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第一章 幼女エルフの偏屈ルーコ
第2話 唯一の娯楽とお姉ちゃんの過去
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半ば強引に姉を振り切ってやって来たのは、これまた集落の外れにある一件の建物。
他と比べて少し大きいこの建物にはおよそ数千冊の本が収蔵されており、誰でも自由に閲覧する事ができる。
「相変わらず誰もいない……」
この集落に娯楽なんて殆どない筈なのに読書ができるこの場所へ他のエルフ達が足を運ぶ事は滅多にない。
私としてはこれだけ本があるのに人が集まらない事が不思議でしょうがないが、どうにも他のエルフの目にはここに入り浸る私の方が奇異に映るらしい。
「まあ、一人の方が静かでいいけど」
慣れた手つきで二、三冊見繕い、いつも座っている定位置に移動して本を開く。
とはいえここにある本は全て読んでしまったので知っている内容を見返すだけなのだが。
本を開いて頁を捲りながら文章を目で追うも、いまいち集中できない。
内容を知ってるからというのもあるが、それ以前に先程の姉の言葉と表情が頭から離れなかった。
「あの人と似てる、か……」
本から目を離して顔を上げ、呟く。たぶん姉はなんとなく似ていると感じてそう言ったのだろうが、存外、的を得ていると思う。
実のところ、私は姉の指すあの人、つまり外を目指して旅立ったエルフとそれなりに交流があった。
いや、それなりというのは少し語弊があったかもしれない。
なにせ当時四才だった私は魔法から文字の読み書き……そしてエルフという種族の真実さえもその人に教えてもらったのだから。
「言われてみればこの喋り方もどことなく影響を受けてるかも」
幼少期の出来事は人格形成に大きな影響を与えると本に書いてあった。
十才の私が幼少期と言うのもあれな話だが、四才から五才の頃のたった一年と少しの出来事とはいえ、私の人格形成に多分な影響を与えたのだと思う。
まあ、もちろんそれだけではなく、あの人がいなくなってからの五年間も含めて今の私がいるのだが。
「……お姉さまには私の事黙ってたみたいだし、今さら掘り返して言う必要もないよね」
隠した理由はおそらく姉に怒られるからだろう。
文字の読み書きはともかく魔法の練習は少なからず危険が伴う。もしまだ幼かった私に教えている事が知られれば、絶対に止められた筈だ。
とはいえ魔法を教える事自体は別に禁止されているわけでもない。
望むなら誰でも教えてもらえるし、私みたいな子供が頼んでも姉以外は何も言わないだろう。
そもそもエルフという種族は寿命の長さ故か、子孫を残そうとする概念が希薄だ。
そのため私と同世代や年の近いエルフは他におらず、一番年が近いのは二十歳の姉という事になる。
ちなみにあの人は五年前の時点で五十五歳、もし生きていたら今年で六十歳、姉とは四十も離れているが、それでもこの集落の中では若い方だった。
子供を産み育てるエルフはとても少なく、そういった習慣自体が根づいていないため、これくらいの年齢になったら何を教える、あるいは教わる、などといった明確な決まりが存在しない。
それに先も述べた通り、殆どのエルフが物事に対して深く関心を抱かないので、相手が子供だろうと頼めば魔法を教えてはくれる。
まあ、その分、安全への配慮が最低限になるだろうけど。
「あの人、お姉さまには頭が上がらなかったのかな……」
まだ五年しか経っていないのにぼんやりとしか思い出せない日々を思い浮かべながら独り言つ。
当時、姉が私とあの人の関係を知らなかったのと同様に私も姉とあの人の関係を知らなかった。
というのもあの人が文字の読み書きや魔法を教えくれる時はいつもこの場所だったからだ。
当時……というか今もだが、ここはあの人と私以外誰も寄り付かない。私はあの人が魔法や読み書きを教えてくれる時間以外はずっとここで過ごしていた。
無論、夜になれば家に帰っていたが、そこでも姉にあの人との事を話すことはなかったし、姉もそんな話はしなかった。
二人の関係を知ったのは事件の後、彼の亡骸の前でただ一人泣き崩れる姉の姿を目にした時だ。
あの時、集落に住む大半のエルフは亡骸の前で涙を流す姉をただ見ていた。
顔見知りも、一緒に狩りをしていたであろう仲間も、両親でさえ一様に普段と何ら変わらない表情で。
幼かった私はそれがとても恐ろしかった。
あの人が死んでしまった悲しみより、初めて泣き崩れる姉の姿を目にした衝撃より、変わらないエルフ達の表情が何よりも恐ろしく、悍しく、気持ち悪い。
そんなエルフ達に嫌悪感を覚えた私は一秒でも早くその場から逃げ出したくて思いっきり駆け出した。
今思えば、あの人の死で涙を流さなかった私もあのエルフ達と大差無いのかもしれない。
それでも身近な誰かの死に対してあんなにも他人事でいるエルフ達と同じになりたくなんてない。
たとえ大差が無くとも私は違うのだと思いたくてそれから必死に理由を考えた。
どうして他のエルフ達はあんな風になってしまったのか?
流石に生まれた瞬間からああだったとは思えない。なぜならあの人や姉、それに一応私という例外がいるからだ。
たったの三人、誤差と言える範囲なのかもしれない。
けれどその三人に共通点があれば私の推測にも信憑性が出てくるだろう。
あの人と姉と私の共通点であり、他のエルフとの相違点……それはたぶん、生きてきた年月だ。
私達三人を除いた他のエルフ達の年齢は最低でも三桁に届いている。それに比べて私達は一番年齢が高かったあの人でも五十五歳、三桁には程遠い。
もし仮に、私の推測が正しいとして、他のエルフ達がそうなってしまった理由は大体察しがつく。
百年を越える長い年月をこんな何もない森の奥で過ごせば、退屈な日々に精神が摩耗し、あらゆる物事に関心を持てなくなってしまってもおかしくはない。
「ここにいたら、いつか私も……」
このまま何も変わらなければいずれは私もああなってしまう。
それだけは絶対に嫌だ。あの人もたぶん今の私と同じ想いを抱いたからこそ外の世界を目指したのだろう。
いや、もしかしたらあの人に限った話ではないのかもしれない。
あんな風になってしまったエルフ達も私達と同じように悩みを抱きながら過ごしてきたのだとしたら……。
「……やめた。ここでそんな事を考えても仕方ないし、気分転換に魔法の練習でもしようかな」
手元の本をぱたりと閉じて持ってきた本と一緒に元の場所へと返す。
ここを利用するのは私だけなので戻さなくとも誰かに咎められる事はないのだが、本はきちんと並んでないと気が済まない性分なので仕方ない。
「あ~やっぱりここにいた~!」
「げっ……お姉さま……」
本をしまい終え、外に向かおうとした瞬間に現れた姉に思わずそんな声が漏れた。
他と比べて少し大きいこの建物にはおよそ数千冊の本が収蔵されており、誰でも自由に閲覧する事ができる。
「相変わらず誰もいない……」
この集落に娯楽なんて殆どない筈なのに読書ができるこの場所へ他のエルフ達が足を運ぶ事は滅多にない。
私としてはこれだけ本があるのに人が集まらない事が不思議でしょうがないが、どうにも他のエルフの目にはここに入り浸る私の方が奇異に映るらしい。
「まあ、一人の方が静かでいいけど」
慣れた手つきで二、三冊見繕い、いつも座っている定位置に移動して本を開く。
とはいえここにある本は全て読んでしまったので知っている内容を見返すだけなのだが。
本を開いて頁を捲りながら文章を目で追うも、いまいち集中できない。
内容を知ってるからというのもあるが、それ以前に先程の姉の言葉と表情が頭から離れなかった。
「あの人と似てる、か……」
本から目を離して顔を上げ、呟く。たぶん姉はなんとなく似ていると感じてそう言ったのだろうが、存外、的を得ていると思う。
実のところ、私は姉の指すあの人、つまり外を目指して旅立ったエルフとそれなりに交流があった。
いや、それなりというのは少し語弊があったかもしれない。
なにせ当時四才だった私は魔法から文字の読み書き……そしてエルフという種族の真実さえもその人に教えてもらったのだから。
「言われてみればこの喋り方もどことなく影響を受けてるかも」
幼少期の出来事は人格形成に大きな影響を与えると本に書いてあった。
十才の私が幼少期と言うのもあれな話だが、四才から五才の頃のたった一年と少しの出来事とはいえ、私の人格形成に多分な影響を与えたのだと思う。
まあ、もちろんそれだけではなく、あの人がいなくなってからの五年間も含めて今の私がいるのだが。
「……お姉さまには私の事黙ってたみたいだし、今さら掘り返して言う必要もないよね」
隠した理由はおそらく姉に怒られるからだろう。
文字の読み書きはともかく魔法の練習は少なからず危険が伴う。もしまだ幼かった私に教えている事が知られれば、絶対に止められた筈だ。
とはいえ魔法を教える事自体は別に禁止されているわけでもない。
望むなら誰でも教えてもらえるし、私みたいな子供が頼んでも姉以外は何も言わないだろう。
そもそもエルフという種族は寿命の長さ故か、子孫を残そうとする概念が希薄だ。
そのため私と同世代や年の近いエルフは他におらず、一番年が近いのは二十歳の姉という事になる。
ちなみにあの人は五年前の時点で五十五歳、もし生きていたら今年で六十歳、姉とは四十も離れているが、それでもこの集落の中では若い方だった。
子供を産み育てるエルフはとても少なく、そういった習慣自体が根づいていないため、これくらいの年齢になったら何を教える、あるいは教わる、などといった明確な決まりが存在しない。
それに先も述べた通り、殆どのエルフが物事に対して深く関心を抱かないので、相手が子供だろうと頼めば魔法を教えてはくれる。
まあ、その分、安全への配慮が最低限になるだろうけど。
「あの人、お姉さまには頭が上がらなかったのかな……」
まだ五年しか経っていないのにぼんやりとしか思い出せない日々を思い浮かべながら独り言つ。
当時、姉が私とあの人の関係を知らなかったのと同様に私も姉とあの人の関係を知らなかった。
というのもあの人が文字の読み書きや魔法を教えくれる時はいつもこの場所だったからだ。
当時……というか今もだが、ここはあの人と私以外誰も寄り付かない。私はあの人が魔法や読み書きを教えてくれる時間以外はずっとここで過ごしていた。
無論、夜になれば家に帰っていたが、そこでも姉にあの人との事を話すことはなかったし、姉もそんな話はしなかった。
二人の関係を知ったのは事件の後、彼の亡骸の前でただ一人泣き崩れる姉の姿を目にした時だ。
あの時、集落に住む大半のエルフは亡骸の前で涙を流す姉をただ見ていた。
顔見知りも、一緒に狩りをしていたであろう仲間も、両親でさえ一様に普段と何ら変わらない表情で。
幼かった私はそれがとても恐ろしかった。
あの人が死んでしまった悲しみより、初めて泣き崩れる姉の姿を目にした衝撃より、変わらないエルフ達の表情が何よりも恐ろしく、悍しく、気持ち悪い。
そんなエルフ達に嫌悪感を覚えた私は一秒でも早くその場から逃げ出したくて思いっきり駆け出した。
今思えば、あの人の死で涙を流さなかった私もあのエルフ達と大差無いのかもしれない。
それでも身近な誰かの死に対してあんなにも他人事でいるエルフ達と同じになりたくなんてない。
たとえ大差が無くとも私は違うのだと思いたくてそれから必死に理由を考えた。
どうして他のエルフ達はあんな風になってしまったのか?
流石に生まれた瞬間からああだったとは思えない。なぜならあの人や姉、それに一応私という例外がいるからだ。
たったの三人、誤差と言える範囲なのかもしれない。
けれどその三人に共通点があれば私の推測にも信憑性が出てくるだろう。
あの人と姉と私の共通点であり、他のエルフとの相違点……それはたぶん、生きてきた年月だ。
私達三人を除いた他のエルフ達の年齢は最低でも三桁に届いている。それに比べて私達は一番年齢が高かったあの人でも五十五歳、三桁には程遠い。
もし仮に、私の推測が正しいとして、他のエルフ達がそうなってしまった理由は大体察しがつく。
百年を越える長い年月をこんな何もない森の奥で過ごせば、退屈な日々に精神が摩耗し、あらゆる物事に関心を持てなくなってしまってもおかしくはない。
「ここにいたら、いつか私も……」
このまま何も変わらなければいずれは私もああなってしまう。
それだけは絶対に嫌だ。あの人もたぶん今の私と同じ想いを抱いたからこそ外の世界を目指したのだろう。
いや、もしかしたらあの人に限った話ではないのかもしれない。
あんな風になってしまったエルフ達も私達と同じように悩みを抱きながら過ごしてきたのだとしたら……。
「……やめた。ここでそんな事を考えても仕方ないし、気分転換に魔法の練習でもしようかな」
手元の本をぱたりと閉じて持ってきた本と一緒に元の場所へと返す。
ここを利用するのは私だけなので戻さなくとも誰かに咎められる事はないのだが、本はきちんと並んでないと気が済まない性分なので仕方ない。
「あ~やっぱりここにいた~!」
「げっ……お姉さま……」
本をしまい終え、外に向かおうとした瞬間に現れた姉に思わずそんな声が漏れた。
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