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父と娘の謀
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「あれは王家にとっては負債と言ってもいいからね」
一応王家の血を引き、国王の従兄弟という立場のアマネセルもかの侯爵家には思うところもあるのだろう。
「ああ、フィエヴレ陛下の愚行ですわね」
オルガサン侯爵家の起こりの出来事にマグノリアは直接知っていることではないのだが、遠い目になる。溺愛する王女の我儘を愚かな父となった三代前の王が叶えた結果が現状のあの侯爵家だ。貴族としての務めも責任も理解せず、平民が想像する貴族らしい貴族として贅沢を享受するだけの一族。
幸いなのは寄子はいても分家はなく、一族イコール一家という小さな家ということだろう。これはフィエヴレ王の愚行の尻拭いを先々代と先代国王が必死になって行なった結果、従属爵位を与えなかったことも大きい。
初代には二男二女の子供がいたが、嫡男以外の婿入り先もなく令嬢の嫁ぎ先も見つからず、結局嫡男以外は皆平民になっている。オルガサン侯爵領では生活が成り立たず、他領に移住してからは改めて平民としてまともに生きている。これは初代である父が叙爵された時すでに物心がついており、貴族生活に馴染めなかったことも大きかったのだろう。
先代にあたる嫡男は当代であるガラパダ以外に子供はなく、当代も嫡男ペルデルしか子はいない。つまり、分家は全くなのだ。
「あれで我が家は一度王家を見放したからね。曽祖父はとても怒って領地に引っ込んで、死ぬまで王城に伺候しなかったくらいだ。爺様も最低限しか王都に来なかったし、王家とは距離をおいたんだ。まぁ、尻拭いに奔走するコンタヒオ陛下があまりに哀れだと父上が温情をかけて、王都に戻りはしたけどね」
父フラカソと先王コンタヒオは友人でもあったから、見捨てられない理由は私的な情が一番の理由だったのだろうとアマネセルは思う。
「お爺様がお婆様に一目惚れして、結婚を条件にお助けしたとも聞きましたけれど」
「それは噂で事実じゃない。まぁ、母上に泣きつかれたというのはあるだろうがね。公私混同もいいところだ。私もアルコンも父親を反面教師にしたところは多いからな」
先々王としては王家と疎遠になったエスタファドル伯爵家との関係を修復するために王家との縁組を考えてたようだ。本来フラカソに嫁ぐのは才女と名高い第二王女のはずだったが、それはフラカソの愚かさによってなくなった。フラカソが一目惚れし、異母姉の婚約者候補を奪うことに愉悦を感じた母が先王に強請って結ばれた婚姻だった。
若いころから両親に振り回されたゆえに従兄弟たちは互いに友誼と信頼関係を深め、主従の絆を繋いだ。互いに若くして地位を継ぎ、苦労と苦悩を分かち合ってきたのだ。
「わたくしもお兄さまもルシアノも反面ではなく素直にお父様やお母様を目標と出来ますのは僥倖ですわね」
心の底からそう思う。父も母も尊敬に値する人物であり、彼らの子であることが誇らしいとマグノリアは思っている。直接告げるのは気恥ずかしので滅多に口にはしないが。
「話を戻しますけれど、お父様。オルガサン侯爵家は取り潰しが目標。但し、当人たちが改心できるのであれば温情措置もあり、ということですわね。早速案を作りますわ」
「ああ、そうだな。立て直しと実権奪取と取り潰し。基本はその三案だな」
「畏まりました、ふふ、なんだか楽しくなって参りましたわ」
こんな婚姻で楽しめるとはやはり自分も『エスタファドル』なのだなとマグノリアは内心で苦笑した。オルガサン侯爵家が生き残る可能性は恐らく三割もない。その中で現オルガサン侯爵家の面々が生き残る確率は一割を下回るだろう。そんな計画を嬉々として立てようとする自分は人として何処か欠けているのかもしれない。だが、これが王家とともにあるエスタファドルなのだ。
「あちらは余程困窮してるらしい。三か月後に挙式だそうだ。まぁ、正式な婚約はまだだから、精々焦らしてやるか」
意地の悪い顔でアマネセルは笑う。だが、一般的に見てそれはただ穏やかに見えるものだ。そんな表情をしようとも『人の好さそうな表情』としか思われないのがエスタファドル家の特徴だった。
流石に三か月後の婚姻にはマグノリアも難色を示した。学院の卒業は五か月後だ。せめてちゃんと学院は卒業したい。
アマネセルもそれを理解している。だから婚姻前契約書の内容をあちらが渋って書き換えようと粘るものにするつもりだ。要は支援金および持参金の金額をあちらの望みよりも低く設定しておく。ついでにあちらの値上げに応じる代わりにこちらの目的を叶えるための項目を認めさせるのだ。
そもそもオルガサン侯爵家は出来るだけ早い婚姻を望んでいるから、婚姻前契約書の作成そのものを嫌がるだろう。それでも時間稼ぎは出来る。本来婚約から婚姻までは一年程度の時間を置くのが貴族の常識だ。それを四分の一に短縮したがっているのはあちらなのだから、精々嫌がらせを兼ねて引き延ばしてやろうとアマネセルは考えている。
たとえ王命の婚約とはいえ、アマネセルは愛娘にこんな結婚などさせたくないのだ。国王からは最終的な目的さえ達成できればいいと言われているから、問題はないだろう。
婚姻前契約書には三つの案のどれにでも対応できるような条項を盛り込まねばならない。早速、マグノリアはアマネセルと具体的な計画を立て始めた。
第一案は長期的なもの。どれだけ順調でも最低十六年はかかる。特殊な事情がない限り爵位継承が認められるのは十六歳になって成人してからだ。
第二案は中期的なもの。上手く誘導できれば二~三年で完了するだろう。
第三案は早ければ結婚式から数週間で片が付くはずだ。
国王は第三案が望みだろう。これはオルガサン侯爵家を見せしめとして似たような貴族を締め上げるためのものだ。一家を取り潰して多数の貴族家の引き締めが出来るのであれば、手間が省けるというものだ。
こういった手法は王国では時々取られている。王家の意を受けた貴族が問題ある貴族と婚姻を結び、家を立て直したり、婚家に問題ありと離婚し結果的に婚家が没落したり。それを行うのはエスタファドル家をはじめとした王家の信頼厚い建国以来の名家だ。
そういった婚姻政策の結果、実はエスタファドル家は隠れた分家、しかも爵位は上の分家が多かったりもする。表向きは過去の婚姻による繋がりだが、実質はエスタファドル伯爵家を主家とする主従なのだ。尤も三代もすればその関係もほぼ消えるのだが、それは仕方がない。それ以降は普通に交流のある家という付き合いになる。
「それはそうと、わたくしに結婚の王命が下ったことをあの方はご存じですの?」
諸々の計画及び婚姻前契約書の草稿が出来たところで、マグノリアは自分の結婚に反対しそうな人物を思い出した。
鬱陶しいほどに自分に執着しているくせに自分からは何も動かず、周囲が御膳立てして当然と思っているのが気に食わない相手だ。
マグノリアの心情的にも王国の法律的にも自分が彼に嫁ぐことは有り得ないのに、何故か自分は愛されていると思い込んでいる。だから最低限の付き合いしかしていない。彼の兄や姉たちとはそれなりの頻度で交流しているが、彼とは公の場で接するのみだ。
「まだだな。ギリギリまで伏せるそうだ。ついでに第二王子殿下の外遊の警備隊長にして、しばらく国外に出すらしい」
当然アマネセルも彼のことを知っているし、マグノリア以上に彼が娘の夫となることは有り得ないと考えている。
「それがよろしいでしょうね。あの方もご自分のお立場も弁えずにお花畑でいらっしゃるから」
マグノリアに執着しているのは、再従兄でありこの国の第三王子であるジャバリーだった。
一応王家の血を引き、国王の従兄弟という立場のアマネセルもかの侯爵家には思うところもあるのだろう。
「ああ、フィエヴレ陛下の愚行ですわね」
オルガサン侯爵家の起こりの出来事にマグノリアは直接知っていることではないのだが、遠い目になる。溺愛する王女の我儘を愚かな父となった三代前の王が叶えた結果が現状のあの侯爵家だ。貴族としての務めも責任も理解せず、平民が想像する貴族らしい貴族として贅沢を享受するだけの一族。
幸いなのは寄子はいても分家はなく、一族イコール一家という小さな家ということだろう。これはフィエヴレ王の愚行の尻拭いを先々代と先代国王が必死になって行なった結果、従属爵位を与えなかったことも大きい。
初代には二男二女の子供がいたが、嫡男以外の婿入り先もなく令嬢の嫁ぎ先も見つからず、結局嫡男以外は皆平民になっている。オルガサン侯爵領では生活が成り立たず、他領に移住してからは改めて平民としてまともに生きている。これは初代である父が叙爵された時すでに物心がついており、貴族生活に馴染めなかったことも大きかったのだろう。
先代にあたる嫡男は当代であるガラパダ以外に子供はなく、当代も嫡男ペルデルしか子はいない。つまり、分家は全くなのだ。
「あれで我が家は一度王家を見放したからね。曽祖父はとても怒って領地に引っ込んで、死ぬまで王城に伺候しなかったくらいだ。爺様も最低限しか王都に来なかったし、王家とは距離をおいたんだ。まぁ、尻拭いに奔走するコンタヒオ陛下があまりに哀れだと父上が温情をかけて、王都に戻りはしたけどね」
父フラカソと先王コンタヒオは友人でもあったから、見捨てられない理由は私的な情が一番の理由だったのだろうとアマネセルは思う。
「お爺様がお婆様に一目惚れして、結婚を条件にお助けしたとも聞きましたけれど」
「それは噂で事実じゃない。まぁ、母上に泣きつかれたというのはあるだろうがね。公私混同もいいところだ。私もアルコンも父親を反面教師にしたところは多いからな」
先々王としては王家と疎遠になったエスタファドル伯爵家との関係を修復するために王家との縁組を考えてたようだ。本来フラカソに嫁ぐのは才女と名高い第二王女のはずだったが、それはフラカソの愚かさによってなくなった。フラカソが一目惚れし、異母姉の婚約者候補を奪うことに愉悦を感じた母が先王に強請って結ばれた婚姻だった。
若いころから両親に振り回されたゆえに従兄弟たちは互いに友誼と信頼関係を深め、主従の絆を繋いだ。互いに若くして地位を継ぎ、苦労と苦悩を分かち合ってきたのだ。
「わたくしもお兄さまもルシアノも反面ではなく素直にお父様やお母様を目標と出来ますのは僥倖ですわね」
心の底からそう思う。父も母も尊敬に値する人物であり、彼らの子であることが誇らしいとマグノリアは思っている。直接告げるのは気恥ずかしので滅多に口にはしないが。
「話を戻しますけれど、お父様。オルガサン侯爵家は取り潰しが目標。但し、当人たちが改心できるのであれば温情措置もあり、ということですわね。早速案を作りますわ」
「ああ、そうだな。立て直しと実権奪取と取り潰し。基本はその三案だな」
「畏まりました、ふふ、なんだか楽しくなって参りましたわ」
こんな婚姻で楽しめるとはやはり自分も『エスタファドル』なのだなとマグノリアは内心で苦笑した。オルガサン侯爵家が生き残る可能性は恐らく三割もない。その中で現オルガサン侯爵家の面々が生き残る確率は一割を下回るだろう。そんな計画を嬉々として立てようとする自分は人として何処か欠けているのかもしれない。だが、これが王家とともにあるエスタファドルなのだ。
「あちらは余程困窮してるらしい。三か月後に挙式だそうだ。まぁ、正式な婚約はまだだから、精々焦らしてやるか」
意地の悪い顔でアマネセルは笑う。だが、一般的に見てそれはただ穏やかに見えるものだ。そんな表情をしようとも『人の好さそうな表情』としか思われないのがエスタファドル家の特徴だった。
流石に三か月後の婚姻にはマグノリアも難色を示した。学院の卒業は五か月後だ。せめてちゃんと学院は卒業したい。
アマネセルもそれを理解している。だから婚姻前契約書の内容をあちらが渋って書き換えようと粘るものにするつもりだ。要は支援金および持参金の金額をあちらの望みよりも低く設定しておく。ついでにあちらの値上げに応じる代わりにこちらの目的を叶えるための項目を認めさせるのだ。
そもそもオルガサン侯爵家は出来るだけ早い婚姻を望んでいるから、婚姻前契約書の作成そのものを嫌がるだろう。それでも時間稼ぎは出来る。本来婚約から婚姻までは一年程度の時間を置くのが貴族の常識だ。それを四分の一に短縮したがっているのはあちらなのだから、精々嫌がらせを兼ねて引き延ばしてやろうとアマネセルは考えている。
たとえ王命の婚約とはいえ、アマネセルは愛娘にこんな結婚などさせたくないのだ。国王からは最終的な目的さえ達成できればいいと言われているから、問題はないだろう。
婚姻前契約書には三つの案のどれにでも対応できるような条項を盛り込まねばならない。早速、マグノリアはアマネセルと具体的な計画を立て始めた。
第一案は長期的なもの。どれだけ順調でも最低十六年はかかる。特殊な事情がない限り爵位継承が認められるのは十六歳になって成人してからだ。
第二案は中期的なもの。上手く誘導できれば二~三年で完了するだろう。
第三案は早ければ結婚式から数週間で片が付くはずだ。
国王は第三案が望みだろう。これはオルガサン侯爵家を見せしめとして似たような貴族を締め上げるためのものだ。一家を取り潰して多数の貴族家の引き締めが出来るのであれば、手間が省けるというものだ。
こういった手法は王国では時々取られている。王家の意を受けた貴族が問題ある貴族と婚姻を結び、家を立て直したり、婚家に問題ありと離婚し結果的に婚家が没落したり。それを行うのはエスタファドル家をはじめとした王家の信頼厚い建国以来の名家だ。
そういった婚姻政策の結果、実はエスタファドル家は隠れた分家、しかも爵位は上の分家が多かったりもする。表向きは過去の婚姻による繋がりだが、実質はエスタファドル伯爵家を主家とする主従なのだ。尤も三代もすればその関係もほぼ消えるのだが、それは仕方がない。それ以降は普通に交流のある家という付き合いになる。
「それはそうと、わたくしに結婚の王命が下ったことをあの方はご存じですの?」
諸々の計画及び婚姻前契約書の草稿が出来たところで、マグノリアは自分の結婚に反対しそうな人物を思い出した。
鬱陶しいほどに自分に執着しているくせに自分からは何も動かず、周囲が御膳立てして当然と思っているのが気に食わない相手だ。
マグノリアの心情的にも王国の法律的にも自分が彼に嫁ぐことは有り得ないのに、何故か自分は愛されていると思い込んでいる。だから最低限の付き合いしかしていない。彼の兄や姉たちとはそれなりの頻度で交流しているが、彼とは公の場で接するのみだ。
「まだだな。ギリギリまで伏せるそうだ。ついでに第二王子殿下の外遊の警備隊長にして、しばらく国外に出すらしい」
当然アマネセルも彼のことを知っているし、マグノリア以上に彼が娘の夫となることは有り得ないと考えている。
「それがよろしいでしょうね。あの方もご自分のお立場も弁えずにお花畑でいらっしゃるから」
マグノリアに執着しているのは、再従兄でありこの国の第三王子であるジャバリーだった。
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