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第一話 マルス
しおりを挟むマルスという街は港にほど近い貿易街である。豊かな海で収穫される魚介類や、異国から渡ってくる資源を利用して暮らしを営んでいるそれなりに大きな街である。街の大半の人々はほとんどが漁師や商人を生業にし生計を立てている。
街の中央には大きな市場があり、港で捕れた新鮮な魚をはじめ、果物や魚を使った加工食品、日用品や衣料品、異国の美しい糸で紡いだ繊維製品から珍しい輸入雑貨まで多種多様な店が軒を連ねていた。
街の雰囲気は活気が良く、港が動き始める早朝から夕方まで市場の店主たちや競りを行う漁師たちの快活な声が響き渡っている。
海に囲まれ、巨大な市場が賑わう国の玄関口の顔を持つこの街は観光地の側面も担っており、郊外には貴族や金持ちの商人たちが別荘を構えオフシーズン中のしばしの憩いの地として過ごすことも珍しくなかった。
一方でマルスは貧富の差が大きな街でもあった。賑やかな中央市場から逸れて北の郊外へ行くと賑やかさは身を潜めひっそりと静かで湿った雰囲気が漂い始める。さびれた建物がひしめき合い、人々の服装もみすぼらしく皆俯き加減に歩き表情は薄暗い。
貿易、農耕、産業…労働に改革の波が訪れ、少しづつ平民にとって仕事の内容が拡大し始めてはいるものの、貴族と平民の大きな格差があるこの時代。マルスは比較的豊かな資源には恵まれてはいたものの、貧富の差は埋まっていなかった。北郊外はそんな時代の歪みを象徴する影の側面でもあった。
北郊外とうってかわり中央市場を挟んで正反対に位置する南郊外は、温暖な日差しが差し込みやすい地域で海もほど近く観光地にはうってつけの場所である。
そのため貴族や商人などの財を成した人々が別荘を建てるのもこの辺りが主流となっている。煌びやか装飾の巨大な門、白亜の大豪邸、玄関を彩る花々や、女神の彫刻が出迎える噴水庭園などまさに財力を表したかのような大きな屋敷が並んでいた。
ここから数分も歩けば海があるため、あたたかい季節には屋敷の家族たちが海水浴を楽しんでいる。穏やかな海で泳ぎ、腹が減れば市場へ行き空腹を満たす。憩いの地として人気が高いのも頷けるまさに最高の土地であった。
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