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第四話
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再び電車を利用して東京に移動し、魔術師育成高等学校へ向かった。途中から晴輝が結斗の代わりにスーツケースを持ってあげたおかげで、移動するのは苦でなかった。しかし、昼飯を食べていないせいで結斗の腹は頻繁に悲鳴を上げている。川喜田と晴輝はずっと結斗と一緒で食べていないはずなのに、悠々としている。
何とか学校に着くと、川喜田が校舎の隣にある建物に結斗を案内した。
四階建てで各階の左側に入り口が一つずつあり、横に設置されている木製の階段を四階まで三人で上った。結斗は自分のリュックが重いせいで肩で息をしていた。しかし彼と違って晴輝は、リュックの何倍も重いスーツケースを運んでいても顔色を変えない。
川喜田がドアを軽くノックしても返事がないので、晴輝の鍵を借りて部屋に入った。中には五つの個室と、共有の風呂場とキッチン、テーブル、そしてテレビがある。この階は現在男女二人ずつ住んでおり、結斗が五人目になる。その内個室二つは鍵がかかっているが、男子が使っている二つの部屋はドアが開いていて散らかった部屋が丸見えである。閉まっている部屋に住んでいる女子二人は、現在遠征中らしい。
「ここは佐神先生が担当していますよね? 何ですかこの部屋は」
今日初めて川喜田が顔を顰めた。確かに生乾きの服の匂いがするし、テーブルには洗われていない食器が置かれてある。晴輝はそっぽを向いて小声で答えた。
「……佐神先生が担当しています」
川喜田が大袈裟な溜息を吐いた。結斗もこの悲惨な部屋を見て唖然としている。
「今から授業があるので晴輝と私は行きます。結斗さん、こんな汚い部屋ですみません。部屋の物は準備されているはずなので、荷物を片付けて下さい。後でこの部屋は元凶の二人に綺麗にさせるので、心配いりません」
元凶の一人である晴輝は、川喜田に睨まれて身を震わせている。そして寮に関する簡単な説明を川喜田がした後、彼女と晴輝は寮を後にした。
「マジかよ……」
祖父母の家と全く違う光景に虚ろな目になる結斗。
取りあえず、右側にある入り口と反対側にある自分の部屋に行く。ちゃんと机とタンス、ベッドがある。小さなベランダも。
スーツケースとリュックを床に置き、結斗は思い切り窓を開けた。涼しい風が流れ込み、柔らかい陽の光が部屋に舞っている埃を照らす。
リビングに戻って、結斗はまず全ての窓を全開にした。出されたままの食器を一旦キッチンに持って行き、洗剤があることを確認した後に掃除機を探す。
男子二人に掃除をさせると川喜田は言っていたが、枳殻結斗はそれだけでは止まらない。
「掃除が趣味の人間の本気を見せるか」
恐らくあまり使われていない掃除機を風呂場で見つけ、結斗は目を輝かせる。早速電源を入れて部屋の掃除を始めた。
―☆—☆—☆—
三十分後、驚異の速さで結斗は洗濯、食器洗い、風呂磨き、テーブルの拭き掃除、そして男子三人の個室を含める部屋全体に掃除機をかけた。それに加え、自分の部屋で使おうと思っていたアロマを臭いがひどいリビングで焚いた。
泥棒が入って荒らしたような部屋は、結斗の手によって全く別の場所になっていた。額の汗を拭い、結斗は達成感に満ちた笑みを浮かべる。
今度は自分の部屋を整理し、壁に家族や友人、近所の年寄りと一緒に撮った写真を貼った。
いつからか祖母の家事を手伝うのに快感を覚えていた結斗は、特に拭き掃除と掃除機をかけることが趣味になっていた。祖母伝授の害虫駆除も得意で、学校にどんな虫が現れようと彼が撃退することにクラスメイトから尊敬されていたのである。
自分の荷物を片付け終えると、腹に限界が訪れた結斗は持ってきたチョコレートバーを、目に留まらない速さで食べ上げた。
もちろんそれだけでは腹の唸りは止まらないので、結斗はキッチンに行く。
狭いキッチンの割には食洗器と冷蔵庫が大きい。上には千円札が二枚入った壺がある。ルームメイト一人ずつから三日に一回徴収し、料理の材料などを購入する仕組みだ。一週間に三回ほど学校から野菜や果物が支給されるので、食費に困ることは無い。
「チャーハン作るか」
丁度手作りチャーハンの材料があったため、結斗は持参のエプロンを着て料理を始めた。お気に入りの昭和の曲を口ずさみながら、包丁で軽快な音を立てて野菜を刻む。
十分後ぐらいに部屋の外の通路で、見知らぬ少年と話をしている晴輝の声がした。
「とっても良い人だから大丈夫……ってなんか良い匂いしない?」
キッチン前のカーテンは閉めているが、窓は開けたままにしているので結斗の特製チャーハンの匂いは外までする。
「ただいまー、もう一人のルームメイトが……ってえぇ⁉」
何かを言おうとしていた晴輝だが、部屋に足を踏み入れた直後に素っ頓狂な声を出した。続けて中に入ってきた少年も「は?」と言って目を見張った。
「あ、ごめんごめん。勝手に食材使ってるけど壺の中に千円入れといたから」
口をぱくぱくさせる晴輝と少年。
結斗と晴輝のルームメイトである少年は、黒縁の眼鏡をかけており、癖があるが整っている黒髪が特徴的である。彼は、信じられない、と言わんばかりに目を細めて部屋を見回している。
「どうした? チャーハン食うか?」
「部屋片づけてくれたの⁉」
「あ、それ? 我慢できなかったんだ。すまん」
晴輝は自分の部屋の中も覗いた後「魔術だよ、こんなの……」と感心して呟いた。少年も賛同して頷く。
「部屋が輝いて見えんの俺だけか?」
少年が晴輝に耳打ちすると、晴輝は呆然と部屋を眺めながら首を横に振った。
「キラキラしてるし、アロマの匂いもする……」
「あー、枳殻《からたち》だよな?」
チャーハンを作り終えてエプロンを脱ぐ結斗に少年が尋ねる。
「枳殻結斗、十七歳! ちなみにチャーハンいっぱい作っちゃったから、食べる?」
「食います」
茶碗を使ってチャーハンを丸く皿に盛り、三人分テーブルに並べた。四時半、と早い夕食だが育ち盛りの少年たちには問題ない。
テーブルに着き晴輝と少年は輝いているテーブルをまじまじと眺めた後に、チャーハンに手を付けた。
「「「いただきます」」」
一口目。晴輝と少年は手を止めて、面食らった顔になった。
「これってもしかして手作りか?」
少年がもう一口食べて、色々な角度からチャーハンを観察する。晴輝は黙々と食べ進めている。
「そうだけど?」
「冷凍のやつより断然美味い……」
「そうか? ならよかった」
この言葉を聞くのが好きで料理も好きな結斗は、祖父母以外の人間の褒め言葉にはにかんだ笑みを見せた。
「あ、俺、阿刀《あとう》朔《さく》って名前。よしくな」
チャーハンの湯気で曇った眼鏡を気にすることなく、少年こと朔は結斗に片手を差し出す。二人は握手を交わし、それぞれ食べることに戻った。
一番早く食べ終えた晴輝は惜しそうに自分の皿を見た後、朔の皿に残ったチャーハンを凝視する。
「あげないぞ?」
眼鏡の奥から朔が晴輝を睨むと、晴輝はがっくりと項垂れた。
「あとこういう質問して良いのか分かんないけど、阿刀は何ランク?」
朔も晴輝と同様、茶ベルトを装着している。
「金星ランク。下から二番目」
結斗の質問に特に恥じるそぶりを見せず、晴輝と違って朔はあっさりと答えた。この部屋にいる人は全員茶ベルトなので、恥じることもないが。
そしてその後、長い一日のせいで瞼が落ちかかっていた結斗は食器洗いを二人に任せた。綺麗になったシャワーを浴びてベッドに崩れ落ちるようにして横になると、彼はすぐに眠りに就いた。
何とか学校に着くと、川喜田が校舎の隣にある建物に結斗を案内した。
四階建てで各階の左側に入り口が一つずつあり、横に設置されている木製の階段を四階まで三人で上った。結斗は自分のリュックが重いせいで肩で息をしていた。しかし彼と違って晴輝は、リュックの何倍も重いスーツケースを運んでいても顔色を変えない。
川喜田がドアを軽くノックしても返事がないので、晴輝の鍵を借りて部屋に入った。中には五つの個室と、共有の風呂場とキッチン、テーブル、そしてテレビがある。この階は現在男女二人ずつ住んでおり、結斗が五人目になる。その内個室二つは鍵がかかっているが、男子が使っている二つの部屋はドアが開いていて散らかった部屋が丸見えである。閉まっている部屋に住んでいる女子二人は、現在遠征中らしい。
「ここは佐神先生が担当していますよね? 何ですかこの部屋は」
今日初めて川喜田が顔を顰めた。確かに生乾きの服の匂いがするし、テーブルには洗われていない食器が置かれてある。晴輝はそっぽを向いて小声で答えた。
「……佐神先生が担当しています」
川喜田が大袈裟な溜息を吐いた。結斗もこの悲惨な部屋を見て唖然としている。
「今から授業があるので晴輝と私は行きます。結斗さん、こんな汚い部屋ですみません。部屋の物は準備されているはずなので、荷物を片付けて下さい。後でこの部屋は元凶の二人に綺麗にさせるので、心配いりません」
元凶の一人である晴輝は、川喜田に睨まれて身を震わせている。そして寮に関する簡単な説明を川喜田がした後、彼女と晴輝は寮を後にした。
「マジかよ……」
祖父母の家と全く違う光景に虚ろな目になる結斗。
取りあえず、右側にある入り口と反対側にある自分の部屋に行く。ちゃんと机とタンス、ベッドがある。小さなベランダも。
スーツケースとリュックを床に置き、結斗は思い切り窓を開けた。涼しい風が流れ込み、柔らかい陽の光が部屋に舞っている埃を照らす。
リビングに戻って、結斗はまず全ての窓を全開にした。出されたままの食器を一旦キッチンに持って行き、洗剤があることを確認した後に掃除機を探す。
男子二人に掃除をさせると川喜田は言っていたが、枳殻結斗はそれだけでは止まらない。
「掃除が趣味の人間の本気を見せるか」
恐らくあまり使われていない掃除機を風呂場で見つけ、結斗は目を輝かせる。早速電源を入れて部屋の掃除を始めた。
―☆—☆—☆—
三十分後、驚異の速さで結斗は洗濯、食器洗い、風呂磨き、テーブルの拭き掃除、そして男子三人の個室を含める部屋全体に掃除機をかけた。それに加え、自分の部屋で使おうと思っていたアロマを臭いがひどいリビングで焚いた。
泥棒が入って荒らしたような部屋は、結斗の手によって全く別の場所になっていた。額の汗を拭い、結斗は達成感に満ちた笑みを浮かべる。
今度は自分の部屋を整理し、壁に家族や友人、近所の年寄りと一緒に撮った写真を貼った。
いつからか祖母の家事を手伝うのに快感を覚えていた結斗は、特に拭き掃除と掃除機をかけることが趣味になっていた。祖母伝授の害虫駆除も得意で、学校にどんな虫が現れようと彼が撃退することにクラスメイトから尊敬されていたのである。
自分の荷物を片付け終えると、腹に限界が訪れた結斗は持ってきたチョコレートバーを、目に留まらない速さで食べ上げた。
もちろんそれだけでは腹の唸りは止まらないので、結斗はキッチンに行く。
狭いキッチンの割には食洗器と冷蔵庫が大きい。上には千円札が二枚入った壺がある。ルームメイト一人ずつから三日に一回徴収し、料理の材料などを購入する仕組みだ。一週間に三回ほど学校から野菜や果物が支給されるので、食費に困ることは無い。
「チャーハン作るか」
丁度手作りチャーハンの材料があったため、結斗は持参のエプロンを着て料理を始めた。お気に入りの昭和の曲を口ずさみながら、包丁で軽快な音を立てて野菜を刻む。
十分後ぐらいに部屋の外の通路で、見知らぬ少年と話をしている晴輝の声がした。
「とっても良い人だから大丈夫……ってなんか良い匂いしない?」
キッチン前のカーテンは閉めているが、窓は開けたままにしているので結斗の特製チャーハンの匂いは外までする。
「ただいまー、もう一人のルームメイトが……ってえぇ⁉」
何かを言おうとしていた晴輝だが、部屋に足を踏み入れた直後に素っ頓狂な声を出した。続けて中に入ってきた少年も「は?」と言って目を見張った。
「あ、ごめんごめん。勝手に食材使ってるけど壺の中に千円入れといたから」
口をぱくぱくさせる晴輝と少年。
結斗と晴輝のルームメイトである少年は、黒縁の眼鏡をかけており、癖があるが整っている黒髪が特徴的である。彼は、信じられない、と言わんばかりに目を細めて部屋を見回している。
「どうした? チャーハン食うか?」
「部屋片づけてくれたの⁉」
「あ、それ? 我慢できなかったんだ。すまん」
晴輝は自分の部屋の中も覗いた後「魔術だよ、こんなの……」と感心して呟いた。少年も賛同して頷く。
「部屋が輝いて見えんの俺だけか?」
少年が晴輝に耳打ちすると、晴輝は呆然と部屋を眺めながら首を横に振った。
「キラキラしてるし、アロマの匂いもする……」
「あー、枳殻《からたち》だよな?」
チャーハンを作り終えてエプロンを脱ぐ結斗に少年が尋ねる。
「枳殻結斗、十七歳! ちなみにチャーハンいっぱい作っちゃったから、食べる?」
「食います」
茶碗を使ってチャーハンを丸く皿に盛り、三人分テーブルに並べた。四時半、と早い夕食だが育ち盛りの少年たちには問題ない。
テーブルに着き晴輝と少年は輝いているテーブルをまじまじと眺めた後に、チャーハンに手を付けた。
「「「いただきます」」」
一口目。晴輝と少年は手を止めて、面食らった顔になった。
「これってもしかして手作りか?」
少年がもう一口食べて、色々な角度からチャーハンを観察する。晴輝は黙々と食べ進めている。
「そうだけど?」
「冷凍のやつより断然美味い……」
「そうか? ならよかった」
この言葉を聞くのが好きで料理も好きな結斗は、祖父母以外の人間の褒め言葉にはにかんだ笑みを見せた。
「あ、俺、阿刀《あとう》朔《さく》って名前。よしくな」
チャーハンの湯気で曇った眼鏡を気にすることなく、少年こと朔は結斗に片手を差し出す。二人は握手を交わし、それぞれ食べることに戻った。
一番早く食べ終えた晴輝は惜しそうに自分の皿を見た後、朔の皿に残ったチャーハンを凝視する。
「あげないぞ?」
眼鏡の奥から朔が晴輝を睨むと、晴輝はがっくりと項垂れた。
「あとこういう質問して良いのか分かんないけど、阿刀は何ランク?」
朔も晴輝と同様、茶ベルトを装着している。
「金星ランク。下から二番目」
結斗の質問に特に恥じるそぶりを見せず、晴輝と違って朔はあっさりと答えた。この部屋にいる人は全員茶ベルトなので、恥じることもないが。
そしてその後、長い一日のせいで瞼が落ちかかっていた結斗は食器洗いを二人に任せた。綺麗になったシャワーを浴びてベッドに崩れ落ちるようにして横になると、彼はすぐに眠りに就いた。
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