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9.人見知りぼっち令嬢、後悔の末に奇跡を見つける。
しおりを挟む――――後日、自宅にて父に呼び出されたレイネは今回の事の顛末をそこで初めて聞かされる事になった。
「――という訳でカイゼン殿下は廃嫡の後、国外追放。サージュ嬢の実家は断絶、彼女自身も殿下……元殿下に着いていく形で同じく国外追放となった」
「…………そう、ですか」
「それと、殿下の私兵である実行犯の集団は軒並み刑が決まっており、特に奴らの頭でお前を直接襲った暗殺者に関しては拷問の後に極刑だそうだ」
「……そう、なんですか」
「全く、お前の策に乗って様々な証拠を押さえたというのに……あのバカ王子が阿呆過ぎて必要がなかったな」
「……それは良かったですね」
自分も多大な被害を受けた今回の出来事……その顛末を聞いたというのに、レイネ当人はどこか上の空で、先日、大立ち回りを演じたのと同一人物とは思えなかった。
「……はぁ、これではすっかり元通りだな」
ここ最近の娘の変わり様を内心、喜んでいただけにレイネの父は落胆のため息を漏らすも、当の本人はそれに気付いた素振りすらなく、ぼうっと虚空を見つめている。
「おい、聞いているのか?」
「…………もう話が終わったなら部屋に戻りますね。失礼します」
「あっ、お嬢様、お待ちください!」
メイドのイリアが止めるのも気にせずに踵を返して部屋を出ようとするレイネ。そこに覇気こそないものの、以前のような怯えはなくなっていた。
「…………なるほど。全く元通りという訳ではない、という事か」
出ていった娘の後ろ姿に少し口の端を緩めたレイネの父はそう呟くと、陛下から届いた書状に目を落とし、これから先の事に思いを馳せたのだった。
「――――ごめんなさい。しばらく一人にしてください」
ついてきたメイドのイリアをそう言って追い払い、部屋に戻ったレイネはそのままベッドに飛び込み、仰向けになって大きなため息を吐いた。
「はぁ……疲れた…………」
腕で顔を隠すように目を瞑り、レイネは一人、そう呟く。
(いつも通りの日常、いつも通りの私の部屋、元通り身体を動かす事もできるようになったけど、もう一人の私はもう…………)
あの騒動の後、意識を失ったレイネが目覚めると、もう一人のレイネ?は消えてしまっていた。
あまりに突然の別れ、身体の主導権こそ元には戻ったが、レイネの心にはぽっかりと穴が空いてしまい、まるで半身が捥がれたような気さえしていた。
だから目を覚ましたレイネに控えていた重役や陛下が様々な質問をぶつけてくる中でも、それどころではなく、答えないまま、体調がすぐれないの一点張りで押し通して家へと逃げ帰り、今に至る。
「……貴方は一体どこに行ってしまったの?……どうして私の中に現れたの?……どうして……どうして私を助けてくれたの?」
虚空に手を伸ばし、問いかけるも、当然ながら返ってはこない。どこの誰か、名前も本当の姿も知らないまま、お礼も、想いも、何も言えない別れは後悔ばかりを募らせる。
「知りたい……声を聞きたい……もっと、もっとお話ししたい……それなのに……もう会えないのかなぁ…………」
想いを口にしていく度に感情が溢れ、熱い吐息と共に涙が頬を伝い落ちる。
きっと誰かに話したところで彼女の妄想と一蹴されて理解はされないし、想いが届く事もない。
これから先の長い一生、この想いは彼女の心の中で燻らせるしかないのだろう……それこそ奇跡でも起こらない限りは。
もう一人のレイネ?と別れてから抜け殻のごとく、より一層、心を閉ざして過ごす中、陛下からレイネに召喚状が届いた。
正直、レイネの心情としては断り、突っぱねたかったのだが、流石にこれを無視する事はできないと無理矢理送り出されてしまい、暗い面持ちのまま王城へと赴く事に。
(きっと騒動の事を聞かれるんだろうけど、私には何も言えることがない……まあ、もうどうでもいいや……)
全てがどうでもよくなった今のレイネには以前のような怯えはなく、陛下や重役たちに詰め寄られたところで淡々と答える事ができるだろう。
それを成長と呼んでいいのか分からないが、少なくとも、今のレイネの精神状態が健常とは言えないのは確かだ。
「――――?あの、謁見の間は反対方向じゃ……」
王城に到着し、世話役の案内の下、歩いていたレイネが進む方向に違和感を覚え、尋ねる。
「……陛下からはこちらに案内するよう言いつけられておりますので」
「はぁ、そうなんですか」
あの騒動の事を聞くだけだから、わざわざ謁見の間を使う必要はないのかなと勝手に解釈しながら、世話役の後についていくと、とある部屋の前で立ち止まった。
(ここは……何の部屋だろう?)
王城の内部構造に詳しいわけではないレイネだが、それでも謁見の間のように重要な部屋の場所くらいは把握している。
しかし、目の前の部屋に覚えはなく、また扉からの大きさからここは個人のものである事が察せられ、それもレイネの困惑を加速させていた。
「――着きました。この中でさるお方がレイネ様の事をお待ちでございます」
「さるお方?それは――――」
「案内はここまででございます。外で待機しておりますのでどうぞ。ご入室ください」
聞き返すよりも早くそう言われてしまうと、レイネはその言葉に従う他ない。
「……失礼します」
扉の真横を陣取って待機する案内役を後目に、ノックをしてから扉を開け、中へと足を踏み入れたレイネ。
部屋の中は王城の一室という事を考えると、簡素な造りで、部屋の中心に備え付けられたテーブルと椅子に見覚えのない男性がレイネの方に視線を向けていた。
(……誰だろう、この人……見覚えがないけど)
簡素とはいえ、王城の中に一室構えるという事はかなり地位の高い人物なのだろうが、レイネには全くと言っていい程、見覚えがない。
人見知りであまり外に目を向けてこなかったものの、レイネは腐っても貴族の令嬢だ。
その彼女が見覚えすらないというのは少し不自然と言えるだろう。
「……初めまして。私はシュトラウゼン家が長女……レイネ・シュトラウゼンでございます」
見覚えがないと言っても、高い地位にいるであろう人物を前に失礼を働くわけにはいかないと、レイネはスカートの裾を持ち上げ、丁寧にお辞儀と挨拶をする。
おそらく、以前ならこんな状況でここまで冷静にはなれなかったんだろうなと心の中で自嘲の笑みを浮かべるレイネへ、この部屋の主がどこか困ったような声音で声を掛けてきた。
「…………まあ、確かに初めましては初めましてだが……まさかお前が初対面の相手にそんなすらすらと丁寧な挨拶ができるとは思わなかったな」
「…………はい?」
初対面の筈なのにまるで見知った態度を取ってくる男性に思わずレイネは怪訝な表情で返してしまう。
「……流石に分かる筈もないか。俺だ、ほら、俺」
「…………えっと、すいません。やっぱり貴方に見覚えは――――」
そこまで言い掛けたところでレイネはとある可能性に気付き、目を見開いて声を震わせる。
「っま、さか……貴方は…………」
「……気付いたみたいだな。そう、何を隠そうこの俺がついこの間までお前の中にいたもう一人のお前――――」
その答えで確信を持ったレイネは男性……元レイネ?が言い終えるよりも前に動き出し、衝動のまま、思いっきり抱き着いた。
「うおっ……ちょっ、おまっ、何を…………」
「っ良かった……っもう、もう会えないって思って……うっ、ああああぁぁっ…………!!」
溢れだした感情は取り留めのない言葉と共に涙となって流れ落ち、部屋の中にレイネの泣き声が響く。
「……悪かったな。何も言わずに消えて」
「うっ……ほ、本当ですよぉ……わ、私が、どれだけ……想って…………」
抑えの効かない感情を吐露するレイネを抱きとめた元レイネ?は彼女が泣き止み、落ち着くまで為されるがまま、その想いを受け止めた。
「――――少しは落ち着いたか?」
抱き合ったまましばらくして、ようやくレイネも落ち着きを取り戻したらしく、羞恥のあまり耳まで真っ赤になった顔を隠しながら答える。
「…………ご、ごめんなさい。その、私、うぅ」
「……別に気にしてないから大丈夫だ。まあ、その、なんだ。ひとまず座れよ。色々と聞きたい事もあるだろうからな」
気にしていないと言いつつ、元レイネ?の耳が薄っすら赤くなっているのだが、自らの羞恥でいっぱいいっぱいのレイネはそれに気付かないまま、向かいの席に腰を下ろし、呼吸を落ち着けて、疑問に思った事を一つ一つ尋ねていく。
まず、どうして突然消えたのか、それは謁見の間であの鎖を使った事が原因だとの事だった。
あの鎖は元レイネ?の家系で稀に現れる特殊な能力で、本来の用途は人と人との精神を繋ぐものらしい。
それが何かの拍子で発動し、死にかけていたレイネの精神に元レイネ?が記憶のない状態で宿った事で一連の騒動に繋がったようだ。
「……元がそういう能力なのを無理矢理、具現化させて使った反動がきたんだろうな。その結果、繋がりが切れて、元に戻ったって訳だ」
「そう、だったんですか……」
能力云々の話の時点で驚きだが、元レイネ?の口から出た次の言葉にレイネはさらなる衝撃を受ける事になる。
「それで、だ。本題はここまでずっと言ってなかった俺の素性とここに呼んだ理由の方なんだが……あー……その、実は俺、この国の第二王子でな?今回、廃嫡されたカイゼンの奴の代わりにお前と婚約する事になった」
「…………へ?だ、第二王子……?え?だ、誰と誰がこ、婚約?」
「…………いや、だから、俺とお前がだけど」
「……………………ええええええぇぇっ!?」
衝撃の一言を受け、漏れるレイネの叫び声はこの部屋どころか、王城内に響き渡り、何事かと護衛が何人も駆け込んでくるのだが、それはまた別のお話。
そして時は流れて行き、巷ではとある噂で持ちきりになる。
その噂とは原因不明のまま床に臥せっていた第二王子がシュトラウゼン家の令嬢と婚約をしたというもの。
ずっと虐げられていたシュトラウゼン家の令嬢をその魔の手から救い、謀反を起こした元婚約者の第三王子を断罪し、様々な苦境を乗り越えて婚約した二人の物語めいたその噂は多少の脚色はあれど、国民達の絶大な支持を受け、後世へと語り継がれていった。
まあ、当の本人達はそんな美談じゃないと恥ずかしがり、後に生まれる子供たちの耳に入らないよう、四苦八苦したとか、しないとか。
なんにせよ、そこから先、引っ込み思案で人見知りでぼっちなとある貴族の令嬢が、幸せに暮らした事はここで語るまでもない。
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