上 下
7 / 21

王家と伯爵家

しおりを挟む
 父の口から出た言葉にマグノリアは溜息を漏らした。

「王命ですのね。では単なる立て直しではないと」

 国王が父に下す王命は一切表に出ることはない。秘かに誰にも不審を抱かれることなく遂行されるものだ。

「では、オルガサン侯爵家は取り潰しですの?」

「いや、アルコンはそうしたいようだが、立て直しも一応検討する」

 国王の名を呼び捨てにし、アマネセルは問いに答える。

 実はアマネセルは国王アルコンの従弟にあたる。アマネセルの母テンタシオンが先代国王コンタヒオの末の妹なのである。身分の低い側室から生まれた扱いに困る異母妹をコンタヒオはアマネセルの父フラカソに押し付けたのだ。尤もフラカソはテンタシオンに一目惚れしたらしく、夫婦仲は悪くなかった。

 傾国の美女とまで言われたテンタシオンにベタ惚れだったフラカソは妻に骨抜きにされ、フラカソの代のエスタファドル伯爵家は正しく機能していなかった。領地経営もおざなりで、贅沢三昧の元王女とそれを容認するフラカソによって伯爵家の財政はかなり困窮することになった。

 当時未成年で学院生だったアマネセルが適当な理由をつけて領地裁量権を奪ったうえで両親を風光明媚な僻地(幽閉地ともいう)に送ったことで、最悪の事態のかなり手前で伯爵家を立て直すことが出来た。

 それに一役買ったのが商才に長けるクラベルで、彼女は婚約者時代からエスタファドル伯爵家名義で次々と商売を立ち上げ、見事にそれを成功させた。そして三人の子が生まれたころにはエスタファドル伯爵家はかつての困窮がなかったかのように、王国でも一二を争う富豪となった。

 更にクラベルの凄いところはそれらの本店をエスタファドル伯爵領でも王都でもなく、王家直轄領に置いたことだ。

 オノール王国において、収める税が利益の二割と定められていた場合、各支店は所在地の領主に一割を、本店所在地の領主に一割を納めることとなっている。

 つまり、王家直轄領に本店をおいたセンテリュオ商会は、各支店の一割と本店の二割の税を王家に納めることになる。王都も特殊王家直轄領だが、その税収は王家と国家で折半することになるため、王都以外の王家直轄領に本店を置くほうが王家の収入になるのである。

 王家直轄領は王家の歴史的に重要な地点の他は、領地経営に失敗し没収された地が殆どであり、大した収入源を持たない。王家の私費(生活費及び遊興費)は直轄領からの税収から賄われるため、国庫は豊かでも王家は貧乏、なんてことは王国内では珍しくない。

 重要な国家行事や式典では国庫から品格保持費用として各種費用が出るため、晩餐会の食事は豪華であり、衣装や装飾品も王国の威儀を示すには十分だ。しかし、一歩生活空間の王宮に入れば、食事は平均的な王都民のものと変わらず衣服は歴代の国王一家のおさがりを大事に着ている、なんて時代も珍しくなかった。

 しかし、センテリュオ商会が王家直轄領に本店を置いたことによって、王家の税収は数倍に増えた。

 センテリュオ商会は部門ごとに様々な商会を持つ。衣料品関係だけでも貴族向けドレスメーカー、庶民向け量販店、化粧品、宝飾品、貴金属以外のアクセサリーなど多岐に亘るし、食品部門では穀物・野菜・食肉・海産物・酪農、医療品では病院経営から薬種問屋、治療機器開発販売と手がける。他にも騎士や兵士、冒険者には欠かせない武器や防具、移動手段としての騎馬なども扱うし、更にはメイドや料理人、従僕、執事、侍女といった貴族家使用人の人材派遣まで行うのだ。

 それだけの部門があり、それぞれに本店がある。それらの本店を全王家直轄領に分散配置することによって、王家直轄領の税収を操作して見せた。

 なお、総本山ともいうべきセンテリュオ商会は配下企業の運営統括とともに最初の事業のスイーツ店を経営している。これは多くの支店を王都各所と観光地となっている領地に出すことによって流行を作り出し、ご当地限定スイーツを作ることによって貴族や富裕層の観光客誘致に一役買ってる。

 更に、一番利益率の高い商会は王太子直轄領に本店を置き、ファッション関係は王妃直轄領に本店を置き流行の発信基地とすることで、確りと王妃と次期国王への恩を売っていた。

 このクラベルの商才によって、エスタファドル伯爵家は王家に対して恩を売り、王家との絆を深いものにしている。国王も王太子も王妃もエスタファドル家が望むのであればよほどのことではない限り笑顔で承認するのだ。

 ともかく、先代国王と先代伯爵の代は微妙になっていた王家との関係も今は良好だ。おかげで先代フラカソの頃には果たせなかったエスタファドル伯爵家本来の勤めも問題なく遂行できる信頼関係が戻った。尤も、先代国王コンタヒオはエスタファドル伯爵家を十分に使いこなせる器もなかったので、王命が下ることはなかったのだが。

「立て直し……出来ますかしら、オルガサン領」

 脳内データバンクを検索して出てきたオルガサン領の状況を思いながらマグノリアは父に尋ねる。

 オルガサン侯爵領は初めから崩壊してるといってもいい。初代のころから領地経営が出来ず、佞臣たちにいいようにされている。特産となるような産業はなく、百年前と変わらぬような器具を使っての農作業で生産高も低ければ、利益率も低い。当然税収も低い。

 税収を増やすために産業振興をするわけでもなく、ただ税率を上げたため、税率は法で許されるギリギリの高さだ。領民にとっては生きにくい土地だろう。

 ゆえにオルガサン領は国内で一番領民の流出率が高い。既に領地の三分の一は荒地となり果ててるという噂もあるほどだ。

 それだけに立て直しを命じられれば遣り甲斐のある一生ものの仕事にはなるだろう。

「立て直すかどうかは、侯爵家の出方次第だね。彼らが正しく貴族の責任を自覚するのであれば立て直してやらなくもない。それにあそこにはいくつか手付かずの鉱脈が眠ってる可能性が高いから、せめてその調査はしたいねえ」

 なんでもないことのように言う父に、マグノリアは呆れた視線を向ける。要は立て直すふりをして鉱山の調査をしろということか。益になる鉱山であれば立て直してマグノリアの子を後継者とすることで実質乗っ取る。益にならないのであれば放置して立て直しも諦める。一応、侯爵家が改心して貴族の責務を果たすならば立て直してもよいというところだろう。

「陛下……アルコン小父様はオルガサン領がどうであれ、オルガサン家・・・・・・を潰したいということですかしら?」

 薄々国王がかの侯爵家を嫌っていることは感じていた。身内だけの席でそんな愚痴が出たこともある。身の程知らずの傲慢一家だと。その血を受け継いでいないにも関わらず、初代侯爵の正室が王妹だったことから自分たちは王家に準ずるものだという態度をとるのが不快らしい。王家に準ずるなんていうくらいなら、貴族としての勤めを正しく果たせと零した国王の言葉には両親も兄も弟も、王妃も王子王女たちも、勿論マグノリアも頷いたものだ。

 だが国王の好悪で貴族家、しかも一応高位貴族を潰すことも出来ない。それをやるのは暗君で暴君だ。賢君たらんとしているアルコン陛下にそれは出来ないことだった。

 何しろアルコンの大叔母である王女の我儘による降嫁を叶えた曽祖父の愚行によって興った家がオルガサン侯爵家なのだ。王族の私情で興した家を国王の感情で潰すわけにはいかない。曽祖父の愚行のせいで王家の信用は著しく損なわれ、祖父と父は信用回復に在位期間の全てを費やしたといっても過言ではない。

 尤も、先王は微妙に失敗したため、アルコンは父親を早期に退位させたのだが。

 ともかく、アルコンとしては正当な理由を以てオルガサン侯爵家を廃したい。そのための策がマグノリアのこの結婚の王命なのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

悪女と言われ婚約破棄されたので、自由な生活を満喫します

水空 葵
ファンタジー
 貧乏な伯爵家に生まれたレイラ・アルタイスは貴族の中でも珍しく、全部の魔法属性に適性があった。  けれども、嫉妬から悪女という噂を流され、婚約者からは「利用する価値が無くなった」と婚約破棄を告げられた。  おまけに、冤罪を着せられて王都からも追放されてしまう。  婚約者をモノとしか見ていない婚約者にも、自分の利益のためだけで動く令嬢達も関わりたくないわ。  そう決めたレイラは、公爵令息と形だけの結婚を結んで、全ての魔法属性を使えないと作ることが出来ない魔道具を作りながら気ままに過ごす。  けれども、どうやら魔道具は世界を恐怖に陥れる魔物の対策にもなるらしい。  その事を知ったレイラはみんなの助けにしようと魔道具を広めていって、領民達から聖女として崇められるように!?  魔法を神聖視する貴族のことなんて知りません! 私はたくさんの人を幸せにしたいのです! ☆8/27 ファンタジーの24hランキングで2位になりました。  読者の皆様、本当にありがとうございます! ☆10/31 第16回ファンタジー小説大賞で奨励賞を頂きました。  投票や応援、ありがとうございました!

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

『絶対に許さないわ』 嵌められた公爵令嬢は自らの力を使って陰湿に復讐を遂げる

黒木  鳴
ファンタジー
タイトルそのまんまです。殿下の婚約者だった公爵令嬢がありがち展開で冤罪での断罪を受けたところからお話しスタート。将来王族の一員となる者として清く正しく生きてきたのに悪役令嬢呼ばわりされ、復讐を決意して行動した結果悲劇の令嬢扱いされるお話し。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

(完)私の家を乗っ取る従兄弟と従姉妹に罰を与えましょう!

青空一夏
ファンタジー
 婚約者(レミントン侯爵家嫡男レオン)は何者かに襲われ亡くなった。さらに両親(ランス伯爵夫妻)を病で次々に亡くした葬式の翌日、叔母エイナ・リック前男爵未亡人(母の妹)がいきなり荷物をランス伯爵家に持ち込み、従兄弟ラモント・リック男爵(叔母の息子)と住みだした。  私はその夜、ラモントに乱暴され身ごもり娘(ララ)を産んだが・・・・・・この夫となったラモントはさらに暴走しだすのだった。  ラモントがある日、私の従姉妹マーガレット(母の3番目の妹の娘)を連れてきて、 「お前は娘しか産めなかっただろう? この伯爵家の跡継ぎをマーガレットに産ませてあげるから一緒に住むぞ!」  と、言い出した。  さらには、マーガレットの両親(モーセ準男爵夫妻)もやってきて離れに住みだした。  怒りが頂点に到達した時に私は魔法の力に目覚めた。さて、こいつらはどうやって料理しましょうか?  さらには別の事実も判明して、いよいよ怒った私は・・・・・・壮絶な復讐(コメディ路線の復讐あり)をしようとするが・・・・・・(途中で路線変更するかもしれません。あくまで予定) ※ゆるふわ設定ご都合主義の素人作品。※魔法世界ですが、使える人は希でほとんどいない。(昔はそこそこいたが、どんどん廃れていったという設定です) ※残酷な意味でR15・途中R18になるかもです。 ※具体的な性描写は含まれておりません。エッチ系R15ではないです。

処理中です...