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6.騎士の盲愛①

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 アズレトの手によって部屋に戻されたシャナは、ホッとした様子で彼を見上げた。

「アズレト様、今日は村に向かうご予定でしたか。もう休暇には入っていらっしゃるのですよね」

 問い掛けてくる彼女に普段と違った様子は見られない。
 リカルドは『手を出していない』と言ったがどこまでなのかと悩んでいたアズレトは、本当に何もなかったのだなと安堵した。
 しかし薄着の彼女を抱き締めたり手に直接触れたりしていたのは不愉快だった。アズレトはふつふつと湧き上がる不快感が何なのか解らないまま、シャナを広いベッドの上へとおろした。

「今日出立して、明日には村に着く予定で」
「そうなんですね。あの、その事なのですが……」
「はい?」
「子作り、止めませんか」
「――え」

 唐突に投げられた言葉に、アズレトの思考は停止した。

「陛下に伺ったのですがアズレト様は皇族の血が入っていらっしゃるとか。万が一ですがあの皇帝が子もなしにくたばっ……いやお身罷りになった場合、アズレト様が皇帝となる可能性があり、その子は皇太子、または皇女となってしまいます」
「……」
「王位継承権の順位が低くとも、ご落胤となれば王宮の使者に追われることになります。子が奪われては作った意味がありません。それに半分が魔女の血となれば皇族としても呪われた因果を背負うことになります。ですので、もう子作りは」
「――では他の男をご所望だと?」

 びく、と震えたシャナの手を、アズレトはやんわりと握った。思ったよりも強ばった声が出てしまった事を反省する。
 子だけ奪われると思っているのは誤解だ、と言いそうになって踏み留まった。もしそうなればアズレトはシャナと子どもを一緒に王宮へと引き込むだろう。しかしシャナがそれを望まないことは、アズレトにはわかっていた。

 それでも、アズレトはシャナ以外の女は欲しくなかったし、結婚するなら彼女がいいと思っていた。そのために必要ならリカルドの首を落すことも厭わない。今は、代替え案の方が魅力的なので手は出さないが。いつから自分はこれほど身勝手になったのだろうとアズレトは苦々しく思った。『恋は盲目』という言葉を実感するのは初めてだった。


 力加減を間違えれば折れてしまいそうな華奢な手を宝物のように握り、その指先に口づける。
 動揺したように朱い瞳を揺らすシャナの顔を見下ろしていたアズレトは、ベッドの上の彼女に傅き絨毯に膝をついた。

「魔女殿は、俺ではない男に抱かれるのをお望みですか」
「そ――そうなりますね」

 はからずもあの日と似た問いになったが、今度の返答は戸惑いながらのものだった。
 彼女の動揺を感じ取って、アズレトは明らかに前回とは違う手応えを感じていた。

 シャナはとても臆病で人慣れしていない野良猫のような存在だ。
 ここ数ヶ月の逢瀬でアズレトは深い愛情をこめて彼女に接し、その思考を理解しようと努めた。
 触れようとしては逃げるので、傍で座ってくつろいでみせると、そろそろと近寄ってきて一緒に座る。他人の持ってきた食べ物には少し警戒するので、材料だけ持ってきて自身で料理すれば一緒に食べてくれる。抱いている時はたくさん撫でて、優しく口づけて、とにかく甘い囁きを吹き込んでめいっぱい構い倒す。そうすると普段の冷静な彼女ではあり得ないほど蕩けて、懐いてくるのだ。そんな時の彼女の様子は、心地良さげに喉を鳴らす猫そのものだった。

 そんなシャナの弱点にもアズレトは気付いている。強く言われると何となく断れなくなってしまい、押し切られるというその性格だ。

 リカルドは言葉の選択を誤った。
『どうだろう?』と判断を問うかたちでなく、有無を言わさず押し切ってしまえばシャナは勢いで頷いていただろう。その証拠にシャナは延々くり返されるドレスの試着には付き合っていたようだった。おそらくメイドとリカルドの勢いに負けたのだ。

 村でも古着といわれて真新しい流行の服を押しつけられていた。それは村人達にとっては、かわいい孫に与えるちょっとした贈り物だった。王都に何かいいものはないかとアズレトもよく聞かれた。代行して購入していくこともあったし、雑貨屋は最近布地や糸がよく売れると言っていた。
 高齢者とそこそこの年齢の既婚者ばかりの村では、若い娘の好むような華やかな色合いの布や糸はあまり仕入れないらしい。しかしいま売れている理由は言わずもがな、村人がこぞってシャナにあげる可愛い雑貨を作り始めたからだ。

 魔女の家に行くたびに、布団カバーが可愛らしい花柄のパッチワークになっていたり、壁から下がる鏡が木製ペイントの装飾付きになっていたり、リボンのついたサシェが壁にぶら下がっていて薔薇の香りを発していたりと、女性らしい部屋に変わっていった。あれらは恐らく村人達の贈り物だ。断れずに受け取ったのだなとアズレトは確認して、自分も贈り物を押しつける事に成功した。

 そんなシャナの性格を正しく理解しているアズレトは、次の一手をどうすべきか、もう解っていた。




「魔女殿、俺は貴女が好きです」
「……え」
「結婚して欲しい。他の男にはどうしても渡したくないし、触れられるのも嫌だ」
「え、と……私は魔女なので、侯爵様とは……」
「気になるのは身分や生まれだけですか。俺のことはお嫌いではない?」
「き、嫌うなんてとんでもない……!」
「では好きですか? 少なくともあの夜に選んでいただけたということは、俺は魔女殿の好みに合致していると解釈して宜しいか」
「は、──はい、それはもちろん……」

 シャナはアズレトの勢いに圧されるように、ぼそぼそと呟いた。

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