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 こちらの作戦を説明し終えると、地図を覗き込んでいた各団長がほうとため息をついた。さっきまでうんざりした顔で言い合いをしていたとは思えない表情をしている。

 みんな結論のない会議するのは嫌だよな。結局それぞれの不満を垂れ流してギスギスして、かといって解決策はなく「じゃ、今回もいつも通り」って解散するの前世でもよくあったよ。テンション上がらない会議は無駄だし、ない方がむしろモチベ的にも良いのに。

 今回は、これならいけそう、って思ってくれたならいいんだけど。いつも同じ仕事でも、やりがいって大事だと思うよ。

「それと、冒険者ギルドに依頼をかけてくれ」
「閣下!まさか冒険者を使うんですか」
「当たり前だ、使えるものは使わなければ。我々がおびき寄せた魔獣にかかりきりになっていると、村からの通報に対処できない。そこで――」

 何人か、あからさまに嫌そうな顔をする団長がいる。もしかして貴族出身の騎士なのかな。まあ彼らにとって冒険者はゴロツキと変わらないイメージなんだろう。ルシェールの常識でもそれに近い感覚だ。
 それでも団長達はもう野次も挟まず、聞く気はあるらしいからいいか。

「この作戦の間、周辺の村と街にはその規模に合わせて冒険者パーティの駐在依頼をかける。宿泊費こみの報酬を払うと言えばそこそこ集まるだろう。仕事は、はぐれてきた魔獣が村の近くに現われたら退治すること。また、その討伐報酬は別途支給。額はギルド討伐報酬の倍とする」
「ば、倍ですか……」
「そうだ。期間限定の特別価格だから、みんな張り切って狩るだろう。……だがこちらの資金も無限ではない。魔獣の群れの大半は作戦で下流の中州に集まるだろうから、はぐれた魔獣の数などまあ高が知れている。ああ、それと鮮度が重要な肉以外の、保管できる採取部位は仕分けて各騎士団の倉庫に置くように。少しずつ売却した方が市場の急激な値崩れを防げる」
「あ、あの、各騎士団の、ですか」
「………?全ての騎士団に当分割で渡すつもりだが、現物支給では不満か。もちろん今回の遠征任務の報酬は別途用意している」

 ルシェールの記憶によると、騎士団といってもどこも資金はそれほど潤沢ではなく、今回のような『出稼ぎ任務』で赤字の補填をしている。有力貴族の後ろ盾がある王都の騎士団などはその必要がないので、こんなところには出てこないというわけだ。

 人員不足にブラック労働、薄給に加えて無策な遠征命令なんてそりゃあ気持ちも落ち込むよ。

 ルシェールはたぶん彼等の助けになりたくて、この遠征にいつも参加していたんだろう。掛かる費用のほとんどがルシェールの財布から出ているし。
 ただ、ここで指揮をとるとなると『大公閣下』の地位が邪魔をする。騎士団から手柄を横取りしたいわけじゃないんだ。だからいつも会議では静かに動向を見守っていた。口は出さずに金だけ出す、パトロンの鏡だね。あ、戦力も提供してるけど。

 王都からの支援物資や援助金なんて本当に微々たるものだ。連れて行く騎士団の馬の世話代にもなりはしない。魔獣が増えれば作物の収穫にだって影響するのに何やってんだか。

 王都が無視してくるなら仕方ない、こっちはこっちでなんとかしよう。そうやって頑張るしかなかったんだろうね。
 だからといってこちらも無限に金の湧き出る泉じゃない。キチンと使った分は回収してボーナスも稼がせてもらわないと。

「任務が終わったら、山ほどの土産を持って管轄地へ帰れるだろう。楽しみにしておくように」
「た、大公閣下……!」

 ぐっと堪えて涙目になっている団長達を、とりあえず作戦準備に追い立てた。先程まで死んだ目していた団長達がイキイキとした様子で部屋を出て行くのは良いんだけど。

 どうしてか俺の方を見て顔を赤らめていく奴らがいるんだよなあ。ぞわぞわっと背筋に悪寒が走る。君ら、まさかSubじゃないよな……こんなところに紛れてたりしないよね。頼むから違うって言ってくれ。



 会議がお開きになってから、俺もいろいろ準備があるのでレフを伴って執務室へと戻った。仕事はまだまだ山積みだ。やっぱり転生ショックで寝込んでいる場合ではなかった。

 執事を呼び付けて、あの魔獣除け魔道具の制作者を呼んでくれと頼む。

 作戦のために大量生産する必要があるし、そもそもの原理を調べて大型化する作戦もたてたい。
 あれよ、モスキート音だよ。夜中に公園で群れる若者達を、音でなんとなく不快にさせてその場から立ち去らせるやつ。あれが魔獣相手にも出来たら良い。完全に興奮状態になった魔獣には効かないだろうけど、棲み分けの地域が区切れそうだ。人は街で、魔獣は山で暮らそうね!平和が一番だよ。

「閣下、遠征の護衛隊と連れて行く使用人ですが……」

 レフがズラリと名前の書かれた書類を差し出してくる。これ全部連れて行く気じゃないだろうな、と驚いていたら『志願者一覧』と書かれていた。

 ああ、ここから選べって事か。よかった、使用人から護衛までほとんど全員がSubなんだよ。これつまり俺のために用意されたパートナー候補なんだよ!こんなにいたらうんざりするに決まってるだろうに!Dom一家ならもう少し繊細なDom精神を労ってくれないかな!?

 執事はNormalだって聞いてるから連れて行くのは決定している。あ、名前はアーノルドっていうんだね。初老のおじさまだけどシャキッとしてて姿勢の良い人だった。筋力も結構ありそうに見えたけど、昔は戦闘職だったとかかな。そのあたりはルシェールの記憶でも詳しいことは判らなかった。そのせいで想像が膨らんでしまう。戦える執事って……腐男子的には楽しいネタだよね。アーノルド、覚えたよ。絶対つれて行くからな。

 それで後は……どうしようかな。もうほんとうに息苦しいから、連れて行くSubは最小限に抑えたい。

「レフ」
「はい」
「お前、俺の身の回りの世話頼んだらどれくらいできる?」

 うつろな目をしながら書類を眺めていた俺は、ふと顔をあげてレフを見上げた。椅子に座っている俺と、相変わらず背筋を伸ばしたまま微動だにしないレフ。

 他のSubのように熱っぽく見つめてくる事もないし、何かにつけて触れようとする気配もない。会話も呼びかけるまでほとんどしないな。必要な時だけ最低限の問いかけをしてきていた。

 俺が執事とレフ以外とはあまり会話しないせいもあるかもだけど、側に居て唯一ホッとするSubなんだよ。こうなるとゴリマッチョなのが悔やまれる。華やかさとかなくていいから平凡で穏やかで気立てのいいお嫁さんが欲しかったんだ。そして結婚して辺境に隠居するのが夢。

 腐男子は見るのは好きだけど男が好きなわけじゃないよ。金髪美少年にも欲情はしなかったし。
 俺はもう切実に、放って置いてくれる環境が欲しいんだ。
 
「閣下のご起床から就寝されるまで、ひと通りの事は出来ます」

 見栄を張って話を盛っているわけではなく、業務連絡みたいな雰囲気でレフがそう言った。つまり俺の着替えとか身支度とか、給仕とか馬の手配とか武器を一時預かったりだとか、まあ何から何まで全部やってのけるよってことかな。有能だなレフ。

「こちらのお屋敷は、『Subの使用人』を広く募集しておられました。何の役割をふられるか判らない状態でしたので、一通り学んでから参りました」

 雑な募集過ぎて呆れてくるんだけど、父上かなそんなやりかたしたのは。
 それでよく雇用されようと思ったな、てところなんだけど。やっぱりお給金がいいせいだろうか。一応、護衛騎士は危険な任務なのでそれなりの金額を払っている。

「じゃあ遠征中はレフが全てやってくれ。連れて行く使用人は最小限にする」
「……私で宜しいのですか」
「他にいないだろう?」
「そう、でしょうか。……恐れながら閣下、護衛騎士達が閣下を見つめる目は、崇拝です。どうか厭わずにいてやってください」

 崇拝……崇拝ねぇ。それも強いDomに対してとか、権力に対してとか、そういうのなんだろうと思う。
 子供じみた我儘だけど『中身の俺を見てくれない』なんて、やっぱりルシェールも思ってたはずだよ。大人だから口に出して言うつもりはないけど。Domだからって「他人を支配したくて、跪かせたくて、堪らないんでしょ?」みたいに煽られたらクソムカつくじゃない?本能なんかに負けてたまるかと思うし、そんなのは俺の望みじゃないと反発しても仕方ない。

 前世の飲み会とかでもよく「俺ドSだから」とか言って行儀が悪い免罪符にしてる輩がいたけど。本当のSの人に失礼だろうなとうっすら思ってたんだ。あんなのとは絶対一緒にされたくないと俺なら思う。だけど、世間の目はそれを「同類」と見てしまうんだ。

 ルシェールがSubの目をどうしても避けてしまうのは、そのせいだと思う。

 外側に張り付いてる記号しか見られてないのかとひしひしと感じているから、どうしても身構えてしまう。大公閣下の内心の苛立ちや孤独を認識できている者は、いたんだろうか。

「……」

 レフは普段あまり喋らないので、喋りすぎたと思ったのか急に口を噤んだ。スッと目の前に透明な壁が出来たように感じられた。
 それを少し残念に思う。……うん?なんで残念?俺ってそんなに会話相手に餓えてたりしたかな。まあ執事とは業務連絡くらいしかしないけど。

「護衛騎士を信用してないわけじゃない。ただ、Subは俺にとって遠ざけたい存在なだけだ」
「……」
「レフ?」

 もう口を開かないだろうと思っていたレフが、意を決したように顔を上げた。そして射抜くように見つめてきて、一瞬鼓動が跳ねる。深いブルーの瞳に何故か視線を釘付けにされた。

「存外、騎士にはSubが多いのです。隠している場合がほとんどですが」
「……そう、なのか」
「はい。あるじに支配され、使役されることで気持ちを満たします」

 『自分も同様に』とでも言うように、レフは自身の胸に片手を当てて、恭しく頭を下げた。つまり、それ以上は望まないということだろうか。安全だから、警戒しないでくれと?そうはいってもいきなり苦手意識が変わるわけじゃない。

 ……ただ、レフのことは、護衛騎士の中では一番信用している。いや、Subの中では、といったほうが正しいか。それは何故だろう。彼の細やかな気遣いやさり気ない手助けに、自然と安堵する自分がいる。いつもならSubの使用人が側で世話をして回ると鬱陶しさが勝るというのに。この違いは、なんなのだろう。

「……」

 伏せられてしまったレフの青い瞳が、もう一度見たい。不意にそう思った。そして無意識に口を開きそうになり――俺は息を飲んだ。慌てて口元を押さえ、レフから視線を外す。

「閣下?」
「なんでもない。……連れて行く使用人のリストはこれで決定だ」

 雑にマルをつけた紙をレフに押しつける。
 ドッドッと早鐘を打つ心臓を抑え込んで、執務机にあった冷めた茶をすすった。いま、踏み留まらなければ取り返しの付かないことをするところだった。
 冷や汗がスゥッと背を伝っていく。

 ――俺は無意識に、『こちらを見ろ』と、レフSubにコマンドを向けようとしていたのだ。



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