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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女

第110話 絶望の魔女とある思いつき

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 魔力の物質化に注力してからの一週間の修行は私が思っていたよりも遥かにきついものだった。

「――そうじゃない。もっと放出量を意識しろ。もう一回」

 腕を組んだレイズから、もう何十、何百となるやり直しの要求を受けて辟易しながらも、私は再度、挑戦を試みる。

っ……何回やっても圧縮からの成形が上手くいかない……魔力の調整が甘いってこと?

 何度もこの動作を繰り返しているおかげか、体内の魔力を感じ取って集め、掌から放出するところまでは問題ない。

 というか、そこまでの工程は魔法の使用原理とほとんど変わらないため、できて当然まである。

 そこから魔法ではなく、魔力そのものを体外に出力する時に多少の苦しさはあれど、練習を始めた初期に比べれば自然といえる域まで昇華する事ができているだろう。

 だが、問題はその後の工程、出力した魔力を物質化するために維持して固め、形成するところでいつも霧散し、失敗してしまう。

 それはひとえに、魔力そのものを体外に出したまま操るという事が異常なまでに困難だからだ。

 例えるなら暴風が吹き荒れる中で小さな針の穴に糸を通そうとしているようなもの。

 ただでさえ繊細な作業なのに、針も糸もそれを動かす手先さえ、暴れ狂う風で思うように動かなければ失敗するのは必至。成功のしようがない。

「……どうにも放出量とそれを抑える魔力の均衡が保ててないように見えるわね。まあ、そんな事は当事者のルーコちゃんが一番分かってるでしょうけど」

 木陰から私とレイズのやり取りを見ていたノルンがぼそりと聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。

「……分かっていてもそこの調整が難しいって事だろ。ほら、ルーコ。もう一度だ」
「ぅ……はい、分かりました」

 ノルンの呟きにそう答えたレイズは何度も失敗して不貞腐れ、手を止めていた私に再開するよう詰めてくる。

 そこから何度も何度も、何のきっかけも掴めないまま失敗が続き、悪戯に魔力が消費されていった。

「はぁ……はぁ……っはぁ…………」

 成功していないとはいえ、体外に魔力を放出した時点でそれは霧散する。

 ただでさえ魔力の量が多くはない私だ。放出量を最低限にしていても、こう何度も失敗が続けばあっという間に魔力が底を尽きてしまう。

「……一旦、休憩だな。そろそろ昼にもなるし、再開は飯を食ってからにするか」

 息を切らして倒れ込んだ私を見下ろし、レイズが片目を瞑ってその場を後にする。たぶん、ウィルソンが用意してくれたお弁当を取りに行ったのだろう。

「……上手くいかないなぁ」

 地面に倒れたまま寝返りを打って手足を投げ出し、腕で顔を覆い隠してぼやく。

 始めて四日目、成功する兆しすら掴めない。正直、ここまで上手くいかないと、魔力操作以前に根本的な部分に問題があるのではないかと思ってしまう。

「――お疲れ、ルーコちゃん。大丈夫?」
「あ、ノルンさん……ありがとうございます」

 ぼやきを聞いていたのか、ノルンが少し心配した様子で手に持った水筒を差し出しながら声を掛けてきたのでそれを受け取りつつ、お礼を言って立ち上がる。

「……魔力の物質化、どうにも行き詰ってるみたいね」
「…………はい……魔力操作の練度自体は上がってると思うんですけど、どうしても成功する気がしなくて」

 このまま続けていけばまだまだ魔力操作は上達していく見込みはあるのだが、根本的な問題、成功する姿が想像できない。

……魔力が底を尽きかけてたあの時は成功したんだけどな……量が増えるだけでこうも感覚が変わるなんて。

 極論、魔力操作の向上が見込めるなら、この技術の成否は修行に直接はない。なぜならこの修行の目的が〝醒花〟に至る事で、そのための魔力操作だからだ。

 正直なところ、修行が始まる時は〝醒花〟と関係ないように見えるこの修行に懐疑的だったが、ここまできたら成功させたいと思ってしまう。

「……ごめんなさい。魔法ならともかく、魔力そのものを出力させる事に関して私に助言できる事はないし……力になれそうにないわ」
「え、あ、いえ、そんな…………」

 目を伏せるノルンに気にしないでくださいと言いかけたその時、ある引っ掛かりを覚えた私はそこで言葉を止め、考えを巡らせる。

魔法なら……そうだ、そもそも魔力をそのまま出力するより、魔法の方が複雑な工程を踏んでるはずなのにどうして簡単に出力できるの?普通に考えれば加工をしていない分、魔力そのものを出す方が容易のはず…………。

 こんな単純な事にどうして今まで気づかなかったんだろうと思いながらも、その理由を頭の中で考える。

魔法との違い……やっぱり詠唱と呪文?でも、そうだとしたら無詠唱魔法はどうなるのって話だし……そもそも魔力の性質自体が変換しなければ霧散してしまうのと関係が……いや、あれは保存ができないってだけで出力そのものはできる……ううん、今の私でも出力自体はできてるから根本的な問題はやっぱり止めておく方法か…………。

 ぐるぐると回る思考の渦に呑まれながらも、頭の中で問題点をあげつらい、改善できるかどうかを吟味していく。

……思えばこの技術を最初に試した時はごっそり魔力を持っていかれそうになった。あれから何度も挑戦して、今でこそ少し苦しい程度まで魔力を調整できるようになったけど、それを考えれば確実に進歩はしてるはず。

 考えをまとめている最中に振り返った事できちんと自分が成長している事に気付き、できなかったという後ろ向きな気持ちが晴れ、より思考が鮮明になった私は新しい切り口からある考えへ辿り着いた。

「そっか。私はこれを技術として捉えていたけど、魔法……ううん、魔術として当てはめれば…………」
「……ルーコちゃん?どう――――」
「――おーい、こっちで昼にするぞ。さっさとこーい」

 黙り込んでいたかと思えば突然、ぶつぶつと喋り出した私を心配し、声を掛けようとするノルンだったが、お弁当を手に持ったレイズの呼びかけと重なり、機会を逸してしまう。

「……ほら、ルーコちゃん。アレが呼んでるから、考えるのはお昼を食べた後にしましょう?」
「っは、え、あ、はい……そう、ですね。そうします」

 肩を揺すられて我に返った私は半ば上の空のまま返事をしつつ、ノルンの後に続いてレイズの元へと向かった。


 お昼ご飯を食べ終え、少しの休憩を挟んだ後、私は試したい事があると言って、さっきまで考えていた事をレイズとノルンの二人にまとめて話した。

「――なるほど。確かにそれは試してみる価値はありそうだな」

 私の考えを聞いたレイズが片目を瞑り、感心した様子で頷く。

「……そうね。一から考えるとなると難儀しそうだけれど、それなら私も手伝えると思う」

 レイズと同様に頷いたノルンが顎に手を当てながら、ちらりと私の方を見た。

「……お願いします。私一人だと、どれだけ時間が掛かるか分かりませんから」

 手伝ってくれるというなら是非もない。今からやろうとしている事を考えればノルンの知識はかなり有用だろう。

 そこから私はノルンとレイズから助言をもらい、質疑応答を繰り返して日が暮れるまで試行錯誤を重ねた結果、ある程度の形を為す事に成功する。

これならいける……!後はこれを詰めていけば…………。

 二人からの助言をもとに作り上げたは、停滞していた修行を確実に前へと進めていた。
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