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第二章 エルフのルーコと人間の魔女

第73話 窮地と賭けと思い付いた突破口

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 四方をジアスリザード達に囲まれた絶体絶命の状況で、追い詰められ、焦って空回る思考を落ち着かせるべく、私は大きく息を吐いた。

……落ち着け、囲まれてはいるけど一匹、一匹の強さは大したことない。

 厄介な学習能力はあっても、今まで戦ってきた魔物と比べれば基本的な身体能力は高くないし、強度も私の力で刺し貫く事ができるから十分に対処できる。

 森での魔物はもちろん、この間戦ったダイアントボアや長老がけしかけてきた二足歩行の魔物には遠く及ばない。

 ただ、一度使った技や魔法、あるいは戦術を学習してくる厄介さと群れの数と連携で攻めてくるその戦い方が私にとって物凄い不利に働き、今までで一番戦いづらい相手になっているのだろう。

 魔力に余裕のない私には広範囲を殲滅するような魔法は使えないし、攻撃に使える魔法自体多くない……そんな中で使う端から対処されたら堪ったものじゃない。

「――すぅ……ふぅ……こうなったら一か八か、やるしかない」

 深呼吸のおかげで少しは落ち着いた思考を回し、思い付いたこの場を切り抜ける案を実行するために懐に手を伸ばす。

 今、襲ってこない理由が警戒しているからなのか、甚振いたぶるつもりだからなのかは分からないが、この状況を切り抜けるにはどちらにせよ都合がいい。

 懐から小さくなっている箒を取り出し、魔力を込めて柄を捻った後で真上にそれを掲げる。

「ッギュア」
「グギャギャッ」

 私の突然の行動に一部のジアスリザードが反応して止めに入ろうとするも、もう遅い。

「――飛べ!」

 掲げた箒に思いっきり魔力を込め、強化魔法によって上がった握力で振り落とされないように柄を掴んで勢いよく飛び立った。

「っ!」

 一瞬にして視界が青に切り替わり、元居た場所から遠く、遥か上空へと私は投げ出されそうになる。

っここで手を放すわけにはいかない……!まだもう少し……。

 箒の急発進からの着地はついぞ成功させる事はできなかったけど、もうやるしかない。

 加速が止まった瞬間、ふわりとした感覚が私を襲い、それはすぐに強烈な浮遊感と落下する恐怖へ変わる。

「あぁぁぁっ!?」

 落下する速度はもう洒落にならない。このまま地面に激突すれば確実に私の命はないだろう。

っここで怖さに負けて目を瞑ってしまえばそこで終わる……だから……!

 襲い掛かってくる強烈な逆風に負けないよう片腕を正面に向けて叫ぶ。

「っ〝風よ、集まり爆ぜろ〟――『暴風の微笑ウェンリース』!!」

 魔法が成り、爆発的な暴風が炸裂、落下の勢いを相殺してなお、止まらずに余剰の風が私の体を押し上げた。

っ……ここで!

 暴風によって落下速度はどうにかなったものの、高さ的にはまだ危ないと私は空中で身を翻して次の魔法を使うために箒を縮めて懐にしまい、両の手を開ける。

風を生む掌ウェンバフム

 移動に使う魔法を発動させて衝撃を緩和、ジアスリザード達がいない場所を探して方向を変え、そこを目掛けて着地した。

「っとと……よし、なんとか切り抜ける事ができたみたいだね……」

 魔力をかなり消費してしまったが、あの窮地を脱出できたのは大きい。

練習では一度も上手くいかなかったから成功するかどうかは賭けだったけど、こうして無事に切り抜けられたなら良かった……。

 一息ついて無事だった事を安堵しつつも、すぐに思考を切り替える。

「……まだ戦いは続いてる。早く戻らないと」

 このままではトーラスとノルンに負担を掛ける事になってしまうし、ここに止まっていたところでジアスリザード達に見つかるのは時間の問題だろう。

……でも、ただ何も考えずに戻ってもさっきの二の舞になるのは目に見えてる。何か突破口があれば――――






「……ルーコちゃんの方は大丈夫かしら」

 そう呟きながら迫る剣戟を屈んでかわし、杖の先を槍の形にして目の前の敵を射貫く。

 心配ないと判断して目を離した後も合間を縫って様子は見ていたものの、自分の戦いに集中している内にいつの間にか見失ってしまっていた。

「叫ぶような声が聞こえた後から姿が見えないわね」

 槍を引き抜いて反撃されないように杖の後ろでジアスリザードを吹き飛ばしながらも、ルーコちゃんの姿を探すけれど、やはり見つからない。

ルーコちゃんの事だから無茶はしないはず……でもこの魔物達の脅威を考えるとあんまり楽観もできない。だから合流をしたいところなのだけれど……。

 こうして考えを巡らせている間にも次から次にジアスリザード達が襲い掛かってくるので合流しようにも、この場を離れる事ができなかった。

「っ切りがないわね――『影千刃シャフレウド』」

 最初に使った影に干渉する魔法で襲ってくる個体を迎撃するも、それらをことごとくかわされてしまう。

「その上面倒くさいっ……!」

 悪態染みた言葉を吐きながら、かわす瞬間を狙って杖を振るい、鎧ごと胴体を寸断してその個体を仕留める。

 基礎的な能力がそこまで飛びぬけているわけではないが、学習によって魔法を使う毎に対策されてしまうため、当てるのにも一工夫が必要なのが現状だ。

……それでも普通のジアスリザードならすぐに倒せるのだけど、この群れのしぶとさと学習の共有という特性があまりに厄介すぎる。

 おそらく騎士団や一級相当の手練れ達との戦いを経て培った能力なのだろう。

 確かにこの能力があればその辺の二級ないし、一級を返り討ちにしてもおかしくはない。

 しかし、こうして私達がたった三人でも戦えている以上、疲弊していた騎士団はともかく、一級相当の実力者を集めた討伐隊を撃退できるとは思えなかった。

「っ――らぁ!!」

 そんな事を考えていると、反対側から気合の乗った声と共に吹き飛ばされてきたジアスリザードが私の真横を通り抜ける。

「……吹き飛ばす時はきちんと先を確かめてからにしてくれるかしら?」

 ジアスリザードを吹き飛ばしてきた張本人……トーラスに対して抗議の視線と言葉をぶつけた。

「ん……ああ、悪い。そこまで気を回す余裕がなかった」

 声を掛けられ、初めて私に気が付いたらしいトーラスが汚れた頬を拭ってそう返してくる。

……トーラスの方もかなり苦戦してるみたいね。

 目に見えた傷こそないものの、明らかに疲弊した様子で、少し酸欠気味なのか、肩で息をしていた。

「……そういえばルーコの姿が見えないが」

 軽く息を整えてから辺りを見回し、そう尋ねてくるトーラスに私は首を横に振って答える。

「私の方もあんまり余裕はなくてね。戦ってるうちにはぐれてしまったみたい」
「そうか……正直、魔物の予想外な厄介さを考えれば合流したいところだが……探しに行く暇もなさそうだな」

 話している間にも私達の周りには続々とジアスリザード達が集まってきており、この包囲網を突破するのは至難の業だろう。

「そうね……無事だといいけれど……」
「……あいつはああ見えてしたたかだからな。心配はいらないだろう」

 剣を構えながらそう言うトーラスの顔はどこか焦りを含んでいるようにも見えた。

「……そう言いながらも心配なようにみえるけど?」
「……うるさい。いいから構えろ……くるぞ」

 私達の会話が終わるタイミングを見計らったかのようにジアスリザード達が一斉に襲い掛かってくる。

「グギャァァッ――――?」

 突出してきた個体が剣を振り上げ、跳び掛かってきたその瞬間、横合いから物凄い速度の何かがジアスリザードの頭を撃ち抜いた。

 ドサリと音を立てて落下するジアスリザード。どうやら先程の何かは一撃でジアスリザードを絶命足らしめたらしい。

「今のは……」
「……たぶん風の魔法ね。という事は――」

 思い至り、何かが飛んできた方向に目を向けると、そこには木の上で何かを射るように構えたルーコちゃんの姿があった。

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