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しおりを挟む「……蒸し風呂とはいえ戦場で身体を洗えるとは、贅沢だな」
テオドール率いる騎士団が瞬く間に設置してくれた天幕で、戻った中州近くの空き地に蒸し風呂の用意がされていた。少し上流からきれいな水を汲んできて沸かした湯もそこそこたくさんあるらしい。こちら側の騎士団全員が身を清めるのも可能かな?
「戦場でも余裕がある者の特権と言わざるを得ません」
レフが無表情にそう答えて、俺の装備を解き始めた。返り血が固まり始めていて脱がせ難そうだ。でも服の構造すらサッパリな俺には手伝えることはないので、大人しくされるがまま、他の事に頭を巡らせる。
テオドールは10代の頃からあの騎士団を率いて、何度も戦場に出ていた。順繰りメンバーは入れ替わっているだろうけど、その練度はかなりのものだ。戦い慣れという点で言えばこの帝国一だろう。そりゃあ遠征も野営も手際が違って当たり前だった。
ちなみにテオドールが気取った名前を嫌ったため、この騎士団は『紺青騎士団』と呼ばれている。旗の色まんまだよ。
猫に「ねこ」って名前つけるズボラなオジサンみたいだね。
テオドールが10代の頃、正式にはあとで決めると言って仮につけた『紺青』がそのまま名称になってしまったらしい。まあ、実績さえあれば名前なんて後からついてくるよね。
ドラゴンの件が片付いた後、すっかり日が暮れて夜になってから、俺はテオドールの馬に同乗させてもらって本陣に戻った。
中州には大きな火が焚かれていて、大勢の騎士団員達が右往左往しているのが見えた。
そして待っていた騎士団の面々には、大号泣されてしまった。
『すぐにでも追いかけると言う者ばかりで……』
『ドラゴン討伐に出られる装備でははないという者もいましたが』
『日が暮れる前にお助けせねばと』
『しかし向こうに閣下の氷魔法が見えて』
『ドラゴンが遠ざかって行きましたので周辺を探し回っておりましたっ』
中州を血みどろの地獄絵図にしたまま交代で森を探し回っていたらしい。
その頃俺は森の反対側に向かって全力疾走してたな。会えるわけなかった。ちなみにレフの大剣はその時に見つけて回収してくれたらしい。
そうこうしているうちに、せっかく狩ったのに肉の鮮度が落ちるんじゃないかって心配になった。あ、でも牛の肉は熟成させた方が美味しいんだったか?ただ常温保存はちょっとなあ。
──俺が本陣に帰って最初にしたことは、号泣する騎士達を宥めながらの牛肉冷凍だった。
いや牛だけじゃなかったわ。猪もいたんだ。狼は毛皮を剥がないといけないけどこれも業者に頼むから即冷凍。
アイテムボックスとかそういうチートはないけど、氷魔法は便利だな。カチコチだから数日は保つよ。もう少し魔力を使うと解除するまで溶けない氷にもできるけど、そこまでは必要ないでしょう、たぶん。
冷凍庫は万能説を信じている現代オジサンです。
討伐の際はできるだけ首を飛ばすように皆に指示していたから血抜きは結構できている。
肉を小分けのフリーザーバックに入れて冷凍庫へポイ、みたいな作業だ。一応魔法は使っているけれど、魔力消費は微々たるものだった。
魔獣から採れる魔石は結構高値になるので、騎士達に丁寧に集めさせた。暗闇でも仄かに光って見えるから夜になっててむしろラッキーだったかも知れない。
冷凍肉は小舟に乗せ、明日の朝運ぶことにした。それから運びきれない肉は焼いて騎士団全員の豪華な夕食になり、魔獣の首の山は翼竜の腹におさまった。
ゴミ処理がなくてエコだね。腹ぺこドラゴンも満腹でめでたしめでたし。
……結果的にドラゴンを手懐けて帰ったと知った騎士団の面々からは、またも心酔したような視線を向けられたけど、俺は静かに無視をきめこんだ。
俺じゃないよ、それやったのレフだからね。
ちなみにテオドールは最後までドラゴンの牙が欲しくて粘っていた。でも先日抜けたばかりの乳歯が巣穴にあると聞いてようやく引き下がった。
夜が明けたらあのドラゴンは一度巣穴に戻るらしい。
今は……中州のど真ん中でポンポンに膨れた腹を出してくうくう寝てる。エメラルド色の鱗も心なしかツヤツヤに見えた。正しく幼児か。
そんなわけで事後処理が一段落した頃には、風呂の用意が完了していた。テオドールが最初に入ったらしく、俺のいる天幕まで呼びに来てくれた。
風呂の順番にも序列があるんだよねきっと。これ、俺が早く出ないと騎士団の皆がいつまでも入れないやつ。
ちなみに風呂上がりのテオドールは軽装でめちゃくちゃフェロモン出してた。少し日に焼けた分厚い筋肉がシャツをパツパツに押し上げてて、ちょっと目のやり場に困ったよ。俺が腐男子オジサンだからこんな風に思うのか。いや、Domじゃなかったらやばかったのかも。
そういえばレフはああいうDomは好みじゃないんだろうか。わりと最初からバチバチやってたけど。
「レフ」
「はい」
「お前は脱がないのか」
「上着は脱ぎます。返り血は浄化水に浸けておかねばなりません」
俺を一糸まとわぬ姿にしてから、奥の分厚い布が押し上げられた。もわっと温かい蒸気が流れ出してきて、俺は誘われるようにその中に入っていった。
サウナより温度が低いから呼吸が楽だ。ハーブでも焚いているのか、良い香りが漂っている。見た感じは10畳くらいの密閉された部屋だった。騎士達ならぎゅっと詰めて20人くらいは入れそうかな。
「閣下、まずはそちらの台に寝そべってお休みください。支度をして参ります」
「あ、待てレフ。お前も服を脱いで来い」
「……」
「俺のついでにお前も身体を洗ったらいいだろう。後で来るなら非効率だし、来ない気だったなら俺はお前にも風呂を使って欲しい。これは俺の希望だ」
ただでさえ疲れてるだろうに、使用人を最低限にしてるせいで風呂の介助を他に頼めなかった。それなら、折角の風呂なんだから一緒に入って少しは労ってやりたいと思う。
……そういうのは、この身分差だとやっぱりNGなんだろうか。
「あ、……っと、それにお前は俺のSubなんだから、裸で一緒に風呂に入っても誰も気にしない……と思う」
「……。……わ、かりました。暫し、お待ちを」
レフがぎしり、とまたぎこちない動きをして、ふっと目を逸らすと足早に脱衣所の方に出てしまった。
何だろう、どれか物言いが変だったかな。
レフはずっと黙ってたから何に反応したのだかよく判らない。風呂に入ろう、は重ねてずっと言ってたことだから最後に特別なキーワードとしては……『俺のSubなんだから』かな。変に所有みたいな意味じゃなくて、うちで雇用してるSub護衛騎士だから、みたいな意味のつもりだったけど。
それがイヤでああいう動きなのか、良くてそうなのかは判らない。
とりあえず温かい寝台の上にごろんと寝そべって、蒸気を浴びてみた。台にも草で編んだ柔らかい敷物が置かれていて、鼻がスッとするような良い匂いがするし身体はポカポカ温かいし眠くなりそうだ。
天幕の外ではまだ肉焼きパーティーが開催されていて、酒を飲みながら若者達がワイワイしている。でもこの天幕の布が分厚いせいか、ほどよく喧騒がマイルドな雑音になっていて心地良い。
あちこち緊張して強張っていた身体が弛緩していく。意識が落ちたかな?っていう空白の一瞬のあと、『閣下』と呼びかける穏やかな低音が聞こえた。
「一度うつ伏せにさせて頂きます」
「……うん」
「湯をかけて、背から洗いますので」
「ん……」
「……お疲れでしょう、眠ってください」
背中にぬるめのお湯がかけられて、また薬草みたいな匂いがした。不快ではないその香りが、柔らかい布と共に肌の上を滑っていく。身体を洗いながらマッサージもしてくれているみたいだ。剣を振り回して酷使した腕のあたりを、布で擦られてからギュッギュッと揉まれるとめちゃくちゃ気持ちが良い。
疲労物質とかなんか、乳酸とかが流されてるのかな。リンパマッサージってこういうのなのだろうか。よく知らないけど。
ごしごしとさする動きに、揉む動作が加わる。気持ちよくてため息をつくと、レフは揉むほうにシフトしてくれた。よく気がつく良い使用人だよね。
レフの手のひらが肩甲骨を撫で、その間や少し下のあたりをグリグリ揉んでくる。あまりに気持ちよくて呻き声が出てしまった。うう、オジサンくさくてごめんルシェール。温泉入ったオジサンみたいな声出ちゃう。
そこでピタリとレフの手が止まった。
「申し訳ありません。痛みが……?」
「ちがうちがう、続けて」
「……」
慌てた俺の言葉に、無言のままマッサージを再開したレフは、腰のあたりに手を置いて指圧をはじめた。
……これがビックリするくらい上手い。めちゃくちゃマズイ、気持ち良すぎてまた呻き声が出ちゃうって。四十路のオジサンなので按摩には弱いんだよ。
『もっと』
『そこ、つよめにして』
『気持ちいい、もっと、全身やってほしい』
口に出さないよう、噛み殺した言葉はぐるぐる俺の頭の中を回る。コレ、上司が言ったらセクハラぎりぎりのような気がする。代わりに震えるような息と小さな呻き声が漏れた。
痛がってると思われたくなくて声を殺すけど、そうするとギュッと強張った身体にレフが気づいてしまう。揉まれて蕩けさせられて、気持ちよくてビクッと身体が跳ねてしまったりして、もうダメダメだった。こんな挙動不審な動きしてて大丈夫だろうか。レフが気味悪がって止めちゃったりしなきゃいいけど。
──と、腰に触れていたレフの手が太腿の裏側にかかり、筋の強張ったそこをゴリリッと揉み上げた。
「ッ……ぁ、……」
不意打ちの刺激に声が漏れた。呻き声のわりには鼻にかかった、少し高い声だ。どう考えても性行為を彷彿とさせる……色っぽい声だった。
ルシェーーーーール!!!そんな声出す……いや出るんだね!?Dom様なのにね!?あれ、これ偏見かな?
「レフ、そこ、は、よわく」
「はい」
「ッ、ぁ……っひ、……」
さわさわ、と先程の場所を探るように撫でたレフがゆっくり太腿の裏を揉み始めた。一度漏れ出した声は止まらず、自棄になって、もう気にしないことにした。
どうにもルシェールは足が弱いみたいで、太腿から下のマッサージにはとことんダメだった。森の中を延々走ったせいもあるかなあ。ふくらはぎのパンパンなところをグリグリ揉まれた時には『ぁあッ』と悩ましい声を上げてしまった。
痛みもあって、無意識に逃げようとする足先をやんわり掴まれ、湯を掛けてまた揉みほぐされる。
それが足の裏まできた時には、俺はもう息も絶え絶えだった。ぐったりして横になっている俺の足を手の平で包み、レフが指の一本一本までくりくりと優しく揉んでくれる。足の指の股に、レフの大きな指が入ってきて、ギュッと揉まれた。健康グッズの足指開くヤツみたいなアレ。やばい、あれハマると凄く気持ち良いんだよね。
「……閣下」
「うん」
「背中が終わりましたので仰向けに致します」
「ん」
「……その、……口で、いたしましょうか……」
ゆっくりと寝返りをうたされて、仰向けになった視界に困った顔のレフが映る。
――え、口でって?なにを、なんで?
その言葉にハッとして夢うつつの状態からようやく我に返る。
恐る恐る身体を起こして見ると、俺の股間のモノはいつの間にやら雄々しく勃起して存在を主張していた。
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