16 / 38
6.騎士の盲愛①
しおりを挟むアズレトの手によって部屋に戻されたシャナは、ホッとした様子で彼を見上げた。
「アズレト様、今日は村に向かうご予定でしたか。もう休暇には入っていらっしゃるのですよね」
問い掛けてくる彼女に普段と違った様子は見られない。
リカルドは『手を出していない』と言ったがどこまでなのかと悩んでいたアズレトは、本当に何もなかったのだなと安堵した。
しかし薄着の彼女を抱き締めたり手に直接触れたりしていたのは不愉快だった。アズレトはふつふつと湧き上がる不快感が何なのか解らないまま、シャナを広いベッドの上へとおろした。
「今日出立して、明日には村に着く予定で」
「そうなんですね。あの、その事なのですが……」
「はい?」
「子作り、止めませんか」
「――え」
唐突に投げられた言葉に、アズレトの思考は停止した。
「陛下に伺ったのですがアズレト様は皇族の血が入っていらっしゃるとか。万が一ですがあの皇帝が子もなしにくたばっ……いやお身罷りになった場合、アズレト様が皇帝となる可能性があり、その子は皇太子、または皇女となってしまいます」
「……」
「王位継承権の順位が低くとも、ご落胤となれば王宮の使者に追われることになります。子が奪われては作った意味がありません。それに半分が魔女の血となれば皇族としても呪われた因果を背負うことになります。ですので、もう子作りは」
「――では他の男をご所望だと?」
びく、と震えたシャナの手を、アズレトはやんわりと握った。思ったよりも強ばった声が出てしまった事を反省する。
子だけ奪われると思っているのは誤解だ、と言いそうになって踏み留まった。もしそうなればアズレトはシャナと子どもを一緒に王宮へと引き込むだろう。しかしシャナがそれを望まないことは、アズレトにはわかっていた。
それでも、アズレトはシャナ以外の女は欲しくなかったし、結婚するなら彼女がいいと思っていた。そのために必要ならリカルドの首を落すことも厭わない。今は、代替え案の方が魅力的なので手は出さないが。いつから自分はこれほど身勝手になったのだろうとアズレトは苦々しく思った。『恋は盲目』という言葉を実感するのは初めてだった。
力加減を間違えれば折れてしまいそうな華奢な手を宝物のように握り、その指先に口づける。
動揺したように朱い瞳を揺らすシャナの顔を見下ろしていたアズレトは、ベッドの上の彼女に傅き絨毯に膝をついた。
「魔女殿は、俺ではない男に抱かれるのをお望みですか」
「そ――そうなりますね」
はからずもあの日と似た問いになったが、今度の返答は戸惑いながらのものだった。
彼女の動揺を感じ取って、アズレトは明らかに前回とは違う手応えを感じていた。
シャナはとても臆病で人慣れしていない野良猫のような存在だ。
ここ数ヶ月の逢瀬でアズレトは深い愛情をこめて彼女に接し、その思考を理解しようと努めた。
触れようとしては逃げるので、傍で座って寛いでみせると、そろそろと近寄ってきて一緒に座る。他人の持ってきた食べ物には少し警戒するので、材料だけ持ってきて自身で料理すれば一緒に食べてくれる。抱いている時はたくさん撫でて、優しく口づけて、とにかく甘い囁きを吹き込んでめいっぱい構い倒す。そうすると普段の冷静な彼女ではあり得ないほど蕩けて、懐いてくるのだ。そんな時の彼女の様子は、心地良さげに喉を鳴らす猫そのものだった。
そんなシャナの弱点にもアズレトは気付いている。強く言われると何となく断れなくなってしまい、押し切られるというその性格だ。
リカルドは言葉の選択を誤った。
『どうだろう?』と判断を問うかたちでなく、有無を言わさず押し切ってしまえばシャナは勢いで頷いていただろう。その証拠にシャナは延々くり返されるドレスの試着には付き合っていたようだった。おそらくメイドとリカルドの勢いに負けたのだ。
村でも古着といわれて真新しい流行の服を押しつけられていた。それは村人達にとっては、かわいい孫に与えるちょっとした贈り物だった。王都に何かいいものはないかとアズレトもよく聞かれた。代行して購入していくこともあったし、雑貨屋は最近布地や糸がよく売れると言っていた。
高齢者とそこそこの年齢の既婚者ばかりの村では、若い娘の好むような華やかな色合いの布や糸はあまり仕入れないらしい。しかしいま売れている理由は言わずもがな、村人がこぞってシャナにあげる可愛い雑貨を作り始めたからだ。
魔女の家に行くたびに、布団カバーが可愛らしい花柄のパッチワークになっていたり、壁から下がる鏡が木製ペイントの装飾付きになっていたり、リボンのついたサシェが壁にぶら下がっていて薔薇の香りを発していたりと、女性らしい部屋に変わっていった。あれらは恐らく村人達の贈り物だ。断れずに受け取ったのだなとアズレトは確認して、自分も贈り物を押しつける事に成功した。
そんなシャナの性格を正しく理解しているアズレトは、次の一手をどうすべきか、もう解っていた。
「魔女殿、俺は貴女が好きです」
「……え」
「結婚して欲しい。他の男にはどうしても渡したくないし、触れられるのも嫌だ」
「え、と……私は魔女なので、侯爵様とは……」
「気になるのは身分や生まれだけですか。俺のことはお嫌いではない?」
「き、嫌うなんてとんでもない……!」
「では好きですか? 少なくともあの夜に選んでいただけたということは、俺は魔女殿の好みに合致していると解釈して宜しいか」
「は、──はい、それはもちろん……」
シャナはアズレトの勢いに圧されるように、ぼそぼそと呟いた。
173
お気に入りに追加
495
あなたにおすすめの小説

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる