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第二章 エルフのルーコと人間の魔女
第42話 魔女の不安と小さな嘘
しおりを挟む歓迎会が終わり、片付けもそこそこに別の部屋へと連れてこられた私はアライアと向かい合う形で椅子へと腰を下ろした。
「━━今日はお疲れさま。それとごめんね。トーラスも悪い子じゃないんだけど、どうにも私の事を神格視してる節があってね。それでルーコちゃんに突っ掛かってるんだよ」
「……いえ、大丈夫です。トーラスさんが私の事を気に入らないという気持ちは分かりますし、そう思われるのは仕方がないですから」
ちんちくりんと言われた事には流石に腹を立てたが、それ以外は概ねトーラスの言う事が正しい。
身元不詳の子供が命を預けて戦う仲間に入ってくるなんて突然言われたらトーラスのような反応になるのが普通だ。
どちらかといえば、それをあっさりと受け入れてくれた他の人達の方が少数派だろう。
「うーん……気に入らないっていうのは違う気がするけど、まあ私がそこを言及してもしょうがないか……」
「?」
どこか納得していない様子でアライアがぶつぶつと口の中で呟く。
「……っと、ひとまずトーラスの事は置いておいて。私、ルーコちゃんに聞きたい事があるんだ」
「はい?」
わざわざこうして場所を移してまで私に聞きたい事なんてなんだろうと考えていると、アライアは表情を崩し、そんな難しい事じゃないから安心してと笑う。
「聞きたいのはルーコちゃんに戦い方を教えた人の事なんだけど……」
「戦い方を教えた人……お姉ちゃんの事ですか?」
私に戦い方を教えてくれたのは紛れもなく姉だ。あの人も基礎の基礎や読み書きを教えてはくれたけど、戦い方となると違う気がする。
「そう、そのお姉さんの事なんだけど……ルーコちゃんから見て私とお姉さん、どっちが強かった?」
「…………え?」
思わぬ質問に口から戸惑いと困惑の声が漏れる。
「両方と戦ってるルーコちゃんならどっちが強いか分かるじゃないかと思ったんだけど、どうかな?」
「えっと、確かに私は特訓の中で姉と模擬戦もしましたし、今日、アライアさんとも模擬戦をしましたけど、二人の本気を見たわけではないので、その、どっちが強いとかはちょっと……」
戦ったとはいえ、模擬戦は模擬戦。姉もアライアも私に対してある程度手加減をしており、正直、正確な実力を把握する事は出来ない。
「別にそこまで正確に比べたい訳じゃないよ。だいたいでいいんだ。ルーコちゃんの主観でどっちが戦いづらかったとか……」
「…………私としてはアライアさんの方が戦いづらかったです。手加減の具合かもしれませんけど、姉には攻撃を当てる事が出来ましたから」
切り札である『魔力集点』を使ったかどうかの違いはあるが、それでもアライアの魔術の防御力を考えると相性的に姉よりも不利なのは間違いないだろう。
「……でもやっぱりどちらが強いとははっきり言えません。私にとって戦いづらいだけで、お姉ちゃんならアライアさんの防御を突破できたように思います」
どちらも技量が卓越しており、直接戦えばどうなるかはやはり想像がつかなかった。
「なるほど……そうなるとルーコちゃんのお姉さんは少なくとも〝魔女〟と同じくらいの実力はありそうだね」
「……それで、どうしてそんな事を聞いたんですか?」
考え込むように俯くアライアへ疑問に思っていた事をぶつける。
正直、アライアから問い掛けられたこの質問の意図が見えない。
別段、姉と戦うような用事があるわけでもないだろうし、ただ単に気になっただけならこうして場所を移してまで聞く必要もないように思う。
「んー……いや、私はこれからルーコちゃんを教える立場になるわけでしょ?だからここまでルーコちゃんを強くしたお姉さんと比べて釣り合うのかなと思ってね」
「それは……」
あくまで私の主観だが、強さという観点からいえば姉とアライアに明確な差はない。ただ強い事と指導力がそのまま結び付いているとは限らない。
そういう意味では一見、厳しく滅茶苦茶に見えた姉は強さと指導力の両方を持っていたのだろう。
「……正直なところを言えば、私は自分に教える力があるとは思ってない。いや、教えるのに向いてないって言った方が正しいかな」
「…………」
これが私以外のパーティの誰かだったら何か言えたのかもしれないが、まだ指導を受けてない以上、押し黙る事しか出来ない。
「模擬戦の後、サーニャも言ってたでしょ?私が教えるの下手くそって……あの時は冗談めかしたけど、内心ではその通りなんじゃないかって思ったんだよ……だからまあ、これから教える事になるルーコちゃんに申し訳ないなと……」
場所を移してまでこの話をした理由、それは自身の指導力を省み、本当に自分が教えてもいいのかという不安を私に知って欲しかったのかもしれない。
「……別にサーニャさんも本気でそう思ってたわけじゃないと思いますよ。あれはアライアさんに甘えてるだけです」
「甘える……?」
私の言葉が意外だったのか、アライアは目を丸くしてこちらに視線を向けてくる。
「はい、サーニャさんはアライアさんの特訓が厳しくても効果のあるものだと知っているからこそ、あれ以上は何も言わなかったんです。もし本当にアライアさんの指導を下手くそだって思ってたならもっと嫌がっていた筈ですよ」
……この話はもちろん嘘、何の確証もない私の想像だ。実際、指導しているところは見た事のないし、サーニャから直接それを聞いたわけでもない。
ただ二人のやり取りをみていて私がそう思っただけの話で、本当のところは何もわかっていなかった。
「……そうかな。サーニャが気を使ってくれてるだけかも」
「だとしても、自分に降り掛かってくる事ですから本当に嫌ならもっと露骨に否定しますよ」
なおも後ろ向きなアライアに対して私は浅く息を吐くと、僅かに表情を崩して言葉を続ける。
「……それにさっき私に申し訳ないって言いましたけど、そんなの気にする必要はありません。私は色々お世話になってる上に教えてもらう立場なんですから」
「でも……」
「もちろん、アライアさんの教え方が下手くそだったとしたら私は正直に言います。そこは遠慮しませんからね」
食い下がろうとするアライアを遮り、私は続けてそう言葉を紡いだ。
〝魔女〟になるという目標がある以上、教え方が下手くそだとしてもそのままにしておくつもりもはない。指導を受けた上で改善の余地があればそれを指摘するつもりだ。
……まあ、本当にその必要があればだけど。
実際、アライアの指導力は未知数だが、本人が言う程に悪いとは思えない。
そもそもとしてこのぱーてぃをまとめている時点でアライアの指導力を低いとは言えないだろう。
「…………そっか、そうだね。うん、もしもの時ははっきり言ってくれると助かるよ。ありがとねルーコちゃん」
「……別に私はお礼を言われるような事は何もしてませんよ」
私のした事と言えば話を聞いて、少し嘘を混ぜたそれっぽい言葉を言っただけ。それこそ特別何かしたわけでもない。
「ふふっ、ルーコちゃんにとってはそうかもね。でもやっぱりお礼は言わせてほしいかな」
全部を見透かしたように微笑むアライアに私はどこかむず痒さを覚え、堪えきれずにぷいっと目を逸らしてしまう。
「……それじゃあ改めて、明日からよろしくねルーコちゃん」
「こちらこそよろしくお願いします、アライアさん」
目を逸らしたまま挨拶を返した私はアライアに促されるまま用意された部屋に戻り、特別長く感じた初めてだらけの一日を終えた。
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