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断罪茶番──全ては筋書き通り
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それは余りにもテンプレートな出来事だった。モクテエコ大陸でこの数百年の間に各国で幾度となく行われた卒業謝恩会のパーティでの断罪茶番劇だ。
舞台となったのは、王立バッカウゼン学院の卒院謝恩会の夜会である。王立バッカウゼン学院は国内全ての王侯貴族の子女と富裕層の優秀な子女が通う、王国最高峰の学院である。
断罪茶番劇の主演を務めたのはこの国の王太子フェリクス・アンシンク。主演女優はその婚約者でありベイレフェルト公爵令嬢であるアンネリーン。助演女優はフェリクスの恋人であるホル男爵家庶子ドリカである。
「今日この場で王太子たる私は宣言する! 私はベイレフェルト公爵令嬢アンネリーンとの婚約を破棄し、愛しい恋人ドリカ・ホルと結婚する」
王家特有の青みがかった銀色の髪を掻き上げ、キッと対面に立つアンネリーンを睨みつけてフェリクスは宣言する。対面に立つアンネリーンは冷静な表情を崩さず、慌てることなく王家への礼を取ると発言の許可を求めた。
「殿下のご意向は伺いました。しかしながら、これは王家と我が公爵家の契約による婚約。殿下の御心変わりで簡単に解消できるものではございません。御心変わり以外に破棄に足る理由がございましょうか」
政略での婚約なのだ。一方が他に好きな相手が出来たからと簡単にご破算には出来ない。そもそも公爵家の令嬢と男爵家の庶子では身分が違いすぎるため、本来ならば婚約はこのまま継続し、男爵家の庶子ドリカは愛妾にするのが一番穏当な道だろう。
「私がそなたの罪を知らぬと思うか! 貴様は私に愛されているドリカを妬み、散々虐げたそうではないか! それが貴様の罪だ。我が愛しきドリカを虐げた貴様が国母になる未来など有り得ぬ」
フェリクスは憎々しげにアンネリーンを睨み声高に罵る。こうなることを知っていたとはいえ、長年婚約者としてともに切磋琢磨してきたはずのフェリクスの視線にアンネリーンは悲しみが込み上げてくるのを感じた。
「虐げたとは? 具体的に仰ってくださいませ」
アンネリーンは冷静さを崩さずに告げる。するとそれに応じたのはドリカだった。王太子と公爵令嬢というこの国で最も高位の男女の間に許可なく割り込んで発言する無礼な行いに傍観者となっていた夜会の参加者たちは声に出さずに騒めく。
「謝ってください、アンネリーンさん! あたしに散々嫌がらせしたじゃないですか!」
名を呼ぶ許可を与えられていないにも関わらずドリカはアンネリーンの名を呼び、正しい敬称さえも使えない。そして発言した内容はこれまたテンプレートのような児戯にも等しい嫌がらせの数々。
①『婚約者に近づくなと責められた』だの『みだりに殿方に触れるな』だの『身分を弁えろ』だのと暴言を吐かれた。
②挨拶しても無視された。話しかけてあげたのにこちらを見もしなかった。同じ教室にいてもいない者として扱われた。
③お茶会に参加させなかった。招待状を送ったのに無視された。お茶会に参加しようとしたら騎士によって拘束された。
④教科書や学用品を捨てられた。机にひどい言葉での落書きをされた。ドレスに紅茶やスープをかけられた。
ドリカの主な主張はその四つで、市井で流行の恋愛小説に出てくるような嫌がらせのオンパレードである。それに参加している貴族たちは呆れ返った。勿論、そんな嫌がらせがあったと主張するドリカへの呆れである。
王立バッカウゼン学院は基本的に国内全ての王侯貴族の子女が通うことになっている。貴族であれば入学が義務であるため誰でも入学できる。また、富裕層や優秀な平民も入学試験に合格すれば入学可能だ。だからか、稀にこんなドリカのような勘違い女が現れる。
貴族の子女ならば、ドリカが主張するような稚拙な嫌がらせなどしない。王国内でも最上位に近いベイレフェルト公爵家であれば、アンネリーンが不快げにドリカを一瞥するだけ事は済む。その意を酌んだ分家や寄り子が子女の報告を受けて主家である公爵家の手を煩わせる前に男爵家を排除に動くからだ。
そもそも①から③は嫌がらせでもなんでもなく、貴族であれば当然のことである。
因みに①に関してはアンネリーンが直接言ったわけではない。アンネリーンが言うまでもなく、クラスメイトが一般論として注意しただけである。飽くまでも貴族令嬢、淑女としてはしたない行為だとドリカのために忠告したのだ。それを勝手にドリカがアンネリーンの子分が言ったと思い込んでいるに過ぎない。
②に関しても、貴族であれば当たり前のルールである。この王国では貴族は紹介されて名乗り合って初めて知り合いになる。知り合いでなければ挨拶することも出来ない。黙って頭を下げるだけだ。声をかけることが出来るのは上位貴族からであって、男爵家の庶子という、貴族社会においては最下位に位置するドリカから声をかけるのは貴族社会ではタブーである。だから、無視されて当然なのだ。寧ろ無視するのは温情だ。無礼であると処罰を受けても仕方ないのだ。この場合であれば学院での謹慎・停学処分、何度も繰り返されれば退学処分となってもおかしくない。
③も貴族社会においては当然のことだ。そもそもアンネリーンのベイレフェルト公爵家とドリカのホル男爵家は派閥が違うし、クラスメイトでもない。全くの交流がないのだから、お茶会の招待がないのも当然だ。そもそも伯爵家以上の高位貴族と子爵家以下の下位貴族では社交の場が異なり、公爵家のお茶会に寄り子や分家以外の下位貴族が招待されることはないし、男爵家のお茶会に高位貴族が参加することはない。招待されていないお茶会に乱入しようとすれば排除されるのも当然である。
ドリカの主張はアンネリーンが反論する前に彼女の側近である分家寄り子の子女にって粉砕された。そして、ある意味ドリカにとっては背中からも撃たれた。
「ドリカ、ああ、愛しいドリカ。君のそんな貴族社会に染まっていないところが愛おしいとはいえ、それは仕方のないことだ。君が虐げられていると感じたことはいたわしく思うが、分を弁えてくれ」
そのフェリクスの発言に、断罪茶番劇の強制的な観客と化していた夜会参加者は目を丸くする。一体この王太子は何を言っているのか。婚約者の公爵令嬢を断罪しようとしたのに、その罪を把握していなかったということかと。
余りにも余りなフェリクスの発言にアンネリーンはこれも計画のうちかと内心苦笑する。何処までも愚かな王子に成り下がるつもりなのかと。
さて、十分に真実の愛を謳っていた二人の愚かさが周知されたところで、そろそろ幕引きといこうかとアンネリーンは協力者に目配せをする。それを受けて出てきたのはエトホーフト公爵家のクンラートである。先々王の弟を始祖とする公爵家の嫡男で二人の王子に次ぐ王位継承権を持つ青年だ。
「フェリクス殿下。これ以上は恥を重ねるだけだ。婚約破棄などこの場で決めることではない。両陛下お揃いの場で改めて話し合うほうがいい」
場を収集させるために出てきたように見えるクンラートではあるが、これは次のステップへ進むためのきっかけに過ぎない。
「黙れ、クンラート! 私はこの場でアンネリーンを断罪するのだ!」
が、フェリクスは聞き分けのない子供のように叫ぶ。これまでの王太子然とした優秀だった彼は見る影もない。それに多くの貴族たちは失望する。ああ、結局この王太子も、この王家の子なのだと。
「殿下、どうぞ今はお引きを。場を変えて話し合いましょう。でなければ、わたくしは貴方の罪を暴かなければなりません」
それまでの冷静な口調をは打って変わって、アンネリーンは何処か悲しげに、そして苦しげにフェリクスに告げる。
「私の罪だと!? 私が貴様ではなくドリカを愛したことが罪だというのか!」
それが罪だとすればとっくに暴かれているわけではあるが、フェリクスはそれが判らないかのようにアンネリーンに怒鳴りつける。そんなフェリクスに周囲の失望は大きくなる。それを感じ取ったアンネリーンは共犯者たちと視線を交わし、最後の札を切った。
「殿下がドリカ嬢を愛したことは罪ではございません。人の心は縛ることは出来ませんもの。ですが、王太子妃準備金をわたくし以外のために使うことは国庫横領にあたります。今ドリカ嬢が身に着けている全て、それらは王太子妃準備金から購入されたものですわね。これまでも様々な高価な贈り物を為さっておいでなのは解っております。既に財務省と王太子府から証拠も示されております」
王太子妃準備金、それは王太子の婚約者の品格保持のために組まれた予算である。実際には国内有数の資産家であるベイレフェルト公爵令嬢であるアンネリーンには不要な予算ではあるが、王家の体面のために組まれているものだ。国家予算として組み込まれている以上、その使途は明確に定められており、アンネリーンのため以外に使うことは禁じられており、それが使用されたとなると紛れもない横領となるのだ。王太子による国家予算の横領となれば、それは準国家反逆罪に相当する大罪である。
断罪茶番劇に対して呆れつつも何処か楽しんできた聴衆たちは一気に戦慄した。ただのお花畑の茶番劇が国家反逆罪へと大転換してしまったのだ。
そんな聴衆たちの騒めきにアンネリーンと共犯者たちは安堵した。計画は順調に進んでいると。
騒めく聴衆の間を漸く騒ぎを聞きつけ収めに来たらしい国王と第二王子が慌てた様子でやって来る。そして、フェリクスとドリカを連れてきた騎士たちに拘束させ、夜会の終了を宣言し、混乱する聴衆をそのままに一瞬で国王は立ち去った。
何の収拾もつけずに立ち去った国王に呆れていると、アンネリーンの元に第二王子イフナースがやってきた。アンネリーンの隣に立つクンラートには目もくれず、イフナースはアンネリーンに声をかける。
「アンネリーン、辛い思いをさせて申し訳ない。我が兄ながらなんという愚かなことを。そして、我が兄の大きな罪を暴いてくれたことに感謝を」
兄のフェリクスに似た秀麗な顔を歪め、イフナースはアンネリーンの許可も得ずにその手を取る。それにアンネリーンは嫌悪を滲ませる。勿論、淑女として表には出さないが。
「貴女と兄の婚約は兄有責で破棄となる。国家反逆罪に等しい罪を暴いた功績とこれまでの王妃教育への功労、王家への献身の褒美を貴女に与えねばなるまい。どうか、私の婚約者となってほしい」
正式に婚約破棄が成立する前の段階での第二王子から王太子婚約者への求婚に場は騒めく。それは決して好意的なものではない。それにイフナースは気付かない。そして、二人の周囲にいる貴族がベイレフェルト公爵とエトホーフト公爵の分家と寄り子で固められていることにも。
「まぁ、イフナース殿下。わたくしへのご褒美をくださると? それが殿下との婚約だと?」
軽蔑を滲ませ、アンネリーンは問いかける。しかし、イフナースはその軽蔑に気付かず、アンネリーンの表面的な柔らかな声音に騙される。
「ああ。貴女は既に王太子妃として不足なく学びを終えている。ならば、それを無駄にせぬためにも、また反逆罪を暴いた功績に報いるためにも、次期王太子たる私の婚約者ほど相応しい地位はないだろう」
自信満々に言い切るイフナースにアンネリーンは呆れ、クンラートも軽蔑の眼差しを送る。周囲の二家の分家寄り子たちもやはりこの王家に碌な王子はいないのだと失望を新たにした。
「わたくしは王太子に冤罪をかけられ名誉を傷つけられ、侮辱されました。その加害者の家族の婚約者になることが何故褒美になると? わたくしを、ベイレフェルト公爵家を馬鹿にするのも大概になさいませ」
舞台となったのは、王立バッカウゼン学院の卒院謝恩会の夜会である。王立バッカウゼン学院は国内全ての王侯貴族の子女と富裕層の優秀な子女が通う、王国最高峰の学院である。
断罪茶番劇の主演を務めたのはこの国の王太子フェリクス・アンシンク。主演女優はその婚約者でありベイレフェルト公爵令嬢であるアンネリーン。助演女優はフェリクスの恋人であるホル男爵家庶子ドリカである。
「今日この場で王太子たる私は宣言する! 私はベイレフェルト公爵令嬢アンネリーンとの婚約を破棄し、愛しい恋人ドリカ・ホルと結婚する」
王家特有の青みがかった銀色の髪を掻き上げ、キッと対面に立つアンネリーンを睨みつけてフェリクスは宣言する。対面に立つアンネリーンは冷静な表情を崩さず、慌てることなく王家への礼を取ると発言の許可を求めた。
「殿下のご意向は伺いました。しかしながら、これは王家と我が公爵家の契約による婚約。殿下の御心変わりで簡単に解消できるものではございません。御心変わり以外に破棄に足る理由がございましょうか」
政略での婚約なのだ。一方が他に好きな相手が出来たからと簡単にご破算には出来ない。そもそも公爵家の令嬢と男爵家の庶子では身分が違いすぎるため、本来ならば婚約はこのまま継続し、男爵家の庶子ドリカは愛妾にするのが一番穏当な道だろう。
「私がそなたの罪を知らぬと思うか! 貴様は私に愛されているドリカを妬み、散々虐げたそうではないか! それが貴様の罪だ。我が愛しきドリカを虐げた貴様が国母になる未来など有り得ぬ」
フェリクスは憎々しげにアンネリーンを睨み声高に罵る。こうなることを知っていたとはいえ、長年婚約者としてともに切磋琢磨してきたはずのフェリクスの視線にアンネリーンは悲しみが込み上げてくるのを感じた。
「虐げたとは? 具体的に仰ってくださいませ」
アンネリーンは冷静さを崩さずに告げる。するとそれに応じたのはドリカだった。王太子と公爵令嬢というこの国で最も高位の男女の間に許可なく割り込んで発言する無礼な行いに傍観者となっていた夜会の参加者たちは声に出さずに騒めく。
「謝ってください、アンネリーンさん! あたしに散々嫌がらせしたじゃないですか!」
名を呼ぶ許可を与えられていないにも関わらずドリカはアンネリーンの名を呼び、正しい敬称さえも使えない。そして発言した内容はこれまたテンプレートのような児戯にも等しい嫌がらせの数々。
①『婚約者に近づくなと責められた』だの『みだりに殿方に触れるな』だの『身分を弁えろ』だのと暴言を吐かれた。
②挨拶しても無視された。話しかけてあげたのにこちらを見もしなかった。同じ教室にいてもいない者として扱われた。
③お茶会に参加させなかった。招待状を送ったのに無視された。お茶会に参加しようとしたら騎士によって拘束された。
④教科書や学用品を捨てられた。机にひどい言葉での落書きをされた。ドレスに紅茶やスープをかけられた。
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そもそも①から③は嫌がらせでもなんでもなく、貴族であれば当然のことである。
因みに①に関してはアンネリーンが直接言ったわけではない。アンネリーンが言うまでもなく、クラスメイトが一般論として注意しただけである。飽くまでも貴族令嬢、淑女としてはしたない行為だとドリカのために忠告したのだ。それを勝手にドリカがアンネリーンの子分が言ったと思い込んでいるに過ぎない。
②に関しても、貴族であれば当たり前のルールである。この王国では貴族は紹介されて名乗り合って初めて知り合いになる。知り合いでなければ挨拶することも出来ない。黙って頭を下げるだけだ。声をかけることが出来るのは上位貴族からであって、男爵家の庶子という、貴族社会においては最下位に位置するドリカから声をかけるのは貴族社会ではタブーである。だから、無視されて当然なのだ。寧ろ無視するのは温情だ。無礼であると処罰を受けても仕方ないのだ。この場合であれば学院での謹慎・停学処分、何度も繰り返されれば退学処分となってもおかしくない。
③も貴族社会においては当然のことだ。そもそもアンネリーンのベイレフェルト公爵家とドリカのホル男爵家は派閥が違うし、クラスメイトでもない。全くの交流がないのだから、お茶会の招待がないのも当然だ。そもそも伯爵家以上の高位貴族と子爵家以下の下位貴族では社交の場が異なり、公爵家のお茶会に寄り子や分家以外の下位貴族が招待されることはないし、男爵家のお茶会に高位貴族が参加することはない。招待されていないお茶会に乱入しようとすれば排除されるのも当然である。
ドリカの主張はアンネリーンが反論する前に彼女の側近である分家寄り子の子女にって粉砕された。そして、ある意味ドリカにとっては背中からも撃たれた。
「ドリカ、ああ、愛しいドリカ。君のそんな貴族社会に染まっていないところが愛おしいとはいえ、それは仕方のないことだ。君が虐げられていると感じたことはいたわしく思うが、分を弁えてくれ」
そのフェリクスの発言に、断罪茶番劇の強制的な観客と化していた夜会参加者は目を丸くする。一体この王太子は何を言っているのか。婚約者の公爵令嬢を断罪しようとしたのに、その罪を把握していなかったということかと。
余りにも余りなフェリクスの発言にアンネリーンはこれも計画のうちかと内心苦笑する。何処までも愚かな王子に成り下がるつもりなのかと。
さて、十分に真実の愛を謳っていた二人の愚かさが周知されたところで、そろそろ幕引きといこうかとアンネリーンは協力者に目配せをする。それを受けて出てきたのはエトホーフト公爵家のクンラートである。先々王の弟を始祖とする公爵家の嫡男で二人の王子に次ぐ王位継承権を持つ青年だ。
「フェリクス殿下。これ以上は恥を重ねるだけだ。婚約破棄などこの場で決めることではない。両陛下お揃いの場で改めて話し合うほうがいい」
場を収集させるために出てきたように見えるクンラートではあるが、これは次のステップへ進むためのきっかけに過ぎない。
「黙れ、クンラート! 私はこの場でアンネリーンを断罪するのだ!」
が、フェリクスは聞き分けのない子供のように叫ぶ。これまでの王太子然とした優秀だった彼は見る影もない。それに多くの貴族たちは失望する。ああ、結局この王太子も、この王家の子なのだと。
「殿下、どうぞ今はお引きを。場を変えて話し合いましょう。でなければ、わたくしは貴方の罪を暴かなければなりません」
それまでの冷静な口調をは打って変わって、アンネリーンは何処か悲しげに、そして苦しげにフェリクスに告げる。
「私の罪だと!? 私が貴様ではなくドリカを愛したことが罪だというのか!」
それが罪だとすればとっくに暴かれているわけではあるが、フェリクスはそれが判らないかのようにアンネリーンに怒鳴りつける。そんなフェリクスに周囲の失望は大きくなる。それを感じ取ったアンネリーンは共犯者たちと視線を交わし、最後の札を切った。
「殿下がドリカ嬢を愛したことは罪ではございません。人の心は縛ることは出来ませんもの。ですが、王太子妃準備金をわたくし以外のために使うことは国庫横領にあたります。今ドリカ嬢が身に着けている全て、それらは王太子妃準備金から購入されたものですわね。これまでも様々な高価な贈り物を為さっておいでなのは解っております。既に財務省と王太子府から証拠も示されております」
王太子妃準備金、それは王太子の婚約者の品格保持のために組まれた予算である。実際には国内有数の資産家であるベイレフェルト公爵令嬢であるアンネリーンには不要な予算ではあるが、王家の体面のために組まれているものだ。国家予算として組み込まれている以上、その使途は明確に定められており、アンネリーンのため以外に使うことは禁じられており、それが使用されたとなると紛れもない横領となるのだ。王太子による国家予算の横領となれば、それは準国家反逆罪に相当する大罪である。
断罪茶番劇に対して呆れつつも何処か楽しんできた聴衆たちは一気に戦慄した。ただのお花畑の茶番劇が国家反逆罪へと大転換してしまったのだ。
そんな聴衆たちの騒めきにアンネリーンと共犯者たちは安堵した。計画は順調に進んでいると。
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「アンネリーン、辛い思いをさせて申し訳ない。我が兄ながらなんという愚かなことを。そして、我が兄の大きな罪を暴いてくれたことに感謝を」
兄のフェリクスに似た秀麗な顔を歪め、イフナースはアンネリーンの許可も得ずにその手を取る。それにアンネリーンは嫌悪を滲ませる。勿論、淑女として表には出さないが。
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正式に婚約破棄が成立する前の段階での第二王子から王太子婚約者への求婚に場は騒めく。それは決して好意的なものではない。それにイフナースは気付かない。そして、二人の周囲にいる貴族がベイレフェルト公爵とエトホーフト公爵の分家と寄り子で固められていることにも。
「まぁ、イフナース殿下。わたくしへのご褒美をくださると? それが殿下との婚約だと?」
軽蔑を滲ませ、アンネリーンは問いかける。しかし、イフナースはその軽蔑に気付かず、アンネリーンの表面的な柔らかな声音に騙される。
「ああ。貴女は既に王太子妃として不足なく学びを終えている。ならば、それを無駄にせぬためにも、また反逆罪を暴いた功績に報いるためにも、次期王太子たる私の婚約者ほど相応しい地位はないだろう」
自信満々に言い切るイフナースにアンネリーンは呆れ、クンラートも軽蔑の眼差しを送る。周囲の二家の分家寄り子たちもやはりこの王家に碌な王子はいないのだと失望を新たにした。
「わたくしは王太子に冤罪をかけられ名誉を傷つけられ、侮辱されました。その加害者の家族の婚約者になることが何故褒美になると? わたくしを、ベイレフェルト公爵家を馬鹿にするのも大概になさいませ」
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