上 下
1 / 4

001

しおりを挟む
 わたくしとアシュトン殿下の婚約が決まったのは、10歳のことでした。

 当時の王太子殿下と妃殿下は中々御子に恵まれず、結婚10年目にして漸くご誕生になったのがアシュトン殿下でございます。頑なにご側室を娶られなかった王太子殿下も肩身の狭い思いをされていた王太子妃殿下も漸く肩の荷を下ろされたことでしょう。待望の世継ぎの誕生に国中が喜びに沸いたそうです。

 子がお出来になりにくい王太子ご夫妻にとってアシュトン殿下は唯一の御子、当時の国王ご夫妻にも初めての内孫です。大層アシュトン殿下は可愛がられて育ちました。特に当時の王妃殿下はことのほか溺愛なさっていたようです。異国の諺に『婆育ちは三百文安い』とある通りにお育ちになったのはある意味仕方のないことかもしれません。

 アシュトン殿下の祖父に当たる国王陛下はアシュトン殿下が7歳を過ぎたころにご退位され、アシュトン殿下の父君がご即位なさいました。それからアシュトン殿下のお妃選びが始まり、10歳のときに同年齢の公爵家の娘が婚約者となりました。それがわたくし、ベレスフォード公爵家長女コーデリアでございます。

 それからは淑女教育に加え、王妃教育が始まりました。王妃教育は従来の淑女教育に加え、他国の言語やマナー、歴史を学ぶものです。これらは国賓を持て成したり、外遊する際に必要になる知識です。

 また、王家の詳しい歴史も学びます。貴族教育や学院でも学びますが、より詳しく学ぶこととなります。王家に都合が悪く隠されていることも学ぶのですが、それは実際に結婚してからだそうです。婚約段階では政情によっては白紙に戻ることもございますし、王家に都合の悪いことは教えられませんものね。

 同じ理由で王城の緊急避難通路(いわゆる隠し通路)や王家の秘事(どんなことがあるのかは存じません)も婚姻後に教育を受けることとなります。

 他にも我が国の各領地の情勢、貴族間の力関係や派閥、近隣諸国の詳細な情勢など、社交において必要と思われる以上の詳しい講義もございました。政の基礎となる知識でございますわね。これも国王や王太子を支えるためには必要なのでしょう。

 更には何故か王太子や国王が普段行う執務の中でも書類仕事についての講義もございました。基本的に王妃や王太子妃に執務はございませんから、不思議に思いましたの。

 王妃や王太子妃は飽くまでも子を産むことがその最たる勤め。次いで国王や王太子のパートナーとして外交や社交を補佐すること。政に関わることはございません。あとは王太子宮や王宮の使用人の管理をはじめとした家内運営が主となるはずですのに、何故、政に関わるものを学ぶのでしょう。

 不思議に思ってお母様にお尋ねしたところ、国王や王太子不在の際に代理で執務するためだと言われました。確かにお父様がご不在のときはお母様が代わりに判断なさいますわね。でも、お母様がお父様の代わりに書類仕事をしているところは見たことがございませんわ。

 なんとなく納得しかねるものの、王妃教育の内容に疑問を呈することも出来ず、粛々と教育を受ける日が続きました。

 勿論、王宮に伺うのは王妃教育だけではございません。婚約者である王太子殿下との交流の時間もございます。交流は主にお茶会です。1時間ほど、二人で(給仕係のメイドや護衛はおりますが)お茶やお菓子をいただきながらお話しいたします。専らアシュトン殿下がお話しくださることに微笑んで相槌を打ち、時折『素敵ですわ』『素晴らしゅうございますわ』『流石王太子殿下でいらっしゃいますのね』とアシュトン殿下を煽て……讃える言葉を挟むのがわたくしの役目です。

 時折アシュトン殿下は間違ったことを仰いますが、それを正してはいけません。お諫めすることもいけません。一度お諫めしたところ、アシュトン殿下はとても不機嫌になられ、テラスに設けられたテーブルをひっくり返してしまわれましたの。まだ熱かったティーポットのお茶がわたくしの腕にかかり、火傷をしてしまいましたわ。アシュトン殿下はわたくしに謝ることもなく、生意気だとか不敬だとか散々に罵られて去ってしまわれました。

 それを知った王妃殿下は今後アシュトン殿下には直接申し上げずに、アシュトン殿下の侍従(教育係兼任)に申し伝えるようにとご助言くださいました。また、お父様からも同じように言われ、それ以降、わたくしは直接アシュトン殿下に申し上げることは致しませんでした。アシュトン殿下は同年の女に色々と言われることがお嫌いなようです。

 婚約して1年が過ぎ、王妃教育の厳しさにも慣れて余裕が出てきますと、アシュトン殿下の王太子教育が上手く進んでいないのではないかとの疑問が浮かんでまいりました。お茶会の中でのアシュトン殿下のお話からすると、わたくしが受けている講義よりも内容が半年分は遅れているようでしたから。

 でも、お話しになっていないだけで、他にもわたくしとは違う様々な教育を受けておられるから、その分進みが遅くなるのかとも思いましたわ。剣術や馬術など、わたくしが受けていないものもございますし。そう自分に言い聞かせておりましたの。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お姉さまは酷いずるいと言い続け、王子様に引き取られた自称・妹なんて知らない

あとさん♪
ファンタジー
わたくしが卒業する年に妹(自称)が学園に編入して来ました。 久しぶりの再会、と思いきや、行き成りわたくしに暴言をぶつけ、泣きながら走り去るという暴挙。 いつの間にかわたくしの名誉は地に落ちていたわ。 ずるいずるい、謝罪を要求する、姉妹格差がどーたらこーたら。 わたくし一人が我慢すればいいかと、思っていたら、今度は自称・婚約者が現れて婚約破棄宣言? もううんざり! 早く本当の立ち位置を理解させないと、あの子に騙される被害者は増える一方! そんな時、王子殿下が彼女を引き取りたいと言いだして──── ※この話は小説家になろうにも同時掲載しています。 ※設定は相変わらずゆるんゆるん。 ※シャティエル王国シリーズ4作目! ※過去の拙作 『相互理解は難しい(略)』の29年後、 『王宮勤めにも色々ありまして』の27年後、 『王女殿下のモラトリアム』の17年後の話になります。 上記と主人公が違います。未読でも話は分かるとは思いますが、知っているとなお面白いかと。 ※『俺の心を掴んだ姫は笑わない~見ていいのは俺だけだから!~』シリーズ5作目、オリヴァーくんが主役です! こちらもよろしくお願いします<(_ _)> ※ちょくちょく修正します。誤字撲滅! ※全9話

悪役令嬢は倒れない!~はめられて婚約破棄された私は、最後の最後で復讐を完遂する~

D
ファンタジー
「エリザベス、俺はお前との婚約を破棄する」 卒業式の後の舞踏会で、公爵令嬢の私は、婚約者の王子様から婚約を破棄されてしまう。 王子様は、浮気相手と一緒に、身に覚えのない私の悪行を次々と披露して、私を追い詰めていく。 こんな屈辱、生まれてはじめてだわ。 調子に乗り過ぎよ、あのバカ王子。 もう、許さない。私が、ただ無抵抗で、こんな屈辱的なことをされるわけがないじゃない。 そして、私の復讐が幕を開ける。 これは、王子と浮気相手の破滅への舞踏会なのだから…… 短編です。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません 

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。 まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。 だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥ たまにやりたくなる短編。 ちょっと連載作品 「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!

れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。 父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。 メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。 復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*) *なろうにも投稿しています

聖なる歌姫は喉を潰され、人間をやめてしまいました。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ロレーナに資格はない!」 「歌の下手なロレーナ!」 「怠け者ロレーナ!」 教会の定めた歌姫ロレーナは、王家の歌姫との勝負に負けてしまった。それもそのはず、聖なる歌姫の歌は精霊に捧げるもので、権力者を喜ばせるものではない。

努力をしらぬもの、ゆえに婚約破棄であったとある記録

志位斗 茂家波
ファンタジー
それは起きてしまった。 相手の努力を知らぬ愚か者の手によって。 だが、どうすることもできず、ここに記すのみ。 ……よくある婚約破棄物。大まかに分かりやすく、テンプレ形式です。興味があればぜひどうぞ。

完)まあ!これが噂の婚約破棄ですのね!

オリハルコン陸
ファンタジー
王子が公衆の面前で婚約破棄をしました。しかし、その場に居合わせた他国の皇女に主導権を奪われてしまいました。 さあ、どうなる?

全てを奪われ追放されたけど、実は地獄のようだった家から逃げられてほっとしている。もう絶対に戻らないからよろしく!

蒼衣翼
ファンタジー
俺は誰もが羨む地位を持ち、美男美女揃いの家族に囲まれて生活をしている。 家や家族目当てに近づく奴や、妬んで陰口を叩く奴は数しれず、友人という名のハイエナ共に付きまとわれる生活だ。 何よりも、外からは最高に見える家庭環境も、俺からすれば地獄のようなもの。 やるべきこと、やってはならないことを細かく決められ、家族のなかで一人平凡顔の俺は、みんなから疎ましがられていた。 そんなある日、家にやって来た一人の少年が、鮮やかな手並みで俺の地位を奪い、とうとう俺を家から放逐させてしまう。 やった! 準備をしつつも諦めていた自由な人生が始まる! 俺はもう戻らないから、後は頼んだぞ!

処理中です...