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閑話ーエルヴェ・1

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 幼い頃、私は人間に興味がなかった。

 とにかく猫が好きだった。猫科ならなんでもよかったのであらゆる種類の猫を集め、猫科の魔獣にまで手を出そうとしてさすがに両親に止められた。

 猫はいい。

 自由だし気ままだし、触らせてくれない時もあるが気まぐれにしっぽでぽふっと叩かれた時なんて天にも昇る気持ちになる。ひなたぼっこしている姿は天使だし、お日様の匂いのする毛皮に顔を埋めて吸うだけで天国に行けてしまいそうな気がする。

 本当に猫はいい。日々の糧だ。

 そんな私が、ある時ひとりの少年と出会った。
 刹那の、雷が落ちたかのような衝撃を今でも覚えている。

 あれは王国各地で流行病が蔓延した時のことだ。私は猫とだけ戯れていたので自主隔離のような状態だったため無事だったが、弟が病にかかった。
 その時、薬を提供してくれたのがジラール家だった。

 余剰の薬をわけてくれるというので、弟だけでなく領民も死を免れた者が多かった。
 我が父は貴族にしては義理堅い性格だった。公爵家として正式に感謝を申し入れるという。馬車3台に山ほど土産の品を詰め込んで、しかも家族全員でジラール領を訪問することになった。

 返す返すも私は人間に興味がなかった。
 弟が助かったのは身内なので確かにめでたいとは思ったが、顔も知らない貴族に礼を言いに行くなんて、正直面倒だなと思っていた。

 しかしそのジラール家で、私は、運命と出会った。



 3歳にして予言の力を持つと噂される気品溢れるジラール家長女、アデライード……ではなく、その横に立ってむすっと口を引き結んでいる黒髪の少年に目が釘付けになった。

 少しつり気味の大きな目、薄い唇に可愛らしい鼻、つるつるの白い肌にすらりとしなやかな身体つき。かわいい黒猫チャンが擬人化したらこうだろう!!という夢溢れる風貌だった。

 かわいい。撫で回したい。イヤがられるに決まっているけれどそれもまたよし。ああでも嫌われたくない。懐かれてみたい。

 完全に舞い上がった私は、『私の夢』を詰め込んだ理想の存在が服を着て現われたと思った。
 
「ヴァンドーム家公子様にご挨拶申し上げます。アデライードでございます」

 3歳とは思えない美しい仕草でアデライードが礼をした。
 横の少年も「ウォルフハルドと申します」と礼をした。ウォルフハルドといえばジラール家の長男だ。今朝出立前に母に聞いたばかりだが。
 確か私とひとつしか違わないはずだが、……なんというか、……その、とても小さい。
 身長はこれから伸びるのだろうか。

 ミルクはちゃんと飲んでいるか?いや、子猫じゃなかったな。人間だ。

 じ、と見下ろしてしまったためか、ウォルフハルドの目が眇められギラリと光った。そんな仕草も警戒して耳を伏せる猫チャンそのものだ。本当にかわいい。撫で回したい。

「エルヴェ・ヴァンドームだ」

 こちらのほうが爵位は上とはいえ、礼にきた身だ。きちんと礼をして、挨拶のためアデライードの手を取り甲に口づけた。彼女もにっこりと微笑んでいたので、これは貴族の挨拶としてはありふれたもの……だったはずだ。

「アデラに何をする!!」

 ところが横にいた猫チャン……もといウォルフハルドはすぐさまアデライードを抱き寄せて私から引き離した。フー!と威嚇するかのようにこちらを睨み付ける顔が、うっとり見惚れるほど可愛らしい。

 なんだなんだ、取ったりしないぞ、と宥めてやりたくなる。むしろ子猫の爪で引っ掻かれたい。

「お兄様、ただの挨拶でしょう?」
「でも、アデラ……」

 3歳の妹に撫でられて拗ねているウォルフハルドは、こちらを警戒しつつもすぐに気を落ち着けたようだった。

 ああ、アデライードはこの少年をすっかり手懐けているのだ。なんて羨ましい。私もウォルフハルドをよしよししてうっとり額を擦りつけられたい。できればだっこもしたい。嫌がって両手を突っ張ったりして頬に肉球押しつけられたい。
 あ、人間だから肉球はないな。

「どうか兄をお許し下さいませ、エルヴェ様」

 キラリとした目で私を見るアデライードは、とても挑戦的な様子だった。どうだ、かわいいだろう、と愛猫を自慢されている気持ちになる。

 いや、正直羨ましいが。とてもとても羨ましい。これは戦うよりも懐柔するほうが良い。猫好きとして競うのではなく、仲間として共に愛でるのだ。そうさせてくれ。
 むしろ頼むからそうさせてください。

「とんでもない。こちらこそ失礼を。アデラ嬢」

 にこ、と微笑み返せば私の家族の方がギョッとしていた。なにせ私が人間に笑いかけるなど、家族に対してもほとんどあり得なかったからだ。

 だって運命なのだから仕方ない。私はこの猫チャンを生涯愛でると決めたのだ。猫と違って十年、二十年の寿命で死んだりしない。私より長く生きるかも知れないのだから、楽しみで仕方ない。

 こうして私は、人間に興味のない猫狂いの貴族令息から、一転。

 ウォルフハルド狂いの一人の男となった。


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