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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女
第114話 絶望の魔女と影の舞踏会
しおりを挟む「――――〝日が沈み延びる影、暮れ落ちる光に染める闇、拡がれ、呑み込め……我が意を汲んで纏うは闇…………〟」
迫りくる魔物達の悍ましい姿を前にしてもなお、乱れずに響く詠唱は拡がった影を操り、杖を掲げたノルンの元へと集めていく。
――――『影纏黒衣』
辺りを覆う程の影が呪文と共にぐるぐると集束、ノルンを呑み込み、まるで衣服のようにその身体を包み込んだ。
「綺麗…………」
その身を包むのはおおよそ戦闘に相応しい恰好とは言えないひらひらとした黒衣。
ノルンの長く美しい黒髪と相まって彫刻染みた美しさを放っており、それを目にした今が戦闘中だという事も忘れて、思わず見入ってしまう。
「……初めて見るな。あの子の魔術は」
どこか嬉しそうで、普段は見せない慈愛を孕んだ表情を浮かべたレイズの呟きが聞こえてくる。きっと、かつて師だったレイズなりに思う事があるのだろう。
「……さて、それじゃあいくわよ――――」
黒衣に身を包んだノルンは格好に見合わない巨大な鎌を片手に魔物達に向けて駆け出した。
「ウッウォォォォォッ……!」
駆け出したノルンに対してまず最初に仕掛けてきたのは巨大な体躯と異常に発達した腕が特徴な二足歩行の魔物だった。
「ラリアクルエイプね。膂力が脅威ではあるけれど、それに気を付けていれば……」
「フシュルルル……ッ」
目の前の相手を見据えていたノルンへ横合いから今度は別の……以前、私が倒したダイアントボアのような魔物が襲い掛かってくる。
「ッノルンさ――――」
「その程度で不意をついたつもりなのかしら?」
危ないと私が声を上げるよりも早くその不意打ちに反応したノルンはそう言って笑い、仕掛けてきた魔物を無視してそのまま目の前の相手に向かっていった。
「フシュルルッ……」
「なっ!?」
死体人形であるその魔物には驚くと言った感情はないはずだが、それでもこの時ばかりは私と同じ反応をしていたように思う。
なにせ、はためいた黒衣の裾が巨大な魔物の一撃を受け止めていたのだから。
あの黒衣は一体どうなってるの……?あの巨大な魔物の一撃をいとも容易く、振り向きすらしないまま受け止めるなんて……。
おそらくあの黒衣こそがノルンの使った魔術そのものなのだろうが、あんな薄い形状であそこまでの強度を誇るのは異常の一言に尽きるだろう。
「ガルァァァッ……!」
「……遅い」
仲間の攻撃が止められた事で生前の本能が今のノルンの危険性を感じ取ったのか、残る四足の魔物が咆哮と共に襲い掛かろうとするも、黒衣の裾が伸びて拡がり、その体躯をあっという間に絡めとってしまった。
「ウッウッウォォォ…………」
残る二足の魔物はまるで恐怖に駆られたかのように叫ぶと、腕を思いっきり掲げて、見るからに大振りな一撃を繰り出そうとする。
「――その無謀と短慮は高くつくわよ?」
すでに二足の魔物の目の前までやってきていたノルンは迫る大振りな一撃をものともせず、手に持った大きな鎌を思いっきり後ろに引いた。
魔物とノルン、互いに防御を考えていないように思える大振りな一撃の交錯は、しかして一方の蹂躙によって決着がつく。
「ッ――――」
当然というべきか、交錯の末の勝者はノルンだ。
あの瞬間、振り抜こうとした鎌とは別に彼女の黒衣から膨大な量の影が吹き出し、二足の魔物が繰り出そうとした一撃を包み込むように受け止めてしまった。
互いに大振り、防がれてしまえばそれは一方的な隙になる。
ノルンの繰り出した鋭く大きい一撃を食らった二足の魔物は斜めに切り裂かれ、叫ぶ間もないまま、上半身と下半身がずれ落ちた。
「……念には念を入れておきましょうか」
ずれ落ち、身動きの取れなくなった死体人形に向けてノルンが手を掲げると、黒衣の袖が伸び、影がそれらを呑み込み、跡形もなく圧し潰してしまう。
「さて、次は――――」
「フシュルルッ…………」
一体目を倒したのも束の間、黒衣の裾に止められていたダイアントボアもどきが一度退いて影をかわし、再度、攻撃を仕掛けてきた。
「そう、なら…………」
その攻撃に対してノルンは四足魔物の拘束をそのままに黒衣の裾を翻し、そこから生み出した影を使って跳躍、ダイアントボアもどきの上を取る。
そして空中で一回転、勢いと遠心力を乗せ、手に持った大鎌を思いっきり振り抜いた。
「フシュ――――」
振り抜かれた大鎌から大量の影が生み出され、鋭い斬撃となってダイアントボアもどきへと降り注ぎ、断末魔さえ切り裂く。
腐敗故か、黒く濁った血液を撒き散らしたダイアントボアもどきに最早、動く気配はない。というより、あそこまでぶつ切りにされてしまえば構造的に動けないといった方が正しいか。
「これで二体……いや、三体かしらね」
ふわりと音を立てずに着地したノルンがそう呟くと同時に四足の魔物を拘束していた影が惨い音を立てて圧縮し、原形の止めない肉の塊を作り出した。
「一級以上の資格が推奨されている魔物をあの一瞬で…………」
目の前で繰り広げられた光景に私は呆然と言葉を漏らす事しかできない。
いくら生前よりも性能が劣るとはいえ、特有の再生能力を加味すれば元より厄介な死体人形の魔物達を瞬殺したノルンの魔術は驚愕の一言に尽きる。
「ふむ、最初に生み出した膨大な影をあの黒衣として圧縮していると……まあ、あの塊をそのまま操るよりは効率的か……」
腕を組んで指をとんとん鳴らし、ぶつぶつとノルンの魔術を解析するレイズ。
あの一瞬の攻防で魔術の詳細をある程度、見抜くのは流石と言えるが、私はそれよりもノルンの生み出した結果の方に目がいってしまった。
ノルンさんが強いのはもちろん知っていたけど、ここまでなんて…………。
正直、これならジアスリザード討伐の時だってノルン一人で事足りたのではとさえ思ってしまう。
……いや、もし本当に一人で倒せたのならノルンさんはそうしている。それをしてないって事は何か理由があるはず。
おそらくそれはあの魔術に由来するもの。そして単純に考えればその理由は――――
「ギュルルァッ…………」
「オオオォォォッ…………」
「フグルルルッ…………」
そこまで考えたところで茂みの奥からさっきの魔物達とは別の鳴き声が聞こえてくる。
「……まあ、あれで終わるわけはないと思っていたけど、ちらほらと魔物以外の死体人形もまた出始めたわね」
大鎌を肩に掛け、黒衣を翻したノルンは片足のつま先を地面へ打ち、影を拡げてあるものを作り出した。
「あれは……人の影……?」
ノルンが作り出したのは影で構成された人形。彼女と同じ背格好をした影の人形は次から次へと現れ、最終的には七体にまで増える。
「――――行きなさい。私の影人形」
静かな号令と共にそれぞれ駆け出した影達は魔物以外の死体人形へ襲い掛かり、その首を刎ねて続々と行動不能に追い込んでいく。
「凄い……これなら…………」
「……いや、そう上手くはいかないみたいだな」
圧倒的に優勢ともいえるこの状況でノルンの技量に感嘆し、呆気に取られる私と違い、冷静に事態を観察していたレイズの口から不穏な言葉が漏れた。
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