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第一章 ヒトダスケ(22)
しおりを挟む「あら、皆様お集まりで。」
真横から聞こえた低い女の声に、ひっと驚く者数名、息を呑む者数名。
いつからいたのか、静代の姿が広間にあった。
「え、ど、どうやって。」
青ざめた藤堂は、永倉にくっつくが本人は泡を吹いて気を失っている。
それは、また後ほど……と笑いながら静代は、畳に残る血だまりに目をやると、
一瞬顔を曇らせた。
そして土方に視線を向ける。冷たい視線だった。口元は緩み、顔全体も綻んで見えるが、その瞳だけは決して笑ってはいない。
「し、静代さん。
君も早く。
そんなとこにいては危ないから。
さ、男ばかりでむさいかもしれないが、ここに来なさい。」
近藤は、真ん中の一番安全な場所を静代に譲ろうとする。
「駄目ですよ。
ここにいてくれないと。
私が守りにくくなるでしょう。」
近藤の腕を掴み、無理にでも座らせようとする沖田。
その手に自身の大きな手を重ね、近藤はそっと諭す。
「総司。
女子を守るのは侍である前に、男としての嗜みだ。
武器も持たぬ彼女をほったらかしにして、こんな所で守られてしまったら、
俺は男として失格だ。
総司、お前は強くて賢い子なんだから、賢く誰かを守ってあげなければいけないぞ。」
小さな子をあやすように。添えた手をぽんぽんと二度、優しく打つ。
「……。
分かりました。
近藤さんが、そんなに言うなら。」
どこかまだ納得のいかないような顔の沖田を残し、人の隙間に足をつきながら畳の縁まで進む。
「さ、静代さん。」
「結構です。」
即答であった。
見えない刃が空気を切り裂くような、そんな素早さと切れ味であった。
「えっ……いや、あの……。」
気を使ったような遠慮がちな一言であれば、近藤も再度促したのであろうが、満面の笑みにあまりの瞬答ぶりで言葉を失くしてしまう。
「は、恥ずかしい、なんか近藤さん恥ずかしいな。」
くすくすと笑う原田の膝を井上が叩く。
「静代さん、あのだな、こういう時は男を立ててあげるもんだ。女ならば、気を使ってやるべきことだ。」
年長者の井上源三郎、通称源さんが静代に注意をする。厳しい言葉ではあるが、
その声音は優しいものであった。
「すみません。
お気遣いは感謝いたしますが、私は他に立てる、いえ立て直さねばならないお人が
おりますので。
このようなところで、自分だけ守られている訳には行きません。
失礼致します。」
軽い会釈を残すと、彼女は開け放たれた障子の側で足を止めた。
模様のように緑に変色している上半身を鈴音は見つめる。
突き上げて抉るか。
下半身はどうであれ、半身は所詮人間の名残だ。斬りつければ造作もない。
だが、その前に……。
長く伸びきった前髪の先を掴む。
錆びた匕首は使えない。使えないことなないのだろうが、後でどやされるのはご免だった。
右手に握る血を浴びた刀に目をやる。
「いったい、いつまでそんな女と遊んでいるおつもりですか、貴方は。
それとも、視界が悪くてご自分が誰と遊んでいるのかすら見えていらっしゃらないのですか。
いいかげん待ちくたびれましたよ、鈴音様。」
挑発めいた低い声音が鈴音の腹をくくる。
横一文字に払われた刀が長い前髪を断ち切るのと同時に、鈴が激しく音を鳴らしながら駆けだしていた。
橋の魔は不意な動きにたじろぎを見せるが、すぐさま構えに入る。
口を大きく開き、再生可能な牙を幾本となく鈴に向かって打ち込む。
リン、チリン、リンリン……。
涼しげな音が空気に乗りながら、庭を駆ける。
開かれた視界は広く、邪魔になるものなど、もう何もない。橋の魔との距離が
四尺ばかりになると、左手に握っていた長い髪の骸を投げつけた。
魔は、それらを払いのけようと片手を慌ただしくさせる。
赤みをさす唇が動き呪文を唱えると、舞い踊る髪に呪いがかかり、
一本一本が太い荒縄と化しては、妖物の体に巻き付いていく。
「ぐぎゃぁぁぁぁっ、ぎゃっぎゃっぎゃっ。」
身動きができなくなっていくことに声を上げようが何を叫ぼうが、その言の葉を
理解し得る者はいない。
鈴音はそんな声に惑うこともなければ、妖物の体が綺麗に締め上げられるその最後まで見届けるつもりもなかった。
体中を縄が締め巡るなか、助走をつけたまま飛び上がる。
眼窩の闇が鈴音を映す。
人々が恐れわななく闇の目。
だが、鈴音は怯まない。
橋の魔が流す霊気から怯えを感じようが、生前の記憶が垣間見えようが関係ない。
どんなことがあれ、それが人を食らう理由にはならないのだ。
切れ長の鈴音の目が意志の強さを見せた時、漆黒の眼が慟哭にゆがむ。
苔ばんだ首に当てられた刀が真横に押されると、この世をぐるぐる巡るように首が飛んだ。頭を失った首の先端からは血飛沫が舞い、上半身がゆっくりと地面に崩れ落ちていく。
そうして、橋の魔の体は塵と化し風に流れて消えた。
そりゃ、食い殺したくもなるよな。
頬を掠めていく塵に、鈴音は一人答えてやるのだった。
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