茜空に咲く彼岸花

沖方菊野

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第二章 ツギハギ(3)

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「近藤さん、どうした。」


 ぱん、と閉じられた扇に視線を残しながら、障子に映る薄黒い影に声を掛ける。
 土方が口を閉じるよりも前に障子が開かれ、肩をすくめた近藤が急ぎ足で部屋に
入ってきた。

 その足は迷うことなく、一目散に火鉢の元に向かい、膝を曲げる。


「寒いなぁ、トシ。」


「あぁ、これだけ降ってるからな。」


「んー、そうだ。
そうだよ、トシ。
こんな寒い日は試衛館にいた頃みたいに部屋中の火鉢を集めて、皆で雑魚寝せんか。
あれは温かかったなぁ。」


「あぁ、道場も狭かったしな。
人の熱気もあって割と温かかったが……あんたはあの頃と違うんだ。
貧乏道場の主人じゃなく、この新選組を引っ張っていく大将なんだぜ。
そんな大将が平隊士達と交ざって雑魚寝なんざ、みっともないじゃねぇか。」


「お前の言うことも分かるがなぁ。
だが、俺は皆平等だと考えている。

この新選組に集まる者は皆、色んな出だ。
武家もいれば百姓もいるし、ごろつきだっている。

そんな俺たちは、誠の志の元で皆、武士なんだ。
生まれも育ちも、今与えられた役職も関係ない。
命をかけて守るべきもの、貫き通したいものがあるか。

そんな誠の志があるのか、ただそれだけだ。

だから局長だの平だのと考えずに、俺は他の隊士とも付き合っていきたい。

試衛館からの仲間である、お前たちと同じように。」


 困ったように頭を掻きながら、土方は弱ったなと笑う。


「それがあんたの良いとこなんだがなぁ……。
ま、器のでかい大将だと示すことも、志気には繋がってくるんだろうし、良いだろう。

まだしばらくこんな日が続きそうなら、その件も考えよう。」


 苦笑いを浮かべる土方に、くしゃりと笑みを返す近藤。

 そんな二人を背中越しに感じながら、鈴音は乾いた書簡を幾つか重ねる。


「で、なんか大事な用があるから来たんじゃねぇのか。」


「あ、そうだった。
いやな、実は……。」


 近藤の話が始まろうとしたため、鈴音はさっと腰を上げる。


「ん、どうした、鈴音さん。」


「なんか大事な話だろ。
だったら、あたいはいない方が良いだろう。

部外者だしな。」


 そそくさと立ち去ろうとする鈴音を、近藤は慌てて呼び止める。


「いや、待ってくれ。
俺もどうなのかは分からないから、はっきりと関係があるとは言えないのだが、
もしかすると妖物と関わる事かもしれないんだ。

だから、鈴音さんにも聞いてもらいたい。」


 どうするべきか判断しかねた鈴音は、何となく土方に視線を向ける。
 視線が交わると土方は、静かに首を縦に振ってきたため、障子の辺りに腰を下ろす。


「有り難う、鈴音さん。
さ、そんな所にいては寒いだろう。
火鉢の側に来ると良い。

男二人が占領しているから窮屈ですまないが、まだ近くに座れない訳ではないからな。

さ、早くこっちに。」


 近藤は火鉢の側の畳を、優しく手で打ちながら鈴音を呼ぶ。


「いや、あたいはここで良いよ。」


「ん、何故だ。
そんな所は寒いじゃないか。
外も雪だというのに。」


「別にあたいは寒くないから。」


「寒い訳がなかろう。
隙間風だって入ってくる場所だぞ。

あ、なんだ。

遠慮をしているのか、そうなんだな。
そんなことは気にする必要はない。

寒いのは皆、同じなんだから。
遠慮なんざいらんぞ、さぁ。」


「いや、違うって。
大丈夫だから、本当に。」


「それなら、仕方ないな。」


「あぁ、このままで良いから。」


「俺たちが火鉢ごと動こうか、な、トシ。」


「何でそうなんだよっ。
しつこいんだよ、大丈夫だつってんだろ。」


「いかん、いかん。
女子を寒さにさらすなど、男のすることではない。
トシ、そっちを持ってくれ。」


「分かった、行くよっ。
近くに行くから、んなもん持って移動してくんじゃねぇよっ。」


 火鉢に手を掛け本当に移動してこようとする近藤に、焦る鈴音は慌てて立ち
上がり、火鉢の側に寄る。

 溜息交じりに腰を下ろすと、ふわりとした感覚を肩が覚えた。

 違和感に手をやり視線を落とすと、近藤の袢纏が肩に掛けられている。


「おい……これ。」


 見上げると近藤が笑みを向けてくる。
どんな影すらも消し去ってしまうような豪快で温かな笑みに、鈴音は言葉を奪われた。


「火鉢に寄るだけでは寒かろう。

少ししか綿は入っていないし、縫い目もとんでもないんだが、寒さがマシなことに変わりはない。

気持ち程度でしかないが、羽織っていてくれ。俺は、男だしな。

鍛えているから、この程度の寒さなら大丈夫だ。

遠慮せずに羽織っていなさい。」


 突き返せなかった。


 鈴音は羽織の胸元を重なるようにぎゅっと握ると、蚊の羽音のような声で、
「有り難う。」と呟く。

 羽織ったところで彼女には何の意味もない。それでも向けられた好意は受け取った。近藤の分け隔て無い振る舞いが、温かく思えたからだ。

 肌で温度を感じられずとも、心の内がほんのり照らされた気がした。

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