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後編
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姉によりセルドへの疑念が沸いたハバリーだったが、それはあっさりと霧散した。
「お兄様……お姉様が怖いわ。やっぱりあたくしのことお嫌いなのね」
セルドがハバリーの袖を引き上目遣いでハバリーに縋ったのだ。それによってハバリーはまたしてもセルドの騎士へと逆戻りしてしまった。その2人を残りの3人は冷たい目で見ていた。
「病弱病弱といいますけれどね、セルドは自分が楽しみにしている行事のときに体調を崩したことは一度もありませんよ」
レオーネは冷めた声で事実をお花畑の弟妹に突きつける。
病弱を言い訳にするセルドだが、王都での観劇やお祭りなどの楽しみの際に体調を崩したことは一度もなかった。元気すぎるほどに元気で当日の装いをあれこれ考えて商人を呼びつけようとしたりしていた。無駄遣いを諫める母に対して兄に『お母様に苛められた』などと泣きつくことはあったが、それだけだった。
なのに、セルドに都合が良くないことがあればすぐに体調を崩すのだ。
「セルドの具合が悪くなるのは決まって学院の課題の締め切り日。或いはお前がリンセの許へ出かけるとき。急に具合が悪くなって、学院を欠席することが決まるとモリモリお菓子を食べぐーすか寝てますわよね。お前がデートを取りやめれば、分厚い血の滴るステーキを3人前ぺろりと平らげてますわよね。何処が病弱でか弱いんですか」
明らかに仮病と判るそれらの行動にハバリーだけが気づかない。あまりのハバリーの様子にセルドが魅了や洗脳系の精神作用を持つ魔法かスキルを持つ可能性も考えられた。そのため、王立魔法研究所の筆頭魔導士に調べてもらったが、結果はセルドは魔法適性も魔力もスキルも何も持っていないというものだった。
つまり、ハバリーは拙い子供の媚びに惑わされ、正常な判断能力もなく、思い込みが激しく、自信過剰で己の正義に酔っぱらっているだけだった。
それを知った両親は頭を抱えた。3人の子供のうち、真面なのは長女1人。3分の2が問題児なのであれば、自分たちは子育てを完全に間違い、親となる適性がなかったのだ。今回の隠居には両親のそんな反省も影響している。ついでに両親は孫には過度に接しないとも宣言した。
「ですが、セルドは動くのも大変なほど体が弱いのは事実……」
「弱いのはありません。重すぎるのです。お前の3倍の体重ですからね」
ある意味事実を基にしたハバリーの反論をまたもやレオーネは途中で遮った。
そう、確かにセルドは運動が出来ない。少し動けば眩暈や立ち眩みを起こす。けれどそれも無理はない。平均的な貴族の同年代の女性の4倍ほどセルドは皮下脂肪と内臓脂肪を貯め込み、丸々どころかぶよぶよと太っているのだ。それでは動くのがままならないのも当然だ。医者から健康体と太鼓判を押されているのはある意味奇跡だ。
「セルドに友人がいないのは自業自得です。自分の思い通りにならなければ周囲に当たり散らしていますからね。学院のクラスでは皆に避けられているようですけれど、それも当然ね」
更にレオーネは学院でのセルドに触れる。ハバリーにとっては可憐で健気で優しい妹だが、周囲の評価は違うのだと知らしめる。
学院でのセルドは孤立している。けれどそれも無理はない。貴族令嬢にはあるまじき下品な言動をし、有り得ない締まりのない体をしている。
セルドの他にも体質的なものや様々な要因でふくよかな学生もいる。けれど彼ら彼女らはそんな中でも他人に不快感を与えないように気を配っている。そんな気遣いがセルドには一切ない。だから、肥え太った体型もセルドに関しては蔑まれる一因となっている。
おまけに高位貴族であることを笠に着てわがまま放題だ。同学年には第3王子もいるし、大公の令嬢も、公爵家の令息令嬢もいる。つまりセルドよりも高位の子息子女だ。けれど彼らは正しく王侯貴族というものを理解し、その務めを果たしている。地位や権力を己の欲のために使うことはない。だから、それをしてしまうセルドとハバリーは悪目立ちもする。
「何かあればお兄様に言いつけると叫んでいるそうですよ。お前の妹馬鹿ぶりは有名ですからね。お前まで出てくると面倒だから、皆様妹を避けておられるのです」
セルドだけでも面倒なのに、そこにハバリーまで出てきては対応しきれなくなる。それこそ第3王子や大公令嬢のお出ましを願うしかない。だが、彼らは王族としての公務もあり多忙だ。そんな彼らにこんな屑たちの対応を依頼するなど申し訳なさすぎる。ゆえに同級生たちはセルドと関わらないことを選んだのだ。幸い出席率の低いセルドなのでそれはさほど難しいことではなかった。
つくづくリンセには面倒を押し付けてしまったと申し訳なくなる。幸い婚約は公表されていなかったから、学院でハバリーの対処をリンセに願う学生はいなかった。
なお、婚約が公表されていなかったのは、婚約までの期間が短く、準備が間に合わなかったからだ。夜会で婚約を公表するための準備もあり、半年後に公表予定だった。
「そんなことはありません! 妹は愛らしく皆に愛されて」
「皆に愛される天使であれば、何故1人も求婚者がいないのでしょうね」
ハバリーの妄言を三度レオーネは切り捨てる。
「酷い! お姉様はあたくしがお嫌いなのね!」
今まで兄に縋るようにくっついていたセルドがようやく姉に反論する。
「当たり前でしょう。何処にお前を好きになる要素があるというの。自分で何1つ努力せず、他人の成果を羨むばかり。下品で無礼で怠惰で、そんなお前のことを好く者がいると思っているの?」
レオーネの言葉はどこまでも冷たい。これまで散々迷惑を掛けられてきた。何度も何度も説教し、叱り、言い聞かせ、それでもこの妹は全く変わらなかった。いや、更に酷くなっていった。家族だから、妹だからと無条件に愛せるわけではない。かつては確かにあったはずのセルドへの姉としての愛情は既にもう擦り切れて無くなってしまっている。家族の愛とて有限なのだ。
「酷い、お姉様、酷い」
「酷いしか言えないの? 何が酷いの? わたくしがあなたを愛さないこと? あなたを嫌いなこと?」
レオーネの言葉はどこまでも冷たい。この妹は今日を限りに切り捨てる。だからこそ、甘えは捨てさせ現実を見せなければいけない。
「そうよ、姉なのにあたくしを愛さないなんて酷いわ!」
「そう。でも今更ではなくて? あなた散々ハバリーにわたくしに嫌われていると泣きついていたでしょう。わたくしだけではないわね。ハバリーの婚約者だったリンセや大公令嬢や色んな令嬢に嫌われているとハバリーに言っていたでしょう」
セルドは自分を被害者に見せるために、自分が目障りに思う者に『嫌われている』と兄に泣きついていた。すると兄はその人物を排除してくれた。
「尤も、リンセや大公令嬢はでたらめもいいところね。彼女たちはあなたのことを何とも思ってないわ」
精々彼女たちはセルドを厄介な相手としてしか認識していない。彼女に感情を動かすほど関心はないのだ。
「そんなあなたの戯言を真に受けて、ハバリーはリンセを責めたわね。大公令嬢は身分が上だから何も言えない。その分を自分より身分が低い相手にぶつけていた。最低ね、ハバリー」
再びレオーネの標的はハバリーに戻る。セルドも酷いが、被害を拡大させたのはハバリーだ。セルドの戯言をハバリーが真に受けなければ、セルドの戯言は戯言で終わったのだ。現実的な被害はそれを真に受けたハバリーによってもたらされているのだから。
「リンセは俺の婚約者だ。だったら、セルドを俺と同じように慈しむのは当然だろう!」
ずっとそう言い続けていた主張のままにハバリーは反論する。リンセの人格を認めていないのだ。いや、ハバリーは自分以外の誰の人格も認めていないのかもしれない。最愛というセルドでさえ、彼の自尊心や虚栄心、加虐性を満足させるための手段でしかなかったのかもしれない。だから、現実のセルドの姿を真面に認識していないのだろう。
「リンセとの婚約は1ヶ月も前に白紙撤回されていますよ。お前と彼女が婚約した事実そのものがなくなっているのです」
1ヶ月前に白紙の手続きが終わったときに父からその話を聞いているはずなのにハバリーはそれを忘れていた。自分が捨てるならともかく自分が捨てられるなど、彼のプライドが許さなかった。だから、その事実を記憶から消したのだ。
「レオーネ、そこまでになさいな。これ以上言っても2人には響きませんよ。あとはそれぞれの場所で現実を知り、後悔し、悔い改めればよいのです」
それまで沈黙を保っていた母リェフがレオーネを止めた。何を言ってもセルドは酷い酷いと言うばかり。ハバリーは現実を認めようとしない。言葉では彼らには何も与えることはできないのだ。結局彼らを責めたのはレオーネのこれまでの鬱憤を少しばかり解消するための自己満足でしかなかった。
それから1ヶ月後、侯爵位は臣籍降下した元第2王子ネムルが継ぎ、アウリャル家はレオーネが継ぐという変則的な継承が行われた。
ハバリーはカデナ男爵家へと婿入りした。
カデナ男爵家には色狂いで有名な現男爵の母がおり、ハバリーは自分の祖母に近い年齢の前男爵夫人へと婿入りしたのだ。男爵はセルドがそのまま年を取ったような母親に苦労しており、その母を宥めるための生贄としてハバリーが与えられたのである。
ハバリーは年を取った分だけ狡猾になった進化系セルドによって翻弄され虐げられることになった。
セルドは戒律の厳しいハウラ修道院へと送られた。
最寄りの村まで馬車で3日という山奥の修道院は完全自給自足で日々の食事も満足に摂れない環境だ。当然これまでのセルドのように怠惰では生きていくことが出来ない。
働かぬセルドは最初の3日で音を上げて脱走を図ったが、重い体は修道院の敷地から抜け出すまでに力尽き、脱走は叶わなかった。
その後の彼らがどうなったのか、リンセは知らない。そもそもリンセは婚約白紙化後の彼らのことは『王都から出された』としか聞いていないし、それ以上のことを知りたいとも思わない。
リンセは元第3皇子ルプスの興した伯爵家で賢夫人として夫を支え家を盛り立てていく。元第2王子妃だったレオーネ侯爵夫人と共に社交界を牽引する存在となり、たった2ヶ月の婚約のことなど思い出すこともなかった。
「お兄様……お姉様が怖いわ。やっぱりあたくしのことお嫌いなのね」
セルドがハバリーの袖を引き上目遣いでハバリーに縋ったのだ。それによってハバリーはまたしてもセルドの騎士へと逆戻りしてしまった。その2人を残りの3人は冷たい目で見ていた。
「病弱病弱といいますけれどね、セルドは自分が楽しみにしている行事のときに体調を崩したことは一度もありませんよ」
レオーネは冷めた声で事実をお花畑の弟妹に突きつける。
病弱を言い訳にするセルドだが、王都での観劇やお祭りなどの楽しみの際に体調を崩したことは一度もなかった。元気すぎるほどに元気で当日の装いをあれこれ考えて商人を呼びつけようとしたりしていた。無駄遣いを諫める母に対して兄に『お母様に苛められた』などと泣きつくことはあったが、それだけだった。
なのに、セルドに都合が良くないことがあればすぐに体調を崩すのだ。
「セルドの具合が悪くなるのは決まって学院の課題の締め切り日。或いはお前がリンセの許へ出かけるとき。急に具合が悪くなって、学院を欠席することが決まるとモリモリお菓子を食べぐーすか寝てますわよね。お前がデートを取りやめれば、分厚い血の滴るステーキを3人前ぺろりと平らげてますわよね。何処が病弱でか弱いんですか」
明らかに仮病と判るそれらの行動にハバリーだけが気づかない。あまりのハバリーの様子にセルドが魅了や洗脳系の精神作用を持つ魔法かスキルを持つ可能性も考えられた。そのため、王立魔法研究所の筆頭魔導士に調べてもらったが、結果はセルドは魔法適性も魔力もスキルも何も持っていないというものだった。
つまり、ハバリーは拙い子供の媚びに惑わされ、正常な判断能力もなく、思い込みが激しく、自信過剰で己の正義に酔っぱらっているだけだった。
それを知った両親は頭を抱えた。3人の子供のうち、真面なのは長女1人。3分の2が問題児なのであれば、自分たちは子育てを完全に間違い、親となる適性がなかったのだ。今回の隠居には両親のそんな反省も影響している。ついでに両親は孫には過度に接しないとも宣言した。
「ですが、セルドは動くのも大変なほど体が弱いのは事実……」
「弱いのはありません。重すぎるのです。お前の3倍の体重ですからね」
ある意味事実を基にしたハバリーの反論をまたもやレオーネは途中で遮った。
そう、確かにセルドは運動が出来ない。少し動けば眩暈や立ち眩みを起こす。けれどそれも無理はない。平均的な貴族の同年代の女性の4倍ほどセルドは皮下脂肪と内臓脂肪を貯め込み、丸々どころかぶよぶよと太っているのだ。それでは動くのがままならないのも当然だ。医者から健康体と太鼓判を押されているのはある意味奇跡だ。
「セルドに友人がいないのは自業自得です。自分の思い通りにならなければ周囲に当たり散らしていますからね。学院のクラスでは皆に避けられているようですけれど、それも当然ね」
更にレオーネは学院でのセルドに触れる。ハバリーにとっては可憐で健気で優しい妹だが、周囲の評価は違うのだと知らしめる。
学院でのセルドは孤立している。けれどそれも無理はない。貴族令嬢にはあるまじき下品な言動をし、有り得ない締まりのない体をしている。
セルドの他にも体質的なものや様々な要因でふくよかな学生もいる。けれど彼ら彼女らはそんな中でも他人に不快感を与えないように気を配っている。そんな気遣いがセルドには一切ない。だから、肥え太った体型もセルドに関しては蔑まれる一因となっている。
おまけに高位貴族であることを笠に着てわがまま放題だ。同学年には第3王子もいるし、大公の令嬢も、公爵家の令息令嬢もいる。つまりセルドよりも高位の子息子女だ。けれど彼らは正しく王侯貴族というものを理解し、その務めを果たしている。地位や権力を己の欲のために使うことはない。だから、それをしてしまうセルドとハバリーは悪目立ちもする。
「何かあればお兄様に言いつけると叫んでいるそうですよ。お前の妹馬鹿ぶりは有名ですからね。お前まで出てくると面倒だから、皆様妹を避けておられるのです」
セルドだけでも面倒なのに、そこにハバリーまで出てきては対応しきれなくなる。それこそ第3王子や大公令嬢のお出ましを願うしかない。だが、彼らは王族としての公務もあり多忙だ。そんな彼らにこんな屑たちの対応を依頼するなど申し訳なさすぎる。ゆえに同級生たちはセルドと関わらないことを選んだのだ。幸い出席率の低いセルドなのでそれはさほど難しいことではなかった。
つくづくリンセには面倒を押し付けてしまったと申し訳なくなる。幸い婚約は公表されていなかったから、学院でハバリーの対処をリンセに願う学生はいなかった。
なお、婚約が公表されていなかったのは、婚約までの期間が短く、準備が間に合わなかったからだ。夜会で婚約を公表するための準備もあり、半年後に公表予定だった。
「そんなことはありません! 妹は愛らしく皆に愛されて」
「皆に愛される天使であれば、何故1人も求婚者がいないのでしょうね」
ハバリーの妄言を三度レオーネは切り捨てる。
「酷い! お姉様はあたくしがお嫌いなのね!」
今まで兄に縋るようにくっついていたセルドがようやく姉に反論する。
「当たり前でしょう。何処にお前を好きになる要素があるというの。自分で何1つ努力せず、他人の成果を羨むばかり。下品で無礼で怠惰で、そんなお前のことを好く者がいると思っているの?」
レオーネの言葉はどこまでも冷たい。これまで散々迷惑を掛けられてきた。何度も何度も説教し、叱り、言い聞かせ、それでもこの妹は全く変わらなかった。いや、更に酷くなっていった。家族だから、妹だからと無条件に愛せるわけではない。かつては確かにあったはずのセルドへの姉としての愛情は既にもう擦り切れて無くなってしまっている。家族の愛とて有限なのだ。
「酷い、お姉様、酷い」
「酷いしか言えないの? 何が酷いの? わたくしがあなたを愛さないこと? あなたを嫌いなこと?」
レオーネの言葉はどこまでも冷たい。この妹は今日を限りに切り捨てる。だからこそ、甘えは捨てさせ現実を見せなければいけない。
「そうよ、姉なのにあたくしを愛さないなんて酷いわ!」
「そう。でも今更ではなくて? あなた散々ハバリーにわたくしに嫌われていると泣きついていたでしょう。わたくしだけではないわね。ハバリーの婚約者だったリンセや大公令嬢や色んな令嬢に嫌われているとハバリーに言っていたでしょう」
セルドは自分を被害者に見せるために、自分が目障りに思う者に『嫌われている』と兄に泣きついていた。すると兄はその人物を排除してくれた。
「尤も、リンセや大公令嬢はでたらめもいいところね。彼女たちはあなたのことを何とも思ってないわ」
精々彼女たちはセルドを厄介な相手としてしか認識していない。彼女に感情を動かすほど関心はないのだ。
「そんなあなたの戯言を真に受けて、ハバリーはリンセを責めたわね。大公令嬢は身分が上だから何も言えない。その分を自分より身分が低い相手にぶつけていた。最低ね、ハバリー」
再びレオーネの標的はハバリーに戻る。セルドも酷いが、被害を拡大させたのはハバリーだ。セルドの戯言をハバリーが真に受けなければ、セルドの戯言は戯言で終わったのだ。現実的な被害はそれを真に受けたハバリーによってもたらされているのだから。
「リンセは俺の婚約者だ。だったら、セルドを俺と同じように慈しむのは当然だろう!」
ずっとそう言い続けていた主張のままにハバリーは反論する。リンセの人格を認めていないのだ。いや、ハバリーは自分以外の誰の人格も認めていないのかもしれない。最愛というセルドでさえ、彼の自尊心や虚栄心、加虐性を満足させるための手段でしかなかったのかもしれない。だから、現実のセルドの姿を真面に認識していないのだろう。
「リンセとの婚約は1ヶ月も前に白紙撤回されていますよ。お前と彼女が婚約した事実そのものがなくなっているのです」
1ヶ月前に白紙の手続きが終わったときに父からその話を聞いているはずなのにハバリーはそれを忘れていた。自分が捨てるならともかく自分が捨てられるなど、彼のプライドが許さなかった。だから、その事実を記憶から消したのだ。
「レオーネ、そこまでになさいな。これ以上言っても2人には響きませんよ。あとはそれぞれの場所で現実を知り、後悔し、悔い改めればよいのです」
それまで沈黙を保っていた母リェフがレオーネを止めた。何を言ってもセルドは酷い酷いと言うばかり。ハバリーは現実を認めようとしない。言葉では彼らには何も与えることはできないのだ。結局彼らを責めたのはレオーネのこれまでの鬱憤を少しばかり解消するための自己満足でしかなかった。
それから1ヶ月後、侯爵位は臣籍降下した元第2王子ネムルが継ぎ、アウリャル家はレオーネが継ぐという変則的な継承が行われた。
ハバリーはカデナ男爵家へと婿入りした。
カデナ男爵家には色狂いで有名な現男爵の母がおり、ハバリーは自分の祖母に近い年齢の前男爵夫人へと婿入りしたのだ。男爵はセルドがそのまま年を取ったような母親に苦労しており、その母を宥めるための生贄としてハバリーが与えられたのである。
ハバリーは年を取った分だけ狡猾になった進化系セルドによって翻弄され虐げられることになった。
セルドは戒律の厳しいハウラ修道院へと送られた。
最寄りの村まで馬車で3日という山奥の修道院は完全自給自足で日々の食事も満足に摂れない環境だ。当然これまでのセルドのように怠惰では生きていくことが出来ない。
働かぬセルドは最初の3日で音を上げて脱走を図ったが、重い体は修道院の敷地から抜け出すまでに力尽き、脱走は叶わなかった。
その後の彼らがどうなったのか、リンセは知らない。そもそもリンセは婚約白紙化後の彼らのことは『王都から出された』としか聞いていないし、それ以上のことを知りたいとも思わない。
リンセは元第3皇子ルプスの興した伯爵家で賢夫人として夫を支え家を盛り立てていく。元第2王子妃だったレオーネ侯爵夫人と共に社交界を牽引する存在となり、たった2ヶ月の婚約のことなど思い出すこともなかった。
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