上 下
13 / 21

オルガサン一家強襲

しおりを挟む
 それは全く見ず知らずだったはずのオルガサン侯爵夫妻がブルガル家に突撃してきたことから始まる。何が始まったのか。それはオルガサン侯爵家の終焉だ。

 しかし誰もそれには気づかない。気付く敏さがあれば、こんなことにはなっていないのだから。

 ブルガル男爵夫妻は突然現れたオルガサン侯爵夫妻を持て成そうと考えた。いずれは子供同士が結婚し姻族となるのだ。侯爵家の縁故を得れば商売もうまく行くようになるはずだ。

 男爵家という下位貴族ゆえに侯爵家のような上位貴族の社交界とは無縁だった。だから、ブルガル男爵夫妻は社交界においてオルガサン侯爵家がどのように扱われているのか、お飾りの妻だと娘が蔑んでいたエスタファドル家がどのような立ち位置にあるのかを全く知らなかった。

「五月蠅い! 貴様らなどに用はない! ペルデル、行くぞ!!」

 ブルガル男爵を邪魔だと殴りつけ、オルガサン侯爵ガラパダは不肖の息子の首根っこを掴むと馬車の中に放り投げた。そして夫妻も馬車に乗り込むと来たときと同じように慌ただしく去っていった。

 去っていくオルガサン侯爵家の馬車を呆然と眺め、ブルガル男爵夫妻とアバリシアは漠然とした不安を感じた。そしてそれは的中し、ほどなくブルガル男爵家はあっという間に消え去ることとなるのであった。







 突然両親が愛しいアバリシアの家に来たかと思えば、最愛の真実の妻を紹介する暇もなく馬車に乗せられた。両親はひどく憔悴している。恐らく領地から休むことなく馬車を走らせたのだろう。馬も馭者も相当に疲れているようだった。

 だが、両親は疲れよりも怒りが勝っているようで、溺愛された息子のペルデルでも声をかけることが憚られるほどの形相をしていた。

 そうして馬車が向かったのは、貴族街の一等地。この地に邸宅を構える貴族は建国時に功績のあった名門貴族だけだ。どんなに金を積もうともこの地に邸宅を構えることは出来ず、由緒正しい名門で国への貢献度が高い家にしかこの地に住まうことは許されない。貴族社会に疎いペルデルでもそれは知っていた。

 こんな地に何の用があるのか。オルガサン侯爵家が如何に名門で功績があるとはいえ、まだ三代しか代を重ねておらずこの地に居を構えることは出来ない。この地に住まう貴族との付き合いがあるとも聞いていない。

 そんなことを考えているうちに馬車は停まる。オルガサン侯爵邸とは比べ物にならないほど、壮麗で広大な館だった。馭者が門番と二言三言言葉を交わすと、門が開かれ、敷地内に馬車が乗り入れる。王都別邸という性質上、敷地そのものはさほど広くはない。門から館まで馬車で五分ほどか。それでも門から館まで徒歩数歩という侯爵邸とは比べ物にならない広さだった。

 ペルデルは知らなかった。本来ならば先触れも出していない一家は門前払いされてもおかしくなかった。それが回避されたのは館の主が彼らの行動を察していたためであり、馭者が侯爵家の者ではなく、この家から貸し与えられた者であったためでもある。

 執事らしき初老の男に出迎えられた一家は慇懃に応接室らしき部屋へと案内された。そして、両親がイライラとして貧乏揺すりして爪を噛むくらいの間、散々に待たされた。その間にお茶や茶菓子が供されることもなく、放置されていた。

 ペルデルは知らなかったが、先触れなしの訪問は数時間放置されても文句が言えないほどの無礼だ。たとえ訪ねた側が爵位が高くとも、待たされても文句は言えない。

 訪問者の爵位が高ければ出迎える家の者もそれなりの格式の衣服に着替え、接する必要がある。それには時間がかかるし、先触れなしの無礼な訪問への無言の抗議として相手を待たせることは少なくない。

 それでも飲み物程度は供されるものだが、それもないということはこの家の主一家も使用人もオルガサン侯爵たちの不躾な訪問をそれだけ不快に思っているということだろう。だから、貴族はどんなに緊急であろうとも、たとえ知らせの直ぐ後に到着しようとも先触れは出すのだ。

 待たされること一時間と少し。父ガラパダの怒りが頂点に達し、母ポリリャの癇癪が炸裂しようとするその数瞬前にようやく扉が開かれた。扉に目をやれば、人の好さそうな、けれどどこか逆らい難い雰囲気を持つ壮年から中年に差し掛かった年代の男と、その妻らしき女性、自分と同年代の青年にいくつか年下の少年が現れた。そして、自分の名ばかりの妻。

 ペルデルは愕然とした。この大きく立派な館は妻の実家エスタファドル伯爵家なのか。エスタファドル家は金で爵位を買った新興貴族なのではなかったのかと。だが、新興貴族がどれだけ金を積もうともこの地に居を構えることは出来ない。出来るのは建国以来の名家だけだ。そのことに漸くペルデルは気付く。

「いくら元姻戚とはいえ、先触れもなく乗り込んでくるとはあまりに無礼ですな。それで、一体どのようなご用件でいらしたのですかな」

 まさに慇懃無礼といった態度で妻の父エスタファドル伯爵は言う。表情は穏やかな笑顔なのに何故か背筋が凍りそうになる。たおやかに微笑んでいる母親も人の好さそうな兄弟たちも自分たちに向ける視線は凍えそうなほどだ。一方で妻であるはずの女は一切の感情を含まない目でこちらを見ている。

「ふざけるな! これは一体どういうことだ! なぜペルデルの、我が息子の有責での離婚など成立するのだ!」

 ガラパダの怒鳴り声にペルデルはようやく両親が怒っていた理由を理解した。いや、理解したと思った。どうやらエスタファドル伯爵家は身の程を弁えず離婚の申し立てをしたらしい。

 ここはひとつ、夫たる自分もガツンと言って名ばかりの妻に自分の立場を判らせる必要があるだろう。

「おい、今謝れば許してやるぞ! 俺に不快な思いをさせ愛しいアバリシアとの時間を邪魔したのだ。それにふさわしい慰謝料で許してやる」

 そう言った瞬間、ペルデルはガラパダに殴られた。生まれて初めて受けた父からの暴力にソファから転げ落ちたペルデルは呆然と父を見上げた。

「余計な口を挟むな馬鹿者!!」

 これまで自分に向けられたことのない父の罵声にペルデルは状況が全く理解できなかった。すると、場違いにもくすくすと笑い声が聞こえた。その声の主は恐らく自分と同年代のこの家の嫡男だろう。どこかで見たことのあるような顔だった。

「失礼。状況判断の出来なさ加減は学院時代と全く変わっていない、成長していないのだと思うと笑うしかなくて。こんな男が我が妹の夫だったなどと、怒りしか湧いてこない」

 明らかに自分を蔑んだ目で自分を見る男に怒りを感じるとともに、学院時代という言葉に引っ掛かりを感じた。

「貴殿は覚えていないだろうが、学院の同窓だ。尤も一度も同じクラスになったことはないから私のことを知らずとも不思議ではない」

「あら、知らぬほうがおかしいでしょう。お兄様は総代だったのですもの。入学式や卒院式では代表の挨拶をなさったでしょう」

 妻の言葉にやはりこの家の嫡男だと判明した男を改めて見やれば、ペルデルの記憶が苦い思いとともに蘇った。

 そうだ、下位の伯爵家に過ぎないくせに優秀な自分を差し置いて総代だった男。同年の高位貴族は自分以外にはいなかったのだから、侯爵家の自分こそが総代にふさわしかったのに、その地位を掠め取った男だ。月の貴公子とやらの訳の判らぬ雅名で呼ばれ女子学生の人気を集め、学院一の頭脳と持て囃された気に食わない男だ。

「エクリプセ、マグノリア、止めなさい。無駄にしている時間が勿体ない。この後は陛下や王太子殿下とのお約束があるのだからね」

 伯爵はそう言って我が子を窘め、視線をガラパダに向ける。ペルデルは無視された。

「オルガサン侯爵、どういうことだも何もない。今、ご子息がはっきりとご自分で不貞を認められたではないか。そちらの婚姻前契約違反。ゆえに離婚が認められた。それだけのことです」

 離婚の成立。寝耳に水のそれにペルデルは喜びよりも戸惑いが勝った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

他人の人生押し付けられたけど自由に生きます

鳥類
ファンタジー
『辛い人生なんて冗談じゃ無いわ! 楽に生きたいの!』 開いた扉の向こうから聞こえた怒声、訳のわからないままに奪われた私のカード、そして押し付けられた黒いカード…。 よくわからないまま試練の多い人生を押し付けられた私が、うすらぼんやり残る前世の記憶とともに、それなりに努力しながら生きていく話。 ※注意事項※ 幼児虐待表現があります。ご不快に感じる方は開くのをおやめください。

『絶対に許さないわ』 嵌められた公爵令嬢は自らの力を使って陰湿に復讐を遂げる

黒木  鳴
ファンタジー
タイトルそのまんまです。殿下の婚約者だった公爵令嬢がありがち展開で冤罪での断罪を受けたところからお話しスタート。将来王族の一員となる者として清く正しく生きてきたのに悪役令嬢呼ばわりされ、復讐を決意して行動した結果悲劇の令嬢扱いされるお話し。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

処理中です...