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 もちろん前者はルシェールの、後者は俺の心からの叫びだ。騎士団長達が悲鳴を上げてるけど無視だ無視。叫んだ時は完全に頭に血が昇っていた。

 何してくれてんだこのドラゴンが、である。

 汗水垂らして働いた……いや戦った騎士団みんなの成果を空から降りてきただけのドラゴンがムシャムシャ食うだと?流石に温厚な転生オジサンも怒りますよ。
 万死に値するよドラゴン、そこへなおれ。

「お待ち下さい、閣下」

 レフの引き留めようとした手を振り払い、俺は剣を振った。まといついていた血が払われ、白銀の刀身が現われる。
 周囲の気配からみて、騎士団の面々はもう大して戦えないだろう。疲労困憊の身体に鞭打ってまで戦えなんて言えないって。だから俺が出るしかないよね。
 魔力量は結構減ってるけどまあ使えなくもない。強化に全フリして魔力は温存して、それで……ドラゴンってどう戦えばいいんだ?

 一寸法師みたいな体格差の人間が、この巨体のドラゴンと戦うにはどうしたらいいんだろう。
 まず鱗は相当硬いはず。剣で斬りつけたところで武器がダメになるだけだ。じゃあ最初は目か鼻か、口か、とにかく粘膜を狙おう。

 他に出来る事は?……とにかくこの場から、タゲを取って移動するべきだ。ここで暴れられたら怪我する人も出るだろうし。中州から森へと誘導したほうが良いだろう。

 ――うん、大丈夫。まずはできる事から始めよう。

 瞬きほどの間に作戦を決めた俺は、ルシェールの戦闘の勘だけを頼りに走り出した。ドラゴンは罵倒された事が判ったのか俺の方を向いていたし、走り出したらちゃんとついてきた。

 長い首がぐうっと上がって、猫じゃらしにじゃれるみたいにしてこっちに寄ってくる。猫みたいに可愛くはないけどね。ああ、でも爬虫類の目は瞳孔が縦でちょっと似てるかもしれない。
 翼竜の鱗は綺麗なエメラルド色をしていて、瞳も同色だった。こっちを見る目が好奇心にキラキラ輝いているように見える。

 こいつ大丈夫か?本当にドラゴンなのかな。実はデカいだけのトカゲモンスターとかない?
 普通、ドラゴンって威厳があったり高飛車だったりして、人を下に見る上位種だった気がするけど。

 しかしこのドラゴンは、そのまま森の方へと歩きながらついてきた。ドシン、ドシン、とゴジラみたいな動きで進んでいる。
 よーしよし、野良猫も野良ドラゴンもまあ同じようなもんか。

「……?」

 しかし、キョロと動いたドラゴンの緑眼が突然あらぬ方を向いた。明らかによそ見しているけどどうしたんだこいつ。
 その視線の先を目で追ってみて、俺は思わず足を止めそうになった。
 急ブレーキの後、横へ飛んでドラゴンの尾の動きから逃れる。強化した脚力で跳躍して木の上へのぼり、太い枝の上で一息ついた。

 ぐるりとその場で反転したドラゴンは、足元のレフを見て興味深そうに瞬きをしていた。

 急いで俺を追ってきたんだろう、血みどろの格好のまま大剣だけを担いだレフがドラゴンと対峙している。
 ああ、着いて来なければ良かったのになにやってんだ。

 意識を集中させて、空中に氷の槍を出現させる。先程のものより太く大きな槍だ。本数も多い。的が大きいし周囲に巻き込む味方がほぼいないため、さっきの規模よりずっと大きな魔法にしてみた。

「魔力の浪費……って判ってるけど」

 思わず呟く。判ってる、コレを全力で撃った後にすぐさまトドメを刺すのは俺には無理だ。結局足止めのためだけに大魔法を使うことになる。
 無駄だ浪費だと思いながらも、そこにいるレフの姿が目に入ってしまったからもうダメなんだ。

「――ッ」

 振り上げた手を、投擲する動きでドラゴンへ向ける。無数の氷の槍が鋭くドラゴンの鱗に突き刺さり、砕け散ってはまた後ろから突き刺さる。何度も同じ場所を突かれて頑丈な鱗にもヒビが入り、じわりと氷結魔法が染みこみ始めた。

 ――爬虫類といえば寒さに弱い。ドラゴンも同じでよかったよ。

 巨体の動きが鈍くなったのを見て、俺は急いでレフの元へ走った。『閣下!』と叫ぶレフの身体にタックルしてそのまま担ぎ上げ、その場から離脱する。
 もうどこへ逃げたらいいものだか。とりあえず騎士団から離せばいいか?この森の先には村や民家はないよな?

「はぁっ、はあっ、はあっ」

 後ろにドラゴンの気配を連れたまま、森の外れまできた。強化の魔法を使っていても流石に息が切れる。
 担いでいるレフはもぞもぞ降りようとするし、『大人しくしていろ』とピシャリと言い聞かせて木立を駆け抜け、不意に開けた場所についた。



 視線の先には街道、そこを埋め尽くしていたのは濃紺の旗だ。馬の嘶きと見慣れた紺のマント、そして白銀の鎧が夕日に光った。


「ルシェ坊、ドラゴンとは……ずいぶん大物を釣り上げたじゃないか」
「テオ叔父様!!」
「やはりお前はな」

 俺の中のルシェールが歓喜の声を上げたのと同時に、白銀の騎士団の頭上に大きな魔法陣が現われた。そこから魔力で練られた太い鎖が現われ、俺達の背後にいたドラゴンに飛んでいってジャラリと絡みつく。
 ギャウウゥ、とドラゴンが雄叫びを上げた。

「日が暮れる前にカタをつけるぞ!」

 俺の横をテオドールの馬が走り抜け、次いで騎士達が街道から森へとなだれ込んでくる。災害級のドラゴンに対して怯む様子は全くない。これがテオドールの率いる騎士団か、と感心してしまった。
 上司であるテオドールの判断を全員が信じているからなんだろう。

 ……大捕物は、瞬く間に終わってしまった。
 キューン、と哀れっぽい鳴き声を上げたドラゴンが、光る投網のようなものの中で丸まっている。
 
【ごべんなざい、おナカがすいてただけなの】

「は?……レフ、何か言ったか?」
「いえ。私ではなく……」

 先程そっと降ろして怪我がないか見てみたが、レフは無傷だった。重さと負担を考えてか大剣を落してきていて、後で拾ってやらねばと考える。落したならアレはどのあたりだ?

【ごめんなさい、イタイのイヤだよ、もうしないからたすけてよう】

 またあの声が聞こえた。拡声器を使って幼児の声を流しているかのように、耳にビリビリと響く。俺とレフだけが反応していて、テオドールとその騎士団の面々には全く聞こえてないようだった。

「あのドラゴン、大きいのに幼児か」
「ドラゴンはまず身体だけ先に成長します。千年の寿命の中の、三十年ほどで成体の身体となるので……」
「三十年かあ……あのナリでまだ生まれたてみたいなもんなのか……」

 向こうでテオドールが竜の採取素材についてワイワイ話してるけど、早めにストップをかけるべきだな。このままではドラゴン解体ショーが始まってしまう。流石にこの声が聞こえると罪悪感がハンパないよ。
 オジサンにグロ耐性はないので勘弁して下さい。

「テオ叔父様」
「おお、ルシェ坊。竜の牙は剣になるらしいがお前何本欲しい?」
「いや、あの……」
「そういえば再会の挨拶もまだだったな。……ルシェ坊~相変わらずキレーな顔しやがって~それにいいケツしてる」

 挨拶と称して甥のケツを揉むのはダメじゃないかな。腐男子オジサンもドン引きですよ。
 美形だから許されるってやつですか?いや確かにテオドールはワイルドな魅力のイケオジですけども。ダメなものはダメって拒否しないと。

 ぐいーっと両手でテオドールを押し返しておいた。無言の抵抗だよ。

 するとそこにズイッとレフが挟まってきて、俺とテオドールの距離を物理的にあける。『あん?』と片眉を上げたテオドールが、レフを見上げて不機嫌そうな声を出した。
 
 今までルシェールが知っている一番の巨漢というとテオドールだったのだが、少し前にレフがその身長を更新してしまった。ほんの数センチっぽいけど、にらみ合ってると目線の高さが結構違う。
 ハリウッドスター並の整った顔に金髪、深いブルーの瞳のレフ。それとにらみ合うかたちで立ったテオドールは、たてがみのように伸ばした銀髪を後ろへ流し、意志の強そうな赤褐色の目をすがめていた。

 絵面だけ見れば、美形×美形で拍手喝采したいくらいの共演なんだけど、コレはだめ。絶対ダメなやつだ。レフ、ちょっと退いてくれ。

「テオドール叔父上」
「なんだよ」
「レフは俺の護衛騎士です。それにSubなのでやめてください」
「……は?Subって……こいつが?」
「そうです。だから離れて、離れて!」

 ぐいぐいとテオドールを押し、レフを自分の方に引き寄せる。驚いたようなブルーの瞳と目が合って、何だよ、と睨み返す。
 レフはSubなんだからもう少し自衛しないとダメだよ。テオドールは普通のDomじゃないんだから。オジサンにやり手オバサンみたいなことさせないでくれ。

「話がそれたけど叔父上、あのドラゴン会話が出来ます」
「……ああ?竜騎士でも連れてるのか」
「竜騎士?」
「昔ドラゴンに乗って戦闘してた家門だよ。祖先に盟約の血が流れてて、竜と会話が出来んだと。……今は竜種の個体が減ったせいで、騎獣になってるのなんかほとんど見かけないけどな」

 あー、じゃあそれがレフの血に流れてるとかそういう?
 チラリと見るとレフは特に驚いた様子もない。自分の家門の事だから知ってたって感じかな。
 じゃあもしかしてさっき一人で竜と対峙してたのは、会話を試みようとしてたのかな!?そこに氷の槍を雨のように降らせてしまって正直すまない。今にも食われそうに見えたものだから……。

【こんにちは、めいやくのいとし子。せいれいの子。おねがい、たぁ~すけてぇ~!】

 スンスン、と鼻を動かして涙目のドラゴンがこちらに声をかけてくる。
 いや、おかしいでしょう。レフだけならまだしも、なんで俺にまでこの声聞こえてるんだよ。

「叔父上、何でか俺にも聞こえる」
「はあ!?なんでルシェ坊に?」
「……判らない」

 判らないけど聞こえるもんは聞こえるし、幼児に泣きながら謝られたり縋られるとちょっとそれ以上は追及できない。ちょっと牙折っていい?とか聞けないよ。テオドールには諦めてもらおう。

「レフ、通訳してあげてくれ」
「はい」
「……人はまだ一人も殺してないから、駆除対象ではないと思う」

 一応それだけ付け足して、俺はレフの背をポンと叩きテオドールの騎士団の方へ押し出した。肩越しに振り返ったレフが、目元を僅かにやわらげる。

「閣下は『戦神』と『戦鬼』の違いにお気づきでしょうか」
「……俺と叔父上?」

 瞬きしながら謎の問い掛けに驚いていると、レフは深い青色の瞳を笑みに融けさせた。

「神には、慈悲があります」

 

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