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第一章 ヒトダスケ(17)
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「す、すまない……。
今日は、それで勘弁して欲しい。」
近藤は道場で鈴音に頭を下げる。
合わないを通り越し、滑稽ともいえる程の寸法違いの着物と袴を着用した鈴音は、昨日にも増して不機嫌であった。
昨夜の橋の魔の件を経て、翌日。
巳の刻あたりの昼前に、近藤が鈴音達の部屋を訪れては、道場へ一緒に来て欲しいと声を掛けてきた。
新選組に協力することは、まだ気に食わないままではあるが、近藤がどこか焦った様子にも見えたため、鈴音は仕方なく後をついて行く。
だが、道場に着くやいなや、先にいた土方に男装をしていないことを怒鳴り散らかされ、元来た道を戻る羽目になり、部屋まで帰るが、男物の着物を持ち合わせていないことに、彼女はそこで気がつく。
静代と、どうしたものかと顔を合わせながら、術で幻覚を見せて誤魔化すかとか、戸板に隠れて移動するかとくだらない冗談で盛り上がっていると、中々道場へ戻ってこないことにしびれを切らした土方が、乱暴に障子を開け放し、怒声とともに入ってきた。
早く戻らないこと、着物がないこと、それを連絡にこないこと、そもそも男装の準備をしていないこと、あらゆることを細かく叱られる。
そうして、ひとしきり声を上げ終えると、
土方は肩で息をしながら部屋を立ち去り、またすぐに戻ってきた。
よく見ると今度は手ぶらではなく、男物の着物や袴を一式携えている。
それを、鈴音に向かって投げつけると、早くしろ、と吐き捨て部屋を去って行った。
何故、男装の用意をしていないことまで言われなければならないのか、
それは常識的に覇王の務めだろうと、苛立ちながらも投げられた着物に腕を通していく。
あまり時間をかけるとまた怒鳴られかねないため、鈴音は急いで袖を通しては、
袴の裾を引きずりながら道場へ向かう。
が、結局だぼついてみっともない装いになっていること、袴の裾を引きずっていること、髪もぼさついて垂らしたままなこと、全てを土方が視線で怒鳴ってきた。
声を出さなかったのは、その寸法違いの着物を準備したのが自分だからであろう。
注意はされねど、
その視線や空気から土方の考えていることが
何となく伝わるため、鈴音も不機嫌になってくる。
どれもこれも、別段彼女の蒔いた種ではない。
ばちばちと音の立ちそうな空気をお互いに放っているこの状態をまずいと思った
近藤は、非のない鈴音に対して頭を下げたのである。
鈴音は、相も変わらず必要以上に言葉を話さないうえに、垂れた髪で表情も見えない。
自分の謝罪をどう受け取っているのかが、よく分からなかったが、謝罪したことに対して土方がぶつぶつ言い出しそうだったため、鈴音の反応を待たずに話を切り替えた。
「でな、鈴音さん。
こんなところまで来てもらったのはだな、ちょっと見てもらいたい連中がいるからなんだが……。」
困ったように額を掻きながら、近藤が振り返る先を、鈴音も目で追った。
見覚えのある数名の隊士が蒲団に寝かされているのが見える。
「実は、彼らは昨日の橋の魔退治に同行していた隊士達なんだが、
朝、起きてこんので様子を見に行ったら、全員蒲団から起きられなくてな。
意識もはっきりとしていないうえに、顔色も悪いし何かにうなされているように
呻いたり声を上げるんだ。
鈴音さん、どうしたものだろうか。」
近藤が鈴音に視線を戻す。
「え、あれっ。」
振り返った先に鈴音はいなかった。
慌てた近藤は、すぐさま隣の土方に顔を向けると、
土方は寝かされている隊士達の方を顎で指した。
指された方へ再び首を回すと、
隊士達の側を、鈴音が順番に見回っている。
触診などをしてじっくり診ている訳ではなく、
軽くのぞき込む程度ではあるが協力的な様に、近藤は笑みをもらした。
「どうかね、鈴音さん。」
「単なる障気あたりだろ。」
「しょうき……あたり……とは。」
「……。
障りに気と書いて障気あたり。
妖物の放つ霊気を大量に浴びたら、高熱が出て魘されたり、蕁麻疹が出たり、
酷い奴は気が変になったりもする。
ま、霊気に慣れないうちは皆こうなるんじゃねぇの。」
袴の裾を踏まないように持ち上げながら、鈴音は、近藤達の近くに戻ってくる。
「それで、どうしてやったろ良いんだろうか。何か薬とか、治してやる術とかはないのだろうか。」
心配そうな視線を隊士達に向ける近藤。
「ある。
あたいは薬を持ってねぇけど、札か術かでマシにはできる。」
「それじゃ……。」
「ただ、それを使って祓えば楽にはなる。
なるが、体を慣れさせることはできない。
あんたらの剣術とかと同じで、霊気も体に教え込んで馴染ませていかなきゃならない。
祓っちまえば楽になるが、この次には繋がらない。
いつまで経っても障気あたりを繰り返す。
どうするんだ、祓うのか。」
近藤は悩んだ。
即決などできなかったからだ。
苦しそうに声を上げる隊士達を、今後のためにとこのままにすることもできず、
だからといって、新選組の今後に必要になってくるその道を閉ざすことも選べない。
せめて自分が障気あたりになっていたのであれば、喜んでその苦痛を耐えたというのに。
険しい顔で腕を組む近藤に、土方はため息を漏らす。
近藤の優しさだけでは、組織は動かせない。
「近藤さん。
悩むことじゃねぇ。
あいつらは、このままその障なんとかっていうのに慣れさせれば良い。
どのみち誰かが……いや、全員が慣れていかなきゃいけない問題なんだ。
あいつらだって今回、楽にしてやったところで、どうせ近いうちにまた同じようになるんだ。
だったら一回でも多く経験させて、早く慣れるようにしてやるのが一番良いだろう。
あいつらにも、新選組にも。」
近藤は、寝込む隊士達の近くへ寄る。
先ほど鈴音がした以上に丁寧に、一人一人の顔を見ながら、手を取ったり何事かを話かけたりしている。
「お前だって、本当は相当きついはずだろ。よく起きて動き回ってんな。」
「何のことだ。」
土方は額を掻く素振りで額に滲む油汗を指で拭き取る。
近藤に話せば、是が非でも休ませようとしてくるため土方は黙っていたが、朝から具合が悪い。
酷い風邪の時のような頭痛やだるさ、胃のむかむかする感じなど、鈴音に言われた通り立って動くことを辛いと感じてしまうほどの不調だった。
本当であれば休みたいところだが、土方にそんな暇はない。
休んだところで、その日の仕事が翌日に持ち越され、次の日がたいへんになる。
だから休むくらいであれば、働いている方がまだ良い。
そう思ってはいるが、やはり厳しいと感じていた。
「休めよ。」
「だから、何のことだ。
そもそもお前の指図なんか受けるつもりはない。
聞かれたことだけ答えてろ。」
「別に良いけど。
あたいは、全然しんどくないから関係ないし。
……あ、そんなこより、お前昨日、橋の魔に……。」
鈴音の声に大きめの近藤の声が被さる。
「決めたぞ。
鈴音さん、祓わなくて良い。
このままでいく。
それが慣れに繋がっていくんだよな。」
「……あぁ。」
近づいてきた近藤の表情はあまりにも真剣だった。鈴音は、その顔にたじろぎ気味に返事をする。
「近藤さん、何人か見張りとして隊士をつけよう。
見張りといっても看病係みたいにはなっちまうが必要だろう。
誰かいたら、急変した時にすぐ分かるしな。」
「そうだな。
その配置はお前に任すよ、トシ。」
「分かった。
あとでやっておく。
それから、このことを共有するために残っている組長を集めて軍議を開こう。」
「うん、そうだな。皆、少しでも何か知っておきたいはずだ。
このあとすぐに開こう。」
「なら、あんたは先に広間へ。
俺は残ってる連中に声を掛けながら後で向かう。」
「よし、分かった。」
近藤は力強く頷くが、どこか後ろ髪をひかれるような様子が見られる。
そんな彼の肩を軽く押すような形で、土方は道場を出ようとした。
その間際、鈴音を振り返る。
「お前は部屋に戻ってろ。
勝手にうろちょろ部屋から出たりするんじゃねぇぞ。
誰かが呼びにこない限り外にはでるな、分かったな。」
「あ。」
土方を呼び止めたかったが、彼女の声は届かず、
うまく引き留めることができなかった。
今日は、それで勘弁して欲しい。」
近藤は道場で鈴音に頭を下げる。
合わないを通り越し、滑稽ともいえる程の寸法違いの着物と袴を着用した鈴音は、昨日にも増して不機嫌であった。
昨夜の橋の魔の件を経て、翌日。
巳の刻あたりの昼前に、近藤が鈴音達の部屋を訪れては、道場へ一緒に来て欲しいと声を掛けてきた。
新選組に協力することは、まだ気に食わないままではあるが、近藤がどこか焦った様子にも見えたため、鈴音は仕方なく後をついて行く。
だが、道場に着くやいなや、先にいた土方に男装をしていないことを怒鳴り散らかされ、元来た道を戻る羽目になり、部屋まで帰るが、男物の着物を持ち合わせていないことに、彼女はそこで気がつく。
静代と、どうしたものかと顔を合わせながら、術で幻覚を見せて誤魔化すかとか、戸板に隠れて移動するかとくだらない冗談で盛り上がっていると、中々道場へ戻ってこないことにしびれを切らした土方が、乱暴に障子を開け放し、怒声とともに入ってきた。
早く戻らないこと、着物がないこと、それを連絡にこないこと、そもそも男装の準備をしていないこと、あらゆることを細かく叱られる。
そうして、ひとしきり声を上げ終えると、
土方は肩で息をしながら部屋を立ち去り、またすぐに戻ってきた。
よく見ると今度は手ぶらではなく、男物の着物や袴を一式携えている。
それを、鈴音に向かって投げつけると、早くしろ、と吐き捨て部屋を去って行った。
何故、男装の用意をしていないことまで言われなければならないのか、
それは常識的に覇王の務めだろうと、苛立ちながらも投げられた着物に腕を通していく。
あまり時間をかけるとまた怒鳴られかねないため、鈴音は急いで袖を通しては、
袴の裾を引きずりながら道場へ向かう。
が、結局だぼついてみっともない装いになっていること、袴の裾を引きずっていること、髪もぼさついて垂らしたままなこと、全てを土方が視線で怒鳴ってきた。
声を出さなかったのは、その寸法違いの着物を準備したのが自分だからであろう。
注意はされねど、
その視線や空気から土方の考えていることが
何となく伝わるため、鈴音も不機嫌になってくる。
どれもこれも、別段彼女の蒔いた種ではない。
ばちばちと音の立ちそうな空気をお互いに放っているこの状態をまずいと思った
近藤は、非のない鈴音に対して頭を下げたのである。
鈴音は、相も変わらず必要以上に言葉を話さないうえに、垂れた髪で表情も見えない。
自分の謝罪をどう受け取っているのかが、よく分からなかったが、謝罪したことに対して土方がぶつぶつ言い出しそうだったため、鈴音の反応を待たずに話を切り替えた。
「でな、鈴音さん。
こんなところまで来てもらったのはだな、ちょっと見てもらいたい連中がいるからなんだが……。」
困ったように額を掻きながら、近藤が振り返る先を、鈴音も目で追った。
見覚えのある数名の隊士が蒲団に寝かされているのが見える。
「実は、彼らは昨日の橋の魔退治に同行していた隊士達なんだが、
朝、起きてこんので様子を見に行ったら、全員蒲団から起きられなくてな。
意識もはっきりとしていないうえに、顔色も悪いし何かにうなされているように
呻いたり声を上げるんだ。
鈴音さん、どうしたものだろうか。」
近藤が鈴音に視線を戻す。
「え、あれっ。」
振り返った先に鈴音はいなかった。
慌てた近藤は、すぐさま隣の土方に顔を向けると、
土方は寝かされている隊士達の方を顎で指した。
指された方へ再び首を回すと、
隊士達の側を、鈴音が順番に見回っている。
触診などをしてじっくり診ている訳ではなく、
軽くのぞき込む程度ではあるが協力的な様に、近藤は笑みをもらした。
「どうかね、鈴音さん。」
「単なる障気あたりだろ。」
「しょうき……あたり……とは。」
「……。
障りに気と書いて障気あたり。
妖物の放つ霊気を大量に浴びたら、高熱が出て魘されたり、蕁麻疹が出たり、
酷い奴は気が変になったりもする。
ま、霊気に慣れないうちは皆こうなるんじゃねぇの。」
袴の裾を踏まないように持ち上げながら、鈴音は、近藤達の近くに戻ってくる。
「それで、どうしてやったろ良いんだろうか。何か薬とか、治してやる術とかはないのだろうか。」
心配そうな視線を隊士達に向ける近藤。
「ある。
あたいは薬を持ってねぇけど、札か術かでマシにはできる。」
「それじゃ……。」
「ただ、それを使って祓えば楽にはなる。
なるが、体を慣れさせることはできない。
あんたらの剣術とかと同じで、霊気も体に教え込んで馴染ませていかなきゃならない。
祓っちまえば楽になるが、この次には繋がらない。
いつまで経っても障気あたりを繰り返す。
どうするんだ、祓うのか。」
近藤は悩んだ。
即決などできなかったからだ。
苦しそうに声を上げる隊士達を、今後のためにとこのままにすることもできず、
だからといって、新選組の今後に必要になってくるその道を閉ざすことも選べない。
せめて自分が障気あたりになっていたのであれば、喜んでその苦痛を耐えたというのに。
険しい顔で腕を組む近藤に、土方はため息を漏らす。
近藤の優しさだけでは、組織は動かせない。
「近藤さん。
悩むことじゃねぇ。
あいつらは、このままその障なんとかっていうのに慣れさせれば良い。
どのみち誰かが……いや、全員が慣れていかなきゃいけない問題なんだ。
あいつらだって今回、楽にしてやったところで、どうせ近いうちにまた同じようになるんだ。
だったら一回でも多く経験させて、早く慣れるようにしてやるのが一番良いだろう。
あいつらにも、新選組にも。」
近藤は、寝込む隊士達の近くへ寄る。
先ほど鈴音がした以上に丁寧に、一人一人の顔を見ながら、手を取ったり何事かを話かけたりしている。
「お前だって、本当は相当きついはずだろ。よく起きて動き回ってんな。」
「何のことだ。」
土方は額を掻く素振りで額に滲む油汗を指で拭き取る。
近藤に話せば、是が非でも休ませようとしてくるため土方は黙っていたが、朝から具合が悪い。
酷い風邪の時のような頭痛やだるさ、胃のむかむかする感じなど、鈴音に言われた通り立って動くことを辛いと感じてしまうほどの不調だった。
本当であれば休みたいところだが、土方にそんな暇はない。
休んだところで、その日の仕事が翌日に持ち越され、次の日がたいへんになる。
だから休むくらいであれば、働いている方がまだ良い。
そう思ってはいるが、やはり厳しいと感じていた。
「休めよ。」
「だから、何のことだ。
そもそもお前の指図なんか受けるつもりはない。
聞かれたことだけ答えてろ。」
「別に良いけど。
あたいは、全然しんどくないから関係ないし。
……あ、そんなこより、お前昨日、橋の魔に……。」
鈴音の声に大きめの近藤の声が被さる。
「決めたぞ。
鈴音さん、祓わなくて良い。
このままでいく。
それが慣れに繋がっていくんだよな。」
「……あぁ。」
近づいてきた近藤の表情はあまりにも真剣だった。鈴音は、その顔にたじろぎ気味に返事をする。
「近藤さん、何人か見張りとして隊士をつけよう。
見張りといっても看病係みたいにはなっちまうが必要だろう。
誰かいたら、急変した時にすぐ分かるしな。」
「そうだな。
その配置はお前に任すよ、トシ。」
「分かった。
あとでやっておく。
それから、このことを共有するために残っている組長を集めて軍議を開こう。」
「うん、そうだな。皆、少しでも何か知っておきたいはずだ。
このあとすぐに開こう。」
「なら、あんたは先に広間へ。
俺は残ってる連中に声を掛けながら後で向かう。」
「よし、分かった。」
近藤は力強く頷くが、どこか後ろ髪をひかれるような様子が見られる。
そんな彼の肩を軽く押すような形で、土方は道場を出ようとした。
その間際、鈴音を振り返る。
「お前は部屋に戻ってろ。
勝手にうろちょろ部屋から出たりするんじゃねぇぞ。
誰かが呼びにこない限り外にはでるな、分かったな。」
「あ。」
土方を呼び止めたかったが、彼女の声は届かず、
うまく引き留めることができなかった。
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