヘザーより頭ひとつ分は小さかった華奢な体つきには、きっと誰しもが庇護欲をそそられることだろう。
「私はやっぱり、アルフォンソさまの隣に立つには、相応しくない」
アルフォンソには、ケーキのように可愛い女の子こそお似合いだと、ヘザーは長らく信じていた。
今回の参加も、アルフォンソとのあいまいな関係に区切りをつけようと考えていた部分もあった。
だから、こんなに胸が痛むのは心外なのだが――。
「アルフォンソさまの距離感がおかしいから、私は特別かもしれないなんて、勘違いしてしまったんだ」
でも、特別なのはヘザーだけではなかった。
カサンドラは、アルフォンソを愛称で呼んでいる。
一般的な感覚ならば、それは恋人同士であるということだ。
「やっぱり、カッコいいじゃ、可愛いには、勝てない」
ヘザーの喉が震えた。
きしむ心が悲鳴を上げている。
分かっていたはずなのに。
ウルバーノに乗って二人で駆けた道のりが楽しかったから。
離れたくないと抱き締められて嬉しかったから。
6年間の文通が友愛ではなかったと思えたから。
ヘザーは愚かにも恋をしてしまったのだ。
大きいものが好きな少年を、ヘザーを愛している青年と勘違いしてしまった。
「なんて馬鹿なの。オーガ姫は大人しく、国に引きこもっていれば良かったのよ」
自分で吐いた言葉に傷つき、ヘザーは泣いた。
◇◆◇
候補者の最後のひとりだったヘザーが到着したことで、次の日から本格的に婚約者選定の儀が始まった。
国外や国内から集まった候補者たちは、談話室に集められ、侍女長からの説明を受ける。
「皆さまは、いずれ劣らぬ立派な淑女でいらっしゃいます。ここからおひとりを選ぶのは、大変恐れ多い行為です。しかし、メンブラード王国の王妃となり、ゆくゆくは国母となるためには、乗り越えていただきたい試験がございます」
候補者へ配布された紙には、予定している試験内容がずらりと書かれていて、この中から無作為でその日の実施項目を決めるのだと言う。
ヘザーも上から順に字面に目を落とす。
(メンブラード王国の歴史や地理、この辺りは国内勢が有利でしょうね。でも他国言語や異文化になると、国外勢の得意分野かもしれないわ。社交術、ダンス、礼儀作法……体力に健康? 病気の有無でも調べるの?)
夜通し泣いたにも関わらず、ヘザーの屈強な瞼は腫れもしなかった。
おかげで何食わぬ顔をして、この集まりに出席できている。
ヘザーの周囲からは、ヒソヒソと「背が高い」「大きい」といった声が聞こえてきたが、そんなことはどうでもよかった。
ヘザーの心は、もっと鋭利なもので抉られていたからだ。
どうやら婚約者が一人に絞られるまで、この試験は続くようだった。
アルフォンソには幼馴染の可愛い恋人がいて、ヘザーへ向けられている気持ちが友情だったと分かった今、もうヘザーが試験を受ける必要はないのだが、わざわざ遠いオルコット王国から出て来て、他の候補者に到着を待ってもらった上での辞退は申し訳ない。
選定の儀がすっかり他人事になってしまったヘザーだが、力試しだと思って参加はするつもりだった。
「さっそくですが、本日の試験会場へご案内します」
侍女長の言葉に従い、談話室から候補者たちがゾロゾロと移動を始める。
列の最後尾近くを、ヘザーもついていった。
すると、先頭を歩いていた候補者たちから、黄色い歓声があがる。
「アルフォンソさまだわ!」
「なんて麗しいのかしら……」
「あの神秘的な赤い瞳に、見つめられたいわ」
高貴な淑女とは言え、みな年頃だ。
遠目に見えるアルフォンソの姿に、熱っぽい溜め息をこぼさずにはいられない。
アルフォンソの行動予定を把握している侍女長が、わざとこの通路を選び、候補者たちのやる気を引き出すためにアルフォンソを出しに使ったのだが、誰もそれには気がついていないようだ。
ヘザーの後ろでも、幼い顔つきの少女がぴょんぴょんと飛び上がり、アルフォンソを見ようと頑張っていた。
しかし女の子の背は低く、このままではいつまでたっても願いは叶わないだろう。
ヘザーは屈みこんで目線を合わせると、囁き声で提案をした。
「よければ私が抱き上げましょう。そうすれば遠くまで見えますよ」
いきなりのことに目をぱちくりとさせた少女だったが、欲求には勝てなかったようだ。
コクコクと頷いて、「お願いします」と可愛い声で返事をした。
女の子が怖がらないように、そっと太ももに腕を回し、ヘザーは自分の肩あたりまでゆっくりと持ち上げた。
「わあ!」
急に視界が開けた少女は、感激して淑女らしからぬ歓びの声をあげてしまい、恥ずかしそうに口を手のひらで押さえた。
それを微笑ましく見ながら、ヘザーは角度を調整してやる。
「見えますか?」
「はい、アルフォンソさまが騎士の方々と剣を交えている姿が見えます!」
侍女長に促されて列が進みだすまで、決して自分はアルフォンソへ視線を向けずに、ヘザーはそうして女の子を抱え続けた。
◇◆◇
その後の筆記試験では、メンブラード王国に関する、簡単な知識の確認が行われた。
本来の試験というよりは、今後、このように行いますという見本のようなものだった。
おそらく、これで脱落する者はいないだろう。
試験会場から各自の部屋へ戻る候補者たちの顔も明るい。
ヘザーも部屋へ向かって歩いていると、後ろからパタパタと小さな足音が聞こえてきて、弾んだ声で話しかけられた。
「先ほどは、ありがとうございました」
振り返ると、そこに居たのは、ヘザーが抱え上げたあの少女だった。
肩までの明るい茶色の髪と、若葉のような緑色の瞳が瑞々しい。
今さらかもしれないが、ヘザーは自己紹介をした。
「私は、オルコット王国のヘザーです。お名前をうかがっても?」
「申し遅れました、私はガティ皇国のマノンです。10歳になります」
ニコニコと笑う少女は、見た目通りに幼かった。
10歳と言えば、ヘザーが初めてメンブラード王国を訪れた歳だ。
15歳のアルフォンソの婚約者候補としては、ギリギリの年齢だろう。
ガティ皇国は、大国メンブラード王国と肩を並べる強国だ。
そしてマノンは肩書を名乗らなかった。
つまりはヘザーと同じく、国を背負っている立場、皇族につらなる血筋なのだ。
ヘザーはマノンと共に歩きながら、当たり障りのない会話をする。
なんとなくマノンが、ヘザーと同じく、候補者たちの集団から浮いているように感じたので、せめて話し相手になれたらと思った。
マノンの10歳という若すぎる年齢が、主な要因となっているのだろう。
ヘザーも含めて他の候補者たちは、アルフォンソとあまり歳が変わらない見た目をしている。
これではマノンも話しかけにくいし、候補者たちもマノンと何を話せばいいのか、躊躇うかもしれない。
「マノンさまは、アルフォンソさまに興味があるのですね」
必死にアルフォンソの姿を見ようとしていたマノンを思い出し、何気なく問いかけたヘザーだったが、マノンからは予想外の答えが返ってくる。
「アルフォンソさまは、ウルバーノの飼い主ですから。ちゃんとした飼い主かどうか、見極めたいと思ったのです。それがこの婚約者選定の儀に参加した理由のひとつなんですよ」
むしろアルフォンソに会うまでは、可能性が高いと思っていたくらいだ。
「アルフォンソさまの幼馴染に、あんなに可愛い人がいたなんて」
透き通った青い瞳は凪いだ海のようで、金糸と見紛う髪が美しく輝くカサンドラ。
ヘザーの力強い意志を感じさせる黄金の瞳と、針葉樹のような深緑色の髪に比べ、柔らかな色合いが際立っていた。
ヘザーより頭ひとつ分は小さかった華奢な体つきには、きっと誰しもが庇護欲をそそられることだろう。
「私はやっぱり、アルフォンソさまの隣に立つには、相応しくない」
アルフォンソには、ケーキのように可愛い女の子こそお似合いだと、ヘザーは長らく信じていた。
今回の参加も、アルフォンソとのあいまいな関係に区切りをつけようと考えていた部分もあった。
だから、こんなに胸が痛むのは心外なのだが――。
「アルフォンソさまの距離感がおかしいから、私は特別かもしれないなんて、勘違いしてしまったんだ」
でも、特別なのはヘザーだけではなかった。
カサンドラは、アルフォンソを愛称で呼んでいる。
一般的な感覚ならば、それは恋人同士であるということだ。
「やっぱり、カッコいいじゃ、可愛いには、勝てない」
ヘザーの喉が震えた。
きしむ心が悲鳴を上げている。
分かっていたはずなのに。
ウルバーノに乗って二人で駆けた道のりが楽しかったから。
離れたくないと抱き締められて嬉しかったから。
6年間の文通が友愛ではなかったと思えたから。
ヘザーは愚かにも恋をしてしまったのだ。
大きいものが好きな少年を、ヘザーを愛している青年と勘違いしてしまった。
「なんて馬鹿なの。オーガ姫は大人しく、国に引きこもっていれば良かったのよ」
自分で吐いた言葉に傷つき、ヘザーは泣いた。
◇◆◇
候補者の最後のひとりだったヘザーが到着したことで、次の日から本格的に婚約者選定の儀が始まった。
国外や国内から集まった候補者たちは、談話室に集められ、侍女長からの説明を受ける。
「皆さまは、いずれ劣らぬ立派な淑女でいらっしゃいます。ここからおひとりを選ぶのは、大変恐れ多い行為です。しかし、メンブラード王国の王妃となり、ゆくゆくは国母となるためには、乗り越えていただきたい試験がございます」
候補者へ配布された紙には、予定している試験内容がずらりと書かれていて、この中から無作為でその日の実施項目を決めるのだと言う。
ヘザーも上から順に字面に目を落とす。
(メンブラード王国の歴史や地理、この辺りは国内勢が有利でしょうね。でも他国言語や異文化になると、国外勢の得意分野かもしれないわ。社交術、ダンス、礼儀作法……体力に健康? 病気の有無でも調べるの?)
夜通し泣いたにも関わらず、ヘザーの屈強な瞼は腫れもしなかった。
おかげで何食わぬ顔をして、この集まりに出席できている。
ヘザーの周囲からは、ヒソヒソと「背が高い」「大きい」といった声が聞こえてきたが、そんなことはどうでもよかった。
ヘザーの心は、もっと鋭利なもので抉られていたからだ。
どうやら婚約者が一人に絞られるまで、この試験は続くようだった。
アルフォンソには幼馴染の可愛い恋人がいて、ヘザーへ向けられている気持ちが友情だったと分かった今、もうヘザーが試験を受ける必要はないのだが、わざわざ遠いオルコット王国から出て来て、他の候補者に到着を待ってもらった上での辞退は申し訳ない。
選定の儀がすっかり他人事になってしまったヘザーだが、力試しだと思って参加はするつもりだった。
「さっそくですが、本日の試験会場へご案内します」
侍女長の言葉に従い、談話室から候補者たちがゾロゾロと移動を始める。
列の最後尾近くを、ヘザーもついていった。
すると、先頭を歩いていた候補者たちから、黄色い歓声があがる。
「アルフォンソさまだわ!」
「なんて麗しいのかしら……」
「あの神秘的な赤い瞳に、見つめられたいわ」
高貴な淑女とは言え、みな年頃だ。
遠目に見えるアルフォンソの姿に、熱っぽい溜め息をこぼさずにはいられない。
アルフォンソの行動予定を把握している侍女長が、わざとこの通路を選び、候補者たちのやる気を引き出すためにアルフォンソを出しに使ったのだが、誰もそれには気がついていないようだ。
ヘザーの後ろでも、幼い顔つきの少女がぴょんぴょんと飛び上がり、アルフォンソを見ようと頑張っていた。
しかし女の子の背は低く、このままではいつまでたっても願いは叶わないだろう。
ヘザーは屈みこんで目線を合わせると、囁き声で提案をした。
「よければ私が抱き上げましょう。そうすれば遠くまで見えますよ」
いきなりのことに目をぱちくりとさせた少女だったが、欲求には勝てなかったようだ。
コクコクと頷いて、「お願いします」と可愛い声で返事をした。
女の子が怖がらないように、そっと太ももに腕を回し、ヘザーは自分の肩あたりまでゆっくりと持ち上げた。
「わあ!」
急に視界が開けた少女は、感激して淑女らしからぬ歓びの声をあげてしまい、恥ずかしそうに口を手のひらで押さえた。
それを微笑ましく見ながら、ヘザーは角度を調整してやる。
「見えますか?」
「はい、アルフォンソさまが騎士の方々と剣を交えている姿が見えます!」
侍女長に促されて列が進みだすまで、決して自分はアルフォンソへ視線を向けずに、ヘザーはそうして女の子を抱え続けた。
◇◆◇
その後の筆記試験では、メンブラード王国に関する、簡単な知識の確認が行われた。
本来の試験というよりは、今後、このように行いますという見本のようなものだった。
おそらく、これで脱落する者はいないだろう。
試験会場から各自の部屋へ戻る候補者たちの顔も明るい。
ヘザーも部屋へ向かって歩いていると、後ろからパタパタと小さな足音が聞こえてきて、弾んだ声で話しかけられた。
「先ほどは、ありがとうございました」
振り返ると、そこに居たのは、ヘザーが抱え上げたあの少女だった。
肩までの明るい茶色の髪と、若葉のような緑色の瞳が瑞々しい。
今さらかもしれないが、ヘザーは自己紹介をした。
「私は、オルコット王国のヘザーです。お名前をうかがっても?」
「申し遅れました、私はガティ皇国のマノンです。10歳になります」
ニコニコと笑う少女は、見た目通りに幼かった。
10歳と言えば、ヘザーが初めてメンブラード王国を訪れた歳だ。
15歳のアルフォンソの婚約者候補としては、ギリギリの年齢だろう。
ガティ皇国は、大国メンブラード王国と肩を並べる強国だ。
そしてマノンは肩書を名乗らなかった。
つまりはヘザーと同じく、国を背負っている立場、皇族につらなる血筋なのだ。
ヘザーはマノンと共に歩きながら、当たり障りのない会話をする。
なんとなくマノンが、ヘザーと同じく、候補者たちの集団から浮いているように感じたので、せめて話し相手になれたらと思った。
マノンの10歳という若すぎる年齢が、主な要因となっているのだろう。
ヘザーも含めて他の候補者たちは、アルフォンソとあまり歳が変わらない見た目をしている。
これではマノンも話しかけにくいし、候補者たちもマノンと何を話せばいいのか、躊躇うかもしれない。
「マノンさまは、アルフォンソさまに興味があるのですね」
必死にアルフォンソの姿を見ようとしていたマノンを思い出し、何気なく問いかけたヘザーだったが、マノンからは予想外の答えが返ってくる。
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