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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女

第123話 死遊の魔女と身勝手の果て

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「ッありえない……!こんなの……このボクが……!!」

 斜めに上半身と下半身を分断されてなお、喚き散らすガリストだが、『一閃断絶アリアディミコン』の効果は正しく機能しているようで、再生する様子もない。

 不死の特性を持つ〝醒花〟の影響で死んでこそいないものの、あんな状態で戦う事はできないだろうし、私達の勝ちと言っていいだろう。

 本当ならブレリオの仇として自分の手で止めを刺したいところだけど、もうそんな力は残ってないし、色々聞かなければならない事もある。

 どのみち、後は事態に気付いたアライア達がきてくれるのを待つことしかできない。

「っルーコちゃん……無事でよかった……」
「ぁ……ノルンさん…………」

 もう指一本すら動かせない状態でノルンに抱きかかえられる私。いつも心配かけてばかりだなと思いながらも、安心させるように笑顔を返した。

「ッ……ふざ……けるな!何を……終わった気でいるんだ……まだボクは…………」
「――――お、こっちも終わってたか」

 激昂するガリストの声をかき消すように何かを引き摺って現れたのは〝剣聖〟の死体人形と戦っていた筈のレイズだった。

「ば、馬鹿な……なんでお前が……ボクの〝剣聖〟と戦っていた筈じゃ…………」
「ん?ああ、流石に〝剣聖〟の死体人形だ。中々に楽しめたぞ――――ほら」

 ガリストの疑問に一瞬、小首を傾げたレイズは意図に気付き、引き摺っていた何か……〝剣聖〟の死体人形だったものを前へ放り投げる。

「ッ…………!?」
「多少、動きが悪くはあったのが残念だが、再生力で長く楽しめたのは良かった。ま、この俺を殺すには全然、足りなかったがな」

 満足げに語るレイズの言葉に絶望の表情を浮かべて絶句するガリスト。

 身代わりは潰され、自身の〝醒花〟も破れた今、最後に残った切り札の〝剣聖〟までもが壊されてしまったのだから、その表情を浮かべてしまうのも無理はない。

「……もうこれで終わりだ〝死遊の魔女〟……今までお前が弄んできた人達に謝りながら後悔しろ」

 私自身はもう指一本動かせないから止めを刺す事はできない。けれど、ガリストもまた、あんな状態では何もできない筈だ。

「終わり……?このボクが……?まだ何も……あの人だって…………」

 目を見開き、壊れた人形のようにぶつぶつと呟くガリストの姿に少し思うところはあるが、ここまでの非道な行いや所業を考えれば同情の余地はないだろう。

「……もう少ししたらアライア……〝創造の魔女〟がくる。そうしたらお前達の事を色々喋ってもらうぞ」

 さっきまで上機嫌だったレイズもガリストの様子は見るに堪えなかったらしく、声を落として淡々とそれだけ告げると踵を返して私達の方に足を向けた。

「――――それは困る。まだ私達の存在を公にされるのは勘弁願いたい」
「「っ……!?」」

 突如として聞こえてきた第三者の声に私とノルンが驚き、レイズは目を細めてその方向を見やる。

「ぁ…………スズノ……?」
「……何とも無様な姿になった。滑稽過ぎて笑いも出ない」

 薙ぎ倒された木々の間を縫ってやってきたのは街での騒動後に現れたガリストの仲間の一人……スズノだった。

「お前がなんでここに……?ボクは誰にも言ってないはず…………」
「貴殿の勝手な行動は目に余るとソフニル殿から監視を命じられたから。まあ、命はそれだけじゃないけど」

 冷ややかにガリストを見下ろすスズノの目はおおよそ仲間に向けるのものではなく、剣呑な鋭さを孕んでいる。

「……お前が〝神速の剣鬼〟スズノ……アライアの奴に聞いてはいたが、仲間を助けに来たのか?」
「……そういう貴殿は〝絶望の魔女〟……その問いに答える義理はないけど、状況的にはそう見えるのも仕方ない」
「おいっ何を呑気に話してるんだよ!さっさとボクを助けろ!!」

 少し挑発するような視線と共にぶつけたレイズの問いに対し、スズノが小首を傾げながら答えると、そのやり取りに焦れたガリストが苛立ちを露わにして声を荒げた。

「はぁ……そんな状態になっても性根は変わらないと……それじゃあ、さっさと用事を済ませるに限る」

 小さな溜息を一つ吐いたスズノはそういうと、片足をとんっと鳴らして一瞬の内に倒れているガリストの側まで移動する。

 その速度は〝醒花〟を使用したレイズよりも速く、私の目には何も映らなかった。

〝神速の剣鬼〟……流石に今の私やノルンさんじゃ相手にもならない……もうレイズさんに任せるしか……

 身体が動かない中、新たに現れた脅威にどう対処すべきか思考を巡らせていると、傍らに立ち、ガリストを見下ろしていたスズノが思いもよらぬ行動に出る。

「がッ……!?ス……ズノ……何を…………」

 一瞬、スズノの手元が動いたかと思えば真っ二つになったガリストの上半身に衝撃が走り、赤黒い血が派手に飛び散った。

「……ん?一撃で心臓を切ったのにまだ喋れるなんて……流石にしぶとい」

 再び小首を傾げ、僅かに眉を吊り下げるスズノ。仲間を斬ったというのにそこには何の感慨もなく、ただ一撃で殺せなかったという不満だけが浮かんでいるように見える。

「っ……!」
「仲間を斬った……?」
「……なるほどな。それがお前の目的か」

 衝撃の出来事を前に呆然とする私達とは違い、一人冷静にスズノの目的を看破したらしいレイズが呟くような声で問いを投げかけた。

「そう、私の役目はガリストが敗北した場合の後処理。止めを刺されなかった時、情報が漏れないよう口を封じるためにきた」
「かふっ……ど、どうして……ボクは……まだ何も…………」

 淡々と答えるスズノに瀕死のガリストが手を伸ばしながらどうしてと尋ねる。

 確かにスズノの役目が口封じだというのなら何も殺す必要はない。ただ、そのままガリストを抱えてこの場から離脱するだけでいいのだから。

 あの速度ならこの場にいる誰も追いつけないし、その方がガリストという戦力を失う事もなく済む筈だ。

「……確かに貴殿は何も喋ってないし、私ならこの場から貴殿を抱えて逃げる事も可能。しかし、ソフニル殿から勝手をした末に負け帰るようなら処分するようにと言われている」
「なっ……ボクが……いなければ……これからの……計画に支障が…………」
「これはソフニル殿からの伝言。〝ガリストさん、貴女の役目はもう終わりました。ありていに言えば用済みです〟と」

 スズノの口から告げられた衝撃の言葉に絶句し、口をパクパクさせるガリスト。仲間だと思っていた相手に用済みだと処分されかけているのだからそうなるのも無理はない。

「…………ッふざける――――」
「五月蠅い」

 はっと我に返ったのか、ガリストが激昂して声を上げようとしたその瞬間、スズノが鬱陶しそうに呟いて腕を振るい、あっさりとその命を刈り取った。

「あのしぶとかった〝死遊の魔女〟を一撃で…………」

 いくら弱っていたとはいえ、不死の〝醒花〟はまだ継続されていた。

 にもかかわらず、それを関係ないと斬り殺したという事は、スズノの一撃が私の『一閃断絶』と似たような効果を持っていたのかもしれない。

「…………これで私の役目も終わり。そろそろ帰る」
「……このまま何もなく帰れると思っているのか?」

 もう興味はないのか、ガリストの死体から視線を外し、踵を返してきた道を戻ろうとするスズノへ、戦斧を構えたレイズがそう言い放つ。

「うん、名残惜しいけど、今日はここまで……あ、そうだ。そこの……えーと……エルフの子。貴殿の一閃は凄かった。またその内、斬り結ぼう」
「へ……?」

 向けられる殺気をどこ吹く風と受け流し、レイズの言葉にそう答えたスズノは思い出したかのようにそれだけ言い残すと音もなくその場から消えてしまった。
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