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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女
第122話 死遊の魔女と花開く境地
しおりを挟む目の前には不死の〝醒花〟によって完全に再生したガリスト。
それに対してこちらは『魔力集点』の反動でまともに動けない私と魔力切れが近いノルン。
どう見積もっても勝ち目はなく、逃げる事も叶わない状況……希望があるとすれば〝剣聖〟の死体人形と戦っているレイズが戻ってくるか、異常に気付いたアライアが駆けつけてくれる事だが、そんな都合の良い展開にはならないだろう。
……このままじゃ私達は殺され、死体人形の仲間入りは確実だ。救援も望み薄な以上、自分達でどうにかするしかない。
とはいえ、もう魔法はおろか、動く事すらままならない身で出来る事なんて無いに等しく、それはノルンも同様だ。
だから本来ならどうにかしようもないのだが、今の私には賭けられる可能性が残っていた。
「……ノ……ルン……さん……少し……だけ……時間を……稼いで……くれます……か」
「っルーコちゃん何を…………ううん、分かったわ。残りの魔力的に厳しいけど、やってみる」
そんなぼろぼろの状態でどうしようというのか、という疑問を呑み込み、ノルンはそれ以上、何も聞かずに私の言葉に頷いてくれる。
〝魔女〟を相手に魔力が残ってない今の状態では時間稼ぎをする事すら困難なのはノルンだって重々、理解しているはずなのに、それでも二つ返事で了承してくれたのはひとえに私を信頼してくれたから。
なら私はその信頼に応えなければならない。
たとえ、どんな危険や代償が待っていようと、だ。
「――――話し合いは終わった?じゃあもういいよね」
「……そうね。そろそろ決着をつけましょう」
首を鳴らし、だらりと構えるガリストを前にノルンは少し離れた場所に私を降ろして杖を構え、影の刃を生成して駆け出した。
ノルンが決死の覚悟でガリストに仕掛ける中、私は倦怠感の残る身体をどうにか動かし、懐からあるものを取り出す。
……ノルンさんが稼いでくれた時間を無駄にするわけにはいかない。覚悟を決めろ私。
取り出したそれ……『魔力転延』によって抽出した魔力の結晶を口に放り込み、奥歯を使って嚙み砕いた。
「がっ……!?ぐぅっ……あああああっ!!」
全身へ内側から食い破るような感覚が走り、吐き気や苦痛が込み上げてくる。
以前、実験として小さな欠片を呑み込んだだけでも耐えかねる衝撃が襲ってきたのに、今回はまともに抽出した魔力の結晶だ。
襲ってくる苦痛もその時の比ではなかった。
ッ耐えろ……ノルンさんの信頼を裏切るな……一瞬で良い……ただ一つの魔法を使えればそれで…………!
のたうち回り、叫び出したくなるような苦痛を無理矢理呑み込んでこのために考えていた呪文を口にする。
――――『痛点無否』
瞬間、全身の魔力がごっそりと消費され、さっきまで身体を苛んでいた苦痛や圧迫感が嘘のように消えた。
「ふぅー……ひとまずこの魔法は上手くいった。問題はここから――――」
魔力切れで喋る事すらまともに出来ない状態をようやく抜け出し、大きく息を吐き出した私は懐からもう一つ、魔力の結晶を取り出して再び口の中に放り込む。
……これを取り込めばどうなるか、正直、分からない。もしもの時は身体が爆散したっておかしくない程の無茶だって分かってる。
でも、これ以外に選択肢はない……だから――――
意を決して魔力の結晶を噛み砕き、自身に内包されている以上の魔力が一気に身体から溢れ出す。
「何……?この魔力……」
「ルーコ……ちゃん……?」
戦っていた二人が私の異常ともいえる変化に気付き、反応するが、それに構っている余裕はない。
なにせ、身体がいつ弾けるともしれないし、今の私はその予兆すら分からないのだから。
……魔力の上乗せなんていう無茶な行為を辛うじて成立させるために作った魔法だけど、あれは苦痛や異常をなかった事にするわけじゃない。
ただ目と耳以外の感覚を麻痺させて誤魔化しているだけ……自分の身体の警告を無理矢理、無視しているからいつ爆発してもおかしくはなかった。
そんな綱渡りの最中、身体を動かしているのに感覚がないという不思議な状態のまま、私は倍以上に膨れ上がった魔力を中心に集め、それを言葉にする。
「〝命の原点、理を変える力、限界を超えて手を掛ける……それは全てを捻じ伏せ、全てを歪める魂の灯火……凡なる才も燃やし尽くせば先へ至る…………これが逆転する魔力の深淵――――〟」
紡ぐ詠唱は私だけのもの。
凡人の私では限界まで魔力を絞り尽くす『魔力集点』でもその境地に至れない。
ならばそれさえ超えて出力するできれば、一瞬だけでもそこへ辿り着く事ができる。
それこそが才能という理さえ歪め、刹那の時だけ至る私だけの境地。
「〝駆け抜けろ〟――――『醒花・魔力終転』」
呪文と共に花開く空色の魔力。絶大といえるそれは空気を震わせ、森全体に響くような唸りを上げ私を包み込む。
「ルーコちゃん……その姿は…………」
〝醒花〟に至った私の魔力は身体の方にも影響を及ぼし、髪の毛に輝く白銀が混じり、その瞳が深紅に染まった。
「ッそんな馬鹿な……ありえない……ありえない!!」
〝魔女〟でもない……まして才能もないただのエルフの子供が〝醒花〟に至った目の前の現実を否定したいらしいガリストはそう喚き散らすが、そんなものに付き合っている時間は生憎とない。
なにせ今の私の活動時間は十秒しかないのだから。
「ッ!?」
〝醒花〟状態で強化魔法を纏い、一秒を使ってガリストへ肉薄、もう一秒を使ってその身体を天高く蹴り上げる。
――――残り六秒。
いくら〝醒花〟に至ったとはいえ、ただの攻撃では不死である〝死遊の魔女〟を倒せない。だからこそ私はさらに先へと手を伸ばす必要があった。
「〝吹き荒れる風、瞬く刃、軌跡は阻めず、決して逸れず、立ち塞がる全てを一閃に伏す――――〟」
左側に両の手を腰だめへ、上半身を屈めて剣を抜き放つような仕草と共に狙いを定めてその一閃に〝醒花〟の全てを乗っける。
――――残り三秒。
加速していく思考に比例してゆっくり流れる風景の中、詠唱は為った。後はこれを解き放つだけ――――
『一閃断接』
抜き放たれたそれには派手な威力も、轟くような音もない。ただただ静かに狙いを定めた対象を両断する……それだけの魔術だ。
「…………は?」
しかし、それ故に効果は絶大。
〝醒花〟状態でしか放てないこの魔術は断ち切るという概念を相手に押し付けるため、いかな防御だろうと意味を為さず、どんな手段を用いても癒す事は叶わない。
きっと、くらったガリスト本人は何が起こったか、知覚もできなかっただろう。
呆気に取られた表情のまま、空中で身体が斜めにずれ落ち、静まり返る中でどちゃり、と水っぽい音だけが響いた。
――――残り一秒。
ガリストが地面に落ち伏すのを確認したと同時に時間が切れて私の〝醒花〟は終わりを迎え、髪も瞳も元に戻り、内に止まっていた魔力が全て霧散していく。
「これで全部終わり…………あ――――」
これが凡人が無理矢理〝醒花〟に足を踏み入れた代償なのだろうか。
苦痛も、倦怠感も、何も感じず、自分の意思では瞬き一つ、一切動く事ができなくなった私はそのまま力なく前のめりに倒れ込んだ。
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