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第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ
第23話 塞がれた逃げ道とお姉ちゃんに秘密の下見(後編)
しおりを挟む二体以上の魔物を相手取る場合は分断して一体ずつ倒すのが基本だ。
姉のように桁外れの実力があれば別だが、普通はそうしないと魔物に対処出来ない。
もちろん、それは私にも当てはまる事で、この状況を切り抜けるためには迫る二体の魔物をどうにか分断しなければならなかった。
「問題は今までと違って魔物達が連携してくるかもしれないってとこだけど……」
ちらりと周囲に目をやり、何か使えそうな要素を探す。
草むらに隠れて奇襲する?……いや、視力以外の要素で追ってきている相手に効果は薄い気がする。それよりも木の上から……ううん、それも駄目。枝の位置が高過ぎてこの辺りには登れそうな木が一つもない。
他にも何かないかと見渡すが、生い茂る草木以外に何も見つからず、時間だけが過ぎていく。
「ガルアアアッ!」
「フシュルルルルッ……」
二体の魔物が目視で確認できる距離まで迫り、もう時間がないと探す事を諦めてどう対処するかを考える。
……危険な要素は多いけど、こうなったら無理矢理にでも一対一にするしかない。
数瞬の内に考えを整理して自分の取るべき行動を起こす。
「〝分かたれる鏃、重なる軌道、風は集まり射貫く〟」
向かってくる魔物達に両の手を向け詠唱、周囲の風が音を立てて渦を巻き、巨大な矢を形成していく。
━━『重ね分かれる風矢』
通常よりも倍近くの魔力を込めた風の矢は無数に枝分かれしながら目標に向かって飛んでいった。
「シャッ」
「ガルァッ」
魔物達は私の放った魔法に対してそれぞれ後ろに下がって回避し、目標を失った無数の風の矢が地面を抉って土煙を巻き起こす。
「━━今っ!」
その瞬間、私は強化魔法を全開にして踏み出し、土煙を潜り抜けて、魔物達の間に躍り出る。
「やぁぁっ!!」
勢いをそのままにその場で一回転、強化魔法を維持したまま四足歩行の魔物に向かって思いっきり蹴りを叩き込んだ。
「ガァッ!?」
意表を突かれたらしい魔物が蹴りを顔面に受けて吹き飛んだのを確認する間もなく反転、その勢いを殺さないようにしてもう一体の魔物の方へと踏み込む。
「シャァッ!」
相方が吹き飛ばされた事で私の接近に気付いたもう一体の魔物は、その大きな口を開けて真っ直ぐこちらへと突進してきた。
互いに突撃しあう私と魔物。そのままいけば当然、私が飲み込まれて終わるのだが、流石にそういうわけにはいかない。
「っ暴風の微笑!」
交錯の直前で思いっきり横に飛び、空中で強化魔法を解きながら突進してきた魔物の側面に向かって魔法を撃ち放った。
「シャ━━ッ!?」
詠唱を破棄して威力は減衰したものの、突進に力を注いで踏ん張る事が出来なくなった魔物の巨体を吹き飛ばすには充分な威力を持っていた。
「っ〝土くれよ、隆起し、苦難を阻む壁となれ〟━━『土くれの防壁』」
暴風の余波を受けながらもどうにか着地し、急いで今しがた吹き飛ばした魔物の方を囲むように、土の壁を何枚も作り出す。
長くは持たないだろうけど、ひとまずこれで分断はできた。後は……。
そこからすぐに踵を返し、最初に吹き飛ばした四足歩行の魔物へと意識を切り替える。
ここまで結構な魔力を消費してしまった以上、もう足止めのために魔力を割くわけにはいかない。
だから土壁を突破される前に四足歩行の魔物を倒す必要があった。
「グルルル……」
強化魔法を纏った蹴りとはいえ、それだけでは効果が薄かったらしく、四足歩行の魔物は首を振るって何事もなかったかのように立ち上がった。
「……やっぱり強化魔法だけじゃ決定打に欠ける……仕留めるには他の魔法じゃないと」
時間を掛ければ強化魔法だけでも押しきれるかもしれないが、今はその時間が惜しく、多少の魔力を消費してでも手早く倒さなければならない。
強化魔法を纏って走り出し、四足歩行の魔物が動くよりも早く距離を縮めてその横を通り抜ける。
「〝撫で抜ける風、浅く、軽く、傷を刻んで切りつけろ〟」
詠唱を口にしながら体を反転させ、強化魔法を解除しつつ、四足歩行の魔物に向けて右手を振りかぶる。
━━『浅手を刻む下風』
呪文と共に振りかぶった右手を地面すれすれで振り抜き、発生させた風が魔物目掛けて地を這うように飛んでいく。
「グルァッ!?」
風が魔物の足元を通り抜けると、その四本足全てから派手に鮮血が噴き出した。
全ての足を同時に負傷した事で、自身の体重を支えきれなくなった四足歩行の魔物はその場で崩れ落ちてしまう。
「━━〝風よ、鋭さを持って、敵を切り裂け〟」
その瞬間を狙って駆け出し、詠唱しながら跳躍、崩れ落ちた魔物の上をとって右手を構える。
『突風の裂傷』
魔物の首を狙って右手を振り下ろすと同時に、鋭さを孕んだ一線の風が駆け抜けた。
「━━━━ッ」
放たれた風の刃は過たずその首を跳ね落とし、魔物はそのまま声を上げる間もなく絶命した。
「っ……ふぅ……まず一体……」
着地し、魔物の生死を確認してからゆっくりと息を吐き出す。
魔物を同時に相手取る事なんて初めてという訳でもないのに、何故か異様に消耗している気がする。
……たぶん、いつもはお姉ちゃんが見守ってくれてるから心のどこかで安心してたんだろうね。
万が一怪我をしたとしても、姉が魔法で治してくれるし、本当に危なかったら助けてくれるからこそ私は何の気負いもなしに戦えていたのだろう。
「……今、ここにお姉ちゃんはいない。だからいつも以上に気を付けないと━━」
そう思いながらもう一体の魔物の方に目を向けた瞬間、足止めのために張った土壁が派手な音を立てて吹き飛ばされた。
「フシァァァッ!!」
どうやらもう一体の魔物がその長く大きな体を思いっきり動かして暴れ、土壁を一気に薙ぎ払ったらしい。
「……後少し四足歩行の魔物を倒すのが遅れてたら危なかった」
興奮した様子で向かってくる魔物を見据えて呟きつつ、再度強化魔法を発動させる。
「シャァッ!」
巨体を左右にしならせて繰り出してくる突進に対し、私はあえて魔物の方に駆け出した。
「ふっ!」
魔力によって強化された脚力で、大きな口を開けて迫る魔物の頭を跳び越え、その巨体に着地してそのまま胴体の上を駆け抜ける。
「キシャァァッ!」
突撃がかわされ、おまけに体の上に乗られた事に気付いた魔物は私を振り落とそうと巨体を派手に振り回して暴れだした。
「おおっと、生憎とまだ振り落とされるわけにはいかないよっ」
暴れる狂う魔物の上で器用に動きを合わせ、振り落とされないように立ち回る。
この魔物の表皮は硬く、並大抵の魔法では傷をつける事も叶わない。
そのため私がこの魔物を倒すには動きを封じてから頭などの急所を『一点を穿つ暴風』で撃ち抜く必要があった。
お姉ちゃんならそんな事をしなくても威力で押しきれるんだろうけど……。
使える魔法的にも、魔力量的にも、私にそんな力押しは無理なので自分に出来る方法で確実に仕留める。
「━━〝縛りつける風、絡みつくつむじ、渦を結んで、括りつけろ〟」
魔物の上を走りながら詠唱を口にし、完成した瞬間に思いっきり足に力を込めて跳躍する。
『縛り絡む旋風』
強化魔法を解きつつ、そのまま空中で身を捻って両手を魔物の方に向け、呪文と共に帯状の風を真っ直ぐ撃ち放った。
「ァッ!?」
放たれた帯状の風は魔物の長い胴体にぐるぐると絡みつき、その動きを完全に封じ込める。
「っ……〝暴れ狂う風、狙い撃つ弓矢、混じり集いて、形を成せ〟━━『一点を穿つ暴風』」
魔法を放ったすぐ後に強化魔法を張り直して着地、頭を狙うために急いで駆け出して風の弓矢を引き絞り、放った。
「シャァァァァッッ!!?」
風の矢に頭を撃ち抜かれてなお、暴れ狂う魔物。しかし、それも帯状の風による拘束で阻まれてしまい、巨大な魔物はそのまま断末魔を上げて事切れた。
「━━はぁぁぁ……つ、疲れた……」
絶命を確認してから崩れ落ちるように座り込み、大きな溜め息を漏らして呟く。
やはり姉が控えているのといないのとでは、精神的に掛かってくる負担が違う。
命を失う確率が跳ね上がるのだから当然といえば当然なのだが、それでもここまで摩耗するとは思わなかった。
「……本当ならもう休みたいけど、そういうわけにもいかないよね」
魔物を倒したとはいえ、ここら一帯を覆っている半透明な壁はまだ残っている。
「やっぱりこの壁は魔法で張られたもの……だとすると……」
まだ少し倦怠感の残る体を動かして壁に近付き、触れながらその性質を調べていく。
こうして先に進めている以上、この壁は私が通った後に張られたって事だ。ならその目的は私を閉じ込める事以外にはないだろう。
他の目的があってたまたま巻き込まれ、閉じ込められた可能性もなくはないが、それにしては偶然が重なり過ぎだと思う。
「……近くにこの魔法を使った誰かがいるのは間違いない」
そうでなければこうも都合良く逃げ道を塞げない筈だし、離れたところから発動させるにはこの魔法は規模が大き過ぎる。
……もしかしてあの人もこれに閉じ込められたせいで逃げられず、魔物にやられた……?ううん、いくら逃げ場がなくてもあの人がその辺の魔物にやられるとは思えない。
ここらの魔物は狩場に出てくる個体と大差がなく、複数体だろうとあの人なら問題はなく倒せた筈だ。
「それでもあの人は殺された……それはつまり━━━━」
そこまで口にしたところで突然、全身が粟立つような悪寒に襲われ、咄嗟に強化魔法を発動させた。
「━━がっ!!?」
その直後、死角から猛烈な衝撃と共に何かが激突し、私は打ち捨てられたぼろ切れのように大きく吹き飛ばされてしまった。
「がぐっ……!?」
吹き飛ばされた先で木の幹にぶつかり、全身を強打したせいで肺の空気が押し出され、苦悶の声が漏れてしまう。
「うっ……げほっ……な、にが…………」
嘔吐き、咳き込みながらも、どうにか体を起こして吹き飛ばされてきた方へと顔を向ける。
な、何……あれ…………?
さっきまで私のいた場所、そこにいたそれの異様な姿に痛みも忘れて思わず息を呑む。
全体的な大きさはエルフや人間と同じくらい、全身を黒と白の体毛に覆われており、手には大きく鋭い爪、足の筋肉が異常に発達している二足歩行の魔物……それがそこに佇んでいた。
「ガル……」
私の視線に気付いたのか、魔物は静かに鳴くとその赤黒く鋭い目をぎょろりと動かし、睨み返してくる。
っまずい、早く逃げないと……!
見ただけでもわかる。あれはここまで戦ってきたどの魔物よりも危険だ。
直感的にそう判断し、その場から逃げ去ろうとするも、疲労と痛みで体が上手く動かない。
「っ……」
逃げる事も叶わない絶望的な状況を打開しようと必死に考えを巡らせているこの間にも、その魔物が一歩、また一歩と着実に近付いていた。
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