茜空に咲く彼岸花

沖方菊野

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ツムギノカケラ(1)

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 背の高い雑草が風に揺られながら、小さな白の飾りを身につけようとしている。
薄鼠の空から落ちる白の粒はまだ弱々しく、
その軽い体を舞い落ちたどこかに留めおくことは難しい。


 京の町が例年よりも早く冬の帳に包まれたのは、鈴音達が新選組を訪れた数日後のことであった。



「で。
なんで俺があんな女を小姓扱いで側に置かなきゃなんねぇんだ。」


 湯飲みが打ち付けられる音とともに、畳に置かれる。色褪せたい草と同じように
薄い色の茶が、小さな容器の中で波打つ。

 それを見届けた土方は腕を組みながら、広間に集まった者を一人ずつ睨めつけていく。


 鈴音が新選組にやってきてから何度目かの軍議が開かれていた。
内容は市中の見廻りや掃除、日常的なことなど、日頃から議題に上がっているようなものではあったが、それに加えて鈴音の役職についての話し合いも重ねられている。


「そんな怖い顔をしたって駄目ですよ。」


 湯飲みの中の茶を溢れない程度に傾け、ゆっくり回している沖田がくすりと笑う。


「そもそも、他にないじゃありませんか。
可もなく不可もないそれなりの役職なんて。

うちのどの組にも属さない特殊な活動だから新たに組として作ろうにも、
その組は彼女一人しかいない組です。

静代さんもいるにはいるが、この前の一件を見ているに、
彼女は戦いには参加しそうにないですし、
あの覇王さんという人も気まぐれで、
いつ来て手伝ってくれるのかなんて分かりっこないのだから、
鈴音さん一人の組となってしまう。

何より、妖物退治は面だった活動にしてはいけないと、容保公からのご命令もあるのだから、特別編成なんて出来ないじゃありませんか、ね、近藤さん。」


 湯飲みを優しく畳に返しながら、沖田は近藤に笑みを向ける。


「あぁ、そうなんだ。
そこがなければ、事は簡単なんだがなぁ。」


 似合わない眉間の皺を見せる近藤に、永倉が質問を投げる。


「でもまた何で極秘扱いなんだ。
何も隠すようなことじゃねぇだろ。
こっちは、実際に悪さ働く連中を片付けて護ってやるって言ってんだから。
何が気に食わねぇんだよ。」


「それは、そうなんだが……。
永倉君、お上に対しての言葉は選んで使わなければならないぞ。
してやってるだなんて。
我々が任せて頂いているの間違いだろ。」


 求めた回答が貰えないうえに、軽く叱責をされた永倉の眉がぴくりと動く。

 それを見兼ねた土方が、
火花を起こしそうな視線を交えている二人の間に霧雨を降らせていく。


「皆が皆、妖物を信じている訳じゃねぇだろう。
どっちかってと、多くの者が夢物語の存在として見ているだけで、
信じている奴なんざほとんどいねぇ。

俺も最初はそうだった。

それに、今回の一件も妖物の仕業だと噂こそたちはしたが、面白がってるだけで心底信じ切ってる奴なんて少数でしかない。
ただの辻斬り程度にしか考えちゃいねぇんだろうな。

大方、どこもそうだ。

あやかしだ幽霊だの噂が立ってる所が幾つかあるが、興味本位とただの命惜しさの
自粛をやって騒いでるだけで、化け物なんざいると本心では思っちゃいねぇんだよ。

だが、そんなところで俺たちが妖物退治をしてるなんざ知れてみろ。
いよいよ田舎者扱いされて、笑い物になるだけだ。
そうなりゃ、
俺たちに守護職なんざ与えてる松平公も会津藩全体も非難の的になんだろうから、
極秘裏に動けと言ってんだよ。」


「……そうかよ。」


 腹に据えた虫の居所がまだ悪そうな永倉に、
土方は軽く目配せを送ると首を横に振った。

 日頃下がらぬ鬼の眉尻が軽く下がったどこかねだるような面を向けられ、
永倉は頭を乱暴に掻きむしる。


 あんたのその顔には敵わないぜ、とでも言いたげな笑みを浮かべながら肩を
すくめ、がむしゃらな男は口を閉ざす。
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