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愛しい番の可愛がり方─前編
しおりを挟む1ヶ月に一度、団長と副団長が揃って休みをとる。その間は代わりの者が決裁権を持ち、業務に支障が出ないようにしていた。
――1ヶ月ぶりの逢瀬だ。愛撫に熱も入るというもの。
「っひ、あっ、あっ、エリオ、ット、ぁんっ……っん、ぅ、ああっ、も、そこ、ばっかりっ……」
ディランは自室のベッドに押し倒され、番の大きな身体に包まれるようにして胸を吸われていた。彼の番であるエリオットの身体は大きく、抱き締める腕は背を回って逆の肩を掴んでいる。逃げられないほど強い腕に抱かれながら、ディランは仰け反って高く喘いでいた。
彼の慎ましやかだった陥没乳首は、既にエリオットによって小一時間は弄られていて、真っ赤な先端を晒している。元々感度が高い上に、敏感な陥没乳首を嬲られ続けてディランのアナルはびしょびしょに濡れていた。それでもエリオットは乳首への愛撫を止めず、やんわりディランの腰を撫でるくらいしかしない。
自らねだるなんてはしたない事を、ディランはできない。もう挿入された後、快感で我を忘れて朦朧としている時ならいざ知らず。まだ行為がはじまって間もない状態では、ただ頬を赤く染めてエリオットの愛撫に喘ぐしか出来なかった。
「何度可愛がっても、次の日には俺を忘れるつれないココに、もう少し教えてやらないとな」
低く、じんと胎に響くような甘い声でエリオットが囁く。耳朶に軽く口付けられただけでディランは泣きそうに顔を歪めた。これからの責め苦が恐ろしいからではない。ただ行為中のエリオットの色気にあてられて、胸が苦しくて堪らなくなっただけだ。
付ける薬もないくらい、エリオットはディランを溺愛していたし、またディランはエリオットの醸し出す男の魅力に完敗していた。
エリオットはリトランド家の次男に産まれ、ずっと長男のスペアとして生きてきた。実家での冷遇や虐待があったわけではないが、そこそこ放っておかれ、自由な幼少期を送った。
転機が訪れたのは、15才のエリオットがアルファの判定をもらってきた時だ。
ベータと判明した兄の後でそれが発覚し、既に体格も頭脳も容姿でさえも抜きん出ていたエリオットが当然のように跡継ぎとして見られるようになった。しかしエリオットは家を継ぐ気は全くなく、すぐさま騎士団の入団試験に飛び込み家を出てしまった。
もともと、既に騎士団には内定をしていたのだ。学生の時でも特に優秀な者には面接と実技の簡単な試験が用意される。当時の騎士団長からは『是非来てくれ』と熱烈に口説かれていたし、エリオットは領地経営に全く興味がなかった。
『お前、その性格を直さないとそのうち刺されるぞ』
実は両親に隠れて仲良くなっていた兄弟は、打ち合わせの後にこの計画を実行していた。弟がアルファだなんて、判定期を待たずとも兄はとっくに判っていた。見た目も能力も飛び抜けていたのだから、当たり前だ。騎士団に行くため夜逃げのように荷物をまとめたエリオットに、手引きをしたのは兄だった。
弟を送り出す時、兄は苦笑と共にそう言った。エリオットは、なにもかもに興味がないような、冷たい目の持ち主だった。兄相手でも対等に物を話したし、両親に臆することもなく、自分の判断で前に進む。そこには他人の感情というものに疎い性質があった。あまり他人を蔑ろにするな、好きな人が出来たら大事にするんだぞ。兄はそんなことを言って最後に弟の肩をポンと叩いた。
兄と弟の間の、身体の触れあいはその時の一度だけだった。
――俺はアルファだ。いつか番になる相手が出来れば、きっとその人は大事にする。きっと出来る。
15才のエリオットは、そんなことを夢見る程度の可愛げはあった。
しかしそれからアルファのエリオットは、辟易するほどベータやオメガから言い寄られ、どんどん番というものに夢がみられなくなった。もう結婚なんかしなくてもいいとさえ思った。それほどアルファとしての魅力が高かったという事なのだが、全くありがたさを感じないエリオットはとにかく他人を寄せ付けなくなった。
20代も後半にさしかかると、エリオットの黒曜石のような瞳は常に凍り付いていた。酒場に行けば老若男女関わらず絡まれ、騎士団の見回りに出れば嘘の通報で発情期の最中のオメガの巣に呼ばれたりする。その頃から潔癖なほど『事故』に気をつけていたエリオットは、オメガの匂いがするとすぐに踵を返すようにしていた。オメガとは極力関わりたくなかった。同僚からは『お前のオメガ嫌い、ほんと筋金入りだな』と笑われるくらいだった。
『エリオット、選抜の事前試験があるのだが今回頼めないか』
唯一といっていいほど特別に尊敬している騎士団長からの頼みで、エリオットは卒業前の学生の実技試験の監督をすることになった。そこで出会ったのが……15才のディラン・スタッフィードだった。
――ひと目でわかった。彼が自分の番であると。
アルファ予備軍だと言われていたが、エリオットには自分の番だという思いがある。彼はきっとオメガだ、と思いつつ慣れた無表情で試験監督は問題なく終わらせた。
そして『内定を出したとしてもあれはオメガなんだが……』と思いながらもディランが騎士団に来るのを待ち望み、エリオットは団長と共に会議にまで出席した。
一縷の望みでもまだあるのなら。オメガである彼を騎士団に入れる事ができるなら出来る事はなんでもしようと思った。
そこで、ディランの監視・補助役として手を上げた。
お前はアルファではないか、問題が起きてからでは遅いぞ、と言われたが開発中の強力な抑制剤を毎日服用するという約束を取り付けて案を通した。あまりにも熱心にオメガの入団を望むエリオットを、訝しんだのは当時の騎士団長だった。
一番信頼していた彼には、エリオットも素直に理由を言った。恐らくディランは、自分の番だと。ひと目見て判ったのだと。
しかし予想とは違い騎士団長は険しい顔をして『気を引き締めていけ』と言った。彼もまたアルファで、オメガのフェロモンの恐ろしさについてよく知っていた。それは意志の力など全く意味を成さない、暴力的な本能の発露だ。抑制剤については緊急用の物を常備するように言われた。
エリオットはディランが入団した後、表向きの世話役にはならなかった。隠れて監視することはあったが、接触は全て他の騎士に任せ、自分は補助に回った。ディランは思ったよりもずっと慎重な子供で、手はかからなかった。彼は試験の時には長かった髪をバッサリと短くし眼鏡をかけていた。美しい髪だったのに勿体ない、と思ったが、あれはオメガだと判明する前のことだ。
きっと、オメガ性が発覚していろんな苦悩があったのだろう。ディランの紫色の瞳は、沈んだような色から戻ることはなかった。
数年が経ち、騎士団長の席にはエリオットが座ることになった。
ディランはまだ二十歳そこそこで、回りから一歩引いて警戒しながら毎日を過ごして居るのがわかった。どうやらディランは、他人……とくにアルファの男を警戒しているようだった。アルファだと判明している者には極力近づかず、話しかけられても事務的な事しか喋らない。これは完全な『アルファ嫌い』だとわかった。
過去、酷いオメガ嫌いだと笑われたエリオット。
そして今、重度のアルファ嫌いで毎日を警戒して過ごしているディラン。
関係性としては暗礁に乗り上げたような気がしていた。どうしたら彼と仲良くなれるか、なんてもう考えるのも困難だった。エリオットの優秀な頭脳をもってしても、これは無理だと言わざるを得ない。
しかも自分にはオメガ嫌いだった過去がある。ディランがアルファを遠ざける気持ちは痛いほどよくわかった。間違いが起きてはいけないと、少しでも期待させてはいけないと思い、すっぱりと関わりを断っている。潔さを感じるその態度には、番を得るつもりなど全くないのだというのが透けて見えていた。
とはいえ、監視と補助を言い出したのは自分だ。エリオットはそこから十年以上もの間、陰からディランの生活を支え続けた。ヒートの周期も彼の主治医に確認してその日が近くなると警戒を強め、僅かでもフェロモンが漏れている時は彼を気絶させてでも部屋に連れ帰った。
健気に職務を全うしようとするディランの姿勢は素晴らしい。だが、発情期のフェロモンを騎士団内にまき散らしてしまっては大問題になる。一度だけエリオットは、入団以後ずっと関わりの薄かったディランにそう忠告したことがある。
偶然を装ってヒート前のディランに近づき、漏れ出るフェロモンを指摘した。ヒート期間はちゃんと休むようにと言い聞かせると、ディランは俯きながらもきちんと返事をした。……ホッとしたのもつかの間、それからディランとの接点は少しずつ多くなっていった。
『リトランド団長、おはようございます』
体調の心配をしたせいなのか、オメガとしての休暇はとるべきと言ったせいなのか、ディランは事あるごとに話しかけてくるようになった。主に挨拶などで、職務に関係ないところで特別多くなったわけではないが、他のアルファへの警戒が強いわりにエリオットには屈託なく話しかけてくる。
……アルファは嫌いなのではなかったか。
戸惑う気持ちが強く、丁寧にだが言葉少なに対応する程度で留めていた。これで距離を縮めてしまってから、突然拒絶を向けられたら堪らない。付かず離れずが一番良い距離感なんだと己に言い聞かせた。もしかしたらディランは、エリオットがアルファなのを知らないのかもしれない。
同僚のアルファからは『いやいやねぇわ。そりゃねーよ』と否定されつつも、エリオットはずっと半信半疑だった。片想いも10年を過ぎるとなかなか拗れてくるものである。
そしてオメガであっても大変優秀な騎士であるディランは、副団長という地位にまで上りつめた。ゆくゆくは初のオメガの団長かもしれないが、いまだ監視役をおりていないので、エリオットが退団する予定はなかった。
そんな折、騎士団の遠征先でエリオットは図らずもディランの秘密を知ってしまった。
正直なところ乳首が陥没していようがいまいが、エリオットには関係がなかった。輝くばかりの白い肌に清らかで侵しがたい魅力を持つディランの裸体は、一瞬でエリオットを虜にした。食い入るように見つめてしまったのは、まずかったと思う。しかしすぐに平静を取り戻してディランを保護し、天幕に連れて行った。日頃から鍛錬している強い精神力の賜物だろう。
それから抑制剤を隠れて摂取しながらディランの身の上話を聞き、被せた毛布からチラチラと見える魅力的な身体に意識がいかないよう必死に耐えた。朝まで一睡もできなかったが、日が昇って天幕を出た時には心底ホッとした。
いつディランの意志を無視して襲いかかってしまうかと、自信がなかったからだ。
それからディランは、プライベートな事でも相談しにくるようになった。親身になって話していれば距離はどんどん近くなる。ディランからは急にエリオットが優しくなったように見えたかもしれないが、これは10年以上熟した気持ちだった。エリオットは職務半分、四六時中ディランの過ごしやすい環境について考えていて、筋金入りのディラン贔屓だ。ディランが隣で過ごすようになって心地良さを感じるのは当たり前だった。
心地良さは安心を生み、ディランの緊張を和らげていった。エリオットが気がついた時には、ディランは執務室でうたた寝をするくらいになっていた。これほど気を抜いたディランを見たのは初めてで、さらにはそのあどけない寝顔が愛おしくて仕方なかった。
未だに陥没乳首を気にしているディランは、そのせいで共用の大きな風呂場を使えない。心配性のエリオットにとっては良いことだったが、それを酷く気にしているのは知っていた。今度、時間貸し切りの交渉をして一人で入れる時間を作ってやったらどうだろうか。そんな事を考えながら、執務室に入りドアを締めたエリオットは、鍵を閉めてからソファで眠るディランに近づいた。
実はこの時、エリオットは自分の主治医から『発情抑制剤の乱用をただちに止めないと不能になる』と脅されていた。抑制剤を処方されなくなると困るので、何とか話を聞いてなだめすかして薬を受け取ってきたが。
不能になる、と言われてエリオットの頭に浮かんだのは『そうなれば自分はディランを傷つけない存在になれるのでは?』ということだった。自分のペニスが勃起するかしないかなど、大した問題ではない。ディランを害する存在でなくなるのは、むしろ喜ばしいことかもしれないと。エリオットはだいぶ前から、己の欲を満たすよりもディランの安全を優先していた。抑制剤を飲み過ぎているのはそういう理由だ。
『だんちょ、う……』
しかし――ソファで眠るディランが寝ぼけたように自分を呼んだことで、今まで堪えてきた意志の力が瞬く間に崩壊した。
カッと腹の内を焼く熱は、明らかに欲望だった。
不能だとかどの口が言ったんだと笑い飛ばせるほどの、強い性欲がわき上がる。エリオットはポケットに入れていた緊急用抑制剤を摂取すると、ソファの側に跪いた。
眠るディランの吐息を感じて、柔らかな頬に触れ艶やかな銀髪に指を絡ませる。
それだけでも理性を総動員しなければいけないほどだった。しかしディランの眠りは深いのか、目覚める気配はない。
もう一つ、抑制剤の封を切ったエリオットは、深く息をついてディランの身体を抱き上げた。そして腕に抱いたまま、ソファに腰かける。
くったりと身体を預けてくるディランのぬくもりが、愛おしくて、可愛くて仕方なくて……エリオットは熱の籠もったため息をついた。
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