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08.茶番終了でございます
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レグルス殿下に許可を得たお兄様はゲアリンデを冷たい眼で睥睨なさいます。
「ゲアリンデとやらに問う。我が妹はエルナンド皇子の婚約者などではないことは理解しているだろうが、何故無関係な妹がお前を虐げねばならんのだ」
お兄様の声は凍るほどに冷たいものです。お兄様はわたくしにお甘いから、こうなってしまいますのね。
「あー、リスティスの逆鱗に触れたか」
「リスティスはレーナのことを溺愛しているからね」
苦笑してレオンハルトとレグルス殿下が囁き合っています。
ええ、もううちのお兄様は重度のシスコンです。わたくしに言い寄ろうとする男性のプライドを口撃で叩き折るくらいには。尤も皇妃候補であるわたくしを口説こうとする男性など殆どおりませんけれど。
「それは……判りません。多分、単に私が気に入らなかったんです。私が可憐で愛らしいから」
そのゲアリンデの言葉に皆ドン引きです。自分で自分のことを可憐で可愛いとかよく言えますね。確かに見た目は可憐で可愛らしいかもしれませんけれど、そこまで突出したものでもありませんのに、自信たっぷりに言える神経が理解できません。しかも人外級に美しいレグルス殿下とお兄様の前で言い切れるのが凄いですわね。
「それに私は沢山の男の人にもてて愛されたから、それも面白くなかったんだと思います」
ゲアリンデってモテていましたからしら。逆ハーレムルートなんてありませんから、他の攻略対象からは距離を置かれていたように思いますけれど。少なくともエルナンド皇子以外と仲睦まじくしている様子は見たことがございませんわね。ゲアリンデが一方的に話しかけ付きまとっていたのは何度か見かけておりますけれど。学院に月に一回程度しか来ないわたくしが何度も目にしていたというのも異常ですわね。
「……頭の可笑しい狂人か。話を聞く価値もない。唯一つ言っておく。マグダレーナはとても美しい。お前など足元にも及ばぬほどにな。皇国一の美姫と称されているほどに」
お兄様はそう仰ると再度レグルス殿下に一礼為さいます。これで終わりということですわね。でも、お兄様、皇国一の美姫は言い過ぎです。称されてもおりませんわよ。身内の贔屓目が過ぎます。
「リスティス殿はぶれませんね。本当にサンドラのことを可愛がっている」
「可愛がってるってレベルじゃないだろう。溺愛が過ぎるってもんだ」
苦笑するヴォルフガングと呆れるクラウス。お兄様のコレって通常運転なのですよね。ですから幼馴染たちも苦笑したり多少呆れる程度で殊更何かを言ったりはしません。
「そんな! 私は」
まだ何かを言い募ろうとするゲアリンデの声を無視してレグルス殿下は指を鳴らされました。それに従い衛兵がエルナンド皇子を立たせ、ゲアリンデを拘束します。恐らく司法省か騎士団で事情聴取されるのでしょうね。エルナンド皇子には反逆罪の嫌疑がありますし、ゲアリンデはわたくしへの誣告罪がございますから。
エルナンド皇子は様々なご自分にとっての新事実を受け入れるのに精一杯なのか、抵抗することなく大人しく衛兵に従われます。衛兵もそんなエルナンド皇子を拘束することなく皇家への礼を以て連行します。
けれど、ゲアリンデは大人しくしていませんでした。叫び暴れるゲアリンデは衛兵に拘束され引き摺られるように連れていかれました。『私はヒロインなのよ!』『私が皇妃になるの!』『こんなの可笑しい!』『全部アレクサンドラが悪いんだわ!』等々、最後までテンプレな反応でございましたわね。
衛兵に連れられ会場を後にしたエルナンド皇子とゲアリンデ。その姿が扉の向こうに消えると、レグルス殿下は壇上に立たれました。
「皆、時間を取らせて済まなかったな。後日詫びを届けさせよう。さて、まだまだ宴は始まったばかりだ。存分に楽しんでくれ」
皇太子に最も近い皇子らしい威厳と、誰をも魅了するといわれる笑みでレグルス殿下は仰います。そして、楽団に音楽を奏でるように指示なさいました。とはいえ、この空気。皆、未だに戸惑いから抜け出せず、直ぐに踊り始める方はいらっしゃいません。
「レーナ、踊っていただけますか?」
「喜んで、ミセル様」
ここは率先してレグルス殿下が踊るべきですわね。差し出された殿下の手にわたくしの手を重ね、ホールの中央へ出ます。かなりの注目を浴びておりますわね。無理もありません。先ほどまでの断罪劇(笑)の中心にいたわたくしがパートナーですしね。とはいえ、殆どの反論はお兄様とミセル様がしてくださいましたから、わたくし空気でございましたけれど。
わたくしたちが踊り始めると、お兄様、ヴォルフガング、クラウス、レオンハルトもそれぞれに令嬢を誘い、踊り始めます。それにつられたかのように皆様思い思いにダンスを楽しみ始めました。
「レーナ、愚弟が迷惑をかけたね」
「そうですわね。でも、ミセル様のせいではございませんでしょう」
そう、愚かなのはエルナンド皇子であって、ミセル様がわたくしに謝る必要などありません。でも、皇家の一員として皇家に連なる弟が犯した愚行に責任を感じていらっしゃるのでしょう。
「……その如何にも貴族令嬢といった口調には違和感があるな」
「仕方ありませんでしょう。ここは社交の場ですもの。冒険者であるときのように気安い口調では話せませんわ」
踊りながら小声で会話をします。耳元で囁かれると擽っとうございます。
普段は迷宮の魔族討伐でご一緒しており、このような口調ではなく互いに敬語も使わず気安い話し方をしておりますから、話しながらも違和感は拭えませんわね、お互いに。でも、ここにいるのは冒険者のレグルスとアレクサンドラではなく、第一皇子のレグルス殿下とセーヴェル公爵令嬢のわたくしですから、それに相応しい態度を取らねばなりません。共に冒険しているときとは違い少し距離があるようで寂しく感じてしまいます。けれど、それも仕方のないことです。
「レーナ、まだ正式発表にはなっていないが、私が皇太子に決まったよ」
耳元で囁くようにミセル様は仰います。ああ、そのお話があったから、皇帝陛下に呼ばれていらしたのですね。
「おめでとうございます、ミセル様。漸くですわね」
ミセル様が5級に認定されたのは3年前。わたくしが冒険者になったころでした。本来ならばすぐにでも立太子しても可笑しくはなかったのに、ミセル様は立太子なさいませんでした。まだ冒険者を楽しみたいからなどとミセル様は仰っていましたけれど、側近を務めるお兄様は『素直じゃない』や『ヘタレ』などと呆れておられました。
恐らくミセル様が立太子を見合わせていたのはわたくしのため。まだ冒険者になったばかりだったわたくしのためだと思います。ミセル様が立太子なされば、条件からいってわたくしが皇太子妃になることは確定ですから。そうなればわたくしは皇妃教育と公務のために冒険者ではいられなくなりますもの。
「これで漸く君に求婚できる」
「踊りながら求婚なさいますの? まぁ、皇妃になれるのはクロンティリス直系のわたくしだけですものね。いきなり陛下からの勅命で婚約者になるよりは求婚していただけるだけマシですかしら」
四神公爵家直系令嬢はわたくしだけですから、皇妃を立てるならわたくしを娶るしかありませんもの。現皇帝陛下も前皇帝陛下も皇妃がいらっしゃいませんでしたから、レグルス殿下が皇妃を立てないという選択肢もございませんし。
でも、それだけが理由ではないことも感じております。決して思い過ごしや自惚れではないとも思っております。
いつのころからか、ミセル様の視線に熱を感じるようになりました。お兄様や幼馴染たちの眼差しとは違って、何処か猛々しくも艶めかしい眼差しを向けられるようになっておりました。わたくしの自惚れや自意識過剰ではなく、ミセル様がわたくしを特別に想ってくださっているのだと感じておりました。そして、わたくしはそれを嬉しく思っているのです。
「逆だよ、レーナ。皇太子になったから君を娶るんじゃない。皇太子にならなければセーヴェル公爵令嬢である君を得ることは難しかった。弟たちの誰かが皇太子になれば、君はその妻になってしまうんだから。私は君を得るために皇太子になったんだ」
ミセル様は足を止め、踊るのを止めます。そして跪き、わたくしの手を取りました。それに気づいたお兄様が足を止め、ヴォルフガングが、クラウスが、レオンハルトが、それに気づいた他の方々が次々と踊るのを止め、周囲にぽっかりと穴が開いたように人が離れます。ダンスのための音楽も止まってしまいました。
「愛しいレーナ。どうか、私の妻になってほしい」
そう言ってミセル様が取り出したのは二つの指輪。〔オリムエンゲージリング〕と〔シャショーナエンゲージリング〕は大陸東部の迷宮の塔に出現する首領級魔族から得られる希少なアイテムです。この指輪をつけて婚姻を結ぶと、指輪の魔力によってどんなに離れていても自由に相手の許へ瞬間移動出来るのです。とても冒険者らしい、わたくしたちらしい結婚指輪ですわね。
「酷い方。こんなふうに求婚されたら断れませんわ」
「断ってもいい。断るのかい?」
その顔、断られるなんて思ってもいないのでしょうに!
幼いころからずっと想っていました。少しでもあなたに相応しくあろうと勉学もマナーも必死に学びました。冒険者階級だってあなたの冒険のパートナーを誰にも渡さないために必死で上げました。全てあなたの隣に並び立つために。
「断るわけありませんでしょう! ずっとこの日を待っていたのですもの! ミセル様、喜んであなたの妻になります」
その瞬間、祝福の旋律を楽団が奏で、お兄様たち舞踏会参列者の歓声がわたくしたちを包んだのでした。
エルナンド皇子の馬鹿な宣言で始まった舞踏会はレーナ殿下の公開プロポーズ成功で幕を閉じたのでした。この日のことは長く『卒業記念舞踏会の珍事』として語り継がれたとか。
レグルス殿下の立太子から1年後わたくしは皇家に嫁ぎ皇太子妃となり、その半年後、レグルス殿下は即位し皇帝陛下となられました。
その恩赦によりあの日より北の塔に幽閉されていたエルナンド皇子はシーマ子爵として母君ダルシェナ才人を伴って辺境の領地へと下られました。ゲアリンデは約2年の修道院での再教育を経てシーマ子爵夫人となりました。
皇太子ではない臣籍降下した元皇子との婚姻はゲアリンデにとって不本意だったらしく逃げ出そうとしたそうですが、先の皇帝陛下はそれをお許しになりませんでした。あれだけの騒ぎを起こしたのですから望み通りに結婚せよと強引に婚姻を結ばせました。ゲアリンデは嫌がって大騒ぎをしながらもエルナンド元皇子とともに辺境の荒れた領地へと流されたのです。
「ゲアリンデとやらに問う。我が妹はエルナンド皇子の婚約者などではないことは理解しているだろうが、何故無関係な妹がお前を虐げねばならんのだ」
お兄様の声は凍るほどに冷たいものです。お兄様はわたくしにお甘いから、こうなってしまいますのね。
「あー、リスティスの逆鱗に触れたか」
「リスティスはレーナのことを溺愛しているからね」
苦笑してレオンハルトとレグルス殿下が囁き合っています。
ええ、もううちのお兄様は重度のシスコンです。わたくしに言い寄ろうとする男性のプライドを口撃で叩き折るくらいには。尤も皇妃候補であるわたくしを口説こうとする男性など殆どおりませんけれど。
「それは……判りません。多分、単に私が気に入らなかったんです。私が可憐で愛らしいから」
そのゲアリンデの言葉に皆ドン引きです。自分で自分のことを可憐で可愛いとかよく言えますね。確かに見た目は可憐で可愛らしいかもしれませんけれど、そこまで突出したものでもありませんのに、自信たっぷりに言える神経が理解できません。しかも人外級に美しいレグルス殿下とお兄様の前で言い切れるのが凄いですわね。
「それに私は沢山の男の人にもてて愛されたから、それも面白くなかったんだと思います」
ゲアリンデってモテていましたからしら。逆ハーレムルートなんてありませんから、他の攻略対象からは距離を置かれていたように思いますけれど。少なくともエルナンド皇子以外と仲睦まじくしている様子は見たことがございませんわね。ゲアリンデが一方的に話しかけ付きまとっていたのは何度か見かけておりますけれど。学院に月に一回程度しか来ないわたくしが何度も目にしていたというのも異常ですわね。
「……頭の可笑しい狂人か。話を聞く価値もない。唯一つ言っておく。マグダレーナはとても美しい。お前など足元にも及ばぬほどにな。皇国一の美姫と称されているほどに」
お兄様はそう仰ると再度レグルス殿下に一礼為さいます。これで終わりということですわね。でも、お兄様、皇国一の美姫は言い過ぎです。称されてもおりませんわよ。身内の贔屓目が過ぎます。
「リスティス殿はぶれませんね。本当にサンドラのことを可愛がっている」
「可愛がってるってレベルじゃないだろう。溺愛が過ぎるってもんだ」
苦笑するヴォルフガングと呆れるクラウス。お兄様のコレって通常運転なのですよね。ですから幼馴染たちも苦笑したり多少呆れる程度で殊更何かを言ったりはしません。
「そんな! 私は」
まだ何かを言い募ろうとするゲアリンデの声を無視してレグルス殿下は指を鳴らされました。それに従い衛兵がエルナンド皇子を立たせ、ゲアリンデを拘束します。恐らく司法省か騎士団で事情聴取されるのでしょうね。エルナンド皇子には反逆罪の嫌疑がありますし、ゲアリンデはわたくしへの誣告罪がございますから。
エルナンド皇子は様々なご自分にとっての新事実を受け入れるのに精一杯なのか、抵抗することなく大人しく衛兵に従われます。衛兵もそんなエルナンド皇子を拘束することなく皇家への礼を以て連行します。
けれど、ゲアリンデは大人しくしていませんでした。叫び暴れるゲアリンデは衛兵に拘束され引き摺られるように連れていかれました。『私はヒロインなのよ!』『私が皇妃になるの!』『こんなの可笑しい!』『全部アレクサンドラが悪いんだわ!』等々、最後までテンプレな反応でございましたわね。
衛兵に連れられ会場を後にしたエルナンド皇子とゲアリンデ。その姿が扉の向こうに消えると、レグルス殿下は壇上に立たれました。
「皆、時間を取らせて済まなかったな。後日詫びを届けさせよう。さて、まだまだ宴は始まったばかりだ。存分に楽しんでくれ」
皇太子に最も近い皇子らしい威厳と、誰をも魅了するといわれる笑みでレグルス殿下は仰います。そして、楽団に音楽を奏でるように指示なさいました。とはいえ、この空気。皆、未だに戸惑いから抜け出せず、直ぐに踊り始める方はいらっしゃいません。
「レーナ、踊っていただけますか?」
「喜んで、ミセル様」
ここは率先してレグルス殿下が踊るべきですわね。差し出された殿下の手にわたくしの手を重ね、ホールの中央へ出ます。かなりの注目を浴びておりますわね。無理もありません。先ほどまでの断罪劇(笑)の中心にいたわたくしがパートナーですしね。とはいえ、殆どの反論はお兄様とミセル様がしてくださいましたから、わたくし空気でございましたけれど。
わたくしたちが踊り始めると、お兄様、ヴォルフガング、クラウス、レオンハルトもそれぞれに令嬢を誘い、踊り始めます。それにつられたかのように皆様思い思いにダンスを楽しみ始めました。
「レーナ、愚弟が迷惑をかけたね」
「そうですわね。でも、ミセル様のせいではございませんでしょう」
そう、愚かなのはエルナンド皇子であって、ミセル様がわたくしに謝る必要などありません。でも、皇家の一員として皇家に連なる弟が犯した愚行に責任を感じていらっしゃるのでしょう。
「……その如何にも貴族令嬢といった口調には違和感があるな」
「仕方ありませんでしょう。ここは社交の場ですもの。冒険者であるときのように気安い口調では話せませんわ」
踊りながら小声で会話をします。耳元で囁かれると擽っとうございます。
普段は迷宮の魔族討伐でご一緒しており、このような口調ではなく互いに敬語も使わず気安い話し方をしておりますから、話しながらも違和感は拭えませんわね、お互いに。でも、ここにいるのは冒険者のレグルスとアレクサンドラではなく、第一皇子のレグルス殿下とセーヴェル公爵令嬢のわたくしですから、それに相応しい態度を取らねばなりません。共に冒険しているときとは違い少し距離があるようで寂しく感じてしまいます。けれど、それも仕方のないことです。
「レーナ、まだ正式発表にはなっていないが、私が皇太子に決まったよ」
耳元で囁くようにミセル様は仰います。ああ、そのお話があったから、皇帝陛下に呼ばれていらしたのですね。
「おめでとうございます、ミセル様。漸くですわね」
ミセル様が5級に認定されたのは3年前。わたくしが冒険者になったころでした。本来ならばすぐにでも立太子しても可笑しくはなかったのに、ミセル様は立太子なさいませんでした。まだ冒険者を楽しみたいからなどとミセル様は仰っていましたけれど、側近を務めるお兄様は『素直じゃない』や『ヘタレ』などと呆れておられました。
恐らくミセル様が立太子を見合わせていたのはわたくしのため。まだ冒険者になったばかりだったわたくしのためだと思います。ミセル様が立太子なされば、条件からいってわたくしが皇太子妃になることは確定ですから。そうなればわたくしは皇妃教育と公務のために冒険者ではいられなくなりますもの。
「これで漸く君に求婚できる」
「踊りながら求婚なさいますの? まぁ、皇妃になれるのはクロンティリス直系のわたくしだけですものね。いきなり陛下からの勅命で婚約者になるよりは求婚していただけるだけマシですかしら」
四神公爵家直系令嬢はわたくしだけですから、皇妃を立てるならわたくしを娶るしかありませんもの。現皇帝陛下も前皇帝陛下も皇妃がいらっしゃいませんでしたから、レグルス殿下が皇妃を立てないという選択肢もございませんし。
でも、それだけが理由ではないことも感じております。決して思い過ごしや自惚れではないとも思っております。
いつのころからか、ミセル様の視線に熱を感じるようになりました。お兄様や幼馴染たちの眼差しとは違って、何処か猛々しくも艶めかしい眼差しを向けられるようになっておりました。わたくしの自惚れや自意識過剰ではなく、ミセル様がわたくしを特別に想ってくださっているのだと感じておりました。そして、わたくしはそれを嬉しく思っているのです。
「逆だよ、レーナ。皇太子になったから君を娶るんじゃない。皇太子にならなければセーヴェル公爵令嬢である君を得ることは難しかった。弟たちの誰かが皇太子になれば、君はその妻になってしまうんだから。私は君を得るために皇太子になったんだ」
ミセル様は足を止め、踊るのを止めます。そして跪き、わたくしの手を取りました。それに気づいたお兄様が足を止め、ヴォルフガングが、クラウスが、レオンハルトが、それに気づいた他の方々が次々と踊るのを止め、周囲にぽっかりと穴が開いたように人が離れます。ダンスのための音楽も止まってしまいました。
「愛しいレーナ。どうか、私の妻になってほしい」
そう言ってミセル様が取り出したのは二つの指輪。〔オリムエンゲージリング〕と〔シャショーナエンゲージリング〕は大陸東部の迷宮の塔に出現する首領級魔族から得られる希少なアイテムです。この指輪をつけて婚姻を結ぶと、指輪の魔力によってどんなに離れていても自由に相手の許へ瞬間移動出来るのです。とても冒険者らしい、わたくしたちらしい結婚指輪ですわね。
「酷い方。こんなふうに求婚されたら断れませんわ」
「断ってもいい。断るのかい?」
その顔、断られるなんて思ってもいないのでしょうに!
幼いころからずっと想っていました。少しでもあなたに相応しくあろうと勉学もマナーも必死に学びました。冒険者階級だってあなたの冒険のパートナーを誰にも渡さないために必死で上げました。全てあなたの隣に並び立つために。
「断るわけありませんでしょう! ずっとこの日を待っていたのですもの! ミセル様、喜んであなたの妻になります」
その瞬間、祝福の旋律を楽団が奏で、お兄様たち舞踏会参列者の歓声がわたくしたちを包んだのでした。
エルナンド皇子の馬鹿な宣言で始まった舞踏会はレーナ殿下の公開プロポーズ成功で幕を閉じたのでした。この日のことは長く『卒業記念舞踏会の珍事』として語り継がれたとか。
レグルス殿下の立太子から1年後わたくしは皇家に嫁ぎ皇太子妃となり、その半年後、レグルス殿下は即位し皇帝陛下となられました。
その恩赦によりあの日より北の塔に幽閉されていたエルナンド皇子はシーマ子爵として母君ダルシェナ才人を伴って辺境の領地へと下られました。ゲアリンデは約2年の修道院での再教育を経てシーマ子爵夫人となりました。
皇太子ではない臣籍降下した元皇子との婚姻はゲアリンデにとって不本意だったらしく逃げ出そうとしたそうですが、先の皇帝陛下はそれをお許しになりませんでした。あれだけの騒ぎを起こしたのですから望み通りに結婚せよと強引に婚姻を結ばせました。ゲアリンデは嫌がって大騒ぎをしながらもエルナンド元皇子とともに辺境の荒れた領地へと流されたのです。
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コメントありがとうございます。
楽しんでいただけたのであればとても嬉しいです( ꈍᴗꈍ)