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第三章 魔法使いのルーコと絶望の魔女

第103話 絶望の魔女対全力の私

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 絶望の魔女レイズから修行をつける名目でやってきた森で、私は今まさにその張本人から逃走している真っ最中だった。

「――――ほら、どうした?逃げてばかりじゃ時間切れになるぞ」

 私の後ろから飛び掛かったレイズがそう言いながら勢いよく戦斧を振り下ろしてくる。

「ッ……『風を生む掌ウェンバフム』!」

 レイズの言葉に答えることなく私は強化された脚力で思いっきり横に跳ぶと同時に魔法を撃ち出し、加速してその場から一気に距離を取る。

 瞬間、レイズの打ち下ろした戦斧がさっきまで私のいた場所に直撃。凄まじい轟音を撒き散らして地面に断崖と見紛う程の亀裂を引き起こした。

「っ……あんなのが直撃したら跡形も残らないんですけど」

 レイズはただ戦斧を振り下ろしただけ、特別な事は何もしていない。にもかかわらずそれが引き起こした事象は私がどんな魔法を使っても比べられない程に大きく、洒落にならない威力をしている。

 まさに次元を隔する一撃。今の……いや、これからの私がいかに成長しようとも、その領域に辿り着く姿を想像できなかった。

加速して飛び掛かったとはいえ、ただ勢いよく振り下ろしただけでこの威力……これが〝醒花せいか〟の力なの……?

 もし、これがそうだというのならなるほど、あの時のレイズが魔女の戦いにしては地味すぎると言った理由も頷ける。

「……ハッ、避けたか。いい判断だが、その避け方では不十分だな」

 地面に深く刺さった戦斧をいとも簡単に引き抜いたレイズはそれを腰だめに構えて振りかぶり、真一文字に振り抜いた。

「なッ……!?」

 力に任せて振り抜かれた戦斧は鋭い風を引き起こし、周囲の木々を薙ぎ倒しながら私に襲い掛かってくる。

 そこに一切の魔法的要素はなく、単純な膂力で持って引き起こされた風の刃による攻撃だった。

ッ魔法じゃなくても風は風……!どれだけ威力があろうとやりようは――――

 そこまで考え至ったところで全身にぞくりとした悪寒が走り、咄嗟に真下へ風の塊を放って上昇した私は、そこに繰り広げられた光景を前に戦慄を覚えた。

「ただの……ただの一振りで地形が…………」

 眼下に広がるのは薙ぎ倒された木々の無残な姿。おそらく直感に任せて避けていなければあの二の舞になっていたであろう事は容易に想像できた。

次元が違うとは思ったけど、これはもう本当にどうしようもない……。

 私の力が一だとするなら、あれは百や千どころの話じゃ済まない。戦斧を振るう度に地形を変えるような相手とどう戦えというのか。

「――――呆けている暇はないぞ?死にたくなければ全力で耐えろ」
「っ…………!?」

 いつの間にか背後から聞こえてくる声に、振り向くよりも早く身体が反応する。

「ッ『暴風の微笑ウェンリース』!!」

 反射的に撃ったとはいえ、『魔力集点』状態の魔法……その威力は相手と自分を大きく吹き飛ばして余りあるものの筈だった。

「なっ……!?」

 巻き起こった暴風は目論見通り、私の身体を吹き飛ばした。けれど、暴風の向けられた先……肝心の相手であるレイズは、まるで何事もなかったように空中で身を翻し、私の方に向かって戦斧を振り抜いてきた。

 空気の爆ぜる音と共にそこから放たれるのは先程と同様の風による衝撃波だ。幸いというべきか、空中だった事もあり、威力は最初よりも大分抑えられていたが、吹き飛ばされているだけの私には避けようもなく、その衝撃波をまともにくらってしまう。

「がっ……!?」

 自分の魔法と受けた衝撃波によって加速した私の身体は物凄い勢いで地面に叩きつけられた事で一瞬、意識が飛びかけるも、辛うじて耐え、痛みでちかちかする頭を振ってどうにか立ち上がる。

危なかった……もし、全開状態の『魔力集点』での強化魔法がなければ今の一撃で死んでたかもしれない。

 痛みに耐えながら自身に治癒魔法をかけて、受けた傷を癒していく。

『魔力集点』状態だから私の治癒魔法でも大分回復できたけど、このままじゃあっという間に魔力が底を尽きちゃう……どうにか反撃の起点を作らないと……。

 ここまでの攻防で私は自身最大の切り札である『魔力集点』使ったにもかかわらず、攻撃を避ける事しかできていない。

 いや、まあ、魔女……それもその中でおそらく上位の実力を持つであろうレイズを相手に立ち回れている時点で『魔力集点』の恩恵は大きいけれど、それでも切り札をきって防戦一方のこの状況を良しとは言えなかった。

 昨日、戦った時もそうだったけど、この人相手だと『魔力集点』が機能しない……!

 『魔力集点』を使った状態の私をここまで一方的に追い詰めたのは絶望の魔女であるレイズだけ。それも今回は昨日と違って改良前……正真正銘、最大出力の状態でこの様だ。

 このままでは悪戯に魔力を消費し、あっという間に動けなくなってしまうだろう。

もうあまり時間の猶予がない……こうなったら一か八かだけど、今の私にできる最大最速の連携で勝負に出る。

 大きく息を吐き出し、両足に力を込めて踏み出した私は『風を生む掌ウェンバフム』を展開してさらに加速した。

「っ思ったよりも速度が出てる……けど、これならさっきみたいな奇襲は受けないはず…………!」

 吹き飛ばされたせいでレイズがどこにいるかは分からないが、今の私の速度なら襲撃されるよりも早く仕掛ける事ができる筈だ。

っ……流石にこの速度で低空飛行は無理だよね……なら――――

「高度を上げて速度を活かす……だろ?」
「ッ!?」

 ありえない、瞬間的に出てきた感情は現状を否定するものだった。だってそうだろう。視認も困難な速度、それもここまで見せていない出力での高速移動かつ、一瞬で超高度まで飛んだにも関わらず、レイズは先回りをしてみせたのだから。

これはもう速いとかそういう次元の話じゃない……!まるで私がどう動くか分かってるような…………!?

 追いついていない混乱する頭で考えようとするも、先にレイズが組み付いてきて思考が中断されてしまう。

「っ離れない……!」
「ハッ、どうした?このままだと落下の衝撃でぐちゃぐちゃになるぞ」

 組み付くレイズを必死に引き剥がそうとするが、『魔力集点』で出力の上がった強化魔法を以てしても離れず、見る見るうちに地面が近付いてくる。

このまま落ちてもレイズさんは自前の耐久と再生力でどうにでもなる……でも私はそうもいかない。強引にでも抜け出さないと。

 力ずくでの脱出に見切りをつけ、強化魔法を解いた私は自分の操作できる範囲を超えた魔力を込めて思いっきり風魔法を暴発させた。

「お――――?」
「まずっ――――!?」

 目論見通り、レイズを引き剥がす事には成功したものの、暴発させた魔法の威力が洒落にならないものになってしまい、発生した風の塊が周辺の倒れている木々を打ち上げて惨状を撒き散らしてしまう。

っ脱出はできたけど、この威力はちょっと予想外……とにかく今は着地の衝撃を和らげないと。

 どうにか魔法で衝撃を散らし、どうにか着地した私は口の中に入った砂を吐き出しながら、同じくどこかに吹き飛ばされたであろうレイズの姿を探す。

 幸い、レイズが振るった戦斧と私の暴発魔法によって視界は開けており、すぐにその姿を見つける事ができた。

「……どうせ無傷だろうと思ってたけど、何事もなかったみたいに立っていられると笑うしかなくなるね」

 レイズの方も引き攣った笑みを浮かべる私に気付いたらしく、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

「ふむ、どうやらその『魔力集点』もそろそろ限界みたいだな」

 声が届く程の距離までやってきたレイズはそう言いながら顎に手を当てる。確かに彼女の言う通り、この攻防が始まってからまだ大して時間も経っていないにも関わらず、『魔力集点』での消費はもうすぐ危険な域まで達しそうになっていた。

「……そうですね。流石に特訓でこれ以上の無茶はできませんから次で最後にします」

 ここまで消費したのにまだ一度もまともに攻撃を加えられていない現状では流石に勝つなんて言えやしない。ならせめて一撃だけでも当ててやろうと思い、残った使えるだけの魔力を廻らせながら少し下がって距離を取る。

「……面白い。なら俺は何がきても正面から受け止めてやろう」

 口の端を吊り上げて笑うレイズを見据えた私は強化魔法を乗せて一歩目を踏み出すと同時にそれを解き、『風を生む掌』を使って加速、さらに魔法を重ねて真正面から突貫していく。

 視認も困難な程に再び加速したこの状態ならただ強化魔法で殴るだけでも凄まじい威力が出るだろうけど、それだとレイズには通じない。だから当たる瞬間に別の魔法を乗せる――――

暴風の圧縮掌ウェンファレム

 解き放てば大木をも吹き飛ばすであろう暴風を掌よりも小さく圧縮、加速した勢いも利用し、叩きつけるようにレイズへと突き出した。
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