上 下
78 / 156
第二章 エルフのルーコと人間の魔女

第75話 信頼と仲間と覚悟の賭け

しおりを挟む

 ボロボロの状態で勢いよく吹き飛ばされてきたルーコちゃん。

 その手には折れた短剣が握られており、遠目からでも見える全身の擦り傷や打ち身も相まって酷く痛々しい。

「っ〝広がる影、包み隠す幕、薄く暗く覆え〟――『影の暗幕シャグアカーテ』」

 牽制を続けながら詠唱を成し、杖を振るって魔法を発動させる。

 私の足元、その影がジアスリザード達の方に向かって伸び、視界を覆い隠すように広がった。

これで時間は稼げる……早くルーコちゃんのところに……。

 突然、視界を暗闇に覆われて混乱している隙にルーコちゃんを抱えたトーラスへと駆け寄る。

「おいっしっかりしろ!」
「ルーコちゃんっ大丈夫!?」

 近くで改めて容体を確認するも、見た目だけでは遠くから見た時以上の事は分からない。

さっきの勢いから考えて骨が折れてる可能性が高い……ううん、下手をしたら内臓が傷ついていてもおかしくないわ……。

 もしそうだった場合、急いで手当てしないと最悪の事態に陥ってしまう。

「っトーラス!確か高位の回復薬を持ってたわよね!」
「っああ!ちょっと待ってろ――――」

 回復薬自体が高価なものだが、こんな時にそんな事を気にしてはいられない。

 慌ててトーラスが自分の腰袋の中に手を入れたその瞬間、ルーコちゃんが飛ばされてきた方向から何かが木を薙ぎ倒しながら向かってくる。

「ガアアアアアッ!!」

 聞き覚えのある咆哮を上げて現れたのは通常のジアスリザードよりも数倍でかい魔物。

 外見的特徴からその魔物が何であるかは理解したものの、私の知っているソレとは明らかに大きさが違っていた。

「ジアスリザード……キング……?」
「なっいくら何でも大きすぎるだろ!?」

 おそらくルーコちゃんに重傷を与え吹き飛ばしたのはこの魔物だ。

 吹き飛ばした獲物を確実に仕留めるために追いかけてきたのだろう。

「グガアアアアアッ!!」
「「「「グァァァァァァッ!!」」」」

 ジアスリザードキングは手に持った大刀を掲げて咆哮を上げ、暗闇に閉ざされている他のジアスリザード達がそれに応えて叫ぶ。

「くそっ!こんな時に……」
「まずいわ……足止めに仕掛けた魔法が破られる……!」

 まだボロボロのルーコちゃんに応急処置すらできていないこの状況で、ジアスリザード達に加えてあのキングの相手をするのは無茶を通り越して無謀と言えるだろう。

「……こうなったら仕方ない。僕が奴らの注意を引いている間にルーコを連れて逃げろ」
「ちょっトーラス!?」

 そう言いながらトーラスは回復薬を取り出すと、私の方にそれを投げ渡してそのまま止める間もなく駆け出してしまった。

 いくら何でもあの中に突っ込むのは自殺行為だ。

 たとえ注意を引く事に専念したとしても、生き残れる可能性は低く、このままではトーラスはすぐに追い詰められ、殺されてしまうのが目に見えている。

「っ……迷ってる時間も後悔している暇もない」

 駆け出す前に止められなかった以上、私にできる事は何もない。

 だからトーラスの稼いでくれる時間を無駄にしないよう一刻も早くルーコちゃんを連れてこの場を離れるのが一番の正解なのだろう。

アライアさんからパーティを任されたのに……どうして私は……。

 どうする事も出来ない自分に浅く唇を噛む。

 もちろん、私にも切り札のようなものがないわけではないけれど、それを使ったところで状況が好転する保証もなく、下手をすれば魔力切れで動けなくなるかもしれないし、それ以前に発動すらさせてもらえないかもしれない。

やっぱりあの時、無理にでも止めるべきだった……大人しくアライアさんの増援を待って行動していたらこんな事には……。

 事前にその脅威を聞いていても、今みたいに撤退すら危うい状況まで追い込まれるなんて思いもしなかった。

 二人の喧嘩を止められず、意見をまとめる事も出来ず、大丈夫だろうという判断の甘さが招いた結果がこの最悪ともいえる現状だった。

「――――う……ぁ……ノ……ルン……さ……ん……?」
「っルーコちゃん!目が覚めたの!?」

 後悔と自己嫌悪に押しつぶされそうになる中で私を現実に引き戻したのは意識を取り戻したルーコちゃんの声だった。

「こ……こは……?わ……たし……」
「落ち着いて、ひとまずこれを……」

 無理に喋ろうとするルーコちゃんを制してトーラスから受け取った回復薬を服用させる。

……高位の回復薬って言っても治癒魔法みたいに劇的な効果があるわけじゃない。

 あくまで回復薬は応急処置。痛みを和らげて治癒能力を促進し、少しずつ傷を癒すもの……だからこれを飲んでもボロボロのルーコちゃんはもう戦えない。

「――んく……けほっ……………すいません……もう大丈夫です」
「大丈夫って……そんなわけ……」

 まだ癒えない傷をおして無理矢理起き上がるルーコちゃんを諫めようとする私を手で止め、彼女は大きく息を吸い込んだ。






 まだ少し混濁する意識を体中に走る痛みで覚醒させながら私はゆっくりと立ち上がる。

……体中が痛い……けどまだ立てる。このくらい、長老やあの魔物と戦った時と比べれば何でもない。

 心配そうにしているノルンに大丈夫だといってから息を吸い込み、詠唱を口にする。

「〝光よ、歪みを正せ〟――『癒しの導リィラクトール』」

 掌から光の粒子が溢れて私の体を包み込み、全身の痛みを和らげていく。

 私の魔法では完全な治癒に程遠いけど、それでも少しは動ける程度には回復する事ができた。

「治癒魔法……ルーコちゃん使えたんだ……」
「……私の腕じゃ効果は薄いですけどね。それに魔力もごっそり持っていかれましたし」

 不慣れな魔法、それも効果範囲を全身に広げたせいで魔力消費は倍以上になってしまい、私の残存魔力は二割を切っていた。

こんな状態じゃ碌に魔法も使えない……まだ群れやあの大きな魔物は健在なのに……。

 ただでさえ群れとの戦いで苦戦し、不利を強いられていたのに、速度も膂力もとんでもないあの魔物の相手もするとなると、全滅する可能性がぐんと高くなる。

 こうなったら一か八か、切り札をきった上で賭けに出るしかない。

「……ノルンさん、私にこの状況を切り抜ける考えがあります」
「え……?」

 唐突な私の言葉に戸惑うノルン。

 ついさっきまでぼろぼろで、今もふらついている状態の私がいきなりそんな事を言い出したのだからその反応も当然と言えるだろう。

「……無論、絶対に成功するという保証はありません。けど、それをするにはノルンさん達の協力が不可欠……私を信じて命を預けてくれますか?」

 今からやろうとしているのは一度も試した事のないもの。

 できるかもしれないと頭の中で理論は組み立ててはいても、実際に使うのは初めてな上、この状況で使うには大分時間を稼いでもらわなければならず、あれらが相手では当然、そこに命の危険が伴う。

 成功するか分からない考え、それも詳細を話す時間さえない状況で私を信じて時間を稼ぐというのはかなり分の悪い賭けと言える。

「……今更だよ。確かにルーコちゃんとの付き合いはまだ短いけれど、私達はパーティ……最初から命を預け合ってる仲間なの。口ではやいやい言ってたトーラスもそれは分かってる」

 私の問いにノルンは口元を緩めてそう答え、一度言葉を区切ってから続ける。

「……こんな状況で保証がないのは当然、切り抜けられる可能性があるなら命だって賭けるわ」
「ノルンさん……」

 信じる信じないではなく、最初から命を預けたパーティだから。

 そう言い切ったノルンはそれに、と言葉を続けて悪戯っぽく微笑む。

「――もしこれが物語だったらこんな絶体絶命の状況からの逆転なんて一番の盛り上げどころよ?本好きとして乗らない訳にはいかないでしょう」

 私の役が時間稼ぎなのは残念だけどね、と最後に付け加え、表情を戻して杖を片手にノルンはトーラスの元へと駆けていく。

「……これが物語だったら、か……ふふっ、そうですね……ならそれこそ失敗はできません」

 駆け出したノルンの背中を見つめながら小さく笑ってそう呟く。

 たぶん、私が気負っている事に気付いたからそんな言い回しをしたんだろうけど、不思議と気持ちが楽になった。

「――――今の私がを使うには全部を出し切るしかない。だから……」

 短く息を吐き出して覚悟を決めた私は森を出て以来、一度も使っていない詠唱を口にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

妹に出ていけと言われたので守護霊を全員引き連れて出ていきます

兎屋亀吉
恋愛
ヨナーク伯爵家の令嬢アリシアは幼い頃に顔に大怪我を負ってから、霊を視認し使役する能力を身に着けていた。顔の傷によって政略結婚の駒としては使えなくなってしまったアリシアは当然のように冷遇されたが、アリシアを守る守護霊の力によって生活はどんどん豊かになっていった。しかしそんなある日、アリシアの父アビゲイルが亡くなる。次に伯爵家当主となったのはアリシアの妹ミーシャのところに婿入りしていたケインという男。ミーシャとケインはアリシアのことを邪魔に思っており、アリシアは着の身着のままの状態で伯爵家から放り出されてしまう。そこからヨナーク伯爵家の没落が始まった。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉

Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」  華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。  彼女の名はサブリーナ。  エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。  そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。  然もである。  公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。    一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。  趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。  そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。 「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。  ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。  拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。    

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

処理中です...