エメラルドの風

町田 美寿々

文字の大きさ
上 下
2 / 10

第一話 マルス

しおりを挟む



マルスという街は港にほど近い貿易街である。豊かな海で収穫される魚介類や、異国から渡ってくる資源を利用して暮らしを営んでいるそれなりに大きな街である。街の大半の人々はほとんどが漁師や商人を生業にし生計を立てている。


街の中央には大きな市場があり、港で捕れた新鮮な魚をはじめ、果物や魚を使った加工食品、日用品や衣料品、異国の美しい糸で紡いだ繊維製品から珍しい輸入雑貨まで多種多様な店が軒を連ねていた。


街の雰囲気は活気が良く、港が動き始める早朝から夕方まで市場の店主たちや競りを行う漁師たちの快活な声が響き渡っている。
海に囲まれ、巨大な市場が賑わう国の玄関口の顔を持つこの街は観光地の側面も担っており、郊外には貴族や金持ちの商人たちが別荘を構えオフシーズン中のしばしの憩いの地として過ごすことも珍しくなかった。


一方でマルスは貧富の差が大きな街でもあった。賑やかな中央市場から逸れて北の郊外へ行くと賑やかさは身を潜めひっそりと静かで湿った雰囲気が漂い始める。さびれた建物がひしめき合い、人々の服装もみすぼらしく皆俯き加減に歩き表情は薄暗い。


貿易、農耕、産業…労働に改革の波が訪れ、少しづつ平民にとって仕事の内容が拡大し始めてはいるものの、貴族と平民の大きな格差があるこの時代。マルスは比較的豊かな資源には恵まれてはいたものの、貧富の差は埋まっていなかった。北郊外はそんな時代の歪みを象徴する影の側面でもあった。


北郊外とうってかわり中央市場を挟んで正反対に位置する南郊外は、温暖な日差しが差し込みやすい地域で海もほど近く観光地にはうってつけの場所である。
そのため貴族や商人などの財を成した人々が別荘を建てるのもこの辺りが主流となっている。煌びやか装飾の巨大な門、白亜の大豪邸、玄関を彩る花々や、女神の彫刻が出迎える噴水庭園などまさに財力を表したかのような大きな屋敷が並んでいた。


ここから数分も歩けば海があるため、あたたかい季節には屋敷の家族たちが海水浴を楽しんでいる。穏やかな海で泳ぎ、腹が減れば市場へ行き空腹を満たす。憩いの地として人気が高いのも頷けるまさに最高の土地であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

従姉が私の元婚約者と結婚するそうですが、その日に私も結婚します。既に招待状の返事も届いているのですが、どうなっているのでしょう?

珠宮さくら
恋愛
シーグリッド・オングストレームは人生の一大イベントを目前にして、その準備におわれて忙しくしていた。 そんな時に従姉から、結婚式の招待状が届いたのだが疲れきったシーグリッドは、それを一度に理解するのが難しかった。 そんな中で、元婚約者が従姉と結婚することになったことを知って、シーグリッドだけが従姉のことを心から心配していた。 一方の従姉は、年下のシーグリッドが先に結婚するのに焦っていたようで……。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

処理中です...