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第十二話-3

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 王妃の髪は赤茶けた金髪だった。
 王太子も同じ色を持っている。陛下は先王から銀髪だけを受け継いでいるので、王妃がオーギュストを目の敵にするのもこの容姿問題がありそうだ。

「そんな男、王宮の地下牢ででも飼い殺せば宜しいではないですか!何故脅しに屈するのです!……オーギュスト!犬に首輪も付けられずのこのこと戻ってきて、なんて愚図で役に立たない子なの!!」

 女は一番最初に室内でオーギュストに目をつけ、つかつかと歩み寄ると手に持った扇を勢い良く振り上げた。
 しかしそれは上げられた姿勢のままで止まる。王妃の手首はオーギュストによってしっかりと掴まれていた。

 そんな反応をされると思っていなかったのか一瞬動きを止めた王妃は、顔を怒りで紅潮させてわなわなと震えている。

「お前……役立たずの分際で私にたてつこうなんて……無礼者!離しなさい!」
「王妃、落ち着いてください」
「また生意気な目をしてお前は!近衛騎士、オーギュストを拘束しなさい!侍女長は鞭を持っていらっしゃい!」

 オーギュストが冷静に声をかけても、パニックになった王妃は聞く耳を持たない。
 動きだそうとする近衛騎士も侍女達も、本当に愚かだ。何よりここで何も言えない陛下が全て悪いに決まってる。
 
 己の妃をここまで傲慢にさせたのは陛下が叱らないからだろう。

 何も言えないなら、ここでは無視するに限る。後で何か言っても知らんぞ俺は。



「――本当に喧しくて面倒くさいですわ。王太子殿下、貴方のお母様黙らせてよろしいかしら?」

 俺が手を出す前に、鈴を鳴らすような声が部屋の中に響いた。

 スウッ、と部屋の温度が雪の日のように冷えていく。
 ゆら、と動いたのはアデライードひとりで、彼女を見つめたまま部屋中の人々が一歩も動けなくなっていた。
 彼女の足元をすす、と広がっていくのは霧のように細かくなった闇だ。アデライードの身体からもやもやと湧き出て、床を這って部屋に充満していく。

「どうぞ、ご勝手に」
「あら、薄情ですのね。当の息子にも見限られているなんて、哀れだこと。まあ、同情なんてしませんけれど。……――陛下、わたくしとても我慢いたしましたけれど、結果がこれですわ。もうよろしいですわね?」

 ふふふ、と笑って陛下に一言勝手な了承をとりつけたアデライードは、コツリコツリと靴音を響かせながら王妃に近づいた。
 オーギュストの手から王妃の手首を外させ、彼女をドンと床に突き飛ばす。倒れ込んだ王妃はガッと髪を掴まれ、ぐしゃぐしゃになった金髪がぶちぶちと何本が千切れた。

「無礼者は貴女よ、側妃の分際で謁見の間に何をしにきたの?正妃が空席だろうと側妃は側妃。周囲に王妃と呼ばせていても、本物にはなれないわ。その貴女が正妃の子を鞭で打つ?何を馬鹿な事を言っているのかしら、図に乗るのもいい加減にしてくださる?」

 闇が空間を遮断し、ざっくりと王妃の髪を切り取った。ばらばらと床に落ちる髪を見て、王妃は恐怖に硬直していた。同じように首が切り取られる想像でもしたのかもしれない。事実、それは可能だ。

 アデライードは……怒るととてつもなく怖い。
 俺もあんまり触りたくないくらいこわい。

 黒魔術を習い始めた後からは感情に左右されて闇が吹き出すので、余計に怖い。目は爛々と輝き、黒髪は闇と同化して広がり、正面からあの姿を見た者は恐怖に失神する。

「殺しはしませんわ。でも死ぬような目には、これから何百、何千回と遭って頂きます。……国宝級のオーギュスト殿下のご尊顔を傷つけ続けた罪は重いですわ。まずはその顔、腫れ上がるまで百叩きにすることからはじめましょう。あ、もちろんわたくしは疲れるのでいたしません。そんな情熱もありませんし。……そうですわね、侍女全員に一人一回ずつ打たせましょうか。積もる恨みもたくさんあるでしょうからね」

 父が頭を抱えてため息をついているが、ここでアデライードを止められる者はいない。

 陛下でさえも声を出せず硬直しているし、宰相閣下は遠い目をしているが止める気はないようだ。
 先程の陛下への物言いから、俺の知らないところでアデラの『予言』と共に何か取引があったようだが、アデラの我慢が噴火するような事態に陥らせたのは向こうだ。これは仕方ない。

 そもそもアデラに敵う魔力を持つ者はここにはいないし、我々は床に闇が満たされた時点で身動きが取れない。アデラに命を握られているも同然なんだ。

 黒魔術の解除には、黒魔術を使うしかない。つまりここにフレデリックか母を呼んで来なければ、アデラは止められない。宰相も陛下もそれがしっかりと判ったようで、冷や汗をかいていた。

 
 ジラール家の公子と公女には手を出すべからず。……恐らく今日から王宮に瞬く間に広がるであろう噂が、今から容易に想像できた。





 王城を出たあと、父にはタウンハウスに泊るよう言われたが、俺はそれを断って寮の部屋に戻ってきた。

 フレデリックが待っているから、気になってタウンハウスに行く気になれなかった。アデラは笑顔で『またね、お兄様』と手を振ってくれた。

 寮の夕食の時間には間に合わず、皆が風呂を使い終わった頃に着いたので俺も着替えを出して風呂に入った。
 何でも入る鞄に着替えを用意しておいてよかった。そのままホカホカした状態で『ただいま』と部屋に入ると、フレデリックはベッドに腰掛けて窓の外を眺めていた。

「フレデリック?」
「おかえり、ウォルフハルド。……解放した記憶は全部戻ってきた?」

 苦笑しながらこちらを振り向いたフレデリックは、長い睫毛を伏せていて俺を見ようとしない。

 青い瞳がこちらを向かないのは、それはそれで酷く落ち着かなかった。

「黒魔術の気配にこんなに気付かないものだとは思わなかった」
「まあ、理論だけは知っててもそうなるだろうな。隠密に長けてるのがこの魔術の特徴だから」
「うん。それでフレデリック、俺は決めた」

 装備一式はひとまず俺のベッドへ放り、俺はフレデリックの前に立って俯く彼の顎を持ち上げた。
 さらさらした艶のある金髪に、深みのある青い瞳、睫毛が影を落す目元は少し垂れ気味で、ぽったりした唇に色気がある。

 その柔らかな唇にふにふにと親指を触れさせながら、俺はフレデリックの顔を覗き込んだ。

「準備を整えてきたから俺が抱かれてやろうと思う」
「……はぇ?」
「だから、風呂場で、ひとりで、準備をしてきたと言ってる!」
 
 ふん、と顎を上げて言い放つとフレデリックはポカンとした顔で俺を見上げていた。
 この俺がここまでしてやるのはフレデリックの働きに対する褒美なのだから、すこしは喜んだ顔をすればいいものを。

 まあ、幼い俺に散々いたずらをしておいて記憶を封じていた分は少し報酬を減らしてやるが。

「青い楔の撤去費用として払うには……俺の処女なら充分だろう?」
「……しょ、処女……」
「なんだその顔は。俺はまだ未通だぞ」

 アナルは散々弄られてはいるし、魔道具は入ったりもしたが一応、男のペニスが入ったことは一度もない。
 無いったらない。抱かせた相手はまだ一人もいないんだ。
 俺はアデラの言うようなガチムチハーレムの王様じゃないからな。ちなみに突っ込んでもいない。

「ほんとに?……ウォルフは俺でいいのか」

 今更聞くのかそれを。

 俺は呆れたようにフレデリックを見て、その頭をわしゃわしゃと撫でてやった。そのまま二人でベッドに倒れ込み、俺が上から唇を塞ぐ。

 ちゅ、くちゅ、と濡れた音を立てて舌が絡み、フレデリックの喉がこくりと動いた。




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