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第二章 エルフのルーコと人間の魔女

第45話 高速の攻防と致命的な隙

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 トーラスの一撃をまともに受けた私は嘔吐きながらも立ち上がり、追撃されないよう急いでその場を離れ、動き回る。

うぅ……ものすごく痛い……まさかあの魔法を潜り抜けて攻撃してくるなんて……。

 自分の魔法が決まった事で油断があったとはいえ、私はまだトーラスの事を甘く見ていたのかもしれない。あそこの局面まで全力を隠す余裕があるとは思わなかった。

「……いや、もしかしたら最初からあの速度を出せない理由があったのかも」

 あれだけ張り切っていたトーラスの様子からしてそうでなければ不自然に見える。もちろん、全力を出すまでもないと高を括っていた可能性はあるが、だとしても初動以降にあの速度を温存するだろうか。

……もし何か条件があるとしたらあの速度を早々には出せない筈━━

 少し痛む腹部を押さえながらも、強化魔法を纏い、トーラスを見失わないように移動していると不意にその姿がぶれて消える。

「━━まさかさっきの一撃で倒せないとは思わなかったよ」
「なっ……!?」

 移動しながら考えを巡らせている最中に私の視界から消えたトーラスが背後から凄まじい速度で距離を詰め近づいてきた。

 私とトーラスの強化魔法に明確な差はないため本来なら出せる速度も同じくらいの筈だ。

 にもかかわらず、こうして距離を詰められたという事はまたあの速度を出されたという事だろう。

「今度こそ終わらせてもらう!」

 どうしてあの速度を出せたのかを考察する暇もなく、トーラスの振り上げた木刀が私の眼前に迫る。

っ今は考えてる場合じゃない。とにかくこの攻撃をかわさないと……!

 背後から振り下ろされた木刀に対して私は半身になって体を捻る事で避け、そのまま片足に力を込めて跳躍。勢いと反動を利用して逆にトーラスへと蹴りを打ち放った。

「っ甘い!」

 完全に不意を突いた筈の攻撃に超人的な反応を見せたトーラスは蹴りを木刀で防ぎ、鍔迫り合いの末に体重の軽い私は思いっきり吹き飛ばされてしまう。

「痛っ……」

 着地した際、さっき腹部に受けた攻撃による痛みが響いて受け身に失敗し、多少の擦り傷こそ出来たものの、ひとまず距離を稼げたのなら御の字だ。

 といっても、さっきの速度でこられたらこの稼いだ距離も意味がなくなる。だからその前にあれの正体を突き止めないと。

 出来る事なら再び煙幕で身を隠したいところだが、詠唱が割れている以上、口にした瞬間に妨害されるのは目に見えている。

……あれ?そういえばどうしてトーラスさんは追撃してこなかったんだろう。私を吹き飛ばした後、そのままあの速度で追撃すればそれで終わった筈なのに。

 あの速度を条件なしで使えるなら追撃を仕掛けてこない理由がない。だからやっぱりあの速度には何らかの条件ないし、代償があるのかもしれない。

「……だとしても具体的な内容がわからない以上は対策しようがないし、こうなったら私も速度で対応するしかないか」

 方針を決めて立ち上がり、痛む箇所を押さえながら大きく深呼吸をして両手を後ろに突き出し、駆け出しながら呪文を口にする。

風を生む掌ウェンバフム

 生み出された風を推進力にして加速、強化魔法での移動と比べ物にならない速度を発揮し、さっきの意趣返しと言わんばかりにトーラスの背後に回り込んだ。

「っ!?」

 突如として後ろに回り込まれ、驚愕の表情を浮かべるトーラスを目にしながら私は空中で横回転、そのまま遠心力を加えた回し蹴りを放つ。

「がっ……」
「……え?」

 蹴りを受けたトーラスが思いのほか吹き飛んだ事で思わず困惑の声が漏れる。いくら遠心力が加わった蹴りとはいえ、『風を生む掌ウェンバフム』を使った関係上、強化魔法を纏ってない打撃でここまで吹き飛ぶのはあまりに不自然だ。

もしかしてあの速度の正体って……。

 今の一連の攻防でトーラスの速度についてとある考察を立てた私は再度『風を生む掌』を使って高速移動を行い、追撃を仕掛ける。

「ちっ……!」

 吹き飛ばされた先で受け身を取り、体勢を整えていたトーラスは追撃に対して舌打ちしながら向かってくる私への対応に追われていた。

ここで攻め切る……!

 超至近距離で追撃を始めた私は『風を生む掌』を駆使してくるくる回りながら連続蹴りを繰り出し、トーラスに隙を与えないよう立ち回る。

「くっ……」

 絶え間なく続く攻撃に防戦一方を強いられるトーラス。その表情は歯痒さに満ちており、状況だけみても今のトーラスはあの速度を使えないのは明白だった。

やっぱり思った通り、トーラスさんのあれは強化魔法の延長にある技術みたいだね。

 あの速度の正体、それは強化魔法を全身ではなく一部に集中させる事でその箇所を通常よりも強化するという技術で、トーラスはそれを脚力と膂力に集中させる事であの速度を出していたという訳だ。

……魔力を一部に集中させれば当然、他の箇所の強化は疎かになる。

 だからその疎かになった箇所には強化魔法なしの打撃も通じるし、こうして連続攻撃で釘付けにすればそれを封じる事も可能だと踏んだんだけど、上手くいって良かった。

 強化魔法を集中させる技術はおそらくそれなりに集中力を使うのだろう。でなければこの連続攻撃を捌きつつ、それを行う筈だ。

「やぁぁぁっ!!」

 叫び声と共に左右はもちろん、上へ下へ、狙いを絞らせないよう打撃点ずらしながら攻撃を繰り返し、トーラスの防御を突破しようと奮戦する。

「ぐっ……この……っ!」

 私の『風を生む掌』をつかった高速の連撃を前に段々とトーラスの防御が崩れ始め、焦りが表情と行動に現れていた。

これならいける━━っ!?

 少しずつ攻撃が通り始めてこのまま押し切れると思った矢先、不意に腹部の痛みがぶり返して一瞬、動きが鈍くなってしまう。

「っ今だ!」
「しまっ……!?」

 その一瞬にトーラスは屈んで力を溜め、両腕を使って振り払うように木刀を振り抜いた。

 振り抜かれた木刀は当然、強化魔法を纏っており、力を込めて振られたそれに当たれば一溜まりもない。

「っせっかくもう少しだったのに……!」

 迫る木刀に『風を生む掌』を使い、慌てて距離を取る事でどうにかそれをかわす事に成功するも、勝てそうな状況だっただけに、思わず歯噛みしてしまう。

 あれだけ高速で移動していれば攻撃を受けた箇所が痛むのは仕方ない事だが、それで動きが鈍くなってしまったのは頂けなかった。

 もう一度同じように距離を詰めようにも奇襲は通じないだろうし、何よりもう魔力が心許ない。

 『風を生む掌』での高速移動は強力だが、魔力の消費が激しく、他の魔法との併用が難しいため決め手に欠け、こういう状況に陥りやすい。 

……こればかりは自分の魔力の少なさを呪いたくなるけど、無い物ねだりをしてもしょうがない。とにかく今はトーラスさんの動きを見逃さないようにしないと━━

 そう思ってトーラスの方を向いたその時、ぞわりとした感覚が全身を襲ってくる。

「何……あの構え……?」

 木刀を上段に置き、軽く両足を開いて身体を捻るという変わった構えを見せたトーラスは真っ直ぐ私の方に鋭い視線を向け、口の中で小さく呟く。

「……これで終わりだ」

 呟きと共にトーラスの姿が消え、風を切り裂く轟音だけが聞こえてくる。

何がくるかわからないけど、これはまずい……っ!

 一瞬で迫る何かの危険性を察した私は咄嗟に土壁を魔法で作り出し、強化魔法を纏いながら全力で後ろに跳ぶ。

「━━旋風一閃」

 その瞬間、土壁がいとも容易く砕け、轟音と突風を纏った何かに呑み込まれたところで私の意識は暗転した。
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