上 下
7 / 27

一幕幕間 オトモダチケット

しおりを挟む
 隣の席。理由はそれだけだった。

「ねぇ、どこ中? 私隣の市の第三中出身なんだけど」

 ブラシでとかしただけの野暮ったい長い後ろ髪と重い前髪に黒縁眼鏡。少々、いや大分地味な子だが仕方ない。

 私は焦っていた。手っ取り早く友達を欲した。

 だって、一人ぼっちは嫌だもの。学校という組織での最弱地位は『ぼっち』だもの。

「あの、」

「あ、私の名前は」

「目立つから、黙ってて」

 向けられた目線から氷水を打たれた。

 クリーンヒット。入学式が始まる十五分前、私は笹山葵が大嫌いになった。

 一瞬だけ会ったあの目は何処までも透き通った空色じゃない、誰も寄せ付けない冷たい氷だった。

 以来、彼女と話すことはなかった。基、彼女が誰かと話すことはなかった。





 入学式から一週間。運よく右隣の子から話しかけられた私は数名の友人を確保し、安堵の中で息をしていた。

 一方の左、笹山葵はクラスカースト最下位、典型的なぼっちと化した。

 誰に虐められている訳もない。一人で登校し、一人で教室を移動し、一人で昼食を食べ、一人で下校する。

 いい気味だと思う。けど、彼女はちっとも苦しそうじゃなかった。

 むしろ清々しいのか、雲一つない空のようにさっぱりとした顔をしていた。

 理解不能だ。花の女子高生がぼっちを望むなんて。

 近寄んな、こら。という一匹オオカミ臭はない。いじめられっ子の風貌もなく、ただただ存在感がない
空気。しかも空気の中でも一番人間に遠い窒素だろう。窒素的風貌、窒素人間。なんて肩書だろう。

 私は陰で彼女を新種の怪人『ジェーケーモドキー』と名付けた。

 そんな怪人を変えたのは、これまた変人。それなりに厳しい校則を掲げるわが校に転校してきた『ピンクツインテール怪獣』だ。

 一見ボヤッとしているように見える彼女は、鼻歌交じりで壁を越え、いとも容易く笹山のぼっち空間に侵入した。傍から見れば空気の読めない馬鹿。しかし笹山は彼女を遠ざけなかった。

 冷たい言葉を浴びせているようだが、拒絶はしなかった。心のどこかで、成田陽彩という生き物を受け入れているように見えた。

 なぜ。単純な疑問が浮かび上がった。あの子の何が、彼女を変えた。

「成田さん、だよね」

「ええ、成田ですけど」

 部活が始まる前。忘れ物をしたと駆け込んだ教室には、成田陽彩がただ一人いた。

 勇気を出してという程じゃないけど、丁度良いタイミングなんだとムチを打ち、ピンクな彼女に接触をした。

「あのさ、あんまり笹山さんに関わらないほうがいいと思う」

 優しさのつもりで、柔らかく声をかける。

 成田さんもそれにこたえるように、にこやかに微笑んだ。

「あら、どうして?」

「どうしてって、笹山さんは一人が好きなの。付きまとったら迷惑でしょ」

「そうね。迷惑でしょうね」

 だからどうした。私を見上げる目は確かにそう言っていた。

 小さく歯ぎしりがなる。妙なくらい、ムカついた。

「じゃあやめなさいよ」

 意図せずとも、語尾が強くなる。それは彼女も同じだった。

「やめない。だって私、彼女と友達になりたいもの」

「はぁ?」

 あんなに冷たくされているのに? 

 ピンク髪はやることだけでなく、思考も別世界にあるのか。

「何で? もっと他に居るでしょ。あんたと友達になりたい人間」

 勿論主にその頭のせいで彼女を遠ざけたい人間が多数だ。けど、どんな事象にも少数派は存在する。彼女に興味を示す同性は少なからず存在した。

「あっそ。でも私はそんな人どうでもいいから」

「どうでもって」

「私は葵ちゃんに用があるの。他の誰かじゃない、葵ちゃんじゃなきゃダメなの。あんたと違って」

 彼女の言葉はビュンっと、ど真ん中をついた。

 吐き出そうとした反論がグッと喉に詰まる。

「この世界の人間なんて、葵ちゃん以外どーーーでもいい。私は葵ちゃんを知りたいの。ぼっちを回避するためだけに隣に置きたい存在が欲しいんじゃないの」

 どうしてそこまで、言われなきゃならないのだ。沸々と湧き上がる怒りで成田さんを睨むが、彼女はそれ以上に強い目線を向けていた。

 怒りというより、執着。そんなものを感じた。

「第一私にあたらないでくれる? あんた、葵ちゃんと仲良くなりたかったけど、上手くいかなかったんでしょう?」

 ぎくり。またまたビュンっと、言葉が飛ぶ。

「どうしてそれを――」

「あ、図星だった? カマってかけてみるもんだね」

 へへっと笑うその面に更に腹が立つ。

 反論はない、出てこない。握り潰した拳を振り上げそうになるのを堪えるのに必死だった。

「君、本当は葵ちゃんと友達になりたいんでしょう?」

「……………」

「なら粘らなきゃ。葵ちゃんは意外と押しに弱いんだぜ?」

 二重人格かと疑いたい。成田さんは冗談でもかますかのような軽快な笑顔を作る。やはり理解不能だ。

「仕方ないなぁ。じゃあ今度三人で遊んでやるよぉ」

「……成田さんもいるの?」

「ひっどい言い方。初めは我慢しなさい。二回目は邪魔しないから」

 鞄からメモ帳を取り出した成田さんは、何かを書き出した。

「はいこれ。気が向いたら連絡してねー」

 右手にねじ込まれたのは白い猫が書かれたメモ帳。そこにはメッセージアプリのIDと電話番号が記されていた。

 何かを言ううちに、彼女はいなくなっていた。追ってみても影すらない。怪獣ピンクツインテールは逃げ足が速かった。

「変な、やつ……」

 メモに残る白い猫が私を睨む。……ぶっさいく、だなぁ。

 もうすぐ夏が来る。夏休みは海に行きたい。

 青い空、青い海、そして白い砂浜。そこに立つ笹山葵の姿は、容易に想像できた。

 けど、その隣に私が立つことは出来なかった。今のままでは、成田さんの方が想像できる。

 隣の席。理由はそれだけだと思っていた。

 けど私の頭の中は、どの友人よりも笹山葵で占められているのだ。

 氷じゃなかった。あの瞳は胸に突き刺さったまま、春を過ぎて、夏を迎えても溶けてはくれないのだ。

 これはもう、反論の余地なしだ。

「よし」

 やることは決まった。しかしその前に部活がある。

 何か忘れているなぁと思いながらも早く家に帰りたい一心で、教室を飛び出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

氷の蝶は死神の花の夢をみる

河津田 眞紀
青春
刈磨汰一(かるまたいち)は、生まれながらの不運体質だ。 幼い頃から数々の不運に見舞われ、二週間前にも交通事故に遭ったばかり。 久しぶりに高校へ登校するも、野球ボールが顔面に直撃し昏倒。生死の境を彷徨う。 そんな彼の前に「神」を名乗る怪しいチャラ男が現れ、命を助ける条件としてこんな依頼を突きつけてきた。 「その"厄"を引き寄せる体質を使って、神さまのたまごである"彩岐蝶梨"を護ってくれないか?」 彩岐蝶梨(さいきちより)。 それは、汰一が密かに想いを寄せる少女の名だった。 不運で目立たない汰一と、クール美少女で人気者な蝶梨。 まるで接点のない二人だったが、保健室でのやり取りを機に関係を持ち始める。 一緒に花壇の手入れをしたり、漫画を読んだり、勉強をしたり…… 放課後の逢瀬を重ねる度に見えてくる、蝶梨の隙だらけな素顔。 その可愛さに悶えながら、汰一は想いをさらに強めるが……彼はまだ知らない。 完璧美少女な蝶梨に、本人も無自覚な"危険すぎる願望"があることを…… 蝶梨に迫る、この世ならざる敵との戦い。 そして、次第に暴走し始める彼女の変態性。 その可愛すぎる変態フェイスを独占するため、汰一は神の力を駆使し、今日も闇を狩る。

イラスト部(仮)の雨宮さんはペンが持てない!~スキンシップ多めの美少女幽霊と部活を立ち上げる話~

川上とむ
青春
内川護は高校の空き教室で、元気な幽霊の少女と出会う。 その幽霊少女は雨宮と名乗り、自分の代わりにイラスト部を復活させてほしいと頼み込んでくる。 彼女の押しに負けた護は部員の勧誘をはじめるが、入部してくるのは霊感持ちのクラス委員長や、ゆるふわな先輩といった一風変わった女生徒たち。 その一方で、雨宮はことあるごとに護と行動をともにするようになり、二人の距離は自然と近づいていく。 ――スキンシップ過多の幽霊さんとスクールライフ、ここに開幕!

【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~

テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。 なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった―― 学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ! *この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...